第11話

 朝食はフレンチトーストにした。子どもたちは皆頬を抑えていた。甘い、美味しいと口を揃えていた。


 朝食の後は、子どもたちの遊びに付き合わされた。今日の昼にいなくなってしまうのだと子どもたちもわかっている。だからこそ、エリックと長く一緒にいたいのだ。


 昼食には汁物に細めの麺を浸したリューメンを作った。これもまた好評であったが、麺から作ったエリックの労力が報われたと言ってもいい。


 残っていたバニラアイスをデザートに出して、エリックは出入り口へと向かった。


「おじちゃん、もう行っちゃうの?」


 リオノーラと仲良くしてくれている少年がコートを掴んでいた。


 しゃがみ込んで目線を合わせる。そして、少年の頭に手を乗せた。


「いや、まだいなくならねーよ。ちゃんとお別れの時は挨拶する。ちょっと、用事があるだけだ。心配するなよ」


 少年の頭をぐしゃっと撫でてから教会を出た。


 町の方へと少し歩いていくと、一台の魔動車が走ってきた。黒塗りで大きめの魔動車だった。


 ゆったりした動作で止まり、一人の男が降りてきた。目は細く面長だ。ダークスーツに身を包み、頭には低めのハット、指には高そうな指輪、金色の腕時計、茶色い革靴はピカピカに磨かれていた。


「アナタがフィーノ様が言っていた冒険者の方ですね? クエストを受けた、という」

「ああそうだ。依頼を受けたエリックだ、よろしくな。昼から来るヤツってのはアンタのことでいいんだな?」

「ええ、アイザックと申します。アナタの代わりに、フィーノ様が帰るまで孤児院の留守番をするようにと言われて来ました。本当は昨日から来られればよかったのですが、私にも用事がありまして」

「なるほどなるほど。で、ガキの面倒を見るのに、ジャケットの内側にあるもんは必要なのかい?」

「はて、ジャケットの内側とは?」

「職業柄ってわけじゃないが、ジャケットの膨らみ方が明らかにおかしい。物騒なもん持ってんだろ?」

「いやいやそんなことは」


 一瞬で銃が振り抜かれた。銃身はエリックを捉えている。


「ないとは言い切れませんね」


 それを察知していたのか、エリックも同時に銃を抜いていた。銃身の先はアイザックへと向いていた。


「ははっ、そんな銃で俺に対抗するって? 無理だね。ソイツじゃ俺を殺せない」

「なんでそう思うんだ? トリガーを引いたらぶっ飛ぶかもしれないぜ?」

「それは人を殺すために作られたものじゃない。モデルガンってやつだ。銃っていうのは精巧に作らなきゃダメなんだ。バレルが曲がってはまっすぐ飛ばない。だから精巧に作る。そして量産される。俺は銃マニアだからな、量産されるような銃ならすぐにわかる。お前が持ってるその銃は見たことがない。それでいて個人的に作ったような粗さはなく、とても綺麗に作られてるじゃないか。そこから導き出される答えは、それがモデルガンってことだ。それにバレルの太さと弾倉の大きさが合ってない。そんな小さな弾倉で、そんな太いバレルじゃまっすぐ飛ばないさ」

「まあ、モデルガンみたいなもんかもな。ある特定の条件を満たさなきゃ、だが。ユーフィ、アイツの銃をぶっ壊せ」


 そう言いながらトリガーを引いた。普通の銃とは違う音。耳に刺さるような音ではなく「バフン」という空気が広がるような音だった。衝撃が周囲の木々の葉を揺らす。音よりも衝撃波の方が印象に深い。


