第24話 鏑木コウヤVS忌部イノリ



 神咒宗家の一角、神夜家は『端境はざかい流光るこう』を伝えてきた家系である。


 簡単に言えば、結界という空間を操作する術式を、時間的概念に適用するのが神夜家の奥義である。

 その特性故に、神夜家は常に、移り変わる世界のあり方に適応をして繁栄してきた。


 神夜カザリは、その中でも『万物流転』――物理的な現象の移り変わりに強く感応して成長してきた魔法士である。


 本来、神夜家の『端境』は『諸行無常』――物質に限らず、精神的な盛衰を含めた概念を指しているのだが、カザリの技術はまだそこまで及んでいない。

 しかし彼は、物質的な時間の流れに関しては天才的な才能を持っており、それだけでも十分な練度であると言えた。


 だからこそ、彼は自分の技術に誇りを持っている。


「ちっ、何やってやがる、忌部」


 観覧席から競技場を見下ろしているカザリは、鏑木コウヤと忌部イノリの攻防を憎々しげに眺めていた。

 せっかく手助けをしてやろうとしているのに、イノリの砲撃による弾幕が厚すぎて、カザリが介入する余地が無いのだった。


 カザリの奥の手『万物流転の法理』は、四工程の時流操作である。

 上位次元である霊子庭園へ干渉するために更に一工程加えなければいけないため、行使にはかなりの集中力を要する。少しでも改変の情報がズレれば魔法は発動しない。運営とグルなので霊子庭園への不正アクセス自体は隠す必要がないが、それでも難易度の高い魔法行使であることに変わりはない。


 イライラとしながら霊子庭園を見下ろすカザリに、隣りにいた渡良瀬ルルが一言。


「鏑木コウヤがなにかするようです」

「あん? 何かって――ハァ!?」


 怪訝そうにルルの方を見た後、霊子庭園へと視線を戻したカザリは自身の目を疑った。


 鏑木コウヤが空中に飛び上がったまま、銃型デバイスの銃身を握って、まるでバットのように振りかぶっていたのだ。


 そこに迫る、イノリの極大魔力弾。


 バッター振りかぶって。

 打ちました。


 特大のホームランに、カザリは唖然と口を開いて見つめることしか出来なかった。


 そんな彼に。


「――。カザリ」


 ずっと冷静に試合の流れを見ていたルルが、この状況が千載一遇のチャンスであることをカザリに告げた。


 その言葉に、カザリは慌てて手元のデバイスに魔力を通す。

 もはやそれは反射であり、正確に場を認識しての行動ではなかった。だが、渡良瀬ルルが言うならば、そのタイミングを除いて他にチャンスはないのは確かだ。その一点において、カザリは己のバディに全幅の信頼をおいている。


 フィールドでは、墜落する忌部イノリを追って、鏑木コウヤが宙に飛び上がって拳銃型デバイスを構えている。

 身動きが制限される空中において二人の魔法士はデバイスを向け合う。まさに一触即発のその状況に、カザリの魔法は間に合った。


「喰らえ、転校生!」



 ――万物流転の法理パンタ・レイ



 周囲を墜落する瓦礫の、落ちるまでの時間を早回しする。


 物質はひと所に留まることなく、その動きを止めることは出来ない。

 カザリの魔法は、そんな物質界における条理を後押しし、いずれ至る形へと変えることにある。


 意図的に速度を変えられた瓦礫は、コウヤとイノリの間を塞ぐように割って入る。今まさに霊子弾を撃とうとしていた鏑木コウヤにとって、これ以上の妨害はないだろう。

 さらには、第二、第三の瓦礫はコウヤの頭上にある。数秒後の未来、それらが激突してコウヤは地面に叩きつけられる。


 勝った、と。

 試合に参加しても居ないのに、カザリは勝ち誇った笑みを浮かべた。



 ※ ※ ※




 その瞬間。



 フィールドでは、鏑木コウヤと忌部イノリが目の前を塞ぐ瓦礫に目を見開き。


 妨害を加えた神夜カザリは勝ち誇り、渡良瀬ルルがつまらなそうに目を細め。


 観覧席で見ていた比良坂キサキやその同級生たちが、思わず叫び声をあげた。



 


