第一章 異世界

第二話 俺は召喚された

 気がつくと、煙のようなものに包まれていた。


「やった! きっと今度こそ成功だわ!」


 すぐ近くから女の声がした。


 ――徐々に視界が晴れる。

 そこは薄暗い部屋だった。

 窓はない。電球ではなく、蝋燭の炎が微かに室内を照らしている。

 見渡した所、あまり広くはない。窓はなく、壁は石で出来ているようだ。

 明らかに、俺がさっきまでいた場所ではない!


 そして目の前には、先程の声の主だろう少女がいた。

 彼女はさらに俺に近づく。


「ねぇねぇ、あんた悪魔? 見た目は人間だけど、服は変よね」


 俺からすれば、おまえの方が変だ。中世の農村のコスプレかよ。

 そもそも悪魔ってなんだよ……。


 暗くてわかりにくいが、顔つき的に黄色人種モンゴロイドじゃなくて白色人種コーカソイドみたいだな……。

 なかなか可愛い顔をしているじゃないか。

 日本語が上手だな――いや、これは日本語じゃない?

 それなのに、日本語のように普通に理解できる⁉


「ここはどこだ? おまえは誰だ?」

「アタシはリーゼル。場所……? フリーデル村の近くとかでいいのかなぁ……って、あんた悪魔ならそれくらいわからないの?」

「悪魔ってなんだよ! どう見ても俺は普通に人間だろ?」


 念のために自分の手を見て見てみる。とりあえず見た限りは今までと変わりはない。

 漆黒くろくなっていたり、鋭い鉤爪があったりはしないぞ。


「えっ? だって悪魔召喚の儀式で呼び出したのよ!」

「は? 悪魔召喚? 儀式? 足元にあるのは……魔法陣?」


 どこか違う場所にのは間違いない。ただの冗談ではなさそうだ。

 そうなると、事態は深刻だ。ここは日本ではない可能性すらある。

 もしかしたら……。


「なにをやっているんだい?」


 突然、別の女の声がした。誰かが階段を降りてきている。

 驚くべきことにその人物の周りには光を放つなにかが、ゆっくりと飛び回っていた。

 最初、それを蛍だと思ったが、それにしてはは光が強いし、そもそも虫は


「アルビーネ先生!」


 リーゼルと名乗った少女は降りてきた女を見てそう言った。


    *


 俺たちは階段を上った。

 部屋の中の光源は、やはり蝋燭だった。

 謎の浮遊光源はいつの間にか消えていた。

 少なくとも中心に虫はいなかったと思う。

 時間帯は夜らしいが、月明かりが差し込む分、さっきの部屋よりはいくらか明い。

 ここは一階で、さっきは地下室だったらしい。

 部屋を見渡せば、すり鉢や天秤のようなものが見える。


「このバカ弟子が! あれほど悪魔召喚術には手を出すなと言っただろう」

「だって……」


 『アルビーネ』と呼ばれた背が高い女がリーゼルを叱る。

 彼女もやはり、白色人種コーカソイドだった。

 とても整った顔立ちで、さらになんというか……非常に素晴らしい体型スタイルをしている。

 服装はあの有名なRPGの白魔道士に近いだろうか?

 サブカラーが赤ではなく青だが。

 それほど体型を強調するような服ではないのだが、それでも体型の良さが隠しきれないところが逆に――ってなにを考えているんだ俺は!

 そして、アルビーネさんは俺の方を向き、


「で、おまえは悪魔なのかい?」


 と問う。またかよ。


「だから、人間ですって」

「そうかい。まぁ、私の見立てでは害はなさそうだね……。名前とかあるのかい?」


 俺の名前はきりさきゆうだが……。


「あるに決まってますよ。ユウト・キリサキです。しかし、人に尋ねる前に自分が名乗れって学校で習いませんでしたか?」


 ああ、自分で言ってみてはじめて気がついたけど、英語みたいに姓が後になる言語なのか。

 ちなみに『勇人』という名前はあの国民的RPGにちなんでつけられた。

 今、勇者どころか悪魔扱いされているけどな。


「そりゃ、悪かったね。あたしゃ、アルビーネ。まぁ、あんたには隠してもしょうがないね。魔術師だ」

「アルビーネ先生は魔術で達人で、『賢者』の異名で呼ばれることもあるのよ」


 リーゼルが人差し指を立てて誇らしげに言う。まるで自分のことのようだ。

 魔術師? そんな馬鹿な――と思いたいが、状況が状況だ。

 つまり、先程の不思議な光源も魔術ということか?


