第10章 沈黙の戦場【6】
「どう? マジスターさん?」
ルーナが尋ねると、マジスターは眉間にしわを寄せて、答えた。
「うむ、機械自体は正常に作動してるし、使えるには使えそうだが……」
「だが?」
「周波数がリセットされている……やはり敵からの傍受を避けるためにリセットしてあったか……」
「それってつまり、使い物にならないってこと?」
「いや、無線機としては役に立つが、マグナブラの無線を傍受することはできないということだ」
「やっぱり使えないんじゃない……」
はぁ……と大きな嘆息を吐くルーナ。
これが使えれば、わざわざ僕達が現場に向かわなくても、より効率よく情報を収集することができるチャンスだと思っていたのに……期待は大きければ大きいほど、裏切られた時のショックもそれに応じて大きくなるものだ。
僕の両肩も、自然とがっくり落ちてしまう。
「おいおい二人とも、諦めてはならん! 周波数が分からなくても、この無線機自体はまだ使える。当てずっぽうで周波数を弄っていれば、いつかは傍受できるかもしれん」
「当てずっぽうって……」
「それに一応アテはある。といっても、わしが兵団の頃、戦場で使っていた周波数なんだがな」
「それって今も使われてるのか?」
「さあ……だが、可能性はあるということだ」
可能性がある……とはいえ、もはや当てずっぽうの領域を超えていないように僕には思えるのだが、しかしここまでマジスターが押してくるんだし、頑なに拒否することでもあるまい。
「そうか……まあいいや、希望がゼロになるよりかはまだマシだろ。マジスター、この無線機も持って帰ろう」
「カッカッ! そうこなくっちゃな!」
ついさっき期待を裏切られたばかりなので、正直あまりマジスターの言っていることをアテにはしてないのだが、しかしそんな細い線でも手繰り寄せれば何かが出てくるかもしれない。
僕はその、かもしれないという自分の勘を信じてみただけだ。今のところ、自分の勘に助けられてるところは多々あるしね。
「よし……必要なものは回収したし、やはり兵士の生き残りは居そうにない……これ以上情報を手に入れることは不可能だろう」
マジスターは無線機に着いていた紐を肩に掛け、立ち上がる。
「戻るのか?」
「わしは戻ろうと思うが、ルーナは?」
「わたしも別にここに居る必要はないわ」
「僕も結局剣は落ちてなかったし……もういいかな」
「全会一致だな。それじゃあ一応見逃しているものが無いことを確認するため、周囲をぐるっと回ってから引き上げるとするか」
結局誰も居なくなった戦場にあったのは、その爪跡と後の沈黙だけ。まさに墓場のような、そんな場所だった。
そんな争いの虚しさというものを肌で実感したつもりになり、僕は生涯初めての戦場を難なく去ろうとしたのだったが、しかしこの戦場は僕を、タダで還してはくれなかったのだ。
「ん? なんだ?」
それを見つけたのは、先程無線機を拾った場所から数百メートル歩いたところだった。
僕達は戦場から撤退する前に、マジスターの提案通り、何か見逃していないものが無いかどうかを確認するため、退路を大回りしながら進んでいた。
その途中、僕は何かを踏んづけた。足元ではバリッという、小石を踏んづけたのとは違い、割れたガラスを踏んづけた時のような、そんな音がした。
「どうしたコヨミ?」
僕の反応に気づき、マジスターが僕の方に振り返る。
「うん、何か踏んだ」
足をのけてみると、僕が踏んだそれは
しかもそこには、大量に飛び散った血痕が残っている。
「眼鏡に……これは血? もしかしたら、ここで戦っていた兵士が落とした物かしら?」
「うん……そうだろうけど……」
ルーナの言う通りなんだろうけど……でも、僕はこの黒縁眼鏡に見覚えがあった。
それもここ最近までずっと毎日見ていたような、そんな気がするのだが……むしろ、気のせいであって欲しいのだが。
「しかしここら辺は特に戦いの形跡が酷いな……おそらく激戦地だったのだろう」
そう言いながら、マジスターは先にある風景を眺める。
彼の言う通り、そこには先程の場所よりも銃弾の跡や爆弾の焦げ跡がいたるところに残っており、マグナブラ兵の死体と共に、レジスタンスの戦士の死体もいくつか転がっている、そんな場所だった。
多くの死体がうつ伏せや側臥位で転がっているのだが、しかしその中で一体だけが仰向けで倒れているのを、僕は目にした。
しかもその死体が握っているのは、ライフルではなくハンドガン。
ライフルはその死体の約三メートル程背後にある岩陰に一丁だけ不自然に落ちており、おそらくライフルが弾切れを起こして、ハンドガンのみで突撃したのだろう。
しかしこんな激しい戦場において、ハンドガン一丁で突っ込むのは命知らずの行為とも言える。それこそ、剣一本で銃弾の飛び交う戦場に突っ込むのと同じくらいに。
しかも仰向けになって倒れているところから、そいつは逃げる気など毛頭なかったように考えられる。背中どころか、側面すらも敵に見せなかったのだろう。
そんな自分の身を顧みず戦った、言ってしまえばクソ真面目な戦いをしたその死体が、僕には気になって仕方が無かった。
「おいコヨミっ! どこへ行く!」
マジスターの声がしたが、僕はその死体の元へ既に駆けだしていた。
まさか、そんなはずがあるわけが無い! アイツはまだマグナブラに居て、こんなところに居るはずが無いっ!!
アイツはまだ新人なのに、こんな戦場に駆り出されるはずが……っ!!
「あ……ああ……」
しかし僕はその死体の顔を確認し、その場で膝から崩れ落ちてしまった。
あの眼鏡を見た時から、嫌な予感はしていた。しかしそれは僕の気のせいだと、そう思っていた。望んでいた。
しかし現実は、僕の望み通りにはならなかった。
その仰向けになってハンドガンを握って倒れている兵士の顔……見間違えるわけもない。
僕が勇者の道を諦め、絶望の淵に居た時、唯一そばに居てくれた人物。そしてほんの三日前、僕がセブルスの手下に捕らえられるまで、ずっと共にいた、僕が唯一心を開いていた後輩兵士。
「ジョ……ジョン……」
それは間違いなくジョヴァンニ・ヘクター……僕の知っている、ジョンの顏だったのだ。
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