第11話「英雄達の休息」3/3
W.E本部 談話室
食事も終えたメンバー達は、就寝までの残った時間で歓談を満喫していた。
ヒバチとつららは飲み足りず、招集時に持参した土産の酒や肴をいただく。乱狐は自分の尻尾をクッション代わりにして寝転がりながら、二人の冒険談に夢中であった。
「えー! じゃあ二人とも、今日まで長生きして歴史の偉人とかと会ったりしたの!?」
「まぁ全員って訳じゃねぇがよ。ナチスのお偉いさんとかとドンパチやったり……」
「相当昔だと、黒船のペリーちゃんと記念撮影したりとかね」
「はぁ〜、あたしもこの若さを残せたらなぁ。この美貌を後世にまで伝えたいよ……」
「長生きしても良いことばかりってもんじゃねぇぜ? この前なんか……」
その三人から少し離れたところのソファで、創伍とシロとアイナは今後の動向について長官との話し合いに入っていた。
「さて真城くん。本題に入る前に、今日は初めての創造世界に来て、何か率直な感想とかはあるかね」
「か、感想ですか??」
「久方ぶりの人間なんだ。カルチャーショックやホームシックになってないか、今後の為に貴重な意見を聞いておきたいのさ」
学校の読書感想文さえいい加減な創伍が、今日一日の出来事に対して、ありのままの感想を求められ困惑する。
しかし今日の出来事は、視覚以外の感覚であらゆる体験をしたのだ。創伍は率直に、見たこと感じたことだけを話すことにした。
「そうですね……真っ先に感じたのは『僕が考えた夢の王国』とか『僕が考えた最強キャラクター』とか――考えたもん勝ちみたいな世界って印象でした。生まれた時点で運命が決まっているようで、人間よりも過酷な世界で生きてて、でもそれがアーツ達にとっては当たり前なんだなって……俺にはちょっと怖さの方が大きかったです」
「率直でナイスな
「……よく覚えておきます」
「よろしい。それを踏まえた上で本題に入ろう」
長官は懐から二枚の紙を取り出し、テーブルの上に置く。
それは創伍が描いた「ヒュー・マンティス」と「オボロ・カーズ」のイラストだ。
「早速受け入れて欲しい事実がコレだ――キミの相方ワイルド・ジョーカーが所持していたスケッチブックから拝借したものだ。W.Eには生きとし生ける全てのアーツの能力や個人情報をまとめた『
「な……!?」
早くも受け入れ難い事実が舞い込む。創伍が生み出したアーツだけが、この世界において戸籍ともいうべきデータが一つも無いのだという。
これにはアイナも初耳だったのか、眉を顰めて長官に問う。
「本当ですか長官!? 私は、創伍の作品から共通性などが見つかれば、事件解決までそう長くは掛からないつもりでいたのですが……」
「私も最初はそれくらいの気持ちだったよ。だがデータが無い以上、雲を追うような長丁場になることを覚悟せねばならん」
「…………」
しかし受け入れるしかなかった。創伍本人には描いた記憶が十分に足りないのだから……。
「そのため現界への警備監視システムを強化する事は勿論だが、破片者と思わしき異品が出現した時は、真城君にその討伐をお願いしたい。そして討伐した破片者の個別のデータとキミの回想記録を、今後の資料として保管したいのだが……協力してもらえるかな?」
「……構いません」
幼少時に描いた黒歴史のイラストなんて、誰かに見られるくらいなら燃やしてしまいたいとも思う。だが幼い頃の記憶は忘れやすいものであり、パズルのピースのように形として残る方が、記憶が曖昧な今の創伍にはその方が好都合であった。
「それを聞いて安心したよ。実はこんな話を前置きとして言い出したのには、理由もあるんだ」
「理由??」
長官が息をコホンと整える。改まって何を言うのかと首を傾げる創伍に、長官は思い切って告白するのであった。
「今の話を聞いて、私を受け入れてくれるか訊きたいのだ。私を――このジャスティも『
「——っ!!」
ジャスティ長官は、創伍が作ったものである――たった今創伍が作ったアーツの見分け方などを決めた後の大胆なカミングアウトに、創伍は開いた口が塞がらない。四人の座るテーブルに戦慄が走った。
「マジかよ……! シロは知ってたのか!?」
「うん、シロ知ってたよー」
「なんで早く言わないんだよ!!」
「特に理由はないよ。だって長官さん、悪いことしてないでしょ?」
「……確かに」
善悪の判別はともかく、タイミングというものがあるだろう。目と鼻の先には、自分の記憶を所持している大男が手を組んで座している。もしかしたらここで闘わなくてはならないのか――と、違う意味での恐怖も感じてしまった。
