出撃の色物二課



 左腕に着けているデバイスで時刻を確認すると間もなく午後六時を指そうとしていた。

 だいぶ長い間物陰に隠れている所為で身体が固くなっているのを自覚するが、ほぐす為に柔軟をするわけにもいかない。

 派手な動きをすれば此方の存在を気取られしまう可能性があるからだ。



 何故なら自分は現在、マークしていた犯罪者のアジトの近くで見張りの為に隠れている。




 隠れている俺の格好は普段着ている対策庁の制服の上から周囲のコンクリートに色を合わせたグレーのマントを纏い、露出しているのは手と顔だけ。

 そこから更に迷彩魔導を掛けて完全に周囲に溶け込んでいる状態だ。


 この状態の自分を見つけようとするなら、建物に魔導遮断式を掛けて、更に此方がここにいると察した上で望遠鏡なり魔導で視力を強化したりしない限り、発見はされないだろう。



 時間が夕暮れから夜に差し掛かってきている為、魔導が無くても見つかる可能性は限りなく低いが、この大事な局面で存在を露見させるわけには行かない。

 念には念を入れて発動し続けている。






(異常は無いな)




 自分の中で目的を再確認しながら改めて周囲を確認する。


 ここは都市郊外に存在する開発が断念され、何時撤去されるかわからない廃屋が立ち並ぶ”都市のなりそこない”となった場所。

 何故開発が断念されたかは、知らない。

 政治家の汚職かもしれないし、純粋に見切り発車で予算が足りなくなったのかもしれない。

 歴史や時事など高校以来やっていない自分からすれば、調べようとも思わない物だ。




 しかし、自分からすればどうでもいい場所だが、一旗揚げようと躍起になっている犯罪者達にとっては絶好の潜伏場所や取引場所となる。


 そして正に今、犯罪者達が大きな取引を行うという情報が捜査の結果導き出され、こうして自分が仲間達と交代で現場を抑えるために張り込んでいるのだ。



 内容は武器の密輸。場所は割れ、時間も把握している。

 廃屋の三階、その窓から取引場所となる建物を見張っている。

 情報通りなら間もなく取引が行われるはずだ。



(今のところ人気はないな)



 辺りの建物も確認してみるが、大きな動きはない。

 周囲を囲むように特殊捜査係総出で見張っている為、何かあればすぐに連絡が来るはずだ。


 しかし作戦前に確認した同僚達のテンションは割とおかしなことになっていたのを思い出した。

 喜びから小躍りしながら狂喜乱舞していたりと、色々特筆すべきことが溢れているのだが、最も印象に残った一言を上げるならばこれだ。



――合法的に犯罪者をサンドバッグにできるぞぉ!!



 本当にここは政府機関なのか解らなくなったが、おそらく同僚達も色々と溜まっているのだろう。

 自分に回ってきた調査なんかも割とキツめの内容だったと思うのだが、やはり来たばかりの自分と比較して同僚達の方がハードなのだろうか。


 しかしそれでもあそこまで喜ぶのは何かがおかしいと思う。

 改めて色物二課と呼ばれる要因を垣間見た気がする。




「カァァー」





 カチコミを発狂しながら喜んでいた同僚達を思い浮かべながらも、いい加減時刻が迫っているのに動きを見せない相手に嫌気が差してきた頃、離れた廃屋で集まっていたカラスの一羽が部屋へと飛び込んできた。



(連絡か……)



