第04話「道化の行進」2/3


 一方で、手品紛いの戦法でマンティスを翻弄する創伍の姿を、負傷したアイナと守凱は見届けることしかできなかった。


「ついに、道化師同士が繋がったか……」


 守凱が深い溜息を吐く。


「守凱、ごめんなさい。私が素早く動けなかったから……」

「気にするな……どの道、こっちの手中に入るか、彼の手に渡るかのどちらかしかなかったんだ。こうなってしまった以上、素直に認めるしかないだろう。仲間達に会わせる顔がないがな……」

「長官にはどう報告を?」

「向こうから出向かせる、とでも伝えておくさ……」


 息を切らしながら話す守凱だが、マンティスの仕込み刀により脇腹を切られ、手で抑えても出血が止まらない。脚を切られたアイナは、回復術で自分の応急処置は出来たのだが……。


「守凱の傷を治す魔力が足りない……アップライト・プリーステスでもままならないなんて、このままじゃ……!」

「ぐっ――!」

「守凱っ!」

「大丈夫だっ、このくらい……」


 救護班を呼ぼうにも、今からでは遅すぎて出血多量で死に至るかもしれない。どうしたらいいのかと途方に暮れていた。


 そんな中――


「大丈夫か!?」


 創伍が、二人の元へと駆け寄ってきたのだ。


「真城 創伍……」

「何しに来たの……?」


 守凱が睨みを強くし、拒絶の意を表す。


「シロ、この右手で二人の傷を治せるか?」

「なっ……!?」


 数時間前、シロ目当てに奇襲したことを差し置いて、創伍は二人の傷を治すと言い出したのだ。


「治すことはできるけど、私達を襲った人を助けるなんて……」


 創伍の右肩に留まるシロが不満そうな顔を浮かべる。二人は何も言い返せないが、アイナにとってこの場は猫の手も借りたい事態なのも事実。


「そうかもしれないけどよ、さっきは俺達を遠回しに助けてくれたろ? それに……俺にはそこまで悪い奴にも見えないんだ」

「………うん、創伍が言うなら……いいよ。その人の傷口に手を当てて、治したいと願い続けて」

「ありがとなっ、シロ」


 シロの了解を得た創伍は、ゆっくりと守凱の傷口に赤い右手を当てて眼を瞑る。

 守凱は不服そうな顔を浮かべるが、払いのけたりはしなかった。


「余計な世話を……」

「したくてしてるんじゃない。こういう性分なんだ」


 創伍の赤い手はみるみる光を増し、十秒もしない内に傷口から流れ落ちた血が元へ戻っていく。手を離した時には、負傷したのかと思う程に傷口が綺麗に消え、守凱を完治させた。続けて応急処置をしていたアイナの脚の傷も完治させたのだ。


「………………」

「あ、ありがとう……」


 俯いて黙る守凱とは真逆に、窮地を救われたアイナは創伍に感謝するしかなかった。


「気にしないでくれ。とりあえず、ここからは俺達の邪魔しないで安静にしといてな!」


 創伍は満更でもない顔をしながら、再び戦場へと戻っていく。


「道化の英雄……似合って見えるのは、やはり何とも嘆かわしいな」

「どうしようもなくお人好しなんだから……」


 その後ろ姿が僅かながら一人前に見えたのは、気のせいではなかった。



 * * *



「創伍って、本当に優しいね!」

「ごめん。迷惑だったか?」

「ううん、全然! だってそこが創伍のイイところだもんっ!」

「……そう言われるのは初めてだな」


 シロは不本意だったかもしれないが、やはり創伍は困っている人を見捨てずにいられなかった。そんな彼のお人好しを尊重したシロが協力したことで、今の創伍にもう心残りはない。

 再び地獄へ舞い戻ると、ようやく触手地獄から抜け出たマンティスが怒りに震えていた。


「オノレェェ……オノレオノレオノレェェェエエエ!!」


「あーあ、まだ懲りないみたい」

「文字通り蟷螂の斧ってか……」

「創伍、そろそろフィナーレといこうよ!」

「フィナーレ? どうするんだ??」

「これから私の言った通りにして。まずはね……」


 シロが創伍に耳打ちをする。遂にパレードを終盤へと導き、二人でマンティスを仕留めるのだ。


「さぁ皆様!! 名残惜しいですが、いよいよクライマックスです! 最後のとっておきの手品は、モニター中継にてお見せします!!」


「死イイィィィネヤラァアアァッ!!」


 またもシロが指を鳴らすと、電気街のビルのモニターに創伍達が映る。だがそんな事に目もくれず、マンティスは怒りに身を任せて先制を取らんと突貫。飛んで火に入る何とやらだ。


「創伍――まずは拳銃を!」

「あぁ!」


 まずはマンティスに殺された警官の物と思われる拳銃を拾う。それを拾った創伍はシロの指示通りの想像をし、真っ向から走って来たマンティスに向けて拳銃を発砲。


 パチュンッ――


「グッ!?」


 普通の拳銃とは違う発砲音にマンティスが咄嗟に目を瞑る。創伍が撃ったのは塗料が飛び散る着色弾で、たちまちマンティスを目立ちやすいピンク色に染め上げた。


「コ、コレハ……一体…………! ソレニ真城ハ…………ッ!?」


「やーい、マンティス! こっちだこっち!!」

「あっかんべー! こっちだよぉ!!」


 誘うように挑発しながら創伍達が向かったのは、電器店だ。何か仕掛けるつもりと知りながら、ここでマンティスが躊躇するはずもない。


「逃ガスカァァァッ!!」


 ブレーカーを落とされた真っ暗闇の店内に生存者はいない。床に転がるのは、数々の死体。創伍は恐怖に耐えながらも、勇気を振り絞り、そして彼らの無念を果たすためにもシロの指示通りに行動を取る。


