第28話*弐_再キ動


 その瞬間は訪れた。


 人の形をとる炭化した何かが、徐々に肉を纏い始める。骨の髄まで焼き払ったはずの炎は消え、爛れた皮膚は色を取り戻していく。煌々たる光を纏いながら。


 それはまさしく『再生』だった。全身の神経が稲光のように奔り、焼き切れていた意識を呼び覚ましていく。


「前言撤回だ」


 その光景を見たロキは、苦々しくそう呟く。


「腐っても第六LUXの炉心。やっぱそう易々とは破壊できねェか――」


「……」


 身体を包む優しい光は、何処か温かく、懐かしい。そんな微睡に身体を預け、徐々にハルトは目を開く。


「お目覚めか。さて、どうしたものかね」


 眼前には炎を纏うロキの姿。


「……君を殺したくない」


 気付けば、そんな言葉が口を衝いていた。


「へえ、じゃあお前は俺を殺せるつもりなんだな」


「……」


「だんまりかよ。まあいい、その沈黙を回答として受け取るぜ」


 ロキは何か面白いものでも見るような視線で、ハルトを見つめる。


「なら、こちらももう力の出し惜しみは無しだ。早いとこお前も、そのお友達もころさなきゃいけないんでな。悪く思うなよ」


 そう言うと、焔の少年は徐に後方に下がり始め、大仰な所作で天を仰ぐ。


「――其は叡智の焔。我欲するは悪神鍛えし灼熱の牙」


 空間は熱を帯び、そして脆弱な陶磁器のように罅割れていく。


「……来い。『レーヴァテイン』」


 破れた次元の彼方からロキの前に現れたのは、巨大で無骨な燃え盛る一振りの剣。


「……知ってるか?俺たちのこの力の根源を」


 それを手に取ると、赤熱を帯びた刀身を眺めながらロキは語る。


「この世界に存在する七つの永久機関。そのそれぞれは、一定の周期ごとに滅亡と創生を繰り返している」


「……」


「どれだけ平和であろうが、どれだけ絶望で溢れていようが、秩序に比重が大きく傾けば、それを上回る混沌が永久機関を支配する。それがどれだけ不条理であってもな」


 ロキは手にした大剣を一振りする。


「俺は永久機関――『IGNIS』の動力源に干渉し、この第六の世界に黄昏を招く者。それが……」


 そして、少年は言う。



 ――この永久機関における俺の立ち位置。



「永久機関における、立ち位置……」


「言い回しが気に入らねェか?まあそんなのはどうだっていい。重要なのは、俺もお前も、その役割を全うしなければってことだ。この輪廻から脱することは永久にかなわない」


 ハルトはその言葉を聞くと、瞑目して世界に意識を傾ける。心地よい闇の向こうに、確かに何かが鳴動しているのを感じながら。


「だから、俺たちは殺し合うしかない。あいつの筋書き通りなのは、癪だがな」


「そっか……。なら――」


 目を開くと、そこには敵がいた。決して相容れぬ、不倶戴天の敵が。


「ああ、そろそろお喋りは終わりだ」


 刹那、ロキの焔が滾る。


「お前を殺して、俺はこのしょうもない永久機関せかいから抜け出す!」


「――ッ!」


 裂帛の一閃の後、刃の軌跡が爆ぜる。


「永久機関の干渉がある以上、普通のやり方じゃお前を殺すことは出来ねエ!」


 間一髪で避けたハルトの額を一筋の汗が伝う。


ぼくは、死なない……。死ねないんだ!」


 全身の異能に身を任せ眼前のロキに意識を集中すると、ロキが纏う炎の鎧が『黒煙』に侵食され、喰われていく。


「ハ!そんなんじゃ俺だって死なねぇんだよ!」


 闇に覆われんとする身をまるで顧みるそぶりすら見せず、ロキはハルトへと突貫する。


「オラァ!!」


「ゥ――」


 血飛沫。舞う血風。視界に入る、深紅に染まる身体。


「こいつはその身に纏う権能を食う。その面倒くさい『再生の奔流』は、断ち切らせてもらうぜ」


 滔々と流れる血液に、視界が歪む。しかし――。


「まだ……!まだだ!」


 横に薙いだその掌は確かにまだ力を宿している。


「しつけェんだよ!!!」


 再び襲う、波状に押し寄せる紅蓮の炎。それは再びハルトの身を焦がす。


「ぐ、ああ、ァあ――」


 灼け、焦げ、爛れていく身体。しかしそれを上回る速度でこの身は再生していく。


「くそ、しぶてぇやつだ」


 ロキはそう悪態をつくと、火炎の勢いを弱める。


「はあ、はあ、はあ……」


 このままではジリ貧だ。消耗戦の末、殺されるのは自分――。


 だが不思議と焦りはなかった。この身に宿す力が、絶対の自信を与えてくる。


「――見つめるは幾千、幾億の瞳」


 俄かに体が疼き始め、血潮が熱く滾っていく。


「――夜を導く赫灼の焔光」


「お前、まさか……!」


 ロキの顔に驚愕が浮かぶ。それは決して拭えぬ焦燥の表れだった。


「――汝に知恵を与えたもう。永久の理を」


 紡いでいく闇の呪詛。それが徐々に徐々に、形を帯びていく。


「くッ……!まさかまで召喚できるのか、こいつ!」



 ――そして、姿を現す漆黒の刃。



ぼくは――。おれは――」


 それは永久機関と炉心とを繋ぐ、世界の歯車。


君を倒すお前を殺す!」



 ――***――

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