第10話「英雄達の舞台」1/2
「これで……ジ・エンドってカー!!」
創伍と鴉の死闘の一方で、オボロの魔の手は真坂部達を襲う直前に差し掛かっていた。
「つららちゃん……これ以上待てねぇ。一か八かだが、俺ぁもう行くぜ!」
「——仕方ない。やるっきゃないか」
「あぁ~……もう助けられる気がしないんですけど」
しかし黙って見殺しにする訳にはいかない。危険に巻き込むリスクも重々承知の上でヒバチ達も遂に腹を括り、一斉に激昂するオボロへ攻撃を仕掛けようとした。
……その時だ。
「うおおおおぉぉぉぉぉっ!!」
——斬!!
ヒバチ達の後ろから何かがすり抜ける。そして雄々しい咆哮と共に強い一閃が射し込み、甲高い金属音が響いた。
「な……何だ今のは!?」
瞬時に見極められなかったが、確かなのは手負いの真坂部と舘上は――死んでいないということだ。
「ヒバチ、あの刑事達まだ生きてるよ!」
「ってことは……あれ? 見てよ先輩たち! オボロの奴、
その理由は乱狐が指差す先――じっとしたまま佇んでいるオボロは、真坂部達を襲おうとしていたはずなのだが……
「ンガァァァァッ!?!? これは一体何事ですカ~!!」
オボロ自身も何が起きたのか理解できていない。不死身により命拾いしたものの、気付けば自分の首が宙に舞っており、真坂部達を仕損じたのだ。
全ては、先の一閃によって齎されていたことに相違ない。
それを放った張本人は――
「あっ、わっ……あだっ! 痛ってぇ!!」
「「「創伍!?」」」
さっきまで剣すらまともに持てなかった創伍が、瞼の瞬きを超えた速さで高らかに跳び上がり、オボロに斬り掛かったのだ。
そして見事に着地……とまではいかず、盛大にすっ転んでしまう。
「あいててて……」
「お前……今のは……!?」
「き、キミ達はさっき駅で会った……! どうしてここに!?」
それを目の当たりにした真坂部と、途中まで気絶してたため事態を呑み込めない舘上は、人間離れした創伍を前に取り乱す。
「……話は後でって言ったでしょ。シロ、二人を安全な場所へ」
「わかった。おじちゃん達はこっち!」
「あ、あぁ……」
だが当の本人はお構いなしに、シロに頼んで二人を遠ざけさせる。
「ふぅ……」
ようやく人質という枷から解放されたことに安堵し、一息吐くのであった。
「オーイ! 創伍ー!!」
無論安堵しているのは、彼だけではない。
「――おいおい創伍すげぇじゃねぇか! カラス野郎を退かして、刑事達まで助けるたぁよ!」
「ホントホント。もしかしたら今の、守凱君より早かったんじゃないのー?」
「もう! 出し惜しみしてたなんて水臭いじゃんよー!」
「あ……ハハ……どうも」
駆け付けたヒバチ達が創伍の肩を叩き、大いに称賛する。手出しできなかった彼らもある意味で創伍に救われたのだから、その結果を受け入れざるを得ない。
「けどよ創伍、一つ教えちゃくんねぇか。剣一本持つのさえヒーヒー言ってたお前が、なんで急にそんな超人的な力を発揮出来たんだ??」
「人間にしてはちょっと常人離れな速さだったもんね。良かったらお姉さん達に教えてよ!」
「なんでって……」
一連の救出劇の手前、創伍はシロのサポートありきで鴉と渡り合うのでやっとだった。それを如何にしてあの逆境を跳ね除けたのか――どうしても腑に落ちず、ヒバチが代表して彼に尋ねるが……
「——わかんないんだ。刑事さんたちを助けなきゃと思って……でももっと速く走らないとって意識したら、足が勝手に速くなったんだ」
「はぇ?」
「「……それだけ??」」
咄嗟に身体が動いた――という非論理的な説明に目を丸くするヒバチ達。
アーツの大半は、自らの
そこへ――
「創伍はね、マンティスを描いた記憶を思い出しただけじゃなく、そこから彼の能力までも自分の物にしたんだよ」
真坂部らを避難させたシロが戻り、割って入る。
「俺の物にした……? それってどういうことだよシロ」
「創伍の
「その力と……俺が刑事さんを助けようという意思と何の関係が??」
「それは――道化英雄として戦う覚悟が、力の根源だったんだよ」
自分の事であるにも関わらず、シロの言葉を聞いても創伍は頭を傾げる。
「道化英雄としての覚悟? 二人はここへ来る前にその契約を交わしたんだろ?」
