5-9 その後の話




 スキー場で起きた霊子災害は、一時大きな反響を呼んだ。


 細かい霊子災害であれば年中起きているが、A級相当のものとなると、大事件である。放っておけば土地一帯が封鎖されかねないので、早急に討伐隊が組まれることになった。


 そして、年明け。

 封印された土蜘蛛の討伐作戦が実行された。


 討伐そのものはあっさりしたものだったらしいが、その傷痕は凄惨なものだった。

 強い影響力を持つ霊子災害の影響は、霊子庭園からであっても、現実に影響をおよぼすことがある。雪山には巨大な生物が暴れまわった跡が残り、修復には時間がかかるという。


 討伐から一週間。

 その災害跡を、一人の少女が訪れていた。


 坊ちゃん刈りに、端正な顔立ちをした、どこか男の子のような少女だった。育ちの良い雰囲気が所作にあらわれていて、歩きづらい雪道をゆっくりと登っている。


 國見家の長女、國見キリエ。


 彼女はしっかりとした足取りで、何かを追うようにして破壊されたスキー場を歩く。

 やがて、被害の大きい立ち入り禁止区域にすら踏み入り、我が物顔で歩いて行く。


「『トレース・バック』――『リターン・カレント』『私はここにいる』」


 少女は周囲を見渡しながら、ブツブツと呪文を唱えている。

 それとともに、わずかに周囲の龍脈が励起し、彼女に向けて少量のマナを送っていた。


 その散策は、二時間に及んだ。

 ひと通り見終わったのか、彼女は来た道を戻り始める。その間も、取りこぼしたものでも拾うかのように、周囲を見渡している。


 そうして、スキー場の入口まで戻ってきた彼女は、頭を抱えながら小さく息を吐く。


「ふぅ。これで、あらましはわかりましたか」

「――何がわかったのか、聞いてもいいかしら?」


 キリエの独り言に、声をかける者が居た。


 同世代くらいの少女だ。

 幼顔だが彫りの深い顔立ちに、気の強そうにつり上がった目。足を怪我しているのか、ギプスを付けて松葉杖をついている。

 側には介添をするように、フードをかぶったファントムが立っている。



「ねえ、國見さん? 私に、聞かせてくれないかしら」

「ん? これは初めて……? どこかでお会いしましたかね?」



 剣呑な口調に対して、おどけたようにキリエは肩をすくめる。


 二人の少女は、災害の跡地で睨み合う。

 それが、龍宮ハクアと、國見キリエのファーストコンタクトだった。




※ ※ ※




 平安時代初期。

 まだ日本列島の東方が、蝦夷えぞと呼ばれていた時代。

 その一帯をまとめ上げる、悪路王あくろおうという首長が居た。


 同時期の蝦夷には多くの伝説が有り、その存在には諸説ある。その中でも、蝦夷の首長であるという点と、征夷大将軍である坂上田村麻呂さかのうえたむらまろに討伐されると言う点は、どの伝説にも共通している。


 さて、その悪路王であるが。

 彼が所用したとされる刀が、奥州平泉の中尊寺大長寿院に所蔵されているという話がある。



「ちょうど先月、その刀が盗まれたらしいのよね。千年物の物品だから、そりゃあ大騒ぎだったけれど、結局犯人は捕まらなくてね。それが、半月後にあの雪山で発見されたって話らしいわ」



 龍宮ハクアは、まるで他人事のように、その事情を語ってみせた。


 年が明けて、一月中旬。

 クリスマスの事件からもう少しで三週間が経つ。


 事件のゴタゴタも落ち着いた頃を見計らって、龍宮ハクアは、兄の龍宮クロアと一緒に、久良岐魔法クラブを訪れていた。


 目の前の競技エリアでは、キサキとクロアの二人がシューターズの試合をしている。まだ怪我が残っているコウヤとハクアは、大人しく試合の見学をしていた。


 試合を眺めながら、ハクアは話の続きを口にする。



「盗んだのは、魔法家系の末裔らしいわ。目的は復讐。これはオフレコだけど、その復讐相手が政界の大物らしくてね。ほら、土蜘蛛って、元々は大和朝廷と敵対していた勢力につけられた蔑称でしょ? だから、時の為政者に対して、大きな力を発揮するのよね」

「……えっと。すまん、ところどころ、言葉がわかんないんだけど……」

「え? 何かわからないことあった?」



 視線をこちらに向けることなく、ハクアはすっとぼけたように言った。

 その目はどこか物憂げで、つまらなそうに足をプラプラさせながら、試合を眺めている。


 ハクアが事件で負った右足の怪我は、まだ治療中であり、現在は松葉杖をついている。

 なんでも、太ももの肉がごっそりえぐり取られていたので、培養生体を移植しているそうだ。人工細胞である培養生体の移植は、場合によっては魔力流路の断裂を招くこともあるのだが、幸い、傷口付近の細胞は無事なので、数ヶ月で生身と同化してもとに戻るらしい。


