第12話「闇夜の死闘、再び」1/2


 5月4日 PM11:49 東京ゲートブリッジ


 雲一つなく晴れた夜空にくっきりと浮かぶ満月。その月下、微かな波飛沫が聞こえる東京港第三航路――中央防波堤と若洲を結び、別名「恐竜橋」と呼ばれる橋梁では……人知を超えた追走劇が繰り広げられていた。


「待てっ!!」


 走行車はおろか通行人が居ないのをいいことに、堂々と道の真ん中を走りながら叫ぶ少年――彼こそはご存知、我らが主役の真城 創伍だ。

 2週間程前までは剣を持つのもやっとだった彼が、今ではではなくとなっていた。


「――さぁさぁ我らの道化英雄が走ります! 速い速い! 逃げる異品を追い詰めていきま〜す!!」


 その彼の後に続き、マイク片手に静かな現界の夜を騒がせる少女は相棒で道化師のシロ。創伍の右肩を特等席にして掴まりながら、相変わらず派手な舞台演出を周囲に張り巡らせ、創伍の一挙一動を実況者の如く解説していく。


 英雄連合機関W.Eの保護監視下に置かれた二人は、創伍が幼少時に生み出したとされるアーツ――『真城創伍の破片者マシロズ・デブリ』討伐を専門に日夜、創造世界と現界を奔走していた。

 とはいえ、未成年の学生である彼にいきなり異世界を跨いだ二重生活を強いては酷な話だ。創造世界共通の貨幣「ワルド」で彼を雇えても、現界で使えないのでは生活がままならない。そのためW.Eは彼らの衣食住の全てを賃金代わりとして保証することで、非正規ながら機関の一員としているのだ。


 そして今日も……現界を脅かす者が現れたことで、創伍は夜の東京の中を走らされていた。



「あぁもう! ちょこまか飛びやがってどこまで行く気だよっ?!」



 創伍が追い続けているのは、満月をシルエットにし夜空を舞う黒い物体。それは鳥でも飛行機でもなく、今回の標的である異品なのだ。

 しかし追い掛けること1時間以上は経過している。別に敵を追い詰めて快感を得ようとしている訳でもない。本来なら彼も早く仕事を終えて帰宅したいところなのだが、追撃で放った手品が尽く躱されているのだ。


 加えて不幸な事に、この出動指令は夕食前に入っており、今の創伍は空腹と疲労がのしかかりストレスもピークに達していた。


「我慢なんねぇ……シロ、さっき手に入れた能力ちからを早速試すぞ!」

「オーケイ! 任せて!!」


 これ以上の長丁場で人混みの多い場所へ逃げられたら被害を出しかねない。思い切って創伍はシロに合図を送り、短期決戦に持ち込むことにした。


 今日まで創伍はヒュー・マンティス、オボロ・カーズに続いて5体の破片者を倒している。W.Eの英雄達の力添えもあるが、創伍自身も着実に実力を付けていた。


「無数の黒き棘皮きょくひよ――汝の主が滅びし今、その身に浴びた罪無き人々の血を洗い落とせど背負いし罪は落とせない。ならば新たな主の槍となりて、人々を脅かす悪を貫き給え!」


 そして此処へ来るまでの前に、じつは既に破片者を倒していた。7体目の破片者の名は――『針剣はりけんザック』――丸い頭と両手にウニの如き黒い千本の針を纏った怪人。その時の死闘を鮮明に思い出しながら、自分だけの技を想像力で編み出していく。


道化遊具ジェスター・ウェポン――『螺旋する漆黒の槍スパイラル・ブラックジャベリン』!」


 シロの詠唱に背を押され、右手を思い切り振りかぶって投げつけたのは――


「うっ……らぁっ!!」


 ……数本の髪の毛。自分の頭から適当に抜き取ったそれらは、異品に届くことはおろか頼りげなさそうにヒラリと宙を舞うだけだった。


 しかし――道化英雄の武器は想像力。如何なる戦いでも彼の独創性が技を光らせる。毛髪の一本一本は、なんと一瞬にして硬度・厚み・重量を増し、直径2メートルの冷たい長槍へと変形したのだ。



