第03話「契りの詠唱」3/3
場所は電気街に戻る。
マンティスにより傷め付けられた重傷の創伍は、何とか地面を這いながら、シロを追いかけるアイナに攻撃を止めさせようと必死に叫んでいた。
「アイナ……頼む、やめてくれぇ!」
「この……! 止まりなさい、ワイルド・ジョーカー!!」
「やーだよー!」
次々と炸裂するアイナの結界の輪は、ビルからビルへ飛び移るシロの行動を先読みして足場を破壊していき、彼女を捕えようとする。
「ほいさ!はいさっと! 創伍、待っててねー! すぐに助けてあげるからー!!」
……しかし背中に眼でもあるのだろうか、余裕にもシロはそれらを振り返りもせずにヒラリと躱していき、上空から創伍を励ます。
双方譲らないままの鼬ごっこであるが、長続きはしないことをシロは分かっていた。今朝からの手負いにより、少しずつ彼女の動きと呼吸に乱れが見えてくる。
「はっ、はっ……」
今のシロは完全ではない――道化は、誰かに属さねば成り立たない不完全な存在だからだ。
「誰かに取り入らねば逃げることしか出来ないのか――ワイルド・ジョーカー」
故に……隙も生まれる。
その隙を守凱が見逃すはずがなかった。
「っ!? きゃあっ!」
マンティスとの攻防から戻ってきた守凱は、死角からシロの首元へ回し蹴りを見舞う。空中での奇襲に対処し切れず、打撃を受けたシロはそのまま頭から路上に落下する。
「シロぉ!!」
目も当てられない瞬間を遠くから見ていた創伍が叫ぶ。シロは立ち上がらず、うつ伏せに倒れていた。
そんな彼らに目も暮れず、守凱はようやくアイナと合流する。
「マンティスは退けた。急ぐぞアイナ」
「か、守凱。何もあそこまで……」
「説得に応じる相手ではないだろう。それとも……キミは事態を悪化させたいか」
「…………いいえ」
時間の猶予は無い。二人は任を果たそうと動き出そうとした。
その時だ――
「キシャアアァアアアッ――!!」
「「!?」」
暗闇からの不意打ち。遥か彼方に飛ばされたはずのマンティスが、足音一つ立てず異常な跳躍力によって舞い戻り、二人の背後を狙ったのだ。
「くっ――づぁっ……!!」
「あぁっ……!」
守凱がアイナを庇い間一髪回避する。急所は外したが、マンティスの刀の一閃により守凱は脇腹を、アイナは脚を斬られて路上に倒れ込む。
「キヘヘヘ……キサマラハ後デジックリ殺シテヤル。マズハ……ワイルド・ジョーカーダアアアァァッ!!」
マンティスが向かう先には、シロが倒れている。今になって弱弱しく起き上がる彼女も、最早体力的に逃げることも出来ない。
「うぐ……このっ――」
アイナは再びタロットカードを取り出し、それを阻止せんと呪文を唱え――
「えっ……!?」
……ようとした時、眼前に
「嘘でしょ……!?」
「づああああああぁぁぁぁぁっ――!!」
アイナは目を疑った。
彼女の視界に映ったのは……創伍だ。最早立てる程の余力もない彼が、全力で腕を振ってシロの元へと走っているではないか。
当然、シロへと近付いていたマンティスもその叫び声に振り向く。
「ンン!? 何ダアイツ……マダアンナ体力ガ残ッテイタノカ……!」
「シロおおおおぉぉぉぉぉぉっ!!」
「ダッタラオ前カラ先ニ殺シテヤルヨォォォォォォォッ!!」
マンティスは仕込み刀を高く振り上げ、向かって来る創伍を待ち受ける。
だが今の創伍は、マンティスに恐怖など感じていなかった。
(俺は死んでも構わない……でもシロは、誰の手にも掛けさせたくない!)
自分のことを誰よりも知り、誰よりも想ってくれた彼女だから守りたい。その一心だけでマンティスの間合いに入り、頭上に振り下ろされた一閃を躱した!