 自分の近くに降りたカラスの足に巻きつけられた紙を手早く回収する。



 回収が終わり、それまで大人しくしていたカラスが再び飛び立ち元の場所へと帰っていくのを確認して紙を開き、内容に目を通す。



――ブツヲ確認。六○一五、突入トス。



 内容は簡潔。

 されど自分が待ち望んでいた内容。



「よしっ」



 ブツが運び込まれたのであれば、しばらく相手が動くことはないだろう。

 外から見えないように窓から離れ、迷彩魔導を解除して固まった身体をほぐす為柔軟を開始する。



 一通り柔軟が終わり、最後にデバイスを確認していると後方から扉の開く音が耳に届く。



「よぉ、敵じゃないから安心しろ。だから構えを解け」



「鉄さんか。どうしたんだ?」




 いつも通りに気怠そうな雰囲気を纏う鉄さんを確認したことで、振り返った際に構えた拳を解いた。



「敵さんに見つかったかと思ったぞ」



「んなわけあるか。奴らは周囲の確認すらしてないトーシローだぞ? 俺が合流することになったのも、奴らが予想以上にズボラだったからだ」



 どうやら相手方は見張りを減らしても問題が無いぐらいに確認が甘いらしい。

 合流した鉄さんと情報のすり合わせをした所、取引相手が間もなく現場に到着するようで、突入はそこにタイミングを合わせるとの事。



「にしても伝書鳩ならぬ伝書鴉は流石にやり過ぎな気がするぞ」



「まぁ、万が一魔力検知に引っ掛かる事を考えれば安いもんだろ」




 作戦前に伝えられた情報伝達手段がカラスだと聞いて耳を疑った。

 まぁ確かに魔力検知で引っ掛かるよりはマシだろう。

 よくピンポイントでカラスを操る異能なんてあったもんだと思う。



「あぁ、他の部署で色々問題を起こした奴を係長が面白いと言って引っ張ってきた」



「なんも言えんわ。で、問題って?」



「魔力弾の豪雨で敵味方問わずに沈めまくった」



「ごめん、一人しか浮かんでこないわ」



 お前か藤堂。

 今まで魔導士だと思ってたら異能者だったのかよ。

 特に今までそういった内容を聞かなかったから分からなかったわ。




「で、不用心なアホが増えたぞ」



 まさかの異能に固まっていると鉄さんが笑いながら窓を指し示す。

 そこには黒塗りの車が数台停まり、中から男達が辺りを確認することもなく建物へ入っていく姿が目に映った。



「ホントになんの警戒もしてないな」




 後は取引現場を確認した仲間の合図で一斉に突入して捕縛すれば、この長かった張り込みが終わる。

 抵抗する輩がいるのなら、多少待ち続けた鬱憤を少しはぶつけて構わないだろう。




「さってと」



「え? ちょっと何してんの?」



 おもむろに隣に居た鉄さんが特大の魔力球を生み出し、取引現場の建物へと射出しようとしていた。

 合図はまだ来ていない。作戦内容と違う内容に戸惑いを隠すこと無くぶつけるが、返ってきたのはこいつ何言ってるのか解らないといった空気で笑い。




「何ってアドリブだよ。なぁに、何かあっても奴らの所為にすればいい」



――アカン。そういえば鉄さんもあちら側だった。




 次の瞬間、身体を揺らすような轟音が響き、目を向けると目標となる建物の半分が吹き飛ぶ光景が見えた。

 隣から聞こえる豪快な笑い声に視線を移すと、爆発など気にも止めず魔力球をぶっ放す鉄さんがいた。



「先越されたなぁ。合図が出たから行くぞ」



「あれが合図っておかしくない!? 建物が半分以上ぶっ飛んでんだけど!?」



「最近つまらないからドデカイ花火打ち上げたいとか言ってたからしょうがねーと思うぞ」



――やっぱキチガイの仲間はキチガイしかいないのか。



 事前の打ち合わせと異なる合図に戸惑いを隠せないが、始まってしまったものはどうしようもない。

 魔導式を起動。身体を強化して臨戦態勢に入る。



 突如起きた爆発により、状況が理解できず逃げ惑う犯罪者達を次々と叩きのめし、いや、捕縛していく様が目に入る。



「これ、俺らいらないんじゃね?」



「なに、取りこぼしが無い様に俺らがいるんだよ。ほら、派手に行って来い」



 四方を囲まれるように追い立てられた集団は、必然的に未だ動きを起こしていない此方へと追い込まれていく。


 初の大規模検挙ということもあり、成功させるという意味でも此方へと追い立ててくれたのだろう。

 面倒くさい事この上ない状況。

 とても有り難いとは言えないが、仕事故にやらざる負えない。

 それに役立たずになりたいわけでもない。



 念の為の後方待機に徹するつもりなのか動こうとしない鉄さんに促され、逃げ惑う集団目掛けて窓から飛び出した。





 宙に足場となる障壁を展開し飛び移りながら、相手の目の前に落ちるように位置を整えて急降下する。



 調節した際に高さが上がった為、このまま着地すれば捕縛どころではなく、結構ひどい怪我をする事になるだろうと思いギアを上げる。





――強化魔導フル式、全開駆動ドライブ




 勢いを付けて降りたこともあり質量の何倍もの衝撃が地面に伝わった為、身体から溢れ出る魔力とともに破片を巻き上げながら着地する。




「――さて、貴様らには三つの選択肢がある」



 まず一つ。



「振り返れ。パンツ一枚のメガネマッチョが見えるだろう。――――変態だ。抵抗を紙のように破り捨てて身体を折り曲げることを得意とする変態だ。そして最も後遺症に苦しむことになるだろう。下手したら二度と自分の足で立てなくなるかもしれない」



 二つ。



「上を見ろ。喜びのあまり頭を振っている男がいるだろう?――――キチガイだ。犯罪者をサンドバックにする事を生き甲斐とするキチガイだ。だが、制圧魔導であるが故に最も被害が少ないと思う」




 そして最後。



「――ふんっ!!」




 足を振り上げ震脚の要領でアスファルトを粉々に踏み砕く。




「降伏を断った場合、十秒後に訪れる貴様らの末路だ」






『葵くんに私達の事をとやかく言う資格が無いことが満場一致で決まったよ。それは降伏勧告じゃなくて脅迫って言うんだよ。とりあえずお疲れ様。後は縛り上げて護送するだけだから』




 解せぬ。



 もう隠す必要が無い為か、通信を入れてきた杉山に視線を向けると念動力を使って玉入れの様に次々と護送車へ犯罪者達を放り込んでいる姿が目に映った。

 


 アスファルトを踏み砕けたのも長年手入れされていなかった所為で、元々ひび割れたりと強度が落ちていたからできたことだ。

 だが、今更何を言おうと信じて貰えないだろうと諦めて嘆息する。


 目の前で恐怖に震え、腰を抜かしている犯罪者達の首根っこを掴み杉山と同じ要領で護送車に放り投げていくと、いい笑顔で近づいて来る同僚達が目に入り、静かに天を仰いだ。




――やっべ、染まってるかもしれない。



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