第19章 鞭と飴の演説【3】
まずは先にいるマジスターが改札を終え、そしてついに僕の番となる。
今まで前の人達がやっているのを見て、学習した通り、僕はまず手前の溝に切符を入れる。
すると切符は溝の中へと吸い込まれていき、その時僕は、早く通過しないと金属の棒が回せなくなってしまうのではないかという、勝手な思い込みをしてしまい、すぐさま棒をガチャガチャガチャという音をたてて回し、そこで一応、改札を通り抜けることには成功した。
その時僕は、無事改札を通れたことに安堵しきってしまっていたのだが、しかしそれがいけなかった。
気が緩んだまま、僕はマジスターの元へと向かおうとしたその時、改札機から突然ピンポンピンポンという警告音のようなものが鳴り、僕の背筋は一気に凍りついてしまった。
「えっ? なに? なに?」
パニックになった僕は、その場で慌てふためいていたのだが、そんな僕の代わりに、その警告の原因を見つけてくれたのはマジスターだった。
「おいコヨミ、切符を取り忘れとるぞ!」
そう、僕は金属の棒を回すことに必死になり、つい切られた切符を取るのを忘れていたのだ。
「あっ、そうか!」
僕は小走りで改札機に戻り、溝から出ていた切られた切符を取ると、その警告音はすぐさま鳴り止んだ。
「ふう……はっ……!」
警告音が止んで安心しきっていたのだが、しかしそこで僕は気づいてしまった。
周りには行列になるほどの人が並んでおり、あんな警告音が鳴れば誰だって僕に注目は集まる。
そう、女装している僕の姿に、人の目線が一気に集まった。
そのことに気づいた瞬間、僕は一気に恥ずかしくなり、赤面になりながらそそくさと走って、マジスターの大きな背中の後ろに逃げ込んだ。
「頼むマジスター、匿ってくれ!」
「んん? カッカッカッカッ!」
そんな僕の姿を見て、マジスターは大勢の人の前でいつもの癖のある豪快な笑いを高らかにあげてみせる。
それにより、更に周りの視線はこちら側に集中しているのを感じ、僕は更に焦る。
「おいマジスター! 笑ったら余計目立つじゃないか!」
「おっ……と、そうだそうだ。スマンな」
「まったく……」
そんなことを偉そうに言っているが、そもそも僕が切符を取り忘れて、警告音なんざ鳴らさなければこんなことにはならなかったのだが……そこはまあ、自分のことは棚に上げるっていうことでね?
「もう、二人とも何やってんのよ!」
「この恥晒しめ!」
そうやって僕とマジスターのお騒がせコンビを非難しながら、普通に改札を通って来たルーナとライフ・ゼロ。
「いや、スマンな……つい笑ってしまって……」
「マジスターさんはいつものことだからいいのよ」
「いつもの……」
なんだかその言葉が、マジスターの中では妙に引っかかったらしく、彼はポツリと繰り返していたが、しかしルーナは「それよりも!」と言って、マジスターの正面から背中の方へとわざわざ回り込み、そしてそこに隠れている僕に向かって、人差し指を真っ直ぐ突きつけてきた。
「アンタよアンタっ! せっかく人がばれないように、ここまで完璧に擬装させたのに、なんで目立つようなことしちゃうかな~っ!」
「い……いやその……すいませんでしたあああああああああああっ!!」
「だぁーもうっ! 深々とお辞儀をしない! パンツが見えるでしょうが!」
「えっ……あっ、ゴメン……!」
自分の非を認めて謝罪をしたつもりだったが、それがかえって痛恨のミスだったようで、ルーナに更に怒られてしまう始末。
マジスターに責任転嫁しようとしたツケが、今僕に返ってきたような、そんな気がした。
やっぱり自分のことを、他人のせいにしようとするのは良くないことだね……。
「まったく……改札を通るだけでこんな大騒ぎになると思わなかったわ……ほら、こんなところに突っ立ってないで、ちゃっちゃとホームに向かうわよ」
「うむ……」
「はい……」
キリキリと先を歩くルーナの後を、僕とマジスターは肩をがっくりと落としながら、とぼとぼと歩いていく。
ちなみにライフ・ゼロは最後尾を歩いており、そんな僕達の姿を見て、終始ニヤニヤと笑っていやがった。
他人の不幸は蜜の味ってか……。
改札の先にはすぐに広々とした下り階段があり、どうやらここから地上から地下へと向かうようだ。
しかしその広いはずの階段も、今は大勢の人で埋め尽くされており、とにかく足を踏み外さないよう、細心の注意を払いながら下って行くと、ついにサブウェイが往来するホームへと到着したのだった。
「おおすげぇ……ホントに地下で列車が走ってる」
