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 三村が乗り込んだ飛行船は、空母から接続を外すと、ゆったりとした速度で、バートル国王宮へと針路を取る。三村の飛行船を守るように、格納されていた他の飛行船も、次々と空母から離れ、隊列を作る。

 三村は操縦室の後ろに席を取っていた。舵輪を握る操縦士は、王子の存在に緊張している。市川たちは、三村を守る役目で、両隣にずらりと立ち並んでいた。

 空母と違い、飛行船の操縦室は窓があり、近づく王宮がぐんぐんと迫ってくる様子が、はっきりと目に取れるのだ。

 王宮の周りの城下町では、早速、敵軍の来襲とあって、風に乗って喇叭の警報が聞こえてくる。町の通りからは、慌てて家の中へ避難する町民たちの姿があった。

 時刻は、まだ朝早いせいか、町の家々からは、白い炊事の煙が、ゆらゆらと立ち昇っている。

 操縦室の小さなスクリーンには、空母が上空で待機している様子が映し出されている。

 三村は飛行船に乗り組む前に、ボルタ提督に、こちらから指示あるまで、絶対に戦闘行動に入らぬよう、厳命を与えていた。提督は、空母の艦橋で今頃、やきもきしているに違いない。

 望遠レンズが王宮正面の扉を映している。別スクリーンに、扉が開かれ、内部から騎馬隊が飛び出すのを捉えていた。騎馬隊は土埃を蹴立て、どっしりとした鎧で武装した兵士は、手に太い槍を抱えている。まるで中世の騎士そのものだ。

 飛行船が着陸すると、騎馬隊はずらりと円を描いて周囲を取り巻く。顔はすっぽり兜に覆われ、見えないが、射るような敵意が、兵士たちから発散しているのが判る。

 三村は飛行船の船長に、合図を送った。

 船長は、さっと敬礼をして、伝声管に向かった声を張り上げた。

「後甲板扉、開け!」

 微かな音がして、飛行船の後甲板の扉が開く気配がする。市川は身を乗り出し、外部監視カメラの映像に見入った。

 後甲板の扉が開かれ、そこからはバートル軍の兵士たちが、ぞろぞろと吐き出される。

 取り囲んでいたバートル国の騎馬隊に、動揺が走った。まさか、味方が現れるとは思っていなかったのだろう。

 しかも、吐き出されたバートル軍の兵士たちは皆、ドーデン軍の贈り物を大量に携えている。兵士たちの顔には満面の笑みが浮かび、騎馬隊を見て「やあやあ!」と手を振った。

「お前たち、どうしたのだ?」

 騎馬隊の隊長らしき男が、歩み寄った兵士たちに噛み付きそうな勢いで詰問する。兵士たちは、大きく頷いた。

「戦いは止めになっただ! これ、ドーデンの王子様からの贈り物だあよ!」

 贈り物の包みを掲げる兵士に、騎馬隊の兵士たちは驚きの声を上げた。

「何だと……? 貴様たち、ドーデンの奴らに買収されたのか? 使命を忘れたのか? エリカ姫を救出するため……」

 騎馬隊の詰問を、兵士たちは途中で遮った。

「その、お姫様だがね、一緒にいらっしゃっておられるだ! ほれ!」

 騎馬隊は身を捩って、飛行船に視線をやる。

 その時、三村を先頭に、市川たちはエリカ姫を伴い、外へと出て行った。エリカ姫の出現に、騎馬隊の兵士たちは歓声を上げていた。

 エリカ姫は三村の腕をしっかりと抱き寄せ、呆然と立ち竦んでいる騎馬隊の全員に向かって頷くと、腕を上げて手を振り返す。

 艶やかな笑みを浮かべ、エリカ姫は全員に向かって声を上げた。エリカ姫の声は、朗々と透き通って、全員の耳に達していた。

「皆さん! わたくしは、この度、正式にドーデン帝国の第五王子、アラン殿下との婚約を発表いたします。ついてはバートル国と、ドーデン帝国にあった誤解は消滅し、和平が結ばれる予定です!」

 三村が後を引き継いだ。

「姫の仰るように、ドーデン帝国と、貴国の僅かな擦れ違いは解消されました。ドーデン帝国は、バートル国に対し、生活向上のための技術援助──様々な蒸汽製品の提供、その他、蒸汽動力炉の建設、資金の無償援助などを約束します。我がドーデン帝国と、バートル国は、共に発展するのです!」

 騎馬隊の一騎が、どどどっ! と蹄を蹴立て、王宮へと急行していく。今の話を、大公に知らせに行くのだろう。

 両国の和平という重要な案件は、騎馬隊ごときでは処理できない。大公と王子との間でなければ、話を進められないのだ。

 やがて王宮の方向から、市川が最初に乗せられた馬車が近づいてきた。御者は狂ったように馬に鞭を当て、馬車は見るからに危なっかしい勢いで接近してくる。

 ああ、大丈夫かな……と、市川が思った瞬間、馬車はカーブを曲がり損ねた。

 大きく片側の車輪を浮かせたかと思うと、がくんと片方の車輪が外れる。

「お父様!」とエリカ姫が悲鳴を上げる。

 馬車はへたへたとした動きで、あっちにヨロヨロ、こっちにフラフラと酔っ払ったような動きで近づいてくる。それでも奇跡的に横転は免れ、ようやく飛行船の側に停車する。

 ばたん、と扉が開かれ、中から転げるように大公が姿を表す。相変わらず、目にも彩な、豪華な衣装を身に纏っていた。

 大公は車に酔ったのか、千鳥足のように頼りなく、飛行船に近づいた。エリカ姫は三村の側から離れ、大公に駆け寄った。

 ばったりと大公は道の小石に躓き、うつ伏せに倒れこんだ。姫は大公の側に膝まづいた。

「お父様! 帰ってまいりました!」

「おお……姫よ……!」

 大公は泥だらけの顔を挙げ、滂沱と両目から涙を溢れさせた。姫は父親を抱き寄せ、暫く二人は、おいおいと泣き交わす。

 感動の場面に、しんみりとした空気が漂った。

 やれやれ……と、市川は肩を竦めた。

 さてと……! 市川は視線を二人から外し、バートル国の王宮へと移す。

 いよいよ「導師」のお出ましのはずだが……。

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