二つの天秤




「さて、準備はいいか?」



「準備してもしなくても変わらないだろ」



「ま、死角から襲うのはお約束だな」



 そんな約束など知らん。



 初の色物二課での大規模作戦を終えた翌日。

 本来ならば休みのはずなのだが、対策庁訓練場の一角でとある人物と向かい合う事になっている。


 なに、呼び出されたわけじゃない。

 むしろ此方からお願いしたことだ。

 割かし、というより相当忙しいはずの立場だが、連絡を入れると二つ返事で場所と時間を伝えてくれた。


 そういう意味では自分は相当恵まれていると思う。

 本当にこうやって付き合ってくれてくれることは有り難いの一言に尽きる。




「ほら。ケツががら空きだぜ」



「っ――!!」




 最高位の実力者AAAランクから模擬戦形式とはいえ手ほどきを受けることができるのだから。




「痛って――! バッドなんてどこから持ってきた!?」



「え? 空から降ってきた」



「嘘つけっ! んなわけあるか!!」



 模擬戦形式というよりかは、昔の様に遊ばれている印象が非常に強い気がするが一応模擬戦と言ってもいいだろう。そうであってほしい。



 背後に振り返ると、いつの間にか正面から消え失せてケツバットを叩き込んでくれた後見人、天野 恭平が煽るような笑顔でいつも通りアホな事を抜かしていた。




「ほら上見ろよ、何もしないから」



「あ? 何も…………ウッソだろ……」



 言葉に従い上を向くと、そこにはどこから現れたのかわからない大量のバッドが自分目掛けて落下してきていた。



「ちょっ!」



 どうして上空からバッドが降って来ているのか質問をぶつけたい所だが、先にバッドから身を守ることを優先して飛び退るが、釘が打ち込まれた数本の木製バッドが地面に突き刺さる前に曲がるように向きを変えて此方へと突っ込んでくる。



「おまっ!?」



 流石にあれは痛そうだと横に滑りながら迫るバッドをやり過ごすが、通過した物体が慣性を無視して再び此方へと曲がりながら突っ込んでくる姿が目に映った。




「どこから!?」



 身体を捻って回避する。

 すれ違う際にバッドから魔力を感じてアロハシャツの後見人に視線をやると、両手の人差し指で何かを操るように動かしているのを確認できた。

 予想通り下手人はあのキチガイのようだ。



「授業中の間という条件だが、都内の野球部全てに頼んだら快く貸してくれたぞ。あ、木製は元々ストックしていたネタ用な」



 いつの間にか金属バッドも釘バッドと同じく襲いかかってくる中、グラサンを掛けながら冗談みたいな情報を伝えてくれた。


 嘘みたいに思うが、目の前の人物ならやりかねない。

 というか多分やったのだろう。



――ホント。ネタに走るトップで申し訳ない。



 まぁ平時は頭がおかしいことを知らない人からすれば、テレビの中でしか見たのことのない有名人のお願いに喜んで応えたのだろうと思う。

 本数が増えたホーミングバッドの嵐をやり過ごしながら、都内野球部の皆さんに下らないことで迷惑を掛けた事を謝罪する。


 

