勇者はカブでやってくる
十匹狼
第1話 カブの勇者と爆速の魔法使い
人とは、独りでは生きていけない生き物だ。
だから、群れをつくる。
群れをつくり、狩りをし、農作物を育て、富みを分かつ。
そうする事で互いを繋ぎ、時に争いながらも、支え合って生きてきた。
やがて時の流れと共に、人々の作った村が大きくなって町になり、それが更に大きくなって国ができた。
栄えた国は周囲の国を呑み込むようにして大きくなり、幾つもの大きな国によって、地上の殆どが埋め尽くされた。
しかし、更に時代が進むと、人々の生活を脅かす存在が現れた。
魔族────そう呼ばれる彼らに心は無く、人や家畜を襲い、無慈悲にその命を破壊する。
その出所は不明だったが、魔界と呼ばれる世界からこちらの世界へ侵攻してきたモノ達である事は、確かな事実だった。
その元締め、魔王。
それが全ての元凶であり、人類の敵だ。
だが、人類には魔王を倒す力が無かった。
どんなに優秀な兵士を集めても、どんなに大人数で戦いを挑んでも、その圧倒的な力の差を埋める事はできなかったのだ。
そこで、人々が希望を託したのが、彼のものを倒すために召喚されし勇敢なる者。
それが、────勇者
勇者こそが人々の希望であり、魔王に立ち向かうための唯一の力だった。
しかし、────
「勇者殿ぉおお!! 待たれよーー!!」
「いやだ!! オレはそんなのゴメンだ! 勝手に呼びつけておいて命賭けて闘えって?! 冗談じゃないっ!!」
勇者と呼ばれしその男は、逃げ回っていた。
魔族からではない。彼を召喚した召喚士からである。
勇敢さとは無縁の言葉を吐き続けながら逃げる男。
その名は、中野 草史(なかの そうし)────
彼はこの世界では馴染みのない濃紺色の制服に身を包み、頭には赤のストライプが一線巻かれた白い半キャップのヘルメットを被っている。
そんな彼が跨がっている赤い乗り物、それはどう見ても郵便バイクだ。
それらの装備郡が、彼がこの世界とはちがう何処かから召喚された者である証といった所か?
純白の柱の整列する大理石の廊下を疾走する赤いカブ。
厳正な空気の漂う城内には、その雰囲気にあまりにも不釣り合いなけたたましいエンジン音が響き渡っている。
「勇者殿ー…… ゼェ、せめて、はぁ……! は、話だけでもぉ……!」
国王直属の兵も、側近も、召喚士も皆、息を切らせてふらふらになりながら『勇者』を追い掛けていた。
「ま、待たれよぉ~……」
しかし、当然ながら人の足でバイクに追い付けるはずもなく、勇者の駆る赤いカブはどんどん離れて行った。
そしていつしか、大理石で囲まれた空間に響く、ドゥルウィーーーーーーーンッ! という咆哮だけを残して、姿が見えなくなってしまった。
・
・
・
「まったく、冗談じゃない……!!」
何が起こっているのか理解できなかった。
そう、俺はただ朝方の配達を終えて帰り道を走っていたはずだ。
先輩が風邪で寝込み、その分の配達も請け負ったせいでちょっとばかし遠い所にまで配達に赴く事になったが、こんな王宮にまで配達を依頼された覚えはない。
そんな事を考えながら、ここに来た経緯を思い出してみる。
まだ朝日の昇って間もない時間。涼しい風を切りながら。俺は初夏の峠道を下っていた。
いつもなら来ない山奥の集落。そこへの配達を終え、空っぽになったバイクは軽快に山道を走っていた。
周囲に誰も居ないのをいい事に「ル~ンタッタラーン♪」などと鼻歌など歌いながら気持ちよく走っていたはずだ。
しかし────!