「「いっけぇぇぇぇぇぇ――!!」」



 創伍が作り出した武器を、シロがテレキネシスで投擲。異品の背後目掛けて豪速の槍が放たれる。


「っ……!?」


 二人の掛け声を耳にして脇目を振った異品も、たった今編み出された初見の技に動転したようだ。


 暗闇では飛来してくる黒槍を目で捉え切ることはできず、遂に一本の槍が……


 異品の背に突き刺さった――



「やりましたぁ~! 道化英雄、見事なスローイングです!」


「よしっ、着地したところを捕まえるぞ。シロ!」


 時間は掛かったがやっと当たった決定的な一撃に、舞台演出の観客からも創伍達を労う拍手が送られる。

 確かな手応えを感じた二人は、勝者への喝采を浴びながら橋の上を駆けていき、異品の着地地点へと向かった。


 そう……異品はまだ生きており、討ち取る訳にはいかなかった。何故なら創伍が倒すべき破片者は先程倒したばかりで、今彼らが追っているのは破片者ではなく、裏で破片者達と繋がっていたと思われる重要参考人というべき存在。生け捕りでなくてはならない為、ここまで手こずっていた訳だ。


 槍が刺さった異品はゆっくり、そして弱々しくアスファルトへ降下する。その姿はまさしくの様であった。

 それもそうだろう……何故なら彼らが追っていた異品は、黒いコートに紫のヘルメット、そして耳障りな金属音を響かせる銀翼を羽ばたかせる、まさに鳥をモチーフにしたアーツ……



「観念しろ――斬羽鴉!!」



 闇を斬る死の鳥……斬羽鴉なのだから。



「…………」


 創伍達の槍は、鴉の背中に背負われてる銀翼に刺さっていた。二人の追撃を振り払っていた唯一の移動手段は奪われ、残されたのは己が脚のみ。

 しかし鴉からは逃げるような素振りも、抵抗してくるような威圧感もなかった。地面に膝をつけた後、火花散らす銀翼を脱ぎ捨て創伍達と向かい合う。


「……舞台後のファンサービスにしちゃ少々荒っぽいな。チップが無かったことにご不満だったか。道化英雄さんよ」

「お前……コソコソと動き回って何のつもりだ!?」

「コソコソ? 俺は羽をさせてただけだぜ?」


 往生際悪くシラを切る鴉に対し、創伍の声に段々と怒気が込もる。


「とぼけるな。俺達が今日まで東京のあっちこっちで破片者と闘っていた時、お前も現場付近に必ず出没していたことが分かったんだ。共犯で同行していた異品を捕まえたらあっさり口を割ったぞ」


 連日の破片者出現の際、斬羽鴉は創伍達が居た現場から約一キロ離れた場所に出没していたらしいのだ。滞在時間は数分程で、破片者が劣勢になると見るやそのまま飛び立ったという。その混乱に乗じて火事場泥棒を働いていた異品を捕まえ、内の数名が白状したことで明らかになった。


 闘いの最中、鴉は破片者に加勢もせず、創伍に不意打ちをしようともしない。じゃあ何が目的で現界にやってきたのか……本部に連れて尋問にかければ良いものを、破片者と関わっているのなら自分でカタをつけようという正義感が勝り、創伍自ら鴉を問い詰めようとしていた。


「はぁ〜……ったく、本当に口が軽い奴らだ。やっぱ野良のら異品ダーツは信用出来ねぇ。後で始末しとかにゃあ」

「刑事さんたちの時といい、まだ懲りてないみたいだな。次々と破片者を差し向けて、今度は一体何を企んでやがるんだ!?」

「企んでる? あぁそうだな。俺は道化英雄さんの追っかけファンで、アンタのことをもっと知りたいからお友達を送ってた――それじゃあ納得しない?」



「するかよ! 好きな子への告白を同級生に伝えさせるような回りくどいことすんな! だったら正々堂々……お前が俺に戦いを挑んで来いっ!!」


「ほう……」


 勢い良く啖呵を切った創伍の台詞に、鴉の目は大きく見開く。


「正々堂々挑んで来い……か。言うねぇ。ククククク……」


 創伍の言葉に半分は関心しているが、もう半分は嘲るような含み笑いをする。

 追い詰めてるはずの創伍には、その真意が理解出来なかった。


「……何が可笑しいんだ」

「いやぁ悪い悪い。たった2週間で7体の破片者を倒しただけで、人が変わったみたいにそんな台詞を吐くようになったのが妙にツボってな。向かうとこ敵無しのヒーロー気分なお前さんを笑わずにゃいられねぇのさ」


