第14章 新たなる地を目指して【5】

「……分かりました。マジスターさん、コヨミさん、お嬢様をどうぞよろしくお願いします」


 そう言って、ゾフィさんは両手を前に組み、僕達に向かって深々と頭を下げてきた。


「ええ、モチロン! わしらが責任を持って彼女を守ります! なっ? コヨミ?」


「えっ……ええっ! しっかり守ります!!」


 マジスターからのキラーパスに、僕は動揺混じりに答えながら、背筋をピンと真っ直ぐ伸ばした。


 するとそんな僕の姿を見て、先程まで寂しげな表情をしていたゾフィさんだったが、くすりと笑い、その表情が少し和らいだ。


「ふふっ……あっそうだ! アクトポートまで向かうとなると遠いですし、マジスターさん、三十分ほど出発するのを待っていただいてもいいですか?」


「えっ……まあ三十分なら大丈夫ですが……」


「ありがとうございます! では皆さんのお弁当を用意しますので、できたら持っていきますので」


「えっ! わざわざいいんですか?」


「ええ、モチロン。お嬢様とお嬢様を守っていただける方達への、わたしからの些細な旅の餞別と思ってください」


 そう言って、ニッコリと微笑むゾフィさん。


 本当に天使……いや、神のように心の広い御方だ。


「いやぁ……手取り足取り、本当にかたじけない!」


「ありがとうございますゾフィさん!」


 僕とマジスターは共々、深々と頭を下げた。


「いいんですよいいんですよ。では今から用意いたしますので、皆さんはその間に旅立ちの準備を整えてください」


 それからゾフィさんは冷蔵庫の方へと向かい、弁当の材料となる食材を探し始めた。


 ここはゾフィさんのお言葉に甘え、僕達は食堂を出て、宿の外にまで出ると、既にルーナとライフ・ゼロがバイクの前で荷物を持って待機していた。


「遅いじゃない二人共、何してたのよ?」


「いやなに、ゾフィさんにここを出ることを伝えに行ってたんだよ。そしたらわしらのために、弁当を作ってもらえることになってな」


「ええっ!? わざわざいいのに……」


「わしらもそう言ったが、せめてもの餞別だそうだ。だから弁当ができるまで少しの間待機だ」


「そう……」


 弁当を作ってもらえるのだから少しは喜んだっていいはずなのに、ルーナは眉をひそめ、なんだか決まりが悪そうな表情を終始していた。


「どうしたんだよルーナ? あんまり嬉しそうじゃないじゃないか」


「えっ……う~ん……」


 僕が突っ込むと、ルーナは両肩を落としながら、その理由を打ち明けた。


「……わたし、ゾフィには黙ってここを出ようと思ってたのよ。顔を見たら、なんだか出て行きにくくなっちゃうような気がしたから……」


 それはなんだか、彼女らしいといえば彼女らしい理由だった。


 親が寂しければ、子も巣を発つのは寂しいもの……なのだろうな。僕はそんな思いをしたことも無いし、する相手もいなかったから、それがどんな感覚なのかまでは分からないけども。


「うむ……その気持ちは分かるがルーナ、しかしもしかしたら、わしらはもうマグナブラに二度と戻って来れないかもしれない。そうなれば必ず、別れを曖昧にしたことを後悔することになる」


「…………」


「わしは戦場で、国に戻れなかった仲間を何十人と見てきた。その時皆後悔していたのが、家族との別れ、愛する者達との別れだった」


「……そうなんだ」


「お前、情報を集めている間も母親のところには行かなかったのだろう?」


「うん……」


 ルーナの母親、元ノースハーウェンの女王は今、マグナブラに居を構えてひっそりと暮らしているらしい。


 そういえばレジスタンスにいた頃は、頻繁に母親に会いに行くために、ユスティーツフォートを無断で抜け出していたという話を聞いたものだが……しかし彼女はそれだけ、母親の近くまで行きながら、それでも会わないほど、今回の情報収集を真剣に行っていたということなのだろう。


 それを聞くと、僕が大した情報も無しに帰って来た時、小言を聞かされたのもしょうがないというか、むしろ申し訳無さすら感じてしまう。


「これから母親に別れを伝えるのは困難だろう……しかしせめて、昔から世話になっているゾフィさんには挨拶をしておいた方が良い」


「……分かったわ」


 ルーナはマジスターに言われ、小さく頷いた。


 僕もそうした方が良いと思う。別れはしっかりと、後悔無くしておくべきだ。


 僕には別れに関して、未だ後悔していることがある……胸に収まっている拳銃を見る度に、それを思い出す。


 まさか僕よりも先にあいつが死ぬなんて……あの時はそんなこと、思ってもみなかったからな。


 突然突きつけられた別れほど、虚しく、寂しいものは無いと、僕はこの身を持って知ったから……。


 それからゾフィさんの弁当ができるまで、僕達は長旅に向けて、バイクのメンテナンスなんかを行った。


 一週間前の戦いや、それ以前にもかなりの無理をさせていたため、心配な箇所はいくつかあったのだが、どうやらまだまだ動かすことができるようだ。


 これからのマグナブラ大陸の横断、バイクが無かったらたった四日とはならず、週単位、あるいは月単位にもなってしまう可能性があったとマジスターが言っていた。


 今の変動が激しい世の中で、週単位あるいは月単位の移動時間など設けていたら、それこそ時代に取り残されてしまう。


 一昔前の、勇者と呼ばれていた者達の、のらりくらりな旅とはもう違う。何事にも今は、早さが求められる時代だからな。


「すみません皆さん、お待たせしました!」


 バイクのメンテナンスが丁度終わったくらいになって、ゾフィさんができあがった弁当をわざわざ、僕達の元まで運んで来てくれた。


「わざわざ運んでまでもらって、かたじけない」


「いえいえ。簡単な物ですがどうぞ食べてください」


 弁当が入った袋を、ゾフィさんはマジスターに手渡す。


 僕は今、二人の元から少し離れた位置に立っているのだが、しかしここまでその袋から、隙をみせればよだれが流れ出てしまうような、そんな美味しそうな匂いが漂ってくる。


 しかし考えれば、こんな美味しそうな匂いのする、そして実際に美味しい食事とは、この弁当が最後に、当分お別れとなってしまう。そう考えると、心からだけでなく、腹からも寂しさや切なさが込み上がってきた。


 胃袋を掴むって多分、こういうことなんだな。僕はゾフィさんの料理に、すっかり惚れ込んでしまったようだ。

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