第2話 出会い
俺はひどく緊張していた。こんなところで、あの人に会うなんて思ってもみなかった。会ったとしてもこうして話しかけてくるなんて。
長い髪にぱっちりとした目、華奢な体。その雰囲気は雨がとてもよく似合っていた。
雨が強くなってきた夕方。ぱらぱらからざあざあと雨音も変わり、行き交う人たちを濡らしていた。そんな周りのことには気にも留めず、向かい合い傘をさしたまま佇む2人の影があった。
「お久しぶりです先輩」
「せっかくだし、少し話さない?」
そういって先輩は歩き、俺を追い越していく。
俺はなんて答えたらいいのか分からないまま先輩の後ろ姿を見ていると、先輩が笑顔で振り返る。
「早く行こう。風邪引いちゃうよ。水樹。」
そして、俺たちは近所のカフェで向かい合って座った。
店内はログハウスをイメージした作りになっていて、木の香りがほのかに漂い、気分を落ち着かせてくれる。本棚には無数の本が置いてあり、そのジャンルも様々だ。雨が降っているからかいつもより客が多い気がする。ここは雨宿りにぴったりなお店かもしれない。
しばらくして、俺たちの席に飲み物が運ばれてくる。先輩はコーヒー、俺はアイスティー。店員にお礼を言い、お互い一口飲んだところで先輩が再び言う。
「久しぶりだね」
「ほんと、久しぶりだね。いつぶりだろう」
俺は平然を装い会話を続ける。
「あれ以来だから4年ぶりかな?」
あれ以来、ね。先輩は何でもない風に答える。気にしているのは俺だけなのかもしれない。
「4年か、結構経ったね。最初、先輩を見たとき誰か分からなかったよ」
「ほんと?そんなに変わった?」
「変わった変わった。大人っぽくなったよ。って言っても、俺が覚えてるのは中学の頃の先輩だから当たり前だけど」
「中学の頃か、私もう大学生だよ。水樹は1つ下だから高3だっけ?早いなぁ」
そう言って長い髪を耳にかける。その仕草が美しく、思わず見惚れてしまう。
「そういえば、なんであそこにいたの?」
「私、中学の時吹奏楽部だったじゃない?その時の顧問の先生に最近までお世話になってたから挨拶に行こうと思って」
「あの先生まだ残ってたんだ」
「結構長いよね。私たちがいた頃と全然変わってなかったよ」
俺たちはそんな感じで近況報告をしていった。先輩の大学のこと、俺の学校生活のこと、共通の友人のこと。久しぶりに会ったから話題には困らなかった。俺は先輩との雑談を思ったよりも楽しめていた。
「それじゃあ、そろそろ行こうか」
そう言って、先輩はコーヒーを飲み干す。
時計を見ると針は19時を指していた。思ったより長居してしまっていたらしい。
先輩はすでにレジで会計をしている最中だった。
「先輩、お金」
「いいよ。今日は私の奢り」
「いや、そんなわけには」
「いいの。久しぶりに会った記念」
そう言ってほほ笑む先輩は嬉しそうだった。
外に出ると雨はすっかり止んでいて、木の葉から滴る雫が雨の気配を残していた。
「ねぇ水樹、よかったら連絡先交換しない?また今日みたいに話しがしたい」
先輩は別れを惜しむようにそう言った。
「いいよ」
俺は一言そういって連絡先を交換する
「じゃあ、また今度だね。ばいばい」
そして、俺たちはそれぞれ家路についた。
その晩、雨宮香里と表示されている連絡先を見つめながら眠りについた。
学校が始まってから数週間が過ぎ5月になった頃、新しいクラスでそれぞれグループが固まり始める。俺は相変わらず村田優斗と一緒にいた。
青葉夏菜はどのグループからも引っ張りだこで、当の本人はどのグループに属するでもなくクラスメイトみんなと接していた。
「青葉さんすごいなー。もうクラスの中心だぜ」
と村田優斗。
「クラスの中心なんて初日から確定されたもんだろ」
と橘水樹。
「確かになー」
「お前そんなに青葉さん青葉さん言うなら話しかけたらいいのに。きっと話してくれると思うぞ」
「ばか、話しかけるわけないだろ。俺が近づいていい相手じゃないんだよ」
「そこは弁えてるのな」
「当たり前だ。あんなかわいい女の子を俺が汚すわけにはいかない」
そう言ったのを皮切りに優斗は持論を熱弁し始める。相変わらず気持ちが悪い。
聞いてられないなと席を立とうとすると、優斗が唐突に話題を変えてきた。
「そういえば、近々転校生が来るらしいぞ」
「転校生?いきなりだな。誰情報だよ」
「担任のきょーちゃん」
「いいのかよ。そんな情報ほいほい教えて」
「いいんじゃね?俺割と口堅いし」
「今俺に教えてる奴が言っても説得力ないぞ」
「お前にしか言ってないけど」
「そういう問題かよ」