「ヒーロー気分なんかじゃないよ! 創伍は本当にヒーローだもん!」 


 自分の本質を知る前と比べたら、創伍ほど短期間且ついろんな意味で成長しているような人間は存在しないだろう。

 シロも請け負っている通り相応の実力も身に付いている以上、自信が伴って挑発してしまうのも致し方ないかもしれないが……


「そりゃあ、お嬢ちゃんにとっちゃそうだろうよ。だが大海を知らぬ井の中のかわずが、これほど躍起になって戦えるのって、何か別の理由があるとは思わねぇか?」


「……??」

「それってどーゆー意味?」


 創伍が今日まで闘ってきたその理由というものを、鴉なりの観点で語られる――



「真城 創伍は――やはり誰かを守る為とか、記憶を取り戻す為に正義の名の下に闘ってるんじゃあない。秘めたる本能……ただ能力ちからを求めることだけに突き動かされて闘っている。そういう可能性もあるんじゃないか……ってね」



「……っ!!」


 まさに憶測が導火線への着火となった。創伍はそれを聞くやいなや一気に抑えていた怒りを噴き上げたのだ。


「――ふざけるなっ!! 俺が闘っているのは……お前達異品みたいに、破壊衝動や欲望を満たす為なんかじゃないっ! 破片者から記憶を取り戻し、俺の過去を知る為……そして大切な人を守る為だ!」


 以前の闘いでも鴉に告げたことを、再び自分の存在意義を再認識するつもりで叫ぶ創伍。しかしヘルメット越しに笑う鴉は、彼の心を見透かすかのように言葉を続ける。


「だが現にお前は俺からの挑戦を受けて立つと宣った。それこそ異品達が人間共をハエやゴキブリみたいに見つけ次第無差別に殺すのと同じく、お前も能力を身に付けていく過程で、破片者でなくとも邪魔する敵は記憶の力で捻じ伏せてやろう――心の奥底ではそんな願望があるんじゃないか?」


「違う……俺は……!」


「認めろよ。無意識に言ったんなら尚更だぜ。腹が減れば食い、喉が乾けば飲む、生きていく力が無くば手に入れる――力の根源が失われた記憶なら、生存本能が欲するのは自然の事だ。お前は生きている間に飽きる事なく力を求め続けてたんだよ」


 創伍の記憶集めはシロとの出会いから始まっている。しかしそれよりも前から創伍は力を無意識に求めて続けていた――人が飢えや渇きを満たしたいというのだ。まさに生存本能と同じように……。


「なぁ、やっぱあれか? 破片者と記憶を取り込んだ際は、力が漲るような多幸感とかあったワケ?? 長年見つからなかった物が、ひょんなことで見つかった時にめっちゃ喜ぶみたいな……そんな感じ」


「――黙れっ!!」


 それを決定づける根拠はないが、どことなく信憑性が纏う鴉の言葉に、いつの間にか問い詰めるつもりの創伍が逆に問われていた。


「創伍、落ち着いて……」

「俺は違う! 力を求めて無差別に闘ってなんか……!」


「ま、お前がどんな心持ちで戦うかは勝手だし、宣言通り受けて立つってんなら……いいぜ。お望み通り俺から正々堂々と勝負を申し込んでやる。だが今日は引き上げだ。タイマンでやる以上は万全に準備したいからな。背中の翼も壊されちまったし……」