丁度セントラルタウンへ向かう方向とは反対の列車が出発をしており、その車体は地下を走るからなのか、地上を走る列車の車体よりも少しコンパクトになっているように見えた。
あとの違いは素人目からは判別できず、それでもこうやって、列車が地下空間を走っているという風景を見ただけで、どこか感動するものがあった。
やはり僕は今まで、世界を知らな過ぎた……世界は本当に、果てしなく広いな。
それを知っただけでも、こうやって旅に出て、心の底から良かったと思うよ。
『二番乗り場に各駅停車、セントラルタウン経由、トップハーバー行きの列車が到着します』
「おっ、来たみたいだぞ」
駅のアナウンスが聞こえ、マジスターがそう言うと、先程の列車があった反対側の乗り場から、どうやらセントラルタウンへ向かう列車がホームへ入ってきたようだが、しかし僕の身長が低いのと、周りの人ごみによって、列車が入ってくる様子をこの目で見ることはできなかった。
しばらくして、列車がホームへ完全に停車すると、扉が開き、人の出入りが行われる。
人に埋もれそうになりながらも、なんとか列車の中に入ろうと前に進んだのだが、しかしあまりの人の流れに戸惑ってしまい、そちらに気を回している内に、僕はみんなとはぐれてしまったのだ。
だが、はぐれたからといって、この状況で立ち止まって探すことなど到底できず、とりあえず行き先は同じなのだからと、早急にそういう雑念は捨てて、僕は車内に向かって突き進むことだけを考える。
その結果、なんとか車内には入れたものの、しかし扉が目と鼻の先にある、ギリギリの位置に立たされることになった。
ベルのような音が鳴り、列車の扉が閉まる。車内は乗車率百パーセント……いや、二百パーセントのすし詰め状態になっており、右を見ても左を見ても、人、人、人といった状態になっていた。
「うえ……苦しい……」
間もなく列車は動き出し、その揺れで周囲の人間に強烈に圧迫されてしまう。
いつかの満員バスよりも、こいつはヒドイ……。
「うっ……イカンイカン……集中集中……」
僕はライフ・ゼロに教えられた通り、周囲の人間の存在を感知しないよう、精神を集中させる。
すると意識の内側から、聞き慣れた声が聞こえてきた。
『ぐるじぃ……』
(えっ?)
そう、意識の内から聞こえてきたのはライフ・ゼロの声だったのだが、しかしその声はいつもの小生意気な声ではなく、まるで首を絞められてるような、絶体絶命であるかのような、そんな精一杯の声のように僕には聞こえた。
『うぬ……すまぬが助けてくれ……』
(……分かった、どこにいるんだ?)
ライフ・ゼロが僕に助けを乞うなんて、滅多なことじゃないからな。ここは素直に、助けてあげよう。
『分からん……人間どもの胴体に覆われて、顏すら確認できず、もう何が何だか……』
(そうか……ちっこいからなお前……そうだ、僕の背負っているギターケースはどうだ?)
『ケース……う……む、見えたかもしれん』
(それじゃあそれを目印に、人をどうにかどかしながら向かって来い。僕もまったくここから動けそうにないから、迎えには行けない)
『む……致し方ない』
そこで会話を終え、僕がしばらく待っていると、後ろの人達がもぞもぞと動いているような感覚が伝わってき、僕の足に手のようなものが触れた気がしたので、今できる精一杯の範囲で振り返ってみると、そこにはいつもの小癪な表情をしているライフ・ゼロではなく、ゲッソリと疲れ切っているヤツの姿があった。
「大丈夫かお前?」
「頼む……ここにいるくらいなら剣の中の方がまだマシだ……我を封印してくれ……」
「封印されることをせがむって……それに今は無理だ。剣はケースの中にあるし、この状況だからな。我慢しろ」
「うぐううう……」
何か言いたげにはしているが、しかし弱っているせいなのか、嫌味一つ言い返してこないライフ・ゼロ。
……張り合いが無いから、何か物足りなく感じてしまう。
「おい、ライフ・ゼロ」
「む……」
「僕の前に来い。そしたら人に圧迫されずには済むから」
「う……む……」
なんとか気力を振り絞り、僕の背後から前へと移動してくるライフ・ゼロ。
ここの位置からだとライフ・ゼロの表情をハッキリ確認でき、やっぱりヤツの顏は、いつもより青ざめていた。
さっきまでは、僕が人が多い場所が苦手なのをバカにしていたくせに、結局コイツも苦手なんじゃないか。
まったく……世話のかかる魔王様だぜ……。
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