「——シロぉぉっ!!」
「ッ!? チョコマカト動キヤガッテ……コノ虫ケラァァァ!!」
奇跡的な回避に驚愕するマンティス。だがその一方、無我夢中でシロの小さな体を全身で庇おうとする創伍の背中は完全にがら空きとなり、マンティスの恰好の餌食となってしまう。
「終ワリダァァァッッ!!」
再び蟷螂の刀が振り下ろされ、創伍を確実な死が襲う――
「やめてぇっ――!!」
しかし阻まれた――アイナの結界が見事にマンティスを捕縛したのだ。腹部にガッチリと嵌った結界はマンティスの両腕を封じ、勢い良く街灯へ磔にする様に叩きつける。
「ガ、ングッ!? コ……コノクソッタレガアアァァァァ!!」
「創伍……なんて無茶な事を……!」
何とか創伍を死なせずに安堵したアイナだったが……。
「あぁ……そんな……!」
遅かった……。
彼女の視線の先には、本来未然に防げたはずの凄惨な光景が、創伍の痛々しい姿があった。
「良かった……シロ。どこも怪我してないか?」
「創……伍……腕が……創伍の腕が、無いよ……」
創伍の肩から先の両腕は、既に離れた所に転がっている。創伍がマンティスの攻撃を躱した際と、振り向きざまに振るわれた際、刀がアイナの結界よりも僅かに速く、彼の腕を両断したのだ。
その激痛は想像を絶していて、悲鳴を上げる気も失せる程、両肩から大量の血が路面に迸る。温かな血が流れ落ち、寒気が襲う。体は震え、徐々に力が抜ける。視界もボヤけていき、遂には膝をついて倒れそうな創伍をシロが抱くように支えた。
「創伍、どうしてこんな……!」
「は、はは……やっぱり無理なんだ……俺には」
「…………?」
「シロ……君の言う通りだった……。俺、主人公になりたいって……こんな土壇場で、何も考えずに……シロを守れるヒーローになりたいって……そう思った」
「創伍……!」
「でも、もう一つ分かったんだ……俺は、
他人を立てるだけの人生を歩めという不気味な法則から抜け出るには――創伍が主人公となり得るか、死ぬかの二つに一つ。不幸は後者を選ばせたのだ。
「違う! そんなことない! 創伍は……誰よりも勇気があるって知ってるもん! こうして私の元へ来てくれた……!」
「でも、このザマさ……何度も俺を助けてくれたのに、結局期待に応えられなくて……ごめんな……。ほら、今この時だって……こんなことになるとわかってても、シロを傷つけさせたくなくて、無意識に体が動いたんだ…………道化師が女の子一人カッコよく守れないんだぜ……情けないだろう……?」
出血多量で死ぬ寸前なのに、今は痛みよりもシロへの申し訳なさで胸が苦しくて、情けなくて涙が止まらない。
「だからもういい……もういいんだよ……シロ。今は一刻も早く…………逃げろ……! 俺みたいな不幸者よりも、もっと……有能な奴の……ところへ……!! そうすれば君も、ソイツも、幸せになれる……!」
「創伍……!!」
「シロ……早く逃げてくれ。こんな俺に……手を差し伸べてくれて……ありが……とう…………」
生涯を思い返そうにも思い出せず、ならば思い残すことは無いと安堵して目を閉じる。道化師はお道化ながら舞台から退場せねばならない。
よって、真城創伍の人生はここで幕を下ろす――
「ダメだよ――創伍はこんなところで死んではいけない」
――静かに閉じようとした意識が、耳元で囁かれた言葉によって微かに戻る。
「死なせはしない――私が血の一滴をも注いで助けるから」
不思議な事が起こった。両腕を切断をされた創伍の生命は消えるどころか、意識を取り戻していくではないか。
創伍は預けた体を起こしてみる。見渡せば周囲には強風が渦巻き、地が揺れ、建物のガラスが悲鳴を上げるように音を立てている。
そして己の目と鼻の先に立つ、白光に包まれたシロは、全身を強く発光させながら
「――私が貴方に与えし力は情愛と富、知識と死。どうかそれらから目を背けずに受け入れて欲しい」
それは人が生きていく中で当然の如く与えられる物。愛し合い、財産を持ち、切磋琢磨して知識を振るい、最後は己の生に終わりの幕を下ろしてこそ、人として生きたことを実感できる。
「まずは『情愛』と『富』――人々から笑顔を生み出すために、情のある行いをしてきた貴方に誤りは無い。ならばこれからも彼らを守るために、その愛を高める力を授けたい。富は、貴方の体――健全な体こそが人としての何よりの財産。ならば貴方の腕を、私の愛情を以て再び与えたい。そして今ここに、貴方に赤く輝かしい力を与えん」
シロの右目が赤く発光し、体中に残っていた傷口から血が噴き出る。その血はまるで昇天する竜の様に舞い上がりながら、創伍の両肩の傷口へと集結し、腕の様な形へと変わる。血が全部抜け出る頃には、腕の形を模していた血はそのまま肌色の腕となった。指を動かし腕を回しても、つい先程まで動かしていた自分の腕と変わりない。切断された腕はまだアスファルトの上に転がっているというのに――腕が再生されたのだ。
「次に『知識』と『死』――過去の失敗や経験は知識となり、記憶の中に残されるもの。ならば過去の産物に触れたその時には、貴方の記憶を呼び起こし、それを留めてみせる。死は、貴方の決断――守るために、思い出すために、死を与えることが正しいのかどうか、貴方の選択に委ねたい。そして今ここに、貴方に黒く冷たき力を与えん」
今度は左目が白目ごと漆黒に染まり、顔半分が生気を失ったように見える。シロが創伍の両手を優しく握ると、驚くべき異変が起きた。
「これは……」
再生された右腕が赤く染まり、左腕は黒く染まったのだ。
そしてシロの詠唱はまだ続く。
「私の渇望は『献身』――私の命を掴みし貴方に宿りて、あなたを守り、愛し、望みをただひたすらに叶えたい。そしてあなたの渇望は『自己の確立』――己が一体何者なのかを知り、
創伍は理解した。これは覚悟を決めるべき
そして、今度こそ主人公を目指しても良いんだと、少しだけ嬉しくなる。彼女に幾度となく救われて、プロポーズ染みたことも言われ、ここまでお膳立てされたとなれば、ここで死なせてくれとは言う程馬鹿ではない――
「わかった――まだ自信はないけど、胸を張って誇れる……恥ずかしくない主役にはなれるよう頑張るよ」
やっと創伍の宣誓を聞けたシロは、今までの中で最高の笑顔を見せた。
風や地揺れが一層強さを増す中で、彼女は創伍の手を強く握りながら、詠唱にピリオドを打つ。
「
遂に彼女の長き詠唱は終わり、これを以て道化同士の契約が成立した。
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