第08話「斬羽の鴉」1/2


「刑事さんっ!!」


 創伍の叫びも届かず、銃弾を撃ち込まれスリップする真坂部たちの車はスクリーン上から見切れてしまう。結局彼らの安否は分からず終いのまま、映像もそこでブラックアウトする。


「なんてこった……刑事さんが異品に殺されるっ!」


 この後に見える結末など語るに及ばずだ。刑事たちの絶体絶命に、創伍だけが取り乱してしまう。


「真城君……彼らは知り合いなのかね??」

「えっとあの人達は、なんというか……その……!」


「――ここへの道中、花札駅で遭遇した刑事です。私達の存在を危うく勘付かれそうなところを、創伍が早速自分の異能を使って振り切ってしまいまして……」


 長官が事情を聞こうとしたところを、アイナが割り入って代弁をする。事前に彼女からボロを出さぬよう忠告されていたのに隠し通すことも出来なかった為、創伍は何も言えなかった。


「ほう、アーツにとって現界の警察機構は鬼門。その災厄の芽を異品が摘もうとしているのか」

「すいませんっ! きっと俺の所為でこんなことに……」

「まだそうとは限らんよ。だが起きてしまったからには、どうにかせんとな……ふむ……」


 さてどうしたものかと今後の行動を思案する長官の前に――


「待たれ待たれぃジャスティ長官! 何のために遠路遥々来たと御思いか! 異品制圧は、この紅蓮魔ヒバチに御任せあれぃっ! すぐに片付けてご覧に入れよ~~う!」

「かっこつけんな。アンタが行ったら小火ぼやじゃ済まないでしょ。仕事はスマートに――ここはアタシ一人にお任せを、長官」

「いやいや――こういう仕事は後輩が! 長官さん、是非ともこの乱狐にっ!」


 すかさずヒバチとつらら、乱狐の三人が長官の前へ名乗り出た。流石は勇猛果敢な英雄女傑。己の実力に相当の自信があるため、敵が何人居ようとどんな相手だろうと関係ないのだ。


「ま……待ってくださいっ! これは元々俺の失態が原因です。俺が今すぐ彼らを助けにいきます!」


 だが、その中に創伍も割り込んだ。自分の落ち度のために真坂部たちが危機に瀕している――もし襲っている異品が破片者だったらと考えると、居ても立ってもいられない――ましてやその責任を、お人好しな彼が他人任せにできるはずもなかった。


 だからこそ自分でけじめをつけたい。そんな意気込みで名乗り出たものの……


「「「引っ込んでろっ!!」」」

「ひっ!?」


 そんな彼の心情など我関せずと、振り向いた三人は眉間に皺を寄せながら怒鳴る。その勢いに負けてしまった創伍は、反論も出来ず……そのまま消沈。


「ざっけんな! ここはどう考えても不死身の俺様一人で十分だろうが!!」

「お生憎様、それは私も同じ条件。ダーリンでも報酬欲しさに抜け駆けは許さないよ」

「長生きな先輩方じゃ荷が重いんじゃないかなぁ。ここは若い後輩に譲った方がいいと思うけどー?!」

「ぐぬぬぬ……こうなったら、じゃんけんで決めるしかねぇっ!!」


 そして三人のうち誰が向かうのかと激しい口論が沸き起こり、遂にはじゃんけんまで始める始末。


「………………」

「「「じゃーんけぇん、ぽいっ! あいこでしょっ! あいこでしょっ! あいこでしょっ! あいこで……」」」

「っ……!!」


 その見苦しい光景に痺れを切らしたか、長官が椅子から立ち上がり――



 ズガァンッ!!



 ……と、凄まじいで書斎机を叩き割り、じゃんけんを終わらせた。


「いい加減にしろぉ! 誰でもいいから早く現場に向かいたまえっ! このままでは手遅れになるぞっ!!」

「「「っ……!!!!」」」


 部屋が揺れるほどの怒号が響き渡り、騒がしい三人の言い争いはピタリと止んだ。


「「「失礼しましたああ〜!!」」」


 震え上がった三人は、一目散に長官室を後にして現場に向かう。

 静まり返った部屋にはアイナと長官、唖然とするシロと創伍の四人だけが残された。そのあまりの気まずさに長官は咳払いをし、創伍に詫びを入れる。


「すまない真城君。お見苦しいところを見せてしまったね」

「い、いえ……気にしてませんよ。皆の熱意が凄すぎて敵いませんでした」

「そうなんだよ。それこそ我が英雄達の長所でもあり、短所でもあるのだ」

「短所? それはまたどうしてですか」


 長官は壊した机を立たせては申し訳程度のガムテープで固定し、それから椅子に深々と腰を掛けて溜息を吐くと、その理由を語り出す。


「アーツとは我が強くてね。全員がそうではないが……弱肉強食・実力主義が根付いたこの世界で、己こそが一番強い、己こそが至高という価値観が、英雄の名を轟かせる為の彼らのモチベーションでもあるのだよ。我こそはと率先して任務を熟してくれるのは嬉しいのだが、それが稀に味方同士のいざこざを招いたり、最悪のケースでは異品に認定され追放を受ける者もいるのだ」