 ただ一人――その結果を予測していた人物が、小さく呟いた。




「『』」




 その瞳は澄んだ翠に輝き、真実を見据える。


 過ぎ去りし知の瞳。

 いくつもの過去を視て、鏑木コウヤのここまでの試合をすべて見知った彼女――國見キリエは、神夜カザリがこれまで何度も霊子庭園へ介入してきたのを視続けた。


 故に。


「――その過去は、もう飽きました」


 瞳の色が変わる。

 口の中に広がる鉄の味をぐっと噛み殺しながら、國見キリエは勝ち誇ったように満面の笑みを浮かべた。



※ ※ ※



 そして。

 現実は改変される。



「お、おおおおおおお!」

「は、ぁああああああ!」


 身動きが自由に取れない空中で、鏑木コウヤと忌部イノリは拳銃型デバイスを向け合う。


 瞬きほどの時間。呼吸の時間すらも生死を分ける一瞬の交錯。

 間に割り込む瓦礫。



 それが、



「……なッ!?」

「――ぐッ!」


 驚きの吐息は忌部イノリのもの。

 そして、奥歯を噛み締めたのが、鏑木コウヤだった。


 イノリの一瞬の動揺を前に、コウヤは驚きこそしたものの極めて冷静だった。

 結果的には、その差が明確に二人の決着をつけた。


「『フォイア』!」


 拳銃型サブデバイスを媒介に、霊子弾が射出される。


 地面へと落ちていくイノリの右の肩口に、霊子弾は着弾する。

 銃型デバイスを構えていた右腕は強引に弾き飛ばされ、その勢いのまま、イノリは地面に叩きつけられる。


「が、ぁは!」


 目を白黒させながら、忌部イノリの小柄な身体は地面をバウンドして転がる。その落下の衝撃は明確に致命傷だったが、意識を飛ばすにはわずかに足りなかった。


 イノリが起き上がったのは、ほとんど反射の行動だった。


 血反吐が霊子の塵となって輝きながら消えていく。五体はかろうじてつながっているが、もはやまともに可動すらしない。数秒先には消滅が始まる、そんな満身創痍の状態だった。


 それでも。

 忌部イノリは立ち上がった。


「ぐ、あ、ぁあああああああああ!」


 右腕は上がらない。そこに握られていたデバイスもない。


 ならばと、ホルスターに提げていた拳銃型サブデバイスを左手で抜く。そして、ほとんど気合だけで構え上げた。


 彼女の目の前に、鏑木コウヤが降ってくる。


 彼は、上から降ってきていた瓦礫の直撃を、青い外套で全身を包んでダメージを緩和していた。ダメージは最小に、しかし直撃の勢いだけを得て――彼はイノリへと突撃する。


 イノリの捨て身の魔力弾が放たれる。

 その一撃でコウヤの青い外套は消し飛んだが、おかげで彼の五体は無事だった。


 わずかに弾き飛ばされながらも、コウヤは地面に激突するようにして、イノリに向けて回し蹴りを食らわせようとする。


 しかし、イノリの身体がふらついて崩れ落ちたことで、その一撃は空振った。


「ガッッッッ!」


 鏑木コウヤが直ぐ側に落下する。

 勢いを全く殺しきれずに地面に落ちた彼は、着地と言うよりも着弾と表現すべき勢いで、盛大に瓦礫を巻き上げながらバウンドする。


「……ぁ、……ん、の」


 コウヤが落下した方角に、イノリは膝を付きながら自然と銃口を向けていた。


(――何やってんだ。私は)


 もはや決着はついた。

 あの勢いで地面に叩きつけられた以上、コウヤの方も霊子体はそう長く持たないはずだ。これ以上、彼が得点することは不可能なのだから、深追いする必要がどこにある。


 それとも、霊子弾でとどめを刺して少しでも得点を重ねるか?

 しかし、意識が朦朧としているイノリに、霊子弾を準備するだけの余裕はない。結局用意する魔法式は、反射的に組み上げた強化魔力弾だけだ。


 仮にそれを当てたとしても、マイナス得点が増えるだけでイノリには何の得にもならない。


 なのに――


「う、ぁあああああああ!」


 負けたくない、などと。

 思ってしまうのか。


「鏑木ぃいいいいい!」


 もはや相手の姿も見えない。意識だけが先行して、ただ闇雲に魔力弾をぶっ放す。

 それに対して。


「『フォイア』」


 力なく瓦礫に身体を預けながら、鏑木コウヤはまっすぐに拳銃型デバイスを向けていた。


 放たれた二発目の霊子弾は、イノリの頭部を破壊する。

 即死級のダメージを受けたことで、彼女の霊子体は活動限界を迎え、崩壊を始めた。


(ちっ、きしょう……)


 霞む視界が、消滅までのわずかの間、景色を映し出す。


 最後に彼女が見た光景は、鏑木コウヤが足を引きずりながら立ち上がり、まだ倒されていないエネミーを探して動き出すところだった。


(あの野郎、最後まで、シューターズを続けようとしやがって)


 冷めているつもりだったのに、つい意地になっていたことを意識して、忌部イノリはくすりと自嘲の笑みを漏らすのだった。



 忌部イノリ 68点

 鏑木コウヤ 76点。



 こうして、インハイ予選のシューターズシングル戦四日目。

 コウヤとイノリが参加する試合は、無事に終了した。



※ ※ ※



「魔力弾を打ち返すとか、お前なんなんだよ! すげぇな!」


 試合が終了したら、案の定そんなことを言われた。


 激闘、だったらしい。

 シューターズに置いて撃ち合いというのはあまりなく、霊子弾が複数ある集団戦だとかろうじて起きやすいくらいで、本来だったらここまでのやり合いはほとんどない。


 それなのにコウヤとイノリは、まるでマギクスアーツであるかのように、互いを殺し合うような魔法線を繰り広げた。


 その様子は、ただの点取に比べたらかなり盛り上がったらしく、もう試合が終了して霊子庭園が解けるやいなや、観覧席から降りてきた同級生たちが周りを取り囲んできたのだった。