「なっ……ふざけんなっ! お前は今から本部に連行して――」


 大いに心を乱された創伍は、鴉が退散しようとしたことでふと我に返る。立ち上がったところを、マンティスの剣を繰り出して止めようとした……



 その時――



「ん……!?」


 背後からが来る。創伍がそれを察知したのはまず聴覚からだった。数百メートル先から微かに響く駆動音が徐々に高まり、そして迫ってくる。


 次に視覚。視界の四隅がうっすら明るくなるのに僅か三秒満たない。


 振り返る時には――



「創伍!」

「えっ――のわぁっ!?」



 シロに咄嗟に突き飛ばされ、道路端へと追いやられる。いや正確には窮地を救われたと言うのが正しいだろう。


 彼の真後ろをが一瞬で過ってきたのだ。

 しかもバイクには走っているのだ。


 もしもシロが突き飛ばしていなかったら創伍は今頃轢殺されていただろう。


「な……何だよあのバイクは!?」


 光沢を放つ銀と黒のスタイリッシュな外装をしたネイキッドバイク。その車体をベースに、嘴を彷彿させる異様に大きなフロントフェンダーや、エンジン周りやマフラーに改造を施したと思われる黒い装甲はまさにカラスをイメージした様なデザインであった。



「集合場所にも来ず19分の遅刻。何処で油売ってやがった――『麟鴉りんや』」



 無人のバイクはすれ違いざまに鴉に名前を呼ばれると、アクセルターンで地面に鋭い摩擦音を響かせる。そしてゆっくり鴉の元へ寄り……



『おいおい冗談キツいぜ鴉ぅ! 19分早い到着の間違いじゃねぇか? 待ち合わせ場所は途中にあった裏路地だろ?? 俺が通り過ぎて此処へ来たってことは、むしろお前が遅刻してるんだからお前が詫びるのが筋ってもんだろ!』


 ヘッドライトを点滅させながら若々しい青年の声を発したのだ。


「すっご〜いっ!! 創伍、アレ喋るバイクだよ! しかもカッコいいー!!」

「あ……あぁ……そうだな。喋ってるな……うん」


 相変わらず見たことないものに目を輝かせるシロには創伍も慣れてきてしまい、反応も薄れる。オボロのことを思い出すと、今更ごく普通のバイクが喋っていても驚けないのだ。


「今何時だと思ってる。オメェが定刻通りに居なかったから此処まで来たんだろうがよ」

『……Dude! もうこんな時間だったのか! で、でもコレにはちゃんとした理由があるんだぜ! 道中いいケツした姉ちゃんがいたからちょっと夜のドライブでもいかがと一声掛けたんだ。そしたら彼女、俺のイカしたボディにシビれて伸びちまったんで119番呼んでたらこんな時間ってこと。あれは是非ドライブに乗せたいケツだったわ』

「やはりナンパか。テメェ次やったら廃車するって約束忘れてねぇよな」

『Dude! 俺の背に乗っていいのは、いいケツした女だけだ! ナンパという俺の生き甲斐を取り上げようってのか!?』


 バイクとカラスが口喧嘩するというシュールな光景。オボロの時と比べると反りが合わないように見えるが、創伍はある違和感を覚えた。


「そのバイク、お前の発明の武器か……?」


「あぁそうだ。俺の自信作――『斬羽飛車ざんばひしゃ麟鴉りんや』。口の減らねぇ野郎だが、一応長年乗り回してるんでな。俺の数少ない相棒だ」

『おいっすー! 流行りのAIで喋ってるんじゃねぇぜ? 正真正銘文字通りのモンスターバイクさ! 基本的には女しか乗せねぇけど』

「うるせぇ。テメェはその口閉じてろ」


(じゃあ……あの時どうして……――)


 数少ない相棒――その言葉を聞いて創伍の違和感はに変わった。



(そんな相棒を差し置いて、なんかを……)



