第14話 絶望のセレスティナ

 はぁ、はぁ、はぁ

 どれだけの敵を斬り伏せただろうか、流石にこの数で1000騎もの騎馬隊を防ぐには無理があった。

 幸い進行上にあった森を利用して何とか数の不利を補ってきたが、それもそろそろ限界に近づいてきた。兵士たちの疲れも見え初めているし、ヒールポーションも先ほど最後の一つを使い切ってしまった。

 森を迂回して300ほどの騎影がミレーナたちの方へ向かったとの報告も受けているから、恐らくこちらの援護に廻れるのはもっと後になるだろう。もしかして背後からの挟み撃ちで総崩れになっている可能性もある。

 そうなれば撤退は止むを得ないのかもしれないが、今ここで私たちがこの戦場を放棄しようものなら、ミレーナ達の撤退すら難しい状況となってしまうだろう。とどのつまり、私はここで戦い続けなければならないと言うことだ。


「おいおい、いい加減に諦めろや! どうせお前らは足止めしているつもりなんだろうが、それはこっちも同じなんだよ。」

「私たちを撹乱させようたってそうは行かないわ」

「はん、馬鹿か。俺が何の策もなく戦場に来てるとでも思っているのか、もうすぐ別の援軍が到着するんだよ」

「そんなハッタリが通用すると思って? スザク以外に帝国軍が援軍を出せるところはもう残っていないわ」

「あぁ、そうだ。俺ら帝国軍にはないが、何かを忘れちゃいねぇか? ここから北に何があるのかもう忘れちまったのか?」

 ここから北……っ、お父様の部隊か!

 確かにあそこには無傷といっても良い部隊が常駐している。今ここで攻め込まれたら一溜まりもないだろう。


 どうする? ここは一旦下がってミレーナの部隊と合流するか……いや、今背中を向けるのは相手の思う壺だ。もし本当にお父様の部隊が攻めてきたら今頃ミレーナ達は敗走しているだろうから、今ここで私たちも退却すれば挟み撃ちをされて全滅は必死。逆に敵の言動が嘘だった場合、私たちが退却もしくは突破されればミレーナ達は全滅となるだろう、どちらにせよ私がするべき事はここを死守するしかないのだ。たとえこの命が尽きようとも。


「私の決意は決まったわ。ここを突破したければ私たちを倒して行きなさい!」


***************


「見えたわ、シルメリア、敵の中央目掛けてもう一度だけ極大魔法をお願い」

「わかりました」

 極大魔法は魔力や体力の消費が激しいのは重々承知しているが、あと一度だけ敵を混乱させる事が出来れば少数の部隊でも勝機はある。


「天駆ける風の精霊が生み出す見えなき無数の刃と、その吹き荒れる風よ、一陣の嵐となり大気をなぎ払え、大嵐テンペスト!」

 シルメリアが唱えた魔法は天にも届くかの長い四本の竜巻。

 私はこの魔法に見覚えがあった。忘れるわけがない、これはローズさんがあの戦いで使っていた魔法と同じだ。


「すごい……」

 誰が放った言葉か分からないが間近で見ると、ここまで強大な魔法だったのかと改めて思い知らされる。シルメリアは今の一撃で力尽きたのか、ぐったり地面に膝をついていた。

「ありがとうシルメリア、後は私たちに任せて貴方はここで休んでいて……それじゃセレスティナ達を助けに行くわよ!」

『『『おぉーーー!!』』』


***************


 どうやらまだ戦う気があるらしい、折角忠告してやったと言うのに死に急ぎやがって。まぁいい、どう頑張っても俺らの勝利はくつがいらないし、化け物女も裏切り者の援軍で魔力も体力も底を尽きるだろう、そこに俺らが追い打ちをすれば勝利は確実にこちらに向くはずだ。


 もともと遅れて戦場に到着するつもりだったのだ、先に裏切り者をあの女の部隊とぶつけてから最後に俺の部隊が登場する。そうすればこちらは被害が少なくなるし、裏切り者の戦力を削ぐ事も出来る。

 せいぜい俺の為に同国同士潰し合いをしてくれ。


「貴方が大将ね、私はセレスティナ・ウエストガーデン、北の領地ローラレッドの公女よ」

「あぁん? ローラレッドって言えばあの裏切り者が治めていた領地じゃねぇか、今は解体されてなくなっちまったがな。

 そうか、聞いた事があるぜ、帝国に刃向かったとかで娘が投獄されたってな。はっは、馬鹿じゃねぇか、素直に父親の言う事を聞いていればこんなところで死なずに済んだのにな」

「何とでもいいなさい、私は私の信じる道を行くだけよ」

「だったらここで死んどけや!」

 振り抜いた剣を剣で受け止められる、この領地の連中は槍を好んで使うと聞いていたが、この女の持つ獲物は長身の剣。俺の持つ剣よりも長くせに、見事に攻撃を捌かれてしまう。だが……


「ほぉ、中々やるじゃねぇか。だかな、脇があめぇーんだよ!」

 剣捌きは上手いが力が全然足りていない上、体力も限界にきているようだ。

 力任せに何度も剣で攻め立てると相手は防戦一方となり、隙を見て足で馬の腹を蹴り上げる。

「ほらよっ」

「きゃっ」ドサッ

「なんだ、可愛らしい声を出すじゃねぇか。どうだ、命乞いするんだったら助けてやってもいいぜ、どうせ死ぬんだったらベットでくたばった方が楽じゃねぇか、ははは」

「ふざけないで、誰がアンタなんかに命乞いするか」


 落馬した際に肩でも打ち付けたのだろう、剣を持ちながら片腕を押さえ後退していく。

「おいおい、でかい口叩いておきながら逃げるってか? どうした、大将である俺の首が欲しいんじぇねぇのか?」

 健気にも必死に片手で剣を突きつけてくるが、すでにまともに剣も持てる状態ではないことは明らかだ。


「おーおー、意気がっちゃって。まぁいいや、気の強い女は好きじゃねぇんだ。テメェはここでくたばっとけや!」

 女の剣を力任せに弾き飛ばし、隙だらけになった脇腹に目掛けて剣を突きつけた。


***************


 ぐっ、落馬した際に受身が取れず左肩を地面に叩きつけてしまった。

 利き腕が無事だったのは助かったが肩の痛みで戦いに集中出来ない、恐らく打球か骨折ぐらいはしているかもしれない。

 敵の大将を討ち取れば勝機が見えるかとも思ったが、どうも甘い考えだった。


「おいおい、でかい口叩いておきながら逃げるってか? どうした、大将である俺の首が欲しいんじぇねぇのか?」

 欲しいに決まっている、この男さえ倒せば少なくともミレーナが背後から攻撃を受ける事はなくなるのだ。

 剣を突きつけながら後ろに後退していく。

(何か一瞬でも彼奴の気をそらす事ができれば……)


「おーおー、意気がっちゃって。まぁいいや、気の強い女は好きじゃねぇんだ。テメェはここでくたばっとけや!」

 掛け声と共に突き出される剣閃を、体を捻るように回転させながら右手の剣でカウンターを狙う。

「あめぇんだよ!」

「あっ、あ……」

 突如脇腹あたりに熱いものを感じたと思った瞬間、右手の剣はその重さに耐えられずぶらんと下にぶらさがり、急に両足に力が入らなくなる。

 見れば避けたはずの剣が私の体を貫いていた。

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