第十二話 開戦! 編集作業{カッティング}

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 船窓に見えてきた帝国空軍を目にし、市川は信じられない思いに、背筋に戦慄が走るのを感じていた。

 本当に出現した!

 徹夜で市川と山田はドーデン帝国と、バートル国の戦備・装備一式を設定していた。設定されたメカ設定に、洋子が色を指定して、三村が受け取り木戸のOKサインが記されて戻ってきて、ようやく一段落したと安堵した。その一方で、本当に存在するようになるのか、一抹の疑いは拭いきれていなかった。

 空中に浮遊する帝国空軍で、一番よく目立つのは、空中空母である。現在、市川たちが乗り込んでいる飛行船を、十隻も格納できる巨大な円盤型の飛行船である。円盤型の船体下部に、放射状に飛行船が格納される仕組みだ。

 空母の周りには、護衛のための飛行機が旋回している。空中空母の上部は飛行甲板になっていて、小型の飛行機を発着できるように、カタパルトが装備されている。

 空母の背後には、陸軍を運ぶ輸送飛行船の群れが続いている。ずんぐりとした船体で、内部には戦車や、装甲車などを格納でき、もちろん兵士も満載できる。

 市川たちの乗り込む飛行船が空母に接近し、格納場所に接舷すると、内部の通路が繋がって、空母に直で行き来できる状態になる。

 三村――アラン王子を先頭に、飛行船側から空母内部へと進むと、そこは艦橋だ。

 艦橋には、無数の職員が忙しげに駆け回り、びっしりと並んだ無数の計器を真剣な表情で見入り、数値を手元のメモに素早く書きとめている。

 向こうでは多分、航法部であろう、巨大な机に地図が広げられ、多数の航法士が定規と、コンパスを手に、航路を書き込んでいる。

 艦橋には百人近くの人数が詰め込んでいるに関わらず、ほとんど雑音が聞こえない。みな、額を寄せ合い、囁くように各々の書きとめた数値を報告し合っている。

「アラン王子殿下、ご来臨――っ!」

 三村が艦橋に足を踏み込むと同時に、入口近くに控えていた議杖兵が、手にした爵丈の先を、とん、と床に叩いて叫んだ。

 途端に、さっと艦橋に緊張感が走り、全員が起立して三村を迎え入れる。

「ああ、そのまま任務を続けてください」

 三村は鷹揚な仕草で頷くと、悠然と艦橋の真ん中に進み出た。三村の横には、相変わらずエリカ姫が従っている。

 歩み寄った三村に、どっしりとした体躯の、真っ白な揉み上げを生やした、提督の階級章をつけた老人が近づいてきた。慇懃な仕草で一礼して、老人はさっと敬礼をする。

「帝国空軍、空中空母艦長、ボルタ准将であります! アラン王子殿下の御来光を賜り、恐悦至極で御座います!」

「よろしく……」

 短く答え、三村は答礼を返した。

 ボルタと名乗った老人は、三村の顔を見てほくほく顔になった。嬉しげに肩を揺すり、歌うように話し掛けた。

「我がドーデン帝国の空軍、陸軍の精鋭が集結いたしましたぞ! バートル国など、一捻りで負かしてしまいましょうぞ!」

 提督の言葉に、三村は少し眉を顰めた。

「准将……。わたくしは、できるなら、バートル国とは友好を取り戻したく、思っているのです。それに、ここにおわすのは、バートル国のエリカ姫ですぞ! お言葉に気をつけていただきたい!」

 ボルタ将軍は、目に見えて狼狽した。顔色が真っ赤に染まり、ふつふつと顔に汗が吹き出して全身を硬直させる。

「そ、それは……まことに……失礼……」

 しどろもどろになる。

 エリカは端然と笑い掛けた。

「いいのですよ、提督閣下! こうなったのも、わたくしの不徳……。悔やんでも、悔やみきれませぬ。今、願うのは、戦いが早く終わって、再び両国が友好を取り戻すその日が来るよう祈っています」

 背後に控えていた市川と、山田は素早く視線を交わし合った。

「どう思う、山田さん?」

 市川の問い掛けに、山田はジロリと横目で睨んできた。

「どう思うって、何がだよ?」

 市川は顎で、将軍を指し示す。

「あの爺さん、完全に普通の戦いが待っていると考えているらしいな。おれたちの設定した兵器が本当に装備されているなら、あんな言葉は出ないはずだ」

 山田は驚きに目を見開いた。

「それじゃ、おれたちの設定は無駄だったと言うのか? あの兵器は、実際には使われないと、君は主張するのかい?」

 市川は微かに首を振った。

「判らねえ……本当に、どうなるのか、おれには、さっぱり判らないんだ……」

 とにかく戦いが始まるまでは、何が起きるか誰にも判らない……。

 市川は密かに唇を噛みしめていた。

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