突然目の前から霧が立ち上って来たかと思えば、それが瞬く間に濃くなって、辺りを覆いつくした。
数十センチ先の手元さえ見えないような真っ白な世界で、慌ててブレーキを掛けたところまでは、ハッキリと覚えている。
そして、目の前が晴れたら、仰々しい玉座の前に居て、いきなり「勇者殿!」なんて呼ばれたのも、ハッキリ覚えている……。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
 ̄ ̄ ̄ ̄
 ̄ ̄
「……なるほど、わからん」
「なにがわからないのですか?」
ぽろっと漏れた独り言に、そんな問い掛けが返ってきた。
しかも、声の感じからして若い女の子だ。これは恥ずかしい……。
「あ、いやぁ、ここ何処なんだろう? って。ははっ」
そんな受け答えをしながら、声のした方をチラッと確認すると、そこに大人びた少女といった感じの女の子がいた。
結構かわいい。
「あぁ、なるほど! ここは、『ノルディアード王国』の王都、リオンデルグにある、リュングルド宮殿にございます!」
明るくハツラツとした声で、要点を分かりやすく強調してそう言った彼女は、更にこう続ける。
「ところで『勇者さま』。一度、玉間にもどりましょう。まだ、国王様への申告も済んでいないですし、装備も整えずに旅に出るのは、いくら勇者さまといえど危険にございます!」
可愛らしい声でそう言った彼女をよくよく観察してみと────
全身を覆う焦げ茶色の長いマント。その裾からチラリと見える細い脚。マントの中には薄緑色の服を着ていて、黒のホットパンツを太い革のベルトで締めていた。
頭には黒を基調として赤い模様が入った三角形の大きな帽子を被っていて、その下から覗く綺麗な青い瞳でこちらを見ている。
肩の辺りで切り揃えられた髪は真っ白で、なんだか神秘的な雰囲気の子だなと思った。
その胸元には、エメラルドブルーの宝石が輝いていて、腰には広辞苑を更にでっかくしたような分厚い本を提げている。
手に握られた彼女の背丈より大きな杖は、下端が鋭く尖っていて、上の方は太くとぐろを巻いたような不思議なデザインだった。
────そう、彼女の格好はまさに、ゲームやアニメなんかで見かける魔法使いの様相そのものだったのだ。
「魔法つかい……?」
「あ、はい! 申し遅れました! 私、勇者さまの旅に同行させていただきます。魔法使いの『フラウ』と申します!」
フラウと名乗った少女は、ぺこりと丁寧に頭を下げる。
たしかに、言った。彼女は魔法使いだと。
そして、俺の事を『勇者さま』と……。
「…………?」
しばらく黙考する男を目の前に、フラウが不思議そうに首を傾げる。
その瞬間────、カブが唸りを上げて走り出した!
「ごめん、フラウちゃん! さようならー!」
なんという事だ! かなり可愛い子だったのに! というか好みド真ん中だったのに!
よりによって、『向こう側』とは……!
はっきり言って、まだ状況が飲み込めていなかった。
ノルディアード王国なんて国、聞いた事がない。
でも、あの説明が確かなら、ここはその国の首都のしかも王宮の中で、フラウちゃん含め、追い掛けて来た兵士や執事みたいな人達はここの使用人(?)って事になるのだろうか?
頭の中に、『もしかして:異世界』とにわかに文字が浮かんできた。
だとしたらマズい。
死にたくない。
異世界で生きろなんて、しかも悪と戦えだなんて、ムゥーーリィーーーーーーっ!!
こちとら運動経験もロクにない30手前のおにぃさんだぞ?!
ちょっと戦いの心得があったり、やたらと運動神経のいい二次元主人公たちとは違うのだ!!