「――まぁそういうことだ。今日はもう帰る時間だからよ。首を洗って俺からの挑戦を待ってるんだな」


「はっ――」


 だがそうこうしている内に鴉は麟鴉に跨り、この場から退散しようとしていた。


「あ……待てっ!!」


 鴉の尻尾を掴みかけたのにまた逃げられては、折角の苦労が無に帰してしまう。焦った創伍は繰り出した剣を手に、麟鴉の前輪を斬ってその逃走を阻もうとした。




「キィィィィアアァァァァッ――!!」



「っ!?」



 だが剣は麟鴉に届かず。切っ先が届く前に創伍が返り討ちにされたのだ。


 遮ったのは咆哮――紛れもなく麟鴉から発せられたものである。

 タイヤを地面に擦らせてもおらず、クラクションにしてはあまりにも高音だ。


 ただし麟鴉は普通のバイクとは違う。鴉の発明品である以上、どんな仕掛けがあってもおかしくない。


 たとえバイクが……があってもだ。



「……こいつは……!?」



 黒銀の戦車は消えていた。創伍の前に立ちはだかるのは、獣のような逞しい肉付きの四肢から刃のような爪を生やし、紺色の巨大な翼を翻し鋭い眼光を放つ猛禽類。


 グリフォン――そう呼ぶべき麟鴉は、暴れ馬の如し勇ましい棹立ちで跨る鴉を守りつつ、創伍を圧倒させたのだ。


 その際に振り上げた前足の爪が彼の右手を切り刻み、剣まではたき落とした。


「創伍、大丈夫!?」

「バイクが……鳥に化けた……!」


 右手から赤い鮮血が滴り落ちる。豆鉄砲を食らったような創伍の顔に、鴉もしてやったりと笑い飛ばす。


「ハハハッ! バイクを騎馬みたいに乗り回したいという遊び心で改造したのさ! 昔そんなごっこ遊びした覚えないか?」

「お、覚えてるかよそんなこと!」

「あぁそうだ記憶障害だったな。じゃあもっと多くの破片者を狩って力をつけろよ。お前の本能がそう望むようにな!」

「言っただろ! 俺はそんなこと望んじゃいない!!」

「力求めずに闘うバカがいるかよ。お前がいくら否定しても上には上がいるんだ。もっと強ぇヤツが現れた時――お前はそいつを殺したくなるほど、更なる力を求めるぜ。絶対にな」


「創伍と……私が……??」

「力を……?」


 麟鴉の手綱を掴み立ち去ろうとする鴉は、創伍とシロに忠告をする。


「あの日はお前達の手品に一杯食わされたがよ、本気になった俺を相手にして敗れるようじゃ、この先誰にも勝てねぇさ。さっさと次の破片者を倒して力を付けとくんだな……あばよ」


 もはや隠すつもりもないようだ。鴉は破片者を捨て駒のように送りつけた。その理由が何故なのか創伍の頭から離れないのだ。


 だが疑問が晴れることはない。その謎を抱えたまま、鴉は踵を返して麟鴉を疾駆させ、創伍達に別れを告げるのであった。


「……っ!!」


 それでも諦めきれず、逃げる鴉を追い掛けんと走り出す……


「クソッ……クソッ!」


 我武者羅に手を振り、足を大きく開いて走っても長時間走らされている創伍の体力はもう尽きかけており、魔改造された麟鴉の速度には追い付かない。二人の距離は開いていくばかりだ。

 途方もない追走劇は遂に幕を下ろされるのであった。


 麟鴉が駿馬に劣らぬ速さで橋の主塔の天辺まで登ると、両翼を盛大に広げて夜空へ駆け出したのだ。



「はぁ……はっ……」

「待ってよ創伍~、もうダメ。私疲れちゃったよぉ……」



 息を荒げて立ち止まる創伍。自力で空も飛べないことはおろか、シロの浮遊能力に頼ったところで彼女も同じくスタミナ切れだ。指を咥えて鴉たちの逃走を見送ることしか出来なかった。


「チクショウ……!」


 破片者を倒したというのに、鴉を逃がしてしまっただけで溢れる敗北感。

 そしてこの先の闘いを予言するかのような鴉の言葉に、不穏な空気が漂っていた。


 だが創伍はまだ気付いていなかった。今日が嵐の前夜ということを。間もなく世界を巻き込む巨大な嵐が訪れようとしていることを……。



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