「ちょ……長官が、創伍のアーツですって!?」
「そうともアイナ君……信じられないことばかりですまないが事実なんだ」
その証拠を出そうと、長官が再び懐から出してきたもう一枚の紙。そこに書いてあったのは……。
「これが私だ」
正義の司令長官
【ジャスティ・スティールウォール】
悪を憎み、正義を掲げる組織の長官。
巨体は鉄壁のように固く、非常に怖く見えるけれど、優しい性格の持ち主。
いざ戦うと、すごく強い。
「痛っ……!」
字体と画力、そしてズキズキと痛む頭痛。その痛みが創伍の作品であることを証明するのであった。
「どうやら……本当のようですね」
「驚いたのはキミだけではない。あの惨劇の日から、私も何かの間違いで正義に反する過ちを犯すかと気が気でなかったのだ」
「…………」
「破片者は悪行の限りを尽くした。キミが記憶を取り戻す為なら、108体の破片者を全て取り込もうとすることには大義名分がある。もしキミと今闘うことになっても、私に拒否する権利はないよ」
「確かに、何を信じたらいいかっていうのも俺にはまだ分からないですからね」
「それでも差し支えないなら……私は味方であると信じて欲しいのが本音さ」
長官の立場を使って命を乞うつもりもない。だけど創伍が自らの使命に準じて、ここで長官の命を奪っても、組織の指揮系統を崩壊させるだけだ。
長考の果てに、創伍は決断した。
「……ここには優秀な英雄達が沢山います。長官は、彼らをしっかり導いてくれるのなら、俺は何もしません」
「……っは。まさに一触即発ね」
隣でアイナがホッと息を吐き、殺伐な空気は一瞬にして解れる。
長官は頭を深々と下げて創伍に感謝した。
「ありがとう。恩に着る」
「お互い様ですからね。でももしあなたが悪事を働いたと知った時、俺は遠慮なく――」
「無論承知だ。誰かの手に殺されるよりは、この命と記憶の欠片を、キミの元へ返す方が本望だからな」
懐の大きさだけではなかった。覚悟の重みも違う。彼の言葉に嘘偽りがあるとは思えないと、創伍はますます長官への信頼が深まるのであった。
* * *
夜も更け、賑やかな談話室は段々と静かになる。酒の回ったヒバチ達はもう就寝しようと、招集メンバーのために用意されたそれぞれの部屋へと向かっていく。
談話室の壁に並ぶのは、アンティーク調の木材扉。その先は来客用に用意されているVIPルームだが、今はヒバチ達英雄女傑がそのVIPというわけだ。
「ふぁあ~……そんじゃ俺達はそろそろ眠ろうかねつららちゃん」
「……なんで一緒の部屋に来ようとすんのよ」
「いやぁ……久々の再会だし? ちょっとお熱い夜を過ごさない??」
「疲れてんの。スー君と寝て」
つららの部屋に転がり込もうとするヒバチの前を、彼女の能力で放出された雪だるまが阻む。間の抜けた顔は変わらないが、スタイルは美女のような雪だるまであった。
『ウヘヘヘヘ……♡』
「うわ! ちょっと待ってつららちゃん! せめて顔を! せめて顔を!!」
叫ぶヒバチを雪だるまが強引に部屋へ押し込んで扉を閉める。つららも欠伸をしながら扉を閉めて部屋に入った。
「はぁ……疲れた疲れた。早く部屋に戻ってSNSの返答見なきゃなぁ」
乱狐もスマホをいじりながら、挨拶もせず部屋へと戻っていく。
釣られるようにシロも眠気を催し、創伍の袖を引っ張る。
「創伍~、眠たいぃ……」
「そうだな……俺達ももう寝るか」
「うむ、消灯時間だからな。キミ達の部屋もちゃんと用意してあるから案内しよう。アイナ君——」
「はいっ」
アイナが小走りに向かった先は、談話室の入り口寄りにあった扉。他のメンバー達が入った扉とは違い、創伍達のは雰囲気がどことなく違う。アンティーク調の扉の真ん中には、黒い彫刻が彫り込まれ、ドアノブは大鷲をモチーフにしたオブジェが付けられている。
アイナが大鷲の頭を二回撫でると――
『オイ、何処ヘ飛ブツモリダッ!』
ドアノブが喋り出したのだ。現界で言うインターホン代わりといったところか、アイナはドアノブに話しかけるように呟く。
「現界――『
『グワーッ!!』
合言葉が電子キー代わりだろうか。大鷲のオブジェが翼を広げると、彫刻に映る歯車が回りだし、扉が煙を上げてガタガタ震える。その間二十秒ほどで、最後に鈴が鳴ってドアは再び静かになった。
「さぁ真城君、入りたまえ」
「……はい」
ドアノブに手をかけて開いたその先、真っ暗な室内へと入った。
……
…………
………………
「ん……?」
「あれあれー?」
