第9章 火種【2】
僕はゾフィさんの作ってくれたハンバーグをフォークに刺し、口にする。
冷えているのに、まるでそれを感じさせない程に美味い。僕のような安っぽい食べ物ばかり口にして人間にとっては、勿体無いくらいだ。
さすがは元王宮で働いていただけはあるな……旅人達がマグナブラの宿に泊まらず、ここにやってくる意味も分かる。
「しかしお前の予想は半分当たっている。大臣の人事だったのだが……セブルスが国防大臣に昇格した」
「セブルスが……ということはやっぱり」
「グリードとセブルスは繋がっているということだ」
「じゃああの国はもう、グリードの持ち物であると同時に、セブルスの持ち物でもあるということだな」
「そういうことになるな」
「ふん……着々とあいつは、自分の進むべき道を辿っているというわけか」
悔しいが……セブルスは自分の志した道を迷うことなく、何の躊躇もせずに進んでいる。その手を汚して、覇王の道を。
一方の僕は迷い、立ち止まり、行ったり来たりを永遠に繰り返して道が定まらず、自分の手を汚すような覚悟も無い……奴は僕なんかよりも確実に勝っている。
それは……認めなければならない現実だ。今の僕と奴の立場が、それを物語っているのだから。
「そしてそのセブルスが今、またこの国に火種を撒こうとしている」
「火種? 一体何を?」
「兵団の小規模部隊を出動させたらしい。しかも行き先は……エトワール・ロック」
「エトワール・ロック……ということは、兵団はレジスタンスのアジトを見つけ出したってことか!? でもどうやって……」
「タイミングから考えて、恐らくわしらが原因だろう。諜報班が探し当てるにしては、都合があまりに良すぎる。恐らく発信機か何かを着けられ、ここ最近開発されたレーダー車両で電波を追ってきたんだろう」
「なるほど……だから僕達が逃げる時、兵士が手薄だったというわけか」
「そういうことだな……」
上手く逃げれたと思っていたのだが、そうでは無かった。僕達は、セブルスに上手く逃がされたのだ。
まさか、本人も知らず知らずの内に運び屋にされてしまっていたとは……こうやって考えてみると、エインが僕達を疑ったのはごく普通の、当たり前のことだったんだな。
国から追放し、敵の居場所を特定させ、あわよくばその痕跡を、敵によって消してもらう、使い捨てのスパイ。
セブルスめ……奴はどこまで人間を道具としか見ていないんだ。いつかグリードとかいうやつも、奴に利用されるに違いない。
奴の闇は、あまりに深すぎる。純粋な闇……ディープホールだ。
「ということはマジスターさん、もしかしたらその部隊とレジスタンスが衝突するってことが……」
僕の隣に居たルーナが今までの沈黙を破り、前のめりになってマジスターに問いかける。
「十分にあるやもしれん……しかしもし、この部隊派遣がレジスタンスの討伐を目的にしているのなら、小規模なのは何故なのか……」
「……マジスターさん、もしかしたらその部隊、
「囮?」
「うん……小規模部隊を敵地の前に、まるで威圧するように配置して敵の攻撃を誘う。そしてその襲撃を大義名分とし、更なる大規模襲撃を謀る……とか」
「そうかっ! それで小規模部隊を……火種を撒いた後に、更にその火に油をくべるつもりか! でもルーナ、何故そんなことを?」
「わたしの国も……そうやって暁の火に落とされたって聞いたから……」
「なっ!? ……グヌヌ……すまんルーナ。悪いことを……」
「いいのマジスターさん……もう、終わったことだから……」
「お嬢様……」
ルーナは顔を伏し、ゾフィさんが彼女を支えるように近づく。
彼女の故郷、ノースハーウェンは暁の火の同盟軍に滅ぼされた。
何百ヶ国と結束した強大な力によって、小さな一国が攻め落とされる……数万もの兵、数万もの兵器を武装した一国に、わずか数百人程の一団体が報復を受ける。
規模は違えど、状況は同じということか……。
「エインの奴ではこの圧力、とても堪えることはできないだろう……必ず戦闘は起きる。しかしエトワール・ロックで戦闘が起きるとすると、ここにも影響が出るやもしれん……ゾフィさん、宿泊している旅人には念のため、緊急時の避難経路を教えておいた方がいいかもしれん」
「わ、分かりました……お嬢様……」
「行って……わたしはもう大丈夫だから」
「はい……では……」
ゾフィさんはマジスターの指示通り、宿泊中の旅人へ緊急時の対応を伝えるため、ルーナの元を離れ、食堂を後にした。
「僕達はどうするんだ? 僕達はどちらからも狙われてる身だろ。また逃げるのか?」
「う~む……しかしむやみに動くのは、返って敵に自分達の存在を知らせることになるからな……事態が起こってから動き出す方が、わしは利口だと思うが」
「そっか、なら僕は食事の続きを……」
「待ちなさい二人共」
僕が添え物のニンジンをフォークで差して、口に運ぼうとしたところを、ルーナが僕の腕を握って阻止してきた。
「戦うのよ、わたし達も」
「な……なにを言っとるんだルーナ!?」
「わたしは本気よマジスターさん」
ルーナとマジスターは睨み合う。
何だこの二人の間の空気……一気に嫌な雰囲気が増したんだけど。
「あの……僕ニンジン食べたいんだけど……」
「もしわしらが戦闘に参加したら、それこそややこしい事態を引き起こしかねんのだぞ!」
「だからこそよっ! 兵団とレジスタンスの戦争を激化させれば、必ずどちらとも消耗する! これは奴らの火種じゃない、わたし達の火種にするのよ!」
「甘いっ! そんな簡単に事が上手く運ぶわけないだろっ!!」
「やってみないと分からないでしょっ!?」
「あの……ニンジン……」
「アンタは黙っていなさいっ!!」
「コヨミ、口を挟むなっ!!」
「…………はい」
なんでニンジンが食べたいだけなのに、こんなに僕は怒られないといけないんだ?
多分、今まで生きてきた中で、今この瞬間が最もへこんだ瞬間だったような気がする……。
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