求め、伸ばした小さな手
取り逃がしたことに思わず天を仰ぐ。
転移持ちならほぼ確実に逃走できるだろう。
道理で侵入者が来ても最期まで隠蔽に勤しんでいたわけだ。
だが、取り逃がした事実に変わりはない。
なんとか意識を切り替え、魔力による照明を浮かべて周りを確認する。
周囲にはポッドが乱立しており、先程の戦闘で多少破壊されたのか、
中の液体が流れ出ている物もあった。しかし、半数以上は無事なようだ。
無事な物の中には、人の形らしき姿をしたモノが浮かんでいた。
制作過程で人の形に成れなかった者達だろう。
上半身だけ出来上がっている者。
四肢の無い者もいれば、皮膚のない者。
内蔵だけの者と、激しくグロテスクな光景が延々と並んでいる。
女性の仕業だろうか、ポッドに付いたバイタルサインを示す計器が激しく点滅していた。
大方、去り際に毒でも入れたか、生命維持装置を切られたのだろう。
この者たちは、間もなくこの世を去るのだとわかった。
「――――――弄ばれた者達に安息あれ…………」
狂気の研究により、死ぬことすら許されなかった者たちは、漸く他の命と同じく大地に還る事ができる。
生きているどころか、魂すらあるかわからない存在だが、自分が勝手に祈ることぐらいは構わないだろう。
日本男児として散っていく命に貴賎は無いと思いたい。
黙祷を終え、コンソールへと向かう。
叩き壊されてはいるが、ある程度の情報は拾えだろうと考え、HDDを引っこ抜く。
処分しきれずに散乱している書類が目に留まり、手を出そうとした時、
後ろから甲高い機械音が響いた。
振り返り視線をを向けた先には、先程のポッドよりも二回りほど大きい物が並んでいた。
手近なポッドに近づきながら中を見る。
液体に満たされたポッドには浮かんでいたのは、一糸まとわぬ幼い少女だった。
「完成例、または成功例ってところか……年は……10歳前後か?」
身体的欠損も無く、綺麗な体をしている。
肌の色からして健康体のように見える。
まぁ、専門的知識なんて持ち合わせてないから詳しくは分からないが、ざっと見た感じポッドから出しても生きていける様に感じた。
それにしても幼い。まぁポッドで生まれたのであれば仕方がないと言えばそうか。
クローンないし、人造計画がここまで進んでいるとは。
この結果を考えると、白衣の女性を取り逃したのは本当に痛い。
近い内に、この研究でどこかの国が荒れるんだろうなぁ。
責任問題はこっちには無いだろうし、あるとしたらこの国だ。
それにすぐさま荒れるという事もないだろう。
その時はお偉いさんがどうにかしてくれると信じるしかない。
そんな事を考えながら、もう一度中の様子を伺う。
本来なら液体が酸素を運ぶ役割を果たしていたのだろう。
だが、生命維持装置を切られている今、ポッドはゆっくりと死へ向かう棺桶と変わっている。
酸素の供給が切れ、意識がないのか目を
――保護するか、生まれた命に罪はない。
里親が見つかるか、国の施設に入るのかはわからないが、
せっかく問題なく生きられる身体に生まれたんだ。
死んでいった同胞達のためにも、ここで死ぬよりはマシだろう。
自己満足なんだろうが、やらない善よりやる偽善だ。
「さて、ポッドを外すに……は?」
保護しようと彼女を助け出す為、改めてポッドの周りを確認する。
――どこじゃろほいっ!と、
軽い気持ちで点滅を繰り返すランプに目が行った辺りで固まってしまう。
正確には、そこに掛けられているプレートの内容。
なんてことはない、ただ名前が書いてあるだけ。
おそらくは複製元の名前。
だが、俺を固めるには十分すぎるものだった。
「Sayoko Tokiakari」
それが彼女の名前だった。
だが、彼女の名前ではない。
俺だけじゃない。
知名度は中学の歴史で習うと言えばわかるだろう。
始まりの異能者。
異能の原点。