「形ではね。でも戦いが不慣れな創伍は、私やヒバチおじちゃん達の足手まといにならないかと少しプレッシャーを感じてたのかも。だから出来るだけのことを頑張ろうとした。でも刑事さん達が危うくなった時……きっと創伍は自分が助けなきゃって衝動的に動いたんだよ」
助けることに理由は要らない。困ってる人がいるのなら助けなくてはという使命感が、シロの後押しを借りずして力を発現させたのだ。
「確かに……俺は刑事さん達を助けさえ出来れば、それで良かった……」
「そうだよね。弱い人を守るのが、創伍が決めた私達の英雄への条件――彼らを守ろうとする優しさと強い覚悟が、力に変わったんだ」
「そうか……」
良き理解者であるシロが言うのだからそんな気がしてきた、と納得していく創伍。
「功績や名誉も、生きる上では勿論大事なこと。でも創伍は刑事さん達を守りたかったんだ。その為なら他に何も要らない……。真の英雄っていうのは、ただ強いだけじゃなくて誰かにとって輝いて見えることで初めてそう呼ぶんだと思う。私にとって、創伍が英雄に見えるようにね♪」
「「「………………」」」
ヒバチ達は耳慣れない反応を示す。創造世界という実力主義の世界で生きてきた彼らの当たり前の価値観に、一石を投じられたのだ。果たして自分達は、英雄足り得る存在なのかと……。
「ありがとうなシロ……こっから先は俺も役に立てるかもしれない。まだ頑張れるか?」
「うん! 創伍がやる気を出してくれれば百人力だよ!!」
その事に対し
それに引き換え自分たちはどうだ――と彼を手本とするようにヒバチ達。
これまでの振る舞いを省みるだけで、ただ守る為だけに戦おうとする創伍とシロが、今では輝いて見えるのだ。
「……つららちゃん。何だか俺、自分がみっともなく思えてきたわ」
「そだね、ウチら不死身だからって、恐怖以外に大事なことも忘れてたみたいだ」
「うんうん……! 先輩達のような大英雄でも、新人から学ぶことはあるんだねぇ!」
「何言ってんのよ乱狐ちゃん。アンタだって他人の事言えんでしょ」
「あー……アハハッ……そうだね。創伍……さっきは怒鳴ったりしてごめん……」
三人にも信じる正義がある。しかし我先にと行動していた彼らが常に見据えていたのは功績や報酬だ。アーツはデザインされた時点の年齢設定で産み落とされるため、実力がある程初心に帰ったり、協調性に欠けるのはよくあることなのだ。
だが結果論で言うなら、真坂部らを助けることは出来なかった。どれだけ力があろうとも、守るべき者も守れなくては非力と同じなのだ。価値観の違いを通り越し、三人は彼らからそれを学んだのだ。
「いやいや、気にしないでくれよ。皆無事なんだからさ!」
創伍はアーツと本当に打ち解けられた気がして、心の底から喜ぶ――
「なるほど。今のがお前の本気だったわけかい」
……のも束の間、彼らの会話を蚊帳の外で聞いていた斬羽鴉が現れる。
まだ彼との戦いは終わっていない。創伍の決死の手品の果てに武器を潰されただけであり、致命的なダメージは受けていないのだ。
「斬羽鴉……!」
「まぁ素人にしちゃ頑張った方じゃねぇの? 人を長く待たせた挙句、披露されたのはチンケな手品一つとグーパン一発……お世辞でも良い舞台とは言えたもんじゃねぇがな」
「そりゃどうも……本格的な手品には慣れてないんだ。まだ練習に付き合ってくれるのならありがたいんだけど」
それでも創伍は怯まなかった。二人の体力は残り僅かだというのに、引き下がりもせずジョーク混じりにニヤリと笑ってみせる。
虚勢と思われても構わない。今の自分なら……自分達なら負けないと、肩筋だけでも張ろうとしたのだ。
しかし対する鴉は――
「ハッ! 形勢逆転したからって調子付いてんじゃねぇ。こちとらまだ披露してない自作武器が沢山あったのによ。全部台無しにされちまったんだ……この戦いは預けることにするぜ」
「な……!?」
どちらかが死ぬまでという鴉自らが望んだ闘いのはずが、停戦を宣言された。
創伍やシロと違い、まだ戦い足りないヒバチ達は納得するはずがなかった。
「テメェ! この期に及んで逃げんのか!?」
「そうだよ、これから盛り上がるってところでさー!」
「冗談。カラスはとっくに帰る時間なんだよ。ついでの