「クソッ……! 何処ニ隠レタ!? 出テキヤガレエエェ!!」


 足音を辿り、家電・電子機器コーナーにマンティスが到着する。最新のテレビやパソコンが並ぶこの階の通路に、立っているのはマンティスのみ。


「創伍……今だよっ」


 一方創伍達は、息を殺しながらレジカウンターの裏側に潜んでいた。シロの合図でノートパソコンに触れ、また言われた通りの想像をする。


 今度は、かなりトリッキーだ。


『やぁ、ヒュー・マンティス。襲われる側に立つ気分はどんなものかな?』

「ッ!!?」


 電気は止まっているのに、創伍の右手がパソコンに触れただけで、シロの声が店内放送用のスピーカーを通して響き渡る。マンティスは警戒をして武器を構えるが、店内中のスピーカーから声が響いて彼らの気配は掴めない。


『君は今、すごく怖がっているね? 起きるはずないと思っていた展開になってしまい、これから何が起きるのか、道化師の手の内なんて読めるはずがないもん。そうでしょう?』

「黙レッ! 貴様コソ、コノ暗闇ノ中デハ不利ダロウガッ!!」


 確かに、暗闇で気配だけを頼りに闘うのはあまりに現実的ではない。


 ――だから、創伍達は用意をしていたのだ。


「うらぁ!!」

「ギッ!?」


 創伍の蹴りが、簡単且つ正確に命中してマンティスを吹っ飛ばす。答えは簡単――着色塗料を放つ寸前、として想像していたのだ。それにどうやらマンティスは、人間に擬態している時と比べると、視力が低下しているのか、そのことにまだ気付いていない。


『あれあれ~? どうしたのヒュー・マンティス。バナナの皮でも踏んだ?』


 創伍の足音はシロが大声を出すことでスピーカーに掻き消され、完全に暗闇へ溶け込むことが可能となる。後はこれを四、五回繰り返すことで塗料塗れのマンティスを、フロアでのたうち回せた。


「グググッ……ガアアァァァッ……!! 殺ス……! ブッ殺スッ!!」


 そうこうしている内に、フィナーレの準備が整った。


『『『『ホラホラホラ♪ 私はここだよ。頑張れ頑張れ!』』』』


「――何ッ!?」


 なんと店内に並ぶパソコンやテレビ、タブレットやスマートフォンのデモ機に次々と電源が点き、暗闇をディスプレイの光が一斉に照らす。いくつもの白背景の画面の中にシロが映っており、マンティスを挑発し始めた。


『この中のどれかに本物の私が居るよ! 見事当てたら、な景品が待ってまーす!』

「クッソォォォォッ、チョコザイナアァアアアアッ!!」


『ここだよー!』

『ベロベロバ~!』

『こっちだってば!』

『鬼さんこちら♪ 手のなる方へ♪』


「ダッタラ……虱潰シラミツブシニ斬ルマデダアアアアアァァッ!!」


 対するマンティスは大胆な行動に出た。手の鉤爪で並んでいた電子機器を全て切り裂き始めたのだ。高価なノートパソコンや、頑丈そうなスマートフォンなども草木の様に斬り落とされ、その断面からは火花が飛び散る。


 創伍達は――を待っていた。


「……ンナッ!?」


 想像した着色塗料には、蛍光作用を付けただけじゃない。も付け足していた。機械から飛び散った火花が塗料に付着すると、床に垂れた箇所から引火して確実にマンティスを追い詰め、炎で攻め立てる――


「ギィアァアアアッッ!! 熱イ! 熱イイィィッ!!」

『アハハハハッ、残念! ハズレにはな景品……なぁんてね♪』


 炎に纏われ苦しむマンティスを、いくつものシロが嘲笑う。


『それじゃあ、答え合わせだね!』

「ゲヘッ……ハァ……アッ……!?」


 斬られずに済んだ電子機器の画面が次々と暗転し始める。そしてフロアの中央——テレビコーナーに置いてある4Kテレビ一台だけの画面が残った。その中のシロが本物だった。


『私は――ここだよ!』


 シロは、ちょうど目の前に立つマンティスに向けて何をする気か、画面の中で右手をグーにして突き出した。


『これは今朝のお返し!』

「ヅアガ……ッ!? アアアァァァアッ——!!!」


 すると、またしても珍妙な光景が創伍の眼前を過ぎる。シロがテレビの中で突き出した右手は、たちまち画面越しに巨大な拳となって飛び出し、マンティスの体を、歯を、骨を砕く。そしてそのまま壁を突き抜け、再び地獄の電気街へと叩き落とした。


「……すっげぇ」

「さぁ、創伍。戻ろう!」


 気付けばしれっとテレビの中から抜け出ており、まるで遊び尽くしてご満悦な子供のよう。一風変わった闘い方には言葉も出ず、守凱やアイナがシロを厄介者呼ばわりするのも、これが所以なのかもしれないと感じる創伍なのであった。



 * * *

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