時間感覚と肉体系統の変化・リズム

不老不死から1万年後。

男、10020歳。


人類が絶滅してからすでに9600年経っており、すでに人類の残したものもほとんどその痕跡を残していなかった。

腐敗した人工物もほとんど原形をとどめていなかった。

過去に人間たちが環境問題などと騒いでいたのが嘘のようで、空気はきれいで空は青く、大地は緑でいっぱいになっていた。

それは人間がこの世に誕生する前の、原始的な地球の姿とほとんど同じであった。


男はまだそこにいた。


男は、何もしない時間が長くなっていた。

動かない時間が長く、たまに動くくらいの生活だった。


ものを考える時間が長くなっていた。しかしそれは男にとって苦痛な時間だった。



なぜこんなことになったのか。


男も以前は人間社会で生活していたのだった。しかしそのことはほとんど記憶になかった。はるか記憶の底に、幻のような思い出としてほんの少しだけ残っていた。

約1万年という年月は、わずか最初の数百年の人間社会での生活を忘れるには十分な長さだった。


自分は以前、あの騒がしい人間たちと一緒に生きていたのだ。

本当だっただろうか?あれは本当にあったことなのか?

もしかして自分は以前人間たちと過ごしていた夢を見ていて、人間社会というのは本当は最初から存在しなかったのではないか?

とか。


男には親がいた。友人もいた。

しかし親の顔も友人たちの顔も、まったく思い出せなかった。

それは苦痛なことではなかった。すでに他者に対する愛着というものがなくなっていた。


ただ「自分が何者か」ということに関しては不安を覚えることがあった。

だからたまに水面に映っている自分の顔を見て、自分は人間なのだ、人間とはこういう形をしているのだと確かめなくてはならなかった。そうしないと不安だった。



あるとき男は突然、衝動的に自殺を試みたことがあった。しかしそれらはもちろんすべて失敗に終わった。



自分と同じ種が、この世のどこにもいない。


男は考えた。地球にはもう人間はいない。

地球以外に、自分と同じ形をした生命体がいるだろうか?

あるいは再びこの地球で、生物が進化して自分と同じ人間が誕生するだろうか?



さて、1万年という長い年月に対応するためか、男の脳や体にはいくらか変化が起きていた。



時間感覚の変化


男は以前に比べ、時間感覚がかなり変化していた。非常に漫然とした、変化の少ない生活だった。

すでにかなり以前から「時間を数える」ということをしなくなっていたが、さらに「あの時からどれくらい時間がたったか」ということも考えなくなっていた。


通常、我々は以前あった出来事……たとえば学校を卒業したり、職業を変えたりという重要な人生のイベントから数えて何年くらい経過したかを覚えている。

例えば小学校を卒業したのが何歳で、それから何年経過して就職して、それから何年してどんな友人ができたか……など。


我々の記憶は、変化が大きいほどよく覚えているものである。

忙しい現代人は生活が目まぐるしいため、いつどこで何をしたのか覚えていないといけない。


逆にいえば、変化が少ないとあまり覚えられない、覚える必要がない。特に細かいことは覚えていない。

たとえば毎日たくさん電話する人は、「24日前、誰から何回電話がかかってきたか」など覚えていないものだ。

毎日似たようなことばかりしていると、いつ何をしたかなどいちいち覚えていない。


男の生活は、あまりに長い時間の中で生きていることと、変化の乏しい生活のため、「あれからどれくらい」という感覚が失われていた。

少し前のことくらいは覚えているのだが、それでも「少し前にこんなことがあった」というくらいである。


いつどこで、何をしたのかというのをほとんど覚えていないようになった。



リズム


男は日々の記憶に関してはこのようにかなりあいまいになっていたが、これとは別に、男の生活にはっきりしたリズムのようなものができており、毎日同じことをしている限り、それに関する記憶は強固だった。

たとえば毎日決まった時刻に散歩に出かけ、近くの海を通り、山を越え、戻ってくるというようなことをしていたが、そういうことを男は何千、何万、何十万回と繰り返しているのである。

ものすごい数繰り返しているので、その分強く覚えている、ということである。


散歩するとき、どの道をどれくらいの速さで歩くと、帰ってくるときに太陽がどれくらいの高さになっているかとか、非常に細かいところまで予測できた。非常に多く繰り返しているとそういうのがわかるようになるものである。


そういう感じで生活にリズムがあり、つまり男は割と規則正しい生活をしていた。

決まった時間に起き、決まった時間に決まった場所へ行き、決まった時間に帰ってきて、決まった時間に就寝していた。

たまに旅することもあったが、しばらくしたら元の場所に帰ってきた。

なぜそうするのか、男自身にもよくわからなかった。なんとなく、移住し続けるというようなことはしたくなかった。定住していたかった。



さらにこれよりも大きな時間軸のリズムもできていた。

それは活動期と休止期という変化であり、年単位でやってきた。

およそ、10年間眠りつづけた後、2~4年程度、普通の人間らしい生活をする、というものだった。


人間の生活にはある程度の変化が必要で、あまりにも規則的で変化のない生活は苦痛が過ぎる。

その苦痛を避けるために男の体が自然にこのように変化したのだろうか、このような「休止期」という、ほとんど寝て過ごす期間ができあがった。

寝たり起きたりを繰り返すことで、ある程度生活にメリハリをつけることができた。

いわば長い時間に適応するための、一種の「進化」といえよう。



身体・内臓的変化


男の体、特に内臓や血管系に変化が起きていた(不老不死といえど、破壊されない程度に変化を起こすことは可能なようだ)


顕著な特徴として、血圧と脈拍が以前よりもずいぶん下がっていた。

男は狩りや採取をする必要もないため、体を激しく動かす必要がない。そのためか以前に比べ、血圧の平均は約半分ほどに、脈拍の平均は3分の1~4分の1程度まで下がっていた。


これに従って、食物を消化する速度や全身に血液が回る速さ、呼吸の速さも同様に遅くなっていった。

全体としては、動きがゆったりとしており、その動きは象のような大きな動物に近かった。


休止期に関してはさらにこれらが下がっており、血圧は活動期のさらに半分程度、脈拍も眠りの深い間は1分間に1ケタ程度だった。

そのため起床しても体がだるい時間が続き、完全に目が覚めるまでに数週間の時間がかかった。



これらの変化のため、何万年と生きている男であるが、実際にはそこまで長い時間を苦痛に味わっているわけではなかった。

ぼーっとしている時間も長く、ちょうど我々が眠っている間に時間があっという間に過ぎるように感じるのと同じで、我々が想像するほどには男は時間を長く感じてはいない。


ただそれでも我々現代人の数十年という寿命に比べればはるかに長いスパンで生きているので、膨大かつ漫然とした時間感覚は常にある。

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