「勇者さま!! こっちは玉間とは反対にございます。お戻りください!」
心の中でヘタレ全開な叫びを上げていた所へ、不意にフラウの声が聞こえた。
「へ?!」
その方向。つまり、左隣を見ると、果たして彼女はそこにいた。
物凄い勢いで後方へ流れ去る大理石の壁を背景に、メッチャ走っていた。
その可愛い顔に似合わず、分厚く重たいマントが水平近くまでたなびく勢いで風を切っている。
「でぇえーーーーーーーッ!!??」
その光景に、思わず意味不明な叫び声が出た。
右手はスロットル全開。
咆哮を上げるエンジンが、スピードメーターの針をぐんぐん押し上げている。
だというのに!
なぜ、そこにいる……!
「くそっ! これでどうだ!」
ギアを1段上げ、更に加速。
大理石の床を蹴るタイヤがキュキュッ! と短い悲鳴を上げた。
「いけません!! 勇者さま! この先は────!」
フラウの声が聞こえたと同時、ハッと前を見る。
するとどうだろう。数メートル先は階段ではないか!!
しかも、結構な高さだ。
段差の先に見える地面は結構遠い。10メートルくらいの落差は余裕でありそうだ。
慌ててブレーキを掛けようとしたが、間に合わない。
右手がブレーキレバーを握る前に、地面との接地感が消えた。
突如として抵抗を失ったエンジンがブウィィイーーーーンッ!! と大きく唸り、草史を空の旅へと誘う。
死ぬ間際の光景はスローモーションで見えるって良く言うけど、なるほど、これの事か……。
などと考えながら眼下の光景に目をやる。
遥か下の大理石の床は、くもり一つなく磨き上げられてぴっかぴかだ。
そこに一直線に敷かれた紅い絨毯。細かく施された金糸の装飾が美しい。
バイクの音を聞き付けて飛び出して来たであろう兵士達は皆、空を飛ぶ赤いバイクを見上げていた。
何とも言えない唖然とした表情が甲冑の下にハッキリ見える……。
「ぎゃぁあーーーーーーっ!! おーーーーちーーーーるぅーーーーーーーーーー!!」
鼻水やら涙やらを後方に吹っ飛ばしながら、草史は地面へ向かっていった。
間違いなく、ちょっとチビッた。
異世界といえど、世界の理は同じ。草史の乗ったバイクは、重力に引かれて地面に勢い良く激突────
────しなかった。
時間が止まったのかと思えるような光景。
バイクも、草史の身体も。地面から1メートルくらいの所でプカプカ浮いていた。
「勇者さま。お怪我はございませんか?」
フラウの声に振り向くと、果たして心配そうな表情の彼女が、そこにいた。
その手に握られた杖の先が光を放っている。
「もしかして、助けてくれたの?」
草史は四つん這いみたいな変な格好で宙に浮きながらフラウに問い掛けた。
ちょうど彼女の目線くらいの高さだから、さっきは帽子の影に隠れて見え難かった顔が今ははっきりと見える。
あれだけ走っていたのに、フラウは息一つ乱れていなかった。
「はい、当然です! 勇者さまと旅を共にし、お守りするのが私の使命ですから!!」
そう言って得意気に鼻を鳴らす彼女は、やはり可愛い。
「ところで、さっき走って着いて来てたよね? あれも魔法なの?」
「はい!」
「結構なスピード出てたと思うんだけど?」
「身体強化術と、加速魔法を併せて使えば、あれくらい楽勝です!」
「そっか……」
しっかりとメーターを見たわけではないが、60km/hは出てたと思う。
それが楽勝って……。
「勇者さま、玉間に戻りましょう。皆、心配していると思いますよ?」
フラウの言葉に、何て答えればいいのやらと考えていると、周囲の兵士達が集まってきた。
どうやら、観念して捕まるしかないようだ。
・
・
・
「やっと戻ったか、勇者よ」
静かな玉間に、国王の声だけが静かに響く。
なんだか、空気が重すぎて逃げ出したくなってしまいそうだ。
しかし、それはできない。
草史は、後ろ手に縛られているからだ。