 それに国の防衛でトップに立つ人物だ。


 多感な年頃の高校生や同じ国に所属する教師である公務員としては断ろうとも思わないだろう。

 しかしまさか使い道がこんなネタの為だとは予想もつかないと思う。



「考え事とは余裕だな。じゃ、次のネタに走るか」


「隠す気ないな! おぃ!!」



 視界の中、訓練ではなくネタと言い切った特別対策室室長キチガイのグラサンに光が集まるのを確認する。

 あからさまな嫌な予感に、即座に強化魔導を起動。

 即座に横へ飛び、逃げる。



「ヤァマトッ! ダァマシィィっ!!」



 一瞬後に強烈な光と共にグラサンからレーザービームが発射され、先程まで自分がいた地面が焼かれていいくのが目に飛び込んできた。


 大和魂関係ないじゃん。



「最近のグラサンすげーわ」


「んなわけあるかぁ!!!」




 というかいくら科学魔導万能と呼ばれている時代でも、レーザー撃てるグラサンなんてあるわけ無いだろ。

 むしろ遠距離手段に乏しい俺が欲しいぐらいだ。


 いや、マジで。



 おそらく今のレーザーは異能に依るものだと判断できる。

 何故なら魔導で起こしたものなら、式を通して現象を表に出す際に必ず魔力反応があるはずだからだ。

 しかし、レーザーを発射した時に魔力反応を感じることはできなかった。


 つまり異能であるということ。


 異能は個人そのものが魔導式みたいなものであるため、表に式を出す必要がない。

 魔導と同じく魔力を源にしていようと一部を除き、身体の中で完結してから事象だけを表に出している。

 つまり大凡の異能は発動した際に魔力反応がないのである。


 それが異能の怖い所であり、非常に厄介な所だ。


 基本的にデバイスが必要な魔導士とは異なり、魔力が多いだけの一般人に成り済ますことができる。

 精密検査でも受けない限り、異能者かどうかは判別できないからだ。


 まぁこの話は俺の職務にあまり関係はないからここまでにしておこう。

 基本見つけ次第ぶん殴って拘束がデフォだ。

 見つけるにしても怪しいやつからぶん殴ればいいからだ。



 しかし、相変わらずこの世界最強である男の異能を理解することができない。

 空を走っている際や自分を治療している時、果ては今みたいにネタに走っている時など、一つ一つなら説明が付くのだが全てとなると全く解らなくなる。


 曰く、命すら秤にかける極東の魔王。

 曰く、万物全てに影響を与える始まりの異能

 故に、【全能の天秤オールバランサー



 まぁ、自分如きが予想できるほど”特異能”ユニークワンと呼ばれている能力は甘くないのだろう。




「さて、準備運動はこのあたりでいいか」


「おい。割りかし本気で避けまくったんだが? 最後のネタなんか当たったら死ぬような攻撃なんだが?」


「大丈夫だ。土手っ腹に穴が空くぐらいだ。死ななきゃ安い」



 縦横無尽に襲いかかるバッドとグラサンレーザーが準備運動とのたまう後見人に頭が痛くなった。

 思わず天を仰ぎそうになるが、正面から圧力を感じた為意識を切り替えて相手に注視する。



力の絶対量スケールは落とす。しかし加減はしないぞ。重症になって残りの休日を潰したくなかったら死ぬ気で捌け」



 いつの間にか腰を落として構えている男は先程とは違い、軽い調子は失せ真剣な雰囲気を纏っていた。



「応っ」



 恭平の下段に構えた拳が下に降りて行く。

 そして拳が止まったと思った時には、目の前で拳を振りかぶっていた。



――っ!」



「――おぁっ!」



 瞬きをした覚えはない、目を離したわけでもない。しかし意識の隙間を突かれた。


 縮地、抜き足等、様々な呼び名はあるが根底に座す理屈は変わらない。

 相手の意識の間隙を突き、距離を詰める高等歩法。

 常人が努力しても辿り着けるかすら怪しい領域の絶技。



「破――っ!!」


「――ちぃ!!」



 拳を逸らして捌くと再び目の前から掻き消え、斜め後ろから気配を感じ振り返ると同時に腰を落としてやり過ごすと、手刀が後頭部のあった所を通過した。



 間違っても受けるような事はしない。

 受ければ防御なんて意味もなく、衝撃は此方まで届いてくるからだ。


 浸透勁。

 打点をずらして衝撃を相手に伝える技術。

 達人になれば空を殴るだけで相手に衝撃を伝えられる。

 防御の上から心臓に直接打撃を与えることもできるだろう。


 自分も多少は使うことができる、しかしレベルが違う。

 その為、受けた打撃に合わせて受け流す事はできない。

 二百年以上戦いに生き、それを極めている相手なのだから尚の事。




 今襲い掛かってきた手刀はもちろん。

 昔食らったデコピンにすら使っているのを覚えている。



 よって全ての打撃は受けちゃいけない。

 受けたが最後、そのまま体勢を崩され為す術無く気絶させられる。





