第6話:流星群

『今日からまた一週間、学校か。』


 そう考えてしまうと、ちょっと憂鬱ゆううつになる。

 でも、月曜日からの平日は、シェリーの路上ライブが始まる日。

 今日の学校帰りに、ライブの音が聞こえたらハッピーだなと思っていた。



 やっと退屈な授業が終わる。

 部活もない日なので、なるべく早く行って、僕の特等席をキープしようと思ってた。

 僕が、高校に入ってから入部した部活は“囲碁・将棋部”。

 毎週水曜日しか活動していない、帰宅部希望者のていのいい入部先だ。特に好きなスポーツなどもなかったから、丁度良かった。


 でも、最近ギターを練習しなおしている僕は、ちょっと軽音楽部が、気にもなってる。

 今更入ったって、もうメンバーとか決まっているだろうし、楽器の演奏技術も到底、雲泥の差でまともに取り合ってくれないような気がして、ちょっと足踏みしているところ。


 今は、いつかシェリーの伴奏が出来るくらいに、上手くなることが目標になっている。



♪・♪・♪



 もう秋も深まってくると、日中の時間がとても短くなった。帰る途中から、すでに暗くなる。そんな薄暗い道を歩いていると、今日は案外早く、シェリーの歌声が聞こえてきた。


『この声を聞くと、ぞくぞくするんだよね。』


 近づくにつれ、気持ちが高揚してくる。

 しかし、今日はシェリーと顔を合わすのが、ちょっと気が引けている。

 それは、一昨日の夕方、楓と手をつないで歩道を歩いている所を、シェリーに見られてしまったことだ。

 別に、僕が楓のことを好きな訳でもないし、付き合っている訳でもない。ただの幼馴染で、たまたま映画を一緒に見ただけ。

 でも、シェリーは、通り過ぎた後も僕ら二人をじっと見ていた。その目は何か言いたそうなクールな目つきだったように思う。

 恥ずかしい話、今日は会うのがちょっと怖かった。



♪・♪・♪



 いつもの場所に到着すると、そそくさと場所を取り、鞄を置いて座りシェリーを見た。

 もう夕方から夜にかけて冷えてくるので、シェリーは前よりも温かい服装に替えていた。

 ネイビーのムートンコートに、グレーのタートルネックのニット。ホワイトのクラッシュジーンズ、スニーカー。

 ギターを弾かねばならないので、寒くても手袋が出来ないのがちょっと可哀想に思えた。

 でも、歌っているシェリーからは熱気を感じる。

 よく見るとやっぱり少し汗ばんで見える。パワフルに、かつ繊細に歌うシェリーは、ほんとに憧れの的だった。


 そんな時、僕と目と合ったのに、ずっと続けていた挨拶のウィンクが今日はなかった。


『あれ?』


 目が合っても、すぐ違うところを見ては歌い、終われば少しトークを交えてまた歌い出す。

 しかし、今日は全く、僕の方を見てくれなかった。

 今までは、目が合って思わず僕が微笑むと、合わせて微笑んでくれたり、手を振ったりしてくれた。それが今日はなかった。


『おかしいな?』


 くらいしか思わなかった僕は、あまり気にせず、シェリーの歌声に聞き入っていた。



♪・♪・♪



 シェリーが路上ライブの最後の歌を歌い終わると、テキパキと機材や荷物を片付け始めた。しかし終始無言。

 いつもなら僕と談笑しながらなのに……


 思わず、僕は声をかけた。


「シェリー、今日はどうしたの?」


 全く反応がなかった。

 いわゆる無視?