 コウヤとしては、イノリとの対決に無駄に力を入れてしまったせいで、その後追加の得点が出来なかったことが悔しいくらいなのだが、そんなことは周りには関係ない。

 結果的に、そのグループの中ではトップの点数で試合を終えたのだ。それに、集団戦における平均点は取れているので、ひとまず納得することにした。



 コウヤはそんな友人たちに当たり障りない反応を返しながら、軽く周囲を見回して、目的の人物を探そうとする。


 すると、人の間を縫うようにして、小さな人影が声をかけてきた。


「鏑木」

「……忌部先輩」


 忌部イノリが、腰に手を当てた尊大な態度でコウヤを見上げていた。


「ひとまずは完敗だ。悔しいけどね」

「悔しい、ですか」

「ああ。不本意ながらね」


 言葉の割には、平気そうな顔で彼女は手を振る。


「今日のところは負けといてあげる。じゃあね、できれば二度とやりたくないよ」

「同感ですね。俺も、先輩とやるのはしんどいです」

「はっ! 可愛げがないね。そういうとこも、二度と関わりたくないや」


 そう吐き捨てて、イノリはゆっくりと歩きながら競技場を出ていく。

 平然としてはいたが、彼女の足取りがかすかにおぼつかないのを見て、コウヤは思わず黙り込んだ。


(ギリギリだったのは、お互い様、か)


 途中の妨害を抜きに、死力を尽くした勝負だった。その事実が確認できただけでも、少しは溜飲が下がる思いだった。


 そう、一息ついた時だった。


「お疲れ様です、コウヤ先輩」


 そいつは探すまでもなく、すぐに近くによってきた。


 ニコニコと笑顔を貼り付けたその顔は、ぬけぬけと言ってきた。


「ドリンクいります? 愛情たっぷりですよ」

「……やってくれたな、國見」


 コウヤの苦々しげな言葉に、國見キリエは「はて?」とすっとぼけた反応を見せる。


 そんな彼女に、コウヤは銃剣バヨネット型のデバイスから、メモリを取り出しながら言う。


「この術式を知っているのは、ハクアを除けばお前だけだ。そして、試合直前にイカサマをしてこれを入れ替えられるのも、

「出来ると言っても、大半の魔力を持って行かれますし、何より下手すれば怪我をします。それでもやると思いますか?」

「否定はしないんだな。だとしたら、それが答えだ」


 確信とともに、コウヤは断定するように言う。


 國見キリエという少女は、極悪な悪魔じみた少女だが、嘘だけは口にしないことを経験上知っている。自身がやったことを、やっていないとだけは言わない少女だ。


 ならば、それが全てだろう。


「嫌がらせにしては身体を張りすぎている。だから、どういうつもりなんだと聞いている」

「別に、深い意味はありませんよ」

「本当か? じゃあ、途中の瓦礫については?」

「幸運でしたね。瓦礫同士がぶつかり合わなかったら、先輩は射線を塞がれていましたし」


 僅かな言葉から、よどみなく答えを口にするキリエ。明らかに質問の意図を理解していながら、どこまでもとぼけた反応だった。


 そんな彼女の態度に、コウヤは顔を引きつらせた後、小さく息を吐いた。


「あくまでとぼけるつもりかよ」

「失敬ですね。事実を口にしているだけですよ。そりゃあいたずらはしましたけど、その魔法を使っているコウヤ先輩を見たかっただけです。ちょうど相手も手頃でしたしね」


 珍しく拗ねたように唇を尖らせた後、キリエは怪しげに笑ってみせる。


 彼女はコウヤを見上げながら、スキップするように彼の横を歩く。そして、真横でピタッと止まると、覗き込むようにコウヤを仰ぎ見た。


「それで、どうでした?」

「何がだよ」

「思いっきりホームランした気持ちは」

「ハッ! 最高だったよ、このキチガイ女」


 そう吐き捨てながら、コウヤはまとわりつくキリエの額にデコピンを返す。


「あいた!」


 大げさに額をおさえてみせるキリエを無視して、コウヤは手元のメモリを見る。


 中のデータを改変されてしまったメモリ。

 結果オーライだったとは言え、またキリエにデバイスの中身をいじられてはたまらない。今度から、彼女の『眼』のない所で確認をしていくべきだろう。


 けれど、問題はそれだけじゃない。


 確かにメモリの改変はキリエの仕業だったが――その他の妨害は、全く別のところからなされているのだ。デバイスへの介入など、いくらでも嫌がらせは考えられる。今回起きたことは、しっかりと検証して置かなければいけない。


 そう、真剣に考え始めた時だった。

 背を向けるコウヤに、額をおさえたキリエは、「くふふ」と笑った。



「かっこよかったですよ。せんぱい」



 その言葉にどう返すべきか迷ったが、相手にすると面倒なので聞こえなかったことにした。




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