勇者なんて呼ばれている割には扱いが雑すぎやしないか? なんて思いながら、草史は口を開く。
「あの、国王さま」
「ん、なんだ?」
「こんな、ひょろっこい僕の何を見て、勇者だと思ったのです?」
そう、これが気になってしかたなかった。
確かに、召喚の魔方陣から光と共に現れたりなんかしたら、勇者っぽく思えなくもないだろう。
しかし、よくよく見ればそこに居るのは三十路手前の細っこい男で、とても戦いに赴けるような容姿ではないのだ。
ただ「召喚して出てきたから」なんて理由で勇者扱いされているのなら、是非とも勇者じゃありませんと公言して元の世界に帰してもらいたい所だ。
「ふむ、お主のそれ」
そう言って、国王が示したのは、草史の後方。そこには、彼の乗っていた郵便バイクがあった。
「このカブがなにか?」
「カブというのか? その不思議な赤い荷車は……」
荷車と言われるとなんだか違和感があるが、こちらの世界の言葉で表せられる表現はそれしかないのかも知れない。
「そのカブが根拠よの。『異世界より召されし彼の者、神速で駆る赤き神器に乗って現れん』この予言書の言葉にぴったり当てハマるからの」
「……そ、それだけ?」
「それだけも何も、予言書にそう書いてあるんだもん」
「……」
「……」
「僕、郵便配達員なんですが?」
「ゆうび……? なんだそれは?」
「……」
「……」
「ここ! これ! この箱に書いてあるこの『〒(郵便マーク)』! これは神器でもなんでもないの!!」
草史は腕が使えない状態で、何とか身をよじりながらスーパーカブの荷台に乗った箱を示した。
しかし、王様の反応は草史の予想の斜め上をブッ飛んでいった。
「そ、それは! 伝説の剣の柄を象った勇者の印!! ほれ! 予言書の表紙にも!!」
郵便マークが「勇者の印」だって?
なんじゃそりゃ!!
しかし、王様の手にしっかりと握られた分厚い本の表紙には、そのど真ん中に「〒」とハッキリ書いてあるのだから隅に置けない。
勇者さまは郵便屋さんでした。なんて聞いたことあるか!
バカにしてんのか!!
なんて叫びたくなるが、実際に郵便マークが描かれた予言書が目の前にあるのだから、なんとも複雑な気分である。
「まぁ落ち着け。勇者よ。すぐにでも旅立って貰いたいところだが、今日は疲れもあるだろう。ここでゆっくりと休んでいくがいい────」
落ち着けと言われても落ち着けないわ!
しかし、そんな草史をよそに、話はどんどん進んでいく。
「フラウ、勇者さまの縄を解いてやりなさい」
「はい!」
国王の命令に、元気良く答えたフラウがどこからともなく現れ、草史の腕の縄を解く。
縛られていたのは時間にすれば10分ていどだったが、なんだかすごく自由に感じる。
手が動かせるって素晴らしい。
そんなまったく関係ない事を考えている草史をよそに、やはり話は進んでいく。
「────これから、お主の世話はそこの者が行う。旅にも同行する事になるから、よろしくしてやってほしい。フラウ。挨拶をしなさい」
「はい! 改めて、自己紹介させていただきます。私は、フラウ・シュバウツァー。魔法使いです! これからよろしくお願いします。勇者さま!」
可愛らしい声と表情でそう告げたフラウは、行儀良くペコリッと頭を下げた。
「ふむ、フラウは天然なところがあるが、腕は確かな魔法使いじゃ。旅で必ずや役に立つだろう……────」
「────あと、100mを4秒で走れる」
なるほど。
たしかに、最初に会った時もやたら速く走る子だなぁとは思ったが、100mを4秒とは……。
驚いたな。
時速90kmじゃないか!
「あははっ……。佐用ですか……」
相変わらずニコニコとしているフラウを前に、そんな言葉しかでてこなかった。
ていうか、彼女だけで魔王たおせそうじゃね?
そう思わずにはいられない草史であった。
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