第二次世界大戦の英雄。
十二家、時明初代当主。
それが時明 小夜子だ。
研究は想像以上に危険で、かつ最悪なまでに完成していた。
「――くっそがぁ! 人生最大級の厄ネタじゃねぇかっ!」
抑えきれずに叫ぶ声が室内に響いた。
有名人のクローンぐらいだったらまだ良い。
だが
保護すれば間違いなく戦争が起きる。
二百年以上前の偉人、しかも最強格の異能だ。
争奪戦が始まる。
どうやって遺伝子を入手したかはこの際無視するが、まず日本が黙っていない。
戦力の象徴と言ってもいい十二家のクローンだ。メンツの問題もある。
特に子孫である時明家が出て来るのは間違いないだろう。
もちろん、危険だと言うのもある。
その用途は多岐に渡り、薄れている血を濃くすることも、研究材料として因子の摘出、複製。
その上、純粋な戦力としても扱える。
どこの国でも欲しがるだろう。
その因子情報やクローン確保の為に、暗躍や武力衝突が起きるだろう。
そして、獲得した国は
それだけ始まりの異能というのは価値がある。
家に血縁として組み込むだけで強弱はあれ、異能が遺伝する。
世代を超えて時折現れる、【原初】の異能の一部を持つ【
第二次世界大戦が
なんとか均衡を保っている世界が再び戦火に見舞われる可能性がある。
しかもここは日本国外。
出向してきた人員は自分を含め少数しかいない。
相手取るのは国だ。
最低でもAランク以上の戦力を惜しみなく投入してくるだろう。
友好国であるこの国ですら、争奪戦に加わってきたなら保有のAA、下手したらAAAランクの投入すらありえる。
出向班で一番ランクが高いのは、多く見積もってBの俺なのだ。
増援が到着するまで持ちこたえることなんてできやしない。
それに関わったことが露見すれば、たとえ一つも情報を持ってなかったとしても、
俺自身、下手したら出向班全員が消される事になるかもしれない。
それだけ無意味なことをするほど国も必死になる。
左右のポッドにも目を向けると、正面の少女と同じく苦しんでいる二人のクローンがいた。
プレートには
日本に全力で喧嘩を売っているとしか思えない。十二家中、三家のクローンとか。
ヤバイってレベルじゃない。
「――消すか……?」
研究データが入っているだろうHDDとコンソールを完全に壊し、ヤバイ名前のクローン達をポッドごと破壊すればそれで済む。
罪のない少女達を
俺は聖人君子ではない。
赤の他人を犠牲にするのと、自分が犠牲になるのであれば迷わず他人を犠牲にする。
魔導式を起動。
必要な魔力を通して拳を握り構える。
悪いが犠牲になってもらうしかない。恨んでも構わない。
現代の優秀な魔導士や異能者のクローンだったなら、結果は変わったのだろう。
だが、今や詮無きこと。
目の前の現実は変わらない。
胸中を巡る複雑な想いを、噛み締めて右腕を引く。
生まれ変わりがあるなら、次こそは少女達が幸せになれることを願う。
「せめて安らかな眠りを――――――――」
これ以上苦しまぬよう、一撃で楽にしよう。
安らかに逝けるようにと、祈りを込めながら打ち込もうとした時。
「――――――っ!」
苦しんでいた彼女が目を開けて此方を見た。
嘘だろ。と呟きが漏れる。
打ち込もうとしていた腕だけでなく、意識も止まってしまう。
長い銀髪の少女がポッドの中から此方を見つめていた。
そしてもがき苦しむ中、小さな手を懸命に伸ばして口を動かした。
届くはずがない。液体に邪魔されて声としては成立してないのだから。
錯覚かもしれない。僅かに残った善性による幻聴だと割り切ったほうが身の為だ。
――――――た、す、け……てっ。
それは、確かに届いてしまった。
「――クソッタレっ!」
俺は拳を叩きつけた。
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