「そうなんですか……」


 三人の血相の変わりぶりはそのためだろうと頷ける。

 ただ、創伍の中で一つの疑問が残った。実力主義社会なのは百歩譲るとして……彼らの掲げる正義とは、ただ異品が現れたら我先にと倒すだけなのだろうか――と。


 クビを突っ込むべきでないことは承知の上だが、創伍には感じ取れなかったのだ。


 彼らの正義には護りたいものがあるのかを……そして彼らの団結力というものを……。


 かといって、実力や経験でヒバチ達より劣る創伍が彼らの後に続いたとして、足を引っ張るだけではないか……このまま彼らに任せてしまっていいのではないかと、そんな考えが出ているのも事実。


(俺はこんな時、どうすればいいんだ……)


 自らの使命と相反した願望が沸き起こり葛藤する中――



「創伍、創伍っ」

「……ん? どうしたシロ?」


 小声で呼ぶシロが袖を引っ張り、耳を貸してと指で誘う。創伍が彼女の目の高さに合わせてしゃがむと、こう耳打ちされた。


「大丈夫だよ――創伍が絶対一番乗りだもん。だから今のうちにカッコいい台詞を考えといてっ」


 その言葉に頭を傾げる創伍。今の状況と明らかに矛盾しているというのに、シロがここまで余裕でいられる理由が分からなかったからだ。


「……どういう意味?」


「それは……『ヒーローは遅れて登場する』ってこと!」


 だがその理由も、じきに明らかになる――


「……? 何かしらこの煙??」

「うん??」


 まず長官室に異変が起きた。真っ先に気付いたのはアイナと長官で、何処からともなく白い煙が長官室に立ち込め始めたのだ。


「か、火事!?」

「いや……火災警報は鳴っておらん。それにこの煙は真城君、キミの足元から出ているぞ!」

「創伍! 何よその煙は!!」


「え?? え、あぁぁ!?」


 アイナと長官が指差した箇所は、創伍の足元――なんと煙は靴の裏から吹き出ていた。


「シロ! 何をしたんだ!?」


「エヘヘ♩ それじゃあ長官さん、行ってきまーす!」


 靴に細工をした覚えもない創伍がシロに聞いても、シロは面白おかしく笑ってはぐらかす。

 二人の姿は、そのまま煙に覆い隠されてしまった。


「二人とも! 待ちなさ――けほっ、けほっ……!」

「これは一体何のマネかね!?」


 そして煙が晴れ、長官とアイナが歩み寄ると……


「創伍! シロ!?」


 二人の姿は影も形もなく消えていた。そう、まるで得意の手品を披露したかのように……。



 * * *



 PM18:56


 高速道路上で繰り広げられるのは、死のカーチェイス。真坂部らを狙う黒装束は容赦なく車に発砲し続け、サイドミラーや車窓などを次々と破壊し、少しずつ追い詰めていた。


「先輩~! どうしたらいいんですかぁ!!?」

「頭を上げるな! アクセル全開で逃げ切れ!!」


 身を屈めながら運転する舘上は何故狙われているのかも分からぬまま、ただ全速力で車を飛ばす。真坂部は懐から拳銃を出して応戦しようとするも、後方からの乱射に車が揺れるため、狙い撃てる状況じゃない。


