第18章 民衆の街【3】

「ちょっとちょっと二人とも、そんなに熱くならないで! それに別に、僕が気になってるのはそこじゃないんだ!」


 僕とライフ・ゼロの間に燃え上がる炎を、そのキッカケとなってしまったマンハットが消しにかかる。


「おいコヨミ、ライフ・ゼロ! 喧嘩はやめんか!」


 そして僕達の険悪ムードを悟って、マジスターも本気で止めにかかってきた。


「……はぁ……分かったよマンハット、マジスター」


「ふんっ!」


 僕は自分の精神をコントロールし、怒りを鎮め、ライフ・ゼロは鼻息を鳴らして、腕を組んで、どっかりと背もたれに寄りかかった。


 僕達の戦争は、とりあえず周りからの制裁を避けるべく、互いに退いて、一時休戦ということになった。


「ふう……えっと、とりあえず僕が二人に訊きたいのは、二人がどうやって意識の中で会話ができているのかっていうことなんだけど……」


 僕らが落ち着いたのを見て、マンハットは安心し、眼鏡のブリッジに人差し指を当てて、眼鏡のずれを調節していた。


「えっと、意識の中で会話ができてるのは確か……」


「念波だ」


 僕が答えに詰まっていると、その先を越すように、ライフ・ゼロが口を尖らせながら代わりに答えた。


「念破か……初めて聞くなぁ。一体それはどういう原理のものなんだい?」


「自らの心の声を、魔力を使って対象の相手に飛ばす方法だ。以前どこかの誰かさんが、無線とかいう物と同じだとか、そんなことを言っておったわ」


「心の声を交信する無線か……なるほど」


 マンハットはふむふむと、何度も小さく首を縦に振って、頷く。


 ちなみにライフ・ゼロの言っていたどこかの誰かさんとは、僕のことだ。


 それからライフ・ゼロは、更にマンハットへ念波の説明を付け足していった。


「しかし相手が遠すぎると、念波は途切れてしまう。だからある程度、近づいている相手としか交信できんがな」


「なるほど……ライフ・ゼロさん、その念波は、もし強力な魔力を用いたら、もっと遠くの相手と交信することができるっていうことはないのかな?」


「んん? うーむ……そんな念波に全力で魔力を使ったことなど無いから、確かなことは言えぬが、しかし魔力を使って飛ばすのだから、そりゃあ使用する魔力が大きければ大きいほど、距離は延び、声も鮮明に相手に届くと思うが」


「ふむ……それはもちろん、対象にしている相手にしか聞こえないんだよね?」


「そうだな。念波は相手の持っている魔力に同調させて交信をする。そして生物の持っている魔力は、その個体によって必ず異なるものとなっておる。だから他の者が盗み聞きをすることは、一切できぬのだ」


「そうか……よしっ! これで新しい物の構想が固まりそうだ! ありがとうライフ・ゼロさん!!」


 するとマンハットは、腕を組んでいたライフ・ゼロの手を取り、その小さな手をしっかりと握っていた。


「う……うむ……我は役に立ったのか?」


「モチロン!」


「そうか……キッキッ! それは良かったわ!」


「ははは、どうやら元気になったみたいだね?」


「我は褒められて伸びるタイプだからなっ!」


「そっかそっか」


 ご機嫌モードを取り戻したライフ・ゼロを見て、うんうんと、何度も頷くマンハット。


 なんだろうな……まるで二人が兄弟……というよりかは、親子のように見える。


 多分、マンハットが上手くライフ・ゼロへ一歩譲っているところが、二人の関係性を良好にしている大きな要因となっているのだろうな。


 マンハットは大人だな……そう考えると、真っ向からライフ・ゼロに対抗してしまう僕は、まだまだ子供なんだな。


 もっと大人にならないとなぁ……。


 そんな、僕とライフ・ゼロのいざこざが、マンハットの大人の対応によって、完結の方向へと向かったところで、注文したハンバーガーができたのだろう、再びあの恐い顔をした男の店員が、大きなプレートの上に、紙に包まれたハンバーガーを二つ乗せて、僕達の座っている座席までそれを運んできた。


 う~ん……やっぱり何度見ても、恐い顔だ。


「ハンバーガーのお客様は?」


 男は渋い声で、すごくこう言うのも失礼だが(さっきから失礼なことを思ってばかりだけど)顔に似合わない丁寧な言葉で、僕達に確認を取ってくる。


「うむ、先に彼女たちに渡してくれ」


「はい」


 マジスタ―が言うと、「彼女たち」という言葉で察したのか、男はライフ・ゼロとルーナの前に、運んで来たハンバーガーの乗った皿を置いた。


 やっぱりこの人にも、ライフ・ゼロは女性に見えるんだな。そういえばルーナは最初、ヤツのことを男の子に見えたって言っていたけど、もしかしたらヤツの見方は、性別によって変化するのだろうか?


「おお~! コイツはまた、美味そうな匂いを発しておるなぁっ!!」


 そんな、両方の性別にも該当しないライフ・ゼロは、目の前に配膳されたハンバーガーの包みを早速開き、目を輝かせながら、右から左から、何処から見ても変わらないはずのその姿を、興味津々に眺めていた。


 こういう純粋なところは、可愛げがあるやつだなぁって思えるんだけどなぁ。


「ふんっ、上から目線でものを言うでないわ。それに我は可愛げがあるのではない。可愛いのだ」


「…………」


 また僕の思っていることを、ライフ・ゼロが盗み聞きしたのはもう分かったが、しかしそこまで自信たっぷりに、それがまるで、自明の理であるかのように言い切られると、なんだかもう呆れるを通り越して、こちらとしては感服してしまうよ。


 その過剰なまでの自己への自信……少しでもいいから僕に分け与えてくれ。


「でもゼロが興奮するのも分かるわねぇ……普通のハンバーガーよりもこれ、大きいわ」


 まじまじと自分の前に置かれたハンバーガーを見ながら、驚嘆しているルーナ。


 確かにここのハンバーガーは、ルーナの言う通り、サイズが普通のハンバーガーショップにある物よりも大きく、その原因は、バンやハンバーガーパティ、そしてトマトまでもがとにかく分厚く、そしてレタスや刻まれた玉ねぎが、たっぷりと挟まっていたからだった。


「ほうルーナ、このハンバーガーとやらは、そんなに大きいのか?」


 他のハンバーガーのサイズを知らないライフ・ゼロは、ルーナの言葉を聞いて、再び目の前にある巨大ハンバーガーに注目していた。


「ええ、大きい……それに美味しそう」


 言って、生唾を飲み込むルーナ。


 そう、このハンバーガー、ただ分厚いだけでなく、見た目が本当に美味しそうなのだ。


 バンにはこんがりとした、生過ぎず焼き過ぎず、丁度良い茶色の焼き色がついており、ハンバーガーパティは普通のパティとは異なり、ふっくらとしたハンバーグのようになっている。


 そして野菜も、見た目だけで、どれも新鮮であることが分かってしまうほどに色鮮やかな、そんな、どの要素を取っても「美味そうだ!」という一言を、誰からでも引き出せそうな、そんな、僕が今まで見てきた中で、最も完璧な形をしたハンバーガーだった。


 あとは味がどうかなのだが……まあ、美味いだろうなぁ……。


 この見た目で美味くないはずがないもんなぁ……。

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