鴉の目的は、もともと創伍とシロの実力を知りたいのが半分。だがもう半分である暗殺を終えようにも、息を合わせた創伍達に邪魔されては自分も無事では済まない。人間などいつでも狩ることが出来るなら深追いは禁物。それ故の戦略的撤退だ。
「ちょっと俺も熱が入っちまったが、お前の実力と覚悟は充分知ることが出来た。それだけで良い収穫さ。代わりに
「パズルのピース……?」
そう言って鴉は、黒コゲになったコートと砕けたヘルメットを拾い上げ、創伍達の前から去ろうとする。
「あ……待てっ!!」
「また会おうぜ――真城 創伍」
去り際の一瞬、見間違いか鴉の口が僅かに緩んでいたように見えた。創伍はその真意が分からぬまま、高速道路上から飛び降りて深い闇の奥へ溶け込んでいく鴉を見送ることしか出来なかった。
「……………………」
遂に斬羽鴉を見失い、寂しい夜風に吹かれる創伍達は唖然と棒立ちする……。
「なぁ、つららちゃんよ」
「何?」
「どうすんのコレ」
「そりゃあまぁ……お開きってことでしょうよ」
「ええぇ〜!! 俺達何かしたか!? これじゃあの刑事達に、カッコ悪いとこ見せただけじゃねぇかよ!!」
「何言ってんの。元を辿ればあんたがオボロを刺激してなければこんなことには……」
「あーあ、これじゃ骨折り損のくたびれ儲けだよ……」
全員の息が合わさったばかりなのにまさかの不戦勝。ろくに活躍していないヒバチ達は、負けた気しかしないというものだ。
シロと創伍は、二人揃ってアスファルトに座り込み、やっと終わったという達成感と疲労感を同時に味わう。
「ははっ……無事に勝てて良かったなぁ……シロ」
「うん、そうだね……。もしあのまま闘いが続いたら、今度こそ負けてたかも……創伍はどうするつもりだったの……?」
「その時はその時……くらいしか考えてなかったな」
「アハハッ! 創伍らしいや!」
息を荒げながら笑う二人は、兎にも角にも真坂部達が犠牲者にならずに済んだことに一番安心していた。
終わり良ければ全て良し――創伍達の任務はこれにて一件落着となる。
不完全燃焼のヒバチ達も、そんな彼らの和む姿を見せられては文句も出なかった。
「へっ、満足そうな顔しやがって……しゃあねぇ。じゃあ
「や〜、もうクタクタ……早く戻って美味しいおまんまにありつきたいね」
「その前に後始末だよ。ここの惨状、人間に見られちゃ大変だもん」
「だいぶ荒らしちゃったな~。アイナちゃんも呼んで手伝わせた方が早いかもね」
最後に残されたのはアーツの大仕事だ。人の影に隠れる彼らには、痕跡の一つを残すことも許されない。然るべき処置を施し、アーツ達の在るべき場所へと帰るのだ。
「おっ、どうやら後片付けするみたいだ。手伝おうぜシロ」
「うん!」
こうして創伍にとっても長く感じた一日が、ようやく幕を下ろす――
「——んなわけあるカアアアァァァッッ!!」
「「え??」」
背後で怒声が沸き起こる。もしこのまま叫ばずにいたら忘れ去られてしまいそうな、やり切れなさを帯びたある人物の声が創伍達を振り向かせたのだ。
「フー……フー……!!」
「あっ、えーと確か……おんぼろ……」
「オボロ・カーズだッッ! まさかミーの存在を忘れていたってカー!?」
創伍に剣で首を断ち切られてから、すっかり蚊帳の外に置かれていたオボロ・カーズだ。不死身により首もちゃんと戻っており、創伍達への怒りに震えていた。
「そうそうオボロだ……で、なんでここにいるんだっけ?」
「ア~~~~!?!? ミーの首を斬っておいておきながら、すっとぼけるカー! 闘うべき相手の存在を忘れて帰ろうなんて、ある意味一番酷い終わらせ方とは思わないのカー!?!?」
「いやだからそんなつもりは……」
「許さない! ユー達全員、生きてここから帰す訳にはいかないってカ~~!!」
斬羽鴉はいち早く退散し、真坂部達も無事だというのに自分の存在が忘れられてた事に激怒するオボロ。
怒りに任せた彼は何のつもりか、先程食い損ねた真坂部達の車を両手に抱え、大口を開けると頭からそれをラッパ食いし始めたではないか。
「創伍、あれって美味しい??」
「絶対美味しくないから間違ってもつまみ食いはダメだぞ? 晩飯までもうちょっと我慢しような」
シロも空腹のあまりに食欲をそそられるが、普通では考えられない光景だ。車体に限らず窓ガラスや、タイヤやエンジンなどを顎と歯で細かく噛み砕き、鉄くずとなった車一台分の部品を全て
「ヌヌヌヌヌ……!