初めての部屋のはずが、そんな気がしなかった。室内のにおいや、床の踏み心地、雰囲気が全て初めてじゃない。
何故なら、そこは既に住み慣れていた創伍の部屋だからだ。
「どういうこった、こりゃあ……」
創伍は玄関で靴を脱いで上がり、洗面所や風呂場、トイレ、台所、そして居間や押入れを確認するが、どこも部屋を出る前のままだった。
「帰ってきたのか……? 俺の部屋に――」
「そう。正確にはキミの部屋を借りたと言うべきか」
長官が狭い廊下をその巨体で無理矢理押し通り、創伍の部屋へと入ってくる。
「W.Eの談話室から君の部屋を界路として通り道にしたんだよ。慣れない空間ではストレスになるかと思ってね。こっちの方が君の生活に支障を来さないだろう?」
「でも俺達は確かW.Eの監視下に置かれるんじゃ……?」
「監視下には置いているよ――ただしそれは創造世界からこの部屋の中までだ。来たまえ」
「……?」
今度はこの部屋を繋いでいる玄関扉の前で連れられ、長官が声を上げる。
「アイナ君」
『了解しました――』
どこからかアイナの声が聞こえ、数秒の沈黙が流れる。しかし玄関で妙な変化が起きるわけでもなく、今度は玄関のドアを創伍に開けるよう長官が促す。
「開けてみたまえ」
玄関扉のドアノブに手を掛け、ゆっくりと開ける。
すると扉から先は、さっきまで居た談話室ではなく学生寮の廊下だった。
「……どういうこと?」
「簡単に説明すると、キミの部屋は現界と裏ノ界の両方に繋がり、境界線になったのだ。もし破片者が出たらどっちの世界でもこのドアから現場に向かえる。ドアノブを一回引いて開けば廊下に、二回引けば談話室にね。ちなみに他の人間がやろうとしても通じることはない」
「じゃあこのドアから外に出ない限り、俺の部屋はどちらの世界にも属していると……」
ただでさえ怖そうな大男を部屋に入れてるため、誰かに見られる前に急いでドアを閉める。
「その通り。そしてさっき言ったように、しばらくこの部屋は監視させてもらう。友人達と連絡が取れるのも緊急時だけだ。破片者が息を潜めている今、下手に君の方から連絡を取り出してしまえば、彼らの身が危ぶまれるからね。それに君をずっとこっちで拘束なんてしていたら、それこそお節介なガールフレンドに怪しまれてしまうだろう? キミの為にもこれが精一杯なんだ。我慢してくれ」
「えぇ……多分こっちの方がありがたいです……」
思ったよりも緩い束縛のために安心し、すんなりと快諾する創伍。
「そうか、なら良かった。では堅苦しい話はここまで――ゆっくり休んでくれ」
「はい。お休みなさい……」
「長官さんまたねー!」
静かに扉が静まり、やっと一日が終わった。
時刻は23時前。いつもの時計の音と、外に住む人々の生活音が聞こえる。
「シロ、今日は本当にお疲れ様」
「うん……疲れちゃったぁ」
「もう細かいことは明日に回して、今日はもう寝よう。また明日も……破片者ってのと戦うかもしれないからな」
「そうだね! じゃあシロ、歯を真っ白に磨いてくる!」
洗面所に駆けるシロの背中を見送り、微笑む創伍。
死と隣り合わせな生活を迎えることになったが、これも悪くないと、そんなことを感じるようになった。
その時――
『ピンポーン♪』
「ん??」
またも創伍を現実に引き戻す、現界の廊下から響くチャイム。こんな時間に誰だろうと、ドアスコープを覗いたら――
「せぇいっ!!!」
「へぶっ!?!?」
玄関扉、大破。聞き覚えのある声と共に轟音が創伍を襲う。扉は創伍の顔面に直撃し、扉ごと彼を部屋の奥にまで押し出していく。
「こんの大馬鹿野郎おおっ!! シロちゃんを朝から引っ張り回して何処ほっつき歩いとったあああああああぁ!!!?」
扉を壊したのは言うまでもなく……織芽だ。今朝シロと邂逅してから創伍の下で保護することを許可したが、途中で心配になってまた来たのだろう。留守にしていたから、織芽が怒るのは至極当然の事である。
「よ……よう織芽。シロが腹減ったってんで、外食に行ってたんだよ……」
「一日中外食で歩き回る馬鹿がどこにいるかー!! やっぱりシロちゃんはあたしが保護しますッッ!!」
「わぁ~~!! シロ助けてっ!!」
「あ、織芽お姉ちゃんだ! またプロレスごっこするんだね!!」
「ちっがあああああああああう!!」
こうして創伍にとって今日という長い一日は、織芽のマ〇スル・スパークによって幕を閉じることとなった……。
* * *
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