 袋のネズミを仕留めんとばかりに、黒装束は遂に彼らが乗る車のタイヤへと弾丸を撃ち込む。


 いや……ようやく撃ち込んだと言う方が正しい。何故なら前方には急カーブ路が構えていたため、ギリギリまで敢えて撃たなかったのだ。


「わぁああぁっ!」

「くっ……!」


 パニックに陥る舘上が機敏に運転出来る訳もなく、右往左往する車はとうとう防音壁に激突する形で止まった。


「…………」


 静かな夜の路上で黒装束はバギーから降り、真坂部たちの車へと歩み寄る。無論彼らを殺す為だ。後は息があるかないかを確認し、片付けるだけ……。


「——このクソッタレがあぁっ!!」



 ――と、相手が油断するその一瞬の隙を真坂部は狙っていた。

 助手席から飛び出しざまに路上に伏し、気絶した舘上から借りた拳銃で発砲。


 しかし……


「クククク……」

「何っ!?」


 真坂部は確かに心臓を狙ったつもりだ。それなのに黒装束の男の身体には弾痕が見つからず、衣服に傷すら付いていない。

 男は銃を構える真坂部を前にしても怯みもせず、見下すように笑いながら歩み寄ってくる。


「外したか……!」


 ならば全弾使い切る勢いで、今一度男の胴体を狙って連射した。


「ハハハハハッ……!」


 ……だがそれも当たらない。男には弾丸が止まって見えているのだろうか、軌道からギリギリ反れるように身体を少しだけ傾けることで尽く躱していく。

 そして最後の一発は、なんと指で摘まれてしまった。


「馬鹿な……化け物か!?」


 その言葉に反応したのか、ヘルメット越しに男がようやく喋り出す。


「あぁー……化け物ねぇ。聞き慣れた言葉だが、あまり使わねぇでほしいな。俺はこう見えてピュアだからよ」

「なんだと……?」

人間おまえら作品おれらに劣るように出来てるだけで、俺達を化け物呼ばわりするのはイラッとくるし、筋に合わねぇって言ったんだ。非力な人間に生まれたテメェの運命を呪うんだな」


 男は弾倉に弾を装填し、真坂部の頭に狙いを定めて銃を向ける。


「俺達を一体どうするつもりだ!?」

「ここまで追い詰めて夜のドライブに誘うバカがいるか? 消えてもらうのさ」

「何故だ! 恨みか!? 」

「恨みなんかでこんな回りくどい殺し方すっかよ。の半々さ。それに刑事ドラマとかでもよく聞くだろ――『お前は知り過ぎた』ってさ」


 真坂部の脳裏で回想が蘇る。今さっきまで自分が調べようとしていた猟奇的殺人事件。そして一人の少年と少女の姿を……。


「…………っ!!」


 彼の勘は冴えに冴えた。この男はきっとあの真城 創伍と何らかの関わりがある――そうでなければ自分以外の人間も無差別に殺されてもおかしくないのに、今日だけで新たな被害報告は一度も無かった。それにこんな暗殺めいた襲い方で自分達を殺すのに、何の理由も無い筈がない。


「真坂部 健司、舘上 京磨……強盗に襲われ高速道路上で車を衝突させ事故死ってとこかな。じゃ、あばよ刑事さん」


 しかし――


「ふざけるなぁっ!!」


 真坂部もむざむざ殺される気はなかった。男の照準から逃れるべく横跳びすると、懐に忍ばせた自分の拳銃を取り出して再び引き金を引く――先の拳銃は運転席で気絶した舘上から借りていたもので、男の隙を突く為でもあった。



 PANG!



「……はぁ??」

「こ、これは……!」


 一か八かの反撃……にはならなかった。銃声と共に出てきたのは、紙吹雪やテープ。真坂部の銃は先ほど真城創伍の奇怪な手品によって、おもちゃ銃へと変えられたままだったのだ。これには両者も唖然。


「チクショウ……! こんな時に限ってぇぇ……!!」

「ハッハハハハハ!! パーティの催し物かぁ! 本物の銃をおもちゃと取り違えるたぁ、御茶目な刑事さんだ!!」

「ここまでか……!!」


 最後の抵抗も虚しく、真坂部は膝をついて銃を下ろし、全てを諦めかけた――


 その時だ。彼の目に撃鉄が映る。


 何かが挟まっていた。



『撃ち続けて! 弾切れになるまで!』



 一枚の紙に、メッセージと励ます少女のイラストが描いてあったのだ。


(これは……?)


「今度こそおさらばだぜ――」


 瞬時、思い立った真坂部はおもちゃ銃を握って発砲を始めた。何があるのかは知らないが、どうせ死ぬなら最後まで撃ち尽くしてやると――ある意味ヤケクソになっていたのだ。


 PANG!

『もっと撃って!』


 PANG!

『頑張れー! あと二発!!』


 PANG!

『ラストー! 一発ぅ!』


「はっ。死ぬ間際に血迷ったかよ……」


 紙吹雪とテープに覆われる真坂部が、男の目には滑稽に映る。最後の一発を撃ったら殺してやると、男も銃を改めて構えていた。


 PANG!!


 最後の一発。互いに引き金を引いたその時だ――


 暴発。真坂部の拳銃からこれまでとは違う巨大な爆音が響き、高速道路が白煙に包まれる。そして大量の紙吹雪とテープ、そして大量の白い鳩が飛び出して、二人の視界を覆いつくしていた。


「チィッ! 何の小細工だ!?」


 男は後ろへ飛び退き、真坂部は死に物狂いで煙の中から抜け出す。


 煙が消え去ると、この場には到底相応しくない陽気な音楽が流れ始め、居るはずのない人物が立っていたのだ。



「レディース! アーンド! ジェントルメーン!! 呼ばれて飛び出てジャジャジャジャーン! 道化ジェスター・英雄ヒーローただいま見参ー!」

「げほ……げっほ……! おいシロ……一体何したってんだよ!」



「あれは……!?」


 花札駅にて会った、真城 創伍という少年と、彼の傍に居た謎の少女。その二人が、また真坂部の眼前に現れたのだ。



 * * *

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