肩にあたるタイヤからは銀の棘、背中の牛車からはパトランプ、両腕からは機関銃が飛び出す。
「オ〜レェイ、オレオレオレ〜イ! やはり飽きぬ美味さを誇るは国産車ってカー! ミーは食った車を自らの
丸みを帯びた装甲は鋭く、より妖怪の姿から程遠いメカニック且つスタイリッシュなボディへと姿を変え、オボロ・カーズが生まれ変わる――
「スーパーオボロ・カーーーーズッ!!」
「「「「………………」」」」
「わぁ、カッコいいー!!」
目を輝かせるシロ以外、他の四人はリアクションをするのも面倒になってきており、内心早く帰りたがっている。
鴉との凄まじい死闘の後では、オボロのノリに付いていけないのも無理ないのだが……
「カーッカッカッカ! 最早ワイルド・ジョーカーが相手だろうと関係ない! このスーパーオボロ・カーズ様が皆殺しにしてやるカー!!」
「え……」
まさかの急展開を迎えこととなる。
「今ワイルド・ジョーカーって……」
「イェェス、アイアーム! ロングロングアゴー……ミーはユーによってコミカルタッチに描かれた朧車――『
「い〜〜!? マジかよぉ!!」
鴉が立ち去る前に言ったパズルのピースに合点がいった。鴉の脚となって付き従っていたオボロ・カーズは、なんと創伍の創作物であったのだ。
「うん、間違いないよ創伍!
その事実を確たるものにしようと、シロも(悪気はないのだが)羽衣から創伍のスケッチブックを取り出し始めて、オボロ・カーズが描かれた一枚の画用紙を見せ付ける。
現代に生きるよう怪
【オボロ・カーズ】
よう怪おぼろ車が、ライフスタイルを時代に合わせた姿。
鉄くずを食べれば食べる程強くなる。今日も自分のボディに合う部品を求めて、人間社会の中をさまよう。
「やっぱりってどういう意味だよ!? これだけは違うぞシロ! 俺はこんなの描いたなんて信じたくないっ!」
ヒュー・マンティスとは180度も違うキャラクターに、創伍は過去の自分への印象が悪化しそうで現実から逃避したくなる。
「何だよあのダサいおんぼろ車、創伍のデザインなのかよ」
「『よう怪おぼろ車が、ライフスタイルを時代に合わせた姿……』」
「いやぁ……妖怪退治は私の専売特許だけど、あんなダサい妖怪は初めてだねぇ。これが創伍の黒歴史って奴?」
「ちょっ……ちょっとダメ……! 見るなっての!」
シロが取り出した古い画用紙をまじまじと眺められ、描いた記憶が無くとも小っ恥ずかしくなるのであった。
「カカカカカッ! なーに楽しそうに盛り上がってやがる! 決戦といこうじゃないカー! ミーは闇討ちばかりの臆病マンティスみたいにはいカーない! 何なら全員まとめてかカーってきやがれ〜〜!!」
しかし破片者が現れた以上、創伍は己が使命の為に闘う以外に選択肢はない。
「うぅぅ……あんなダサいのを創ったなんて受け入れたくないけど……仕方ねぇ――シロ、最後にもう一踏ん張り頼むぞ」
「任せて!
意気揚々と構えるオボロを前にし、仕切り直しに創伍はシロと共に本日最後の大舞台に臨む。
* * *
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