転校生ね。3年のこの時期に珍しいな。まぁ、大して興味もないけど。
「でも、この情報教えてくれたの先週くらいだからもう来ると思うよ」
「へー」
俺はすでに興味を失っていた。
最後のホームルームも終わり、さっさと帰ろうと校舎を出たところで忘れ物をしたことに気づいた。進路希望調査、明日の帰りのホームルームまでに出さないといけないんだっけ。面倒だと思いながらも出さないわけにはいかないので、取りに戻ることにする。
階段を上り、廊下を進んで教室に向かう。すると、目的地である教室の扉が勢いよく開き、走ってくる生徒の姿があった。水樹との距離は3メートルもなく、そのままぶつかってしまった。ばたんと2人はその場に倒れこむ。
「大丈夫?」
水樹は背中を痛そうにしながらもすぐに起き上がる。走ってきた相手に手を差し伸べたかったが、女子生徒であったためそれができなかった。こんな時でさえも女の子に触れることができない。水樹は徐々に早くなる鼓動を落ち着けようとしていた。
「ごめんなさい。大丈夫です。私急いでるから」
そう言って彼女は起き上がるとまた走り出し、階段を駆け下りていった。
あれは、青葉夏菜?あんなに慌ててどうしたんだろう。まぁ何か事情があるんだろう。それよりも、水樹は手を差し伸べられなかったことのほうが気になっていた。時間が解決してくれると思ってたんだけどな...
教室に向かおうとすると、何かが落ちているのを見つける。
「なんだこれ」
そう言って拾い上げると、それはお守りのようなものだった。ひどく汚れており、いろんなところがほつれていたり、縫い直しがあったり、長い間大事にされてきたんだということが分かった。
青葉さんのだよな。ここに置いておくのもなんだし持っておくか。明日渡そう。そう思い、水樹はそのお守りを慎重に鞄に入れた。
そして、その翌日、青葉夏菜は学校を休んだ。
青葉夏菜がいない教室はいつもよりどこか活気がなかった。また、彼女が学校を休むことは滅多にないことらしく、みんな気にしていた。
「青葉さんが学校休むって珍しいな」
「なんでお前が珍しいって分かるんだよ。青葉さんと同じクラスになったことないだろ」
「有名人だからな。それくらいの情報は流れてくるだろ」
「どんな情報網だよ。普通の風邪なんじゃないのか?きょーちゃんも言ってたし」
優斗に逐一ツッコミを入れる。
「だとしたらすごい風邪だな。青葉夏菜を寝込ませるなんて」
「いや、青葉さんも普通の人間だから」
「あー、俺も風邪になって青葉さんの中に入r
「あー、はいはい、分かった分かった」
俺は優斗の言葉を遮る。周りの奴らに聞かれてたら引かれるぞ。幸い、誰にも聞こえていなかったようだ。
「あ、もしかしたら風邪じゃないかもしれない」
「なんで?」
「いや、昨日青葉さんとぶつかったんだよね。それで変なとこ打って怪我したのかも」
「は?〇すぞ」
即答だった。いや、俺が言い終わる1秒前から声を発し始めたぞこいつ。しかも、こいつのこんなマジな顔初めて見た。
「大丈夫だって、ぶつかった後元気に走っていったし」
「そういう問題じゃねぇよ」
今後、こいつを敵に回すのはやめよう。
翌日、青葉夏菜は普通に登校してきた。教室に入ると、真っ先に水樹のもとへ行く。
「橘君。この前は本当にごめんなさい」
深々と頭を下げながら申し訳なさそうな声で言う。
「こっちがぶつかっておきながらあんな態度で立ち去るなんて失礼だった」
「別にいいよ。何か事情があったんでしょ。俺は何ともないし。それより青葉さんは大丈夫?ぶつかったこととか風邪とか」
「私も全然平気!」
そう言って、顔を上げ、真っすぐ水樹を見る。
「それならよかった」
水樹も青葉夏菜を真っすぐ見る。なんだか目が少し赤いな。充血してるのか?やっぱり風邪ひどかったのかな。などと考えていると、青葉夏菜が遠慮がちに話し始める。
「それで、ちょっと聞きたいことがあるんだけど、この前ぶつかったところで何か落ちてなかった?」
「あぁ、落ちてたよ。お守り?みたいなやつ。やっぱり青葉さんのだったんだ。はい」
そう言いながら、鞄に入れていたお守りを渡す。その瞬間、青葉夏菜は今までにないくらいの笑顔になった。
「よかった!本当によかった!この前からずっと探してたんだ。橘君が持っててくれたんだね。ありがとう!!」
そんな満面の笑みではしゃぐ青葉夏菜はとてもかわいく、雨上がりに咲き誇る花の様だと柄にもなく思った。
それが、俺と青葉夏菜との出会いだった。
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