「シェリー、聞いてる?」


 シェリーはそのまま無視をしつつづけ、片付け終わると帰ろうとした。


「ちょっと待ってよ!!」


 僕は意外にも、大胆な行動をとった。

 立ち去ろうとするシェリーの右腕を、しっかりとつかんで離さなかった。


「何するの。放して。」


 僕の方を向かずに、ぶっきらぼうな言い方で僕に言い放った。


「シェリー、今日はどうしたの?」

「何か僕、シェリーに嫌なことでもした?」

「もししたのなら、ちゃんと謝るから、理由わけを言ってよ。」


「それは私が訊きたいわ。」


 ようやく、シェリーはこちらを向いた。

 そのシェリーの表情は鋭く、僕を見据えていた。


「どういう事? シェリー」


「どういう事って、この前の土曜日、彼女とデートしてたでしょ。」


「デート?」


「二人で仲良く手をつないで、通り過ぎる時に『すいません』の一言だけで、挨拶も紹介も何もなし。」

「ちょっとひどくない?」


「シェリー、勘違いしているよ。あの時の女の子は幼馴染で、映画や買い物に付き合っていただけだよ。」


「じゃ、なんで通り過ぎたときに、ちゃんと挨拶も紹介も何もないわけ。」

「後ろめたくなければ、ちゃんと紹介出来るんじゃないの?」


 シェリーはかなり強い口調で問い詰めてくる。


「そうだけど、あのときは唐突だったから」

「あと……」


「『あと』何よ。」


「僕とシェリーの関係を幼馴染に知られたくなかったんだ。」

 今度はシェリーがクエスチョンモードに入った。


「どういう事?」


 シェリーが怪訝けげんな表情をする。


「最後まで路上ライブでシェリーの歌を聴いて、そのあと、ちょっとの時間、二人っきりで話せる。その時間が僕にとって、とても大切な時間なんだ。」

「だから、両親にも、幼馴染にも何も言っていない。」

「最近は、帰りが遅いからって母親から怒られるし、幼馴染が変に勘ぐっくてるけれど、この大切な時間は誰にも邪魔されたくないんだ。」

「だから、あの時はそのまま通り過ぎて、シェリーの存在がバレてしまうことを避けたかったんだ。」


「そう。」


 シェリーは、右手を唇のほうに当て、立てた親指と横にした人差し指で下唇をつまんだ。


「正直に言うと、僕はシェリーとこうしているのを、だれにも邪魔されたくないし知られたくない。」


「でも、この前の行為がそんなにシェリーを不快な思いにさせたのなら、ちゃんと謝るよ。ごめんなさい。」


 ムーは、必死に頭を下げた。


 シェリーは一度荷物を置いて、ムーの正面に立ち、


「ムー、顔を上げて。」


 ムーは頭を上げると、そこにはシェリーの顔があった。


「私の方こそゴメン。」


 と、軽く首を振った。


「そんなにライブや話をする時間を大切に思っていたなんて、思ってもみなかった。」

「ありがとう。」


 そういうと、シェリーはようやく微笑を取り戻した。


「ねえ、ムー」


「何、シェリー」


 お詫びのしるしに一曲、ムーのためだけに歌わせてくれる?


「え!! ほんと!!」


「じゃ、アカペラでね。」


 シェリーはそういうと、僕も耳に届くぐらいの声で歌い始めた。


 とても透き通った綺麗な声。


 うっとりとした。


 こんな歌声が、今は僕の為だけに歌いつむいでくれている。


 至福の時間だった。


 僕はサビの部分の歌詞を聴いて少し驚く。


『こんなにも醜い私を、こんなにも証明するだけ。でも必要として。貴方が触れない私なら、無いのと同じだから』


 僕は、妙に気になってしまい、頭の中でリフレインしていた。


 歌が終わると、


「鬼束ちひろって知ってる?」


 と聞いてきたので、


「ゴメン、知らないんだ。この歌を歌っている人?」


 と聞きなおすと、


「そう、『流星群』っていう曲なの。とても好きでね。ムーも気に入ってくれると嬉しいな。」


 もう僕は、顔も耳も真っ赤にすることしかできなかった。



♪・♪・♪



「でもさ、ムー。」

「あの幼馴染の子、近くに住んでるの?」


「そうだよ。一軒離れた、隣同士。同い年で幼稚園からの付き合い。両親もツーカーだから、最近帰りが遅いのが母親つてで分かったみたいで、妙に気になってるみたい。」


「ふ~ん」


「何?」


「その幼馴染の名前教えてくれる?」


皆木みなきかえでって言います。」


「案外ムーのこと、好きなのかもよ。」


「え!! そんなことありえないって。」

「強気で、負けん気なあいつに限って。」


「いやね、ただの幼馴染との外出で『あんなにオシャレに本気出すかな』って思って。」


「やっぱりそう思います? 僕もちょっとどきまぎしちゃって。」

「あ! でも勘違いしないでくださいね。好きとか嬉しいとか、そんなんじゃないですから。」


 僕は思わず、両手を振りながらアピールした。


「うふふ」


 うまく説明できない僕に向かってシェリーは軽く笑った。


「ムーは恋愛に対して超鈍感ってことね。」

「私と出会う前、彼女がいたって言ってなかったっけ?」


「そういわれても、初めての付き合いでほとんど一方的だったし、別れも一方的だったのでよく分からなかったです。今考えてみると僕も本当に好きになったのかさえ曖昧ですよ。」


「ま、ムーの『彼女がいたのに、大人の女性であるシェリーをたぶらかそうとしていた疑惑』はなかったのね。」


「なんですか、その『たぶらかす』だなんて。」


「だってそうじゃない。親に怒られても、幼馴染の可愛い子に勘繰られても、わたしといつも最後まで付き合ってくれて、話も喜んで聞いてもくれる。」

「それって私のこと単純に『好き』って言ってることと同じに感じるんだけれど?」


 僕はシェリーの言葉に、驚きを隠せなかった。


「え、あ、えと…… す、好きといえば…… はい……」


 もう僕は顔から火が出るほどの熱気を感じていた。心臓の鼓動がやけに大きく耳元に聞こえてくる。


「うふふ、冗談よ、真っ赤にして可愛い。」


 すっごく可愛い笑顔をして僕ほほ笑む。

 これだから大人の女性は……


「からかわないでください!!」


 僕はうつむいたまま目を強くつむった。

 その時、右頬に何か小さくて柔らかい感触を感じた。


 はっとして目を開けると、シェリーがすぐ目の前にいる。


「……」


 シェリーは、ほんのちょっと赤らめた頬に、両手を後ろに組み、にこやかに僕を見つめていた。


「もう遅くなるから、帰ろ。」


 シェリーは優しく言葉を投げかけると、また荷物を担ぎ始めた。


 僕は頭がくらくらになって、 何を考えていいかわからない状況だった。


「あ、あのう、しぇ、しぇりーさん……」


「お休み、また明日ね!」


 シェリーは『タ、タ、タ』と小走りに帰っていった。



 僕はほのかで柔らかい、小さな感触を得た頬に手を当てて、シェリーが消えて見えなくなるまで見つめるしかなかった。




♪・♪・♪ To be continued ♪・♪・♪

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