 治るまでの間、安静を言い渡されている彼女は、競技に参加することも出来ず、こうして観戦することしか出来ないでいるのだ。


「ちっ。キサキも甘いわね。そんなんで、兄さんを出し抜けるわけ無いでしょ」


 舌打ちを打ちながら、ハクアは目の前の試合にダメ出しをする。


「ほら、強化クレーを見逃した。そんなフェイント無視すればいいのに……あ! バカ、射線塞がれてマイナス点なんて、素人じゃないんだから。もう、兄さんも兄さんよ。顔が見えなくても、遊んでんのバレバレなのよ。キサキ! そんなやつ、ぶっ倒しちゃえ!」


 ブツブツと文句を言う様子は、不機嫌そうに見えて、どこか楽しげだった。


 現在、キサキが12点でクロアが26点という、ほとんどダブルスコアな状態である。シングル戦でキサキがここまで追い詰められるのは、クラブの大人相手でもなかなかない。


 それを一緒に眺めながら、コウヤは話の続きを促す。


「それで、その盗んだ犯人ってのは、テンが見つけた死体ってことで良いんだよな?」

「そ。刀を盗んだのは良いけど、その力を振るうだけのエネルギーが足りなかったから、龍脈の集まるあの山をウロウロしてたらしいの。そしたら、思った以上に刀の怨念が強くて、普通に斬り殺されたらしいわ」


 そして、依代を失った刀は、龍脈をずたずたに切り裂きながら魔力を求めた。


 そのさなか、雪山に対して異様に適応する神霊――冬空テンカが現れ、断絶した龍脈から溢れたマナを一身に集め始めた。

 それを襲撃して、完全に力を取り戻したのが、あの土蜘蛛――霊子災害『八束脛やつかはぎ怨讐おんしゅう』だったという話だ。


「結局、俺らは巻き込まれただけだったんだな」

「そーね。あんなに危険な目にあったのに、終わってみればずっと蚊帳の外だったのよね。頑張ったのはジュンとテンカで、私達は、怪我して助けられただけって言う」


 言いながら、ハクアはちらりと横に目を向ける。


 一つ離れたベンチでは、風見ジュンがいつものように座って携帯ゲームに興じていた。

 その隣では、寄り添うようにして、冬空テンカがゲームを覗き込んでいた。


 前回の一件以来、テンカはかなりジュンに心を許したようで、今日は顔を合わせるなりピッタリとつきまとっていた。ゲーム画面を見ながら、いちいち反応をしているのが微笑ましい。

 それをどう思っているのか知らないが、ジュンは至っていつも通りで、平然とした顔でゲームをしている。


 目深にかぶったフードで表情は見えないが、ジュンもまた、大怪我を負って治療中の身である。ファントムの構成要素である因子が幾つか破壊されているので、完全修復には一ヶ月ほどかかるという話だった。


 それでも、あの絶望的な状況から、よく戻って来られたものだと思う。


「そういえば、年明けにあった討伐戦の話なんだけど」


 ハクアなら知っているのではないかと思い、コウヤは話をふる。


「アキラさんも参加したらしいんだけど、なんか聞いてるか?」


 コウヤ達が遭遇した土蜘蛛は、かなりランクの高いものだったため、その場では一時的に封印するのが精一杯だったらしい。

 そこでできた猶予を利用して、しっかりとした討伐隊が組まれ、年始に討伐戦が繰り広げられたのだ。


 コウヤは伝聞でしか知らず、当のアキラもまだ事後処理だかで顔を見せないので、気になっていたのだ。


「あー。それね。うちの父が直接見たらしいけど、すごかったらしいわよ」


 締まりない様子で、ハクアは言う。


「もう有名所が揃いまくってて、一方的な討伐だったって。そもそも、発生したてだから比較的あっさりしたものだったらしいけど、中でもアキラはかなりデタラメだったらしいわ。なんであの男は無名なんだろう、って父が首を捻ってたし。知ってる? あの人、Aランクのプロライセンス持ってるらしいわよ。要するに、軍事訓練受けてるってこと」


 魔法士ライセンスを取得すると、ランクに応じて公共での魔法使用に制限がなくなるが、Aランクともなれば、五工程以上の大規模魔法をいつでも使うことが出来る。多くの魔法士が霊子庭園でのみ許されるような魔法を、現実で自由に行使できるのだ。


 加えて、派遣ファントムとの一時契約も自由に結べるのだそうだ。魔法施設外でのファントムとの契約には届け出が必要だが、ライセンスを持っているとそれも免除される。


 先日の救出時に一緒に来た二夜ふたつやメグというファントムは、たまたま一時契約を結んでいたらしい。


「やっぱあの人すごかったんだな……。普段はウザくていい加減で、頼りなくて情けないのに」


 散々な言い様であるが、普段の行いが悪い。


 しかし、その普段の行いを覆すほどに、あの時のアキラは格好良かった。

 さっそうと駆けつけて全てを解決した姿は、いつも面倒くさい絡み方をしてくるフリーターと同一人物とは思えない。人というのは、本当に見かけによらないものらしい。


「っていうか、あんだけ実力あるのに、なんでフリーターなんかしてるんだ、あの人」

「単純に稼げないからじゃない?」


 にべもなく、ハクアは言った。


「軍のない日本だと、魔法士のプロライセンスだけで出来る仕事なんて、ゲーム競技者くらいしかないし。フリーでの災害討伐の成功報酬は大きいけど、国内で起きている霊子災害なんてたかが知れてるから、定期収入には厳しいし」