「ユートキリサキ? 変な名前ね」


 リーゼルが文句を言ってくる。そんなこと言われても、自分で決めたわけじゃないからな。そういえば、よく『切り裂き勇人』とか都市伝説みたいな仇名でからかわれたな……。


「『ニホン』では自然な名前だぞ。一応言っておくと、ユウトが名前で、キリサキは家名だ」


 まぁ、ヨーロッパあたりでもいるらしいな。JUDユートさん。


「ニホン? なにそれ、悪魔の国? アルビーネ先生は知っていますか?」


 悪魔の国ってなんだよ……。


「いや、知らないねぇ」


 しかし、『賢者』でも日本を知らない……なにかすごい嫌な予感がするぞ。

 そもそも、この人たちの言葉での『日本』がわからない。

 『ニホン』とそのまま発音しているのだ!

 アメリカ、イギリス、フランス、ドイツ、ロシア、中国――どの国の名前もこの人たちの言葉ではわからない!

 ――わからない?

 『わからない』ではなく、『存在しない』ではないのか……?


「家名があるって、あんた貴族?」


 リーゼルが自然ナチュラルに尋ねてくる。

 家名があったら貴族って、どんな時代だなんだよ。

 少なくともここは現代日本ではなさそうだ。


「いや、俺のいた国では平民には家名があるけど、逆に貴族にはないんだ」


 説明が面倒だから貴族でいいや。

 こんな異常な状況でなければ、説明するのも馬鹿らしいことだ。

 そういえばジャンヌ・ダルクって農家の娘なのに家名みたいなのがあるな。

 あれか、豊臣秀吉みたいなやつか。

 調べたいけどネットが使えない。不便だな……。

 ちょっとコンビニへ行くだけだからと、スマホを持たずに出たのが悔やまれる。

 しかし、スマホを持った状態で召喚されても、ここで通信できるのか?

 よく考えてみると、もし家の中にいるときに召喚されていたら靴すらなかったぞ……。


「へぇ、さすが悪魔の国ね」


 あー、なにがなんでも悪魔に仕立て上げる気か。中世の魔女狩りかよ。

 中世と言えば、この家ってなんか中世ヨーロッパっぽいな……。


「歳はいくつだい?」

「十八歳ですよ」

「リーゼルより一歳上だね」


 つまり、リーゼルは十七歳か……。まぁ、見た感じそんなところだろう。

 アルビーナさんの歳は……なぜか怖くて訊けない。


「結局、どうなっているんですか?」

「さぁね。リーゼルが悪魔召喚術でそのニホンとか言う国から呼び出したんだろう」


 ため息が出る。


「まったく、もし凶悪な悪魔を呼び出していたら殺されていたかもしれないんだよ?」

「その時は、返り討ちにしてやるわ!」


 リーゼルはガッツポーズを取りながら元気に答える。

 アルビーナさんはあからさまに呆れて、


「だからおまえはバカなんだよ。おまえがやろうとした悪魔召喚は超高難易度魔術だ。ちょっとした間違いでなにが起こるかわかったもんじゃない。現に今、そうなっている」


 ああ、とんでもないことになっているな。

 どんだけ遠くの人間を巻き込んでいるんだよ?

 それはそうと、一番肝心なことを訊いておかないと!


「で、俺はどうなるんですか?」

「どうしようもないね」

「え?」


 ん? なにかの聞き間違いかな?


「バカ弟子のしたことだ、とりあえずはウチで預かるしかないね。リーゼル、おまえが責任持って面倒見るんだよ」

「は~い」


 リーゼルは元気に手を上げて返事をする。

 俺は拾ってきた犬かよ……。


「ところで……」


 あれ、『電話』という言葉が出ない……。

 これはつまり、この世界、少なくてもこの言語圏内には電話という概念が存在しないということではないか?

 え? え? これって……。


「どうしたんだい?」

「いや、どうして俺はここの言葉が話せるのだろうかって」


 電話の説明は面倒なので、代わりに尋ねてみる。


「召喚術の影響じゃないかね。異なる世界の存在を呼んでくるときは、こっちの世界に適応させないといけない場合があるからね」

「な、なるほど……」


 『異なる世界』――ね……。


「とりあえず、寝床だね。余ってないから、リーゼルと共用しな」


 アルビーネさんはさらりと言う。


「えっ?」


 今なんて言った?

 このリーゼルっていう女の子と共用だって?

 なんか生意気だけど見た感じはかなり可愛い――じゃなくて!


「しょうがないわね~」


 え? なに納得しているの?

 ライトノベルならすごい拒否されるところだぞ?

 最初は同じ部屋で呼吸されるのも嫌ってたヒロインすらいたぞ?

 これが習慣の違いってやつか?


「……あまりくっつかないでよ?」


 あ、なんか安心できる台詞だ。

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