「おっ――らぁっ!!」




――強化魔導式リミテッド限定駆動ドライブ




 続けて迫る踵落とし。このままでは避けきれないとフルドライブの亜種、リミテッドドライブで

脚力と反応速度を強化。


 身体を回転させながら踵落としをやり過ごし、そのままの勢いで回し蹴りを放つ。



 リミテッドドライブ。

 燃費の悪さと引き換えに全てを短時間強化するフルドライブを、必要な所に必要な分だけ強化する様に改良したもの。


 ここ数日必要以上にフルドライブを使い続けていたのもこれの改良の為。

 どうしても特定の箇所だけ強化しようとするとフルドライブよりも性能が落ちてしまい、普通の魔導強化と変わらなくなってしまう。

 その為フルドライブを使い続けることで感覚を身体に覚え込ませ、特定箇所での再現を可能にすることができた。


 これでフルドライブ最大の欠点である燃費の悪さを解消することができた。

 これなら発動を途中で解除したり、解除した後の反動を抑えたりすることができる。

 フルドライブも途中で解除できるが、意外としんどいものがあるのだ。



 しかしデメリットもある。

 任意で強化する箇所を決めている為、自分の反応が追いつかなければフルドライブよりも被害が大きくなる可能性がある。

 予想外の攻撃を受けた時、受けた箇所の強化が間に合わないからだ。





「おうおう。これまた面白いのを使うようになったな」




 案の定放った回し蹴りは軽い調子で受け止められてしまう。

 一応衝撃を透したつもりだったんだが、やはりダメだったらしい。

 完全に受け流されている。




「よっと」



「おぉう」



 受け止められた足を乱暴に振り払われ、体勢を崩しながらも下がって構えを取る。




「ある程度は使い物になるようになったな。じゃ、レクチャーツーだ」




 散歩にでも行くかの様に軽い口調で言葉を放つと再び姿を見失い、上から気配を感じて前に転がりながら降ってきた拳を避ける。




「天秤は自覚しないと意味がない」




 転がった勢いで立ち上がり振り返ると十を超える魔力弾が襲いかかくるのを確認して横へ飛ぶように移動してやり過ごす。




「何故なら俺の天秤とお前の天秤は違うからだ」




 やり過ごした魔力弾の一つが向きを変え、自分に襲いかかってくる。

 拳を強化して振り払い、霧散した魔力の光から上段蹴りが迫る。



「よって教えることはできないし、できたとしてもしない。自分の能力だ。それが当たり前だ」



 捌ききれないと悟り、腕を強化。

 蹴り飛ばされる方向に自分から跳躍して少しでも衝撃を逃しながら受け止める。




「ある程度使えるようになった今なら気づいているだろ。天秤がどういうものかを」




 蹴り飛ばされる中、伝わってくる衝撃が少ないことに気づく。

 向こうが本気なら力を落としていようと今の一撃で戦闘不能になっていただろう。

 つまりこれは恭平からのメッセージ。


 魔導だけで戦うの満足しただろう?

 いつまで使い惜しむつもりだ? 

 やる気が無いなら終わりにするぞと。



 わかっていたさ。

 多少小賢しい技を覚えた所で自分の実力がこんなものだということを。

 いいじゃない、男の子なんだから新しい技覚えたら使いたいじゃない。




 此方が動くのを待つつもりなのか、改めて目の前で佇む男を見る。


 頭の上にグラサンを掛け、青いアロハにビーチサンダル。

 どんなにふざけた格好をしようと目の前の男が最強である事実は変わらない。




 未だ存在し続ける古の英雄。


 特別対策室化物集団のトップ。


 対策庁の最終兵器。


 リストランク世界三位。


 対人戦世界最強。




 天秤と一括りにされているが、実際の所自分の天秤と目の前の最強の天秤は違うのだろう。

 何故ならこの男に子供は居ないはずだからだ。

 故に異能を引き継ぐ家系は存在しない。



 そして何の因果か、異能をごちゃ混ぜに抱き込んだ遠野の家にたまたま自分という異分子が生まれた。

 それが俺、【蒼白の天秤パレーバランサー】。


 そして最強から見て、ごちゃ混ぜの末に生まれた俺の異能はどうやら天秤と似通っていたのだろう。

 天秤と言う名を与え、こうやって強くなるために扱いてくれるのだから勘違いだとしても有り難い。



 なら、憧れた背中に、成りたい自分に少しでも近づく為にも全力で行かせてもらおう。

 ちょうど異能込みで使える切り札も浮かんでいた所だ。






「後で必ず倒れるからよろしく」



「応。おせーんだよ、待ちくたびれたぞ」



 息を大きく吸い込み覚悟を決める。

 正直反動が大きすぎて使いたくないが、これも必要な過程だ。




――――【蒼白の天秤】起動っ!!



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