第九話 回想の吹き込み{アフレコ}・音入れ{ダビング}

1

「実に見事な剣さばきであった! 拙者、感服いたしたぞ!」

 つやつやと頬に赤みを差し上らせ、あの騎馬隊長が満面の笑みを浮かべ、市川に対し、賛辞を送っている。なぜか騎馬隊長の口調は、時代劇そのものになっていた。

 女が逃走し、悔しさに地団太を踏んでいた隊長は、それでも三村……アラン王子の無事に安堵し、こうして市川の働きを褒め称えているのである。

 女は、エリカ・ターナと名乗っていた。本名かどうかは分からない。また、王子を襲った動機も、判然とはしていない。

 田中絵里香……が、女の本名なら、安直な変名である。もちろん、市川は女と新庄との遣り取りなど、一言も洩らしていない。

 新庄は重々しく口を開いた。

「アラン王子殿下にあらせましては、危うく一命を失う危急に遭遇し、お疲れと思われます。まず着陸する前に、お疲れをお取りになられ、暫時、空中にて休憩を賜るのが、宜しかろうと愚考いたしますが?」

 おそろしく持って回った、慇懃な口調である。市川は新庄がこのような本格的な宮廷口調で喋るのが可笑しくてならない。

 が、笑っては駄目だ! 隊長以下、その場に居合わせた兵士全員、新庄の言葉に深く頷いていた。

「全く同感ですな! 王子殿下、まずは、お休みなされませ! バートル国へは、旗流信号にて、到着の遅れを伝えますゆえ……」

 三村は素直に頷いた。隊長は一歩ささっと前へ出ると、表情に誠意を溢れさせ、言葉を重ねる。

「殿下の身の安全のため、わが騎馬隊の精鋭を護衛に侍らせたいと存じますが?」

 三村はちら、と市川たちを見る。ゆっくりと騎馬隊長の目を見て、首を振った。

「いや……それには及ばぬ。わたしは、わたしの選んだ従者に守って貰うつもりだから……。悪く思わないでくれないか?」

 騎馬隊長は「はっ!」と大きく返事をすると、全身をそっくり返らせるような直立不動の姿勢になった。大袈裟な男だ。

「それでは諸君、わたしは少し、休ませて貰おう……」

 軽く頭を下げ、三村は堂々とした物腰のまま、退出する。市川たち四人も、その後を追った。全く、生まれながらの王族としか思えない、毅然とした態度である。

 再び王族専用の客室に戻ると、洋子は両目に力を入れて、新庄を睨み据えた。

「何か、話しがあるはずよね。平ちゃん!」

「うむ……」と、新庄は洋子の眼差しを受け、口篭った。逡巡している。

「言いなさいよ!」

「わ、判った……!」

 軽く両手を上げ、新庄は観念したように、ソファにどっかりと腰を降ろした。

「おれの話は、ちょっと長い。座ってくれ」

 新庄に言われ、市川たちも新庄を囲むように椅子を引いて、座り込む。

「あの女の名前は、田中絵里香。ご推察の通り、おれは大学生時代、出会っている」

 市川は口を挟みこんだ。

「例の、漫研でか?」

 新庄は頷いて、話を続けた。

「おれは三年生のとき、絵里香は一年で入ってきた……」

 その時、部屋全体がもやもやとした陽炎のように揺れて、市川は驚きの声を上げた。

「な、何だっ?」

 市川の大声に、吃驚して新庄は口を噤む。同時に、陽炎のようなもやもやは消えた。

 少し待って、再び新庄は口を開いた。

「ええと、どこまで話したかな?」

「平ちゃんが三年で、あの女が一年生で漫研に入ってきた、ってとこよ!」

 洋子が口を添える。新庄は頷いた。

「うん。おれが三年生だった頃……」

 再び、もやもやが始まった。市川の頭上に、電球が灯った!

「判った! これは回想シーンに入るって合図だ!」

「木下恵介か……」

 訳の判らない相槌を打って、新庄は話を続けた。

 内容は、新庄と木戸監督が大学時代の話であった。もやもやが消え、オーバー・ラップで、市川の目の前に、若い二人の姿が映し出される。

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