第11話「英雄達の休息」1/3
「ウガアアァァァァッ……!!」
振り下ろされた銀の刃は、不死という法則をも無視し、オボロ・カーズの動力源たるエンジンを断ち切る。
髑髏頭のままの断末魔を最後に、オボロ・カーズは遂に沈黙し……決着はついた。
「ウィナー! 真城創伍ー!!」
シロの勝者宣言により、舞台は大詰めを迎える。
「お越しいただいた観客の皆々様! 最後までご覧頂きありがとうございましたー! 英雄たちに、もう一度拍手をお送りくださーい!!」
止まぬ喝采――長い1日の中の10分にも満たない演目に過ぎないが、最後まで英雄を讃えんと派手な花火と紙吹雪が吹き荒ぶ。まるでお祭りムードだ。
「………………」
しかし、創伍だけはそんな気分にはなれなかった。何故なら舞台は終わっても、創伍は自らの役目をまだ果たし終えてない。
漆黒の左手――創伍自らが生み出した破片者を取り込もうとイメージすることで顕現するもう一つの能力――その左手でオボロの魂を吸収し、自分を取り戻す為に記憶を回想するまでが彼の使命だ。
そして左手がオボロの髑髏頭を吸い込むと、バラバラに飛び散っていたボディも全て消え去る……。
不死に驕り、道化の能力を侮った代償が初めての「死」というのは、なんとも皮肉なことだ。
「……はぁ……」
吸収し終えるまで右手の剣の重みすら忘れていた創伍。それが終わった途端、剣を捨ててドッと座り込んだ。
「それでは皆様! 次の機会がありましたら、またステージでお会いしましょう! スィーユーアゲイン!!」
最後はシロのお辞儀で閉幕。舞台が蜃気楼の如く消えていくと、既に夜の帳は降りており、いつも通りの現界の高速道路へと戻っていた。
「…………」
「創伍、お疲れ様ぁ!!」
舞台を終えたシロの格好は、気付けばまたいつもの白いワンピースに戻っており、創伍に抱きつく。
「はは……ありがとな」
「創伍、とってもカッコ良かったよ!」
「そりゃどうも。シロもよく頑張ったな。お疲れ様」
「うん!!」
道化であるシロは、創伍が勝利を収めたことを誰よりも嬉しく思い笑顔を浮かべる。
創伍にとっても、多少の苦戦はあったが、此処へ来る前までバラバラだった全員の息が合わさって勝てたことが何より嬉しかった。
だが満足しているのは二人だけではない。彼らの舞台に参加したヒバチ達も、労いの言葉を送るのであった。
「お務めご苦労さん! ご立派な舞台だったぜ」
「飽きないくらいにはこっちも楽しめたよ。お疲れ様♪」
「いや〜どう考えてもあたしが主演女優賞貰ってもおかしくないくらいの活躍ぶりだったけどね。今回はMVP譲ったげる!」
恐らくシロと創伍だけでは、鴉との戦いの時点で敗れていただろう。その窮地を救ってくれたのも引っ括めて、深々と頭を下げて三人に感謝した。
「みんな……本当にありがとう」
今日までヒバチ達は弱肉強食の世界で生きてきた。創伍にオボロの首を譲ったというのに、自分達が手を貸した事に感謝されたのがこそばゆく、存外悪い気もしなかった。
そして……唯一の
「我々も――感謝を述べるべきだろうな」
人知を超えた死闘を目の当たりにしたのは、創伍に次いで真坂部が初めてだろう。舘上は真坂部の後ろに隠れてアーツ達に怯える当然の反応であったが、一度窮地に立ったことで彼らはこの非現実を受け入れていた。
「刑事さん……」
「本来ならキミを傷害罪、不法侵入罪で逮捕しなくてはならない。全員武器を捨て、パトカーで署まで同行してもらうとこだが……それは法が機能している時に限る。今は黙認するしかないだろう」
「…………」
国家危機において法が機能していない以上、今の真坂部は自分の正義に従うしかない。だから創伍の恩に報いることで、罪状を帳消しにした。
「へぇ、随分粋なことする人間だな」
「大半の人間は化け物だとか大騒ぎするのにねぇ」
これにはヒバチ達も感心。
問いたいことは多々あれど、まずは命の恩人である創伍に、真坂部達が謝罪する。
「そんな俺も、権力を傘にしてキミに銃を向けたことを詫びたい。本当に申し訳なかった――」
「す、すいませんでした……」
無論お人好しな創伍のことだ。終わりよければ全て良し、過ぎたことは水に流すのが彼のモットーだ。
「いいんですよ刑事さん。無事でいてくれたなら、それでもう……。理解するのは難しいかもですけど、こんな事になるなんて俺も予想外で――」
「――なら教えてくれ! キミ達は何者で、今この日本……いや世界中で起きている、この猟奇的な事件は一体何なんだ!? これから先、何が起きようとしているんだ!!」
「えーっと……その……」
ただ真坂部は落ち着いていられる状況ではない。創伍に迫って彼の肩を掴み、箍が外れたかのように抱き続けていた疑問をぶちまけた。
今回は守られたが、次も守られる訳にはいかない。自分も市民を守る者として、真坂部はこの世界で起きている事件の真相に近付きたいのだ。
「頼む! 教えてくれ!!」