 撃った弾丸は一度下がり、アイザックの数メートル前で急上昇。男の銃を砕き、なおも上昇し続けた。


「種類的には魔導銃ってやつだな」

「お前、魔族だったのか……!」

「魔族だが、これはお前みたいな人間でも使えるぜ。特定の条件を満たせば、な」


 本来、魔導銃というのは魔力を銃弾の代わりにする。だから魔族でしか使えない。しかしこれは第三者の魔族を利用するため、本人が魔族でなくても使えるのだ。


「お前、人身売買の転がし屋ディーラーだろ。で、フィーノってジイさんは人売りバイヤー。ハーフの孤児を拾ってきてはここにプールし、定期的にお前らに回す」

「そんな証拠はどこにもないね」

「確かに証拠はない。でもいろんな辻褄を合わせていけば昨日の夜な、水を飲みに下に降りてきた子供に聞いたんだよ。ここの孤児が里子にもらわれていくことはあるのかって。そしたら定期的にいるっていうじゃないか。でも行き先も知らないし教えてもらえないんだそうだ。人数は減らず常に孤児は供給され、定期的に里子にもらわれていく。しかもここには魔族と人間のハーフだけ。おかしいと思わないか? もともとハーフはあまりいい扱いは受けないってのに」

「お前の憶測で俺を人身売買のディーラー呼ばわりすんのか? そりゃ筋違いもいいところだ」

「まあ聞けよ。ハッキリ言えば、孤児院の留守番なんぞボランティアでも募集すりゃいいんだよ。でもそれだとたくさんの大人がやってきてしまう。あのジイさんのことだ、証拠なんてほとんど残してないんだろうが、それでも大人数で来られると面倒だと思ったんだ。だからクエストにした。日当一万程度でガキどもの面倒を見てくれるような、孤児院のことも町のこともよく知らない善良な冒険者。その冒険者が悪いやつか良いやつかは賭けになるが、それでも仕方ないと思ったんだろう。その賭けをするしかないような、そんな用事なんだろうな。自分の商売道具であるガキどもを手放すかもしれないっていう可能性もあるわけだから」

「クソくだらない口上ありがとう。お前は何様のつもりなんだよ。正義のヒーロー気取ってんじゃねーぞ……」

「俺はな、人身売買も嫌いだし、ガキとか女とかを食いもんにするヤツも嫌いなんだよ。いわばフェミなんちゃらってヤツだ。だから今ここでお前をぶっ潰すし、お前の背後にいるヤツも捕まえる。捕まえるのは俺じゃないけどな、たぶん」

「言いたいことはそれだけで終わりか? それじゃあ、話の終わりと一緒にお前の命も終わらせてやるよ」


 魔動車から五人の男が降りてきた。それだけではない。後ろからも黒塗りの魔動車が三台。そこからも五人ずつ降りてきた。全員銃を持っている。


「いやあ、孤児院から離れておいてよかったっつーもんだな」


 突如来る銃弾の嵐。しかし今言えるのは「これが拳銃だけで良かった」なんていうセリフだけだった。


「魔法壁!」


 エリックは自分の背後に魔力で壁を作った。当然、孤児院へ流れ弾が行かないようにだ。自分を追ってくる子供がいないとも限らない。


 魔王ではなくなってしまった今でも、その魔力は中級魔族から上級魔族程度はある。だから皮膚や筋力を強化するような魔法だけでも弾丸を弾くことができるのだ。今のエリックに傷をつけられるとすれば、同じように魔力で強化した武器以外にはないだろう。


「ドルキアス! ラマンド!」


 トリガーを二度、三度と引いた。


 この銃は一度魔族を装填すれば追加の補充は必要ない。その代わり、ある程度魔族や魔獣の魔力が減ると勝手に使えなくなる。つまり、いつ弾切れになるかはわからない。


 ドルキアスの魔力が狼のような姿になり、地を駆けてスーツを男たちをなぎ倒していく。


 ラマンドの魔力が大蛇となって男たちを締め上げていく。


 エリックが戦うのは残った者たちだ。一足飛びで接近して銃で殴る。エリックほどの大男の腕力だ。一撃で吹き飛び、気絶する。


 銃を向けられても、即座に懐に潜り込んで腕を捻り上げる。そのまま自分の元へと引き寄せ、別の男に向かって蹴り飛ばした。


 思い切り殴れば死んでしまうだろうと、力を調整しながら腹部を殴った。背中に抜けていく衝撃波が見えるようなその一撃で相手が嘔吐物を振りまきながら地面に落ちた。

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