創伍も説明したいのはやまやまだが、つい数日前に知ったばかりの創造世界やアーツのことを、一から十を説明する前に何処からを一とするのか分からず……。
「「うっ――」」
遂に二人はその真相に至れず終いとなる――突然意識を失って頭からうつ伏せに倒れたのだ。
「えっ! 刑事さん!?」
ヒバチ達が何かした素ぶりは見えず、シロも目を丸くして驚く。また異品の奇襲でも仕掛けられたかと辺りを見回した。
だが今のは異品によるものでも、真坂部らが死んだわけでもない。
「アップライト・ハーミット――隠匿」
聞き覚えのある声と能力の名前が耳に入る。
「――アイナだ!!」
嬉しそうに叫ぶシロの目線の先――防音壁の上にいつの間にかアイナが立っていた。
「何とか間に合ったようね」
「アイナ……来てくれたのか」
「
「配置??」
降りて皆と合流し、アイナはアーツとしての役目を粛々と進める。手に持ったタロットカードを投げつけ、真坂部達の頭に、路上の砕けた箇所に貼られると、カードはみるみると溶けるように消えていった。
「正位置の隠者――貼り付けた対象が人間なら、術者が指定した特定の記憶を封じ、物であれば自然修復させる。今日一日、何もなかったことにする為にね……」
「でも……この人達は異品に襲われたんだぞ? 今後も保護をしなくちゃ……」
「分かってないわね。この二人は本来創造世界の存在を知ることのない人間よ? 今日あなたと駅で出会ってから今までの記憶を封じなきゃ、あなたまた追われることになるでしょ?」
「あぁ……確かにそうだな。うん」
「私達のことは何があっても忘れさせる。後でまた異品に襲われた以上は、そういう運命だったと思いなさい」
「…………」
鴉との戦いの折、生きて帰ったら今の事情を説明すると約束していたが、結局は口約束だ。創伍は反故することに多少の罪悪感があったが、アーツ達にとっては存在自体知られたくないのだ。
「それともあなた……ちゃんと一から説明するので後日会いましょうとか、変な口約束してないでしょうね? 創造世界の存在を知られれば、一度だけなら記憶を消すまでも、二度三度となれば……」
「ま、まさかしてないよそんな事!」
「だったら早く手伝って。ヒバチさんたちも壊した所は申告してくださいね。全部修復させるまで、夕食はお預けですから」
「「「えぇ〜!!」」」
その為ならどんな小さな痕跡でも徹底的に抹消する……。こうして彼らを知る人間は居ないまま、長い戦いが終わるのであった。
* * *
W.E本部 長官室
現界では20時過ぎ。後始末にはさほど時間が掛からなかったのだが、鴉との激闘により創伍達の疲労は頂点に達していた。
「いやぁ、よくやってくれたね真城君。そしてヒバチ君達も! キミ達なら必ずやり遂げてくれると信じていたよ!」
「むぐ……! おぉ……」
「長官さん! また創伍が死んじゃう!!」
上機嫌な長官にハグされる創伍に生気はない。大男の腕に絞められ、今度こそ本当に死にかけた。
「あぁまたやってしまった! すまない!」
「……大丈夫です」
「いやぁ今日一日動きっぱなしでお疲れだろう。苦労をかけたね。これからの動向を話し合いたいところだが、まずはお風呂で疲れを癒してから夕食を取ろうではないか!」
その言葉を聞いてようやく生きた心地がした創伍。また何処かで異品が現れて出動なんて命じられたら、今度こそ生きて帰れなかったろう。
「それでは少し準備に入るから、真城君達は先に行って寛いでいたまえ。ヒバチ君達は本日の活動報告をまとめ終わってからだ」
「えぇ〜、大した活躍してねぇのによぉ!」
「そうだよー。タダでさえ汗臭くて早くお風呂入りたいんだから〜!」
「文句言わない。早くやることやる!」
長官の指示に従い、つららに引っ張られる乱狐とヒバチ。疲れた体に鞭を打って、何処かへと消えていく。
「……アイナ、みんなは何をしに?」
「ここへ来る前に教えた活動報告よ。W.Eに加盟している英雄は、どんなに疲れても一日の行動記録を報告することが義務付けられているの。監視という名目ではあるけれど、ちゃんと報告していればその分の報酬が与えられる。あなた達はW.Eの保護下だから報告の義務は無いし、衣食住も確保されてるから安心して」
「アーツ達も人間とやっている事は変わらないのな……」
生きる為に闘い、報酬を得る為にやるべきことを行う―—大袈裟な言い方であるが、人間社会の構造と似通っているし、本質的にも間違ってはいない。そうしないと生きられないのだから……。
「さぁさ、おしゃべりはここまで。後がつかえるから、早くお風呂に入ってきて!」
「創伍早く行こうよー!」
「ん……あぁ」
だが戦う英雄達も、生きていく上では休息も必要だ。まずは疲れを落とそうと引っ張るシロに急かされながら、創伍は大浴場に向かうのであった。
* * *
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