 だからこそ、魔法学府を卒業してCランクのライセンスを取った人でも、魔法とは別の定職つくことが多い。最近では魔法関連の仕事も増えてきたが、それだけで稼げる人はまだまだそんなに多くない。


 夕薙アキラは、かつては競技者としても活躍していたらしいが、最近は討伐メインの傭兵のようなことをして生活しているそうだ。


「そう考えると、わざわざ魔法学府に進む意味って何なんだろうなって、思いもするのよね。私みたいに魔法家系の子供ならまだしも、コウヤの場合は一般人なわけだし」

「……何だよ急に。こないだは、魔法学府を勧めてきたくせに」


 どこか弱気な言葉に、コウヤは怪訝な目を向ける。

 ハクアはというと、こちらに目を向けることなく、すげない様子で口を開く。


「遊ぶだけなら、クラブの施設内で魔法を使えばいいし、魔法競技だって、外国ならアマの大会もあるしね。無理してライセンスなんて取らなくても、魔法を使う道なんていくらでもある」


 けれど、と。

 ハクアはどこかためらいがちに、探るような口調で言った。


「私は、コウヤはプロになるべきだと思う」

「…………」


 どう答えてよいかわからず、コウヤは思わず黙り込む。

 そんなコウヤに向けて、ハクアは気を使うようにゆっくりと言葉を口にした。


「力の使い方を覚えたら、コウヤはきっとすごい魔法士になれる。別に、競技者になれって話じゃなくて、あんたは使える手札が増えれば増えるほど、それを上手に活用できると思うの」

「急にどうしたんだよ。そんな褒められても、俺、何も出来ないぞ」

「そんなことないわ。だってあの時、コウヤは私を助けてくれたじゃない」


 突然の評価に戸惑うコウヤに、ハクアはまっすぐな視線を向けてくる。


 心細げな瞳が、探るようにコウヤを見つめる。

 ハクアは人と正面から向き合う時、よくこういう目をする。まるで目の前の存在が本人か不安がっているような目である。


「かまくらが壊された時、あんたが庇ってくれなかったら、私達は二人共死んでた。あの状況で出来る最善を、あんたは行ったのよ。それは、誇るべきだわ」

「それを言うなら、庇われたのは俺の方が先だろ。おかげでお前は大怪我したんだ。それに比べたら、俺のなんてただの悪あがきだ」

「まあ、そうね」


 コウヤの言葉を素直に認めたあと、「でも」と、ハクアは続けた。


「私の場合は、出来ると思ったからやっただけ。とっさに体が動いたのよ。でもあんたは、出来ないことをわかった上でやろうとした。その差は、すごく大きいわ」


 あの時、コウヤが防御の魔法を組んだところで、土蜘蛛の攻撃を前では悪あがきに過ぎなかった。それはコウヤ自身、痛いほど理解していたことだ。


 けれども、無駄だとわかりつつも、コウヤは諦めなかった。


 たとえ無駄になったとしても、自分にできる全力を尽くす。その意志の強さにこそ、ハクアは賞賛を向けていたのだった。


「だからあんたは、実力がついたらすごく化けると思うのよ。これはただ、それだけの話」

「……褒め言葉だと、思っておく」


 言うだけ言って、ハクアが目をそらしたのを見て、コウヤはそれ以上追求せず、ただそれだけ言って黙った。


「…………」

「…………」


 二人の間に、沈黙が降りる。

 あの事件で一度死を意識したからか、二人の間には奇妙な空気が共有されていた。


 結果的には巻き込まれただけで、何も出来ずに振り回されただけであるが、だからこそ、互いに強い無力感を抱いていた。


 きっとこの感覚は、同じ経験をしたものにしか分からないだろうなと、コウヤは思う。


 互いに抱く割り切れない思いは、きっと心の深い所に残り続けるだろう。おそらくハクアは、それを活かして欲しいと思って、そんな提案をしたのだろう。


 魔法家系に産まれた人間と違い、コウヤはたまたまチャンネルを開いただけの一般人だ。

 だから進路と言われてもピンとこないが、一つの道として、考えてもいいと思った。



※ ※ ※



 やがて、試合を終えたキサキが、不機嫌そうな顔で戻ってきた。


「むぅ。勝てないよぉ」

「お疲れ様。当たり前でしょ。兄さんは強いんだから」


 澄ました顔で言うハクアに、キサキはますます唇を尖らせる。

 そんな所に、後ろからクロアがやってきた。


「いや、いい勝負だったぞ、比良坂。思わず本気を出してしまった」

! ねえコウちゃん聞いた? 今この人、思わずとか言ったよね? 全然余裕ってことじゃない!」


 珍しく攻撃的な口調で、キサキは抗議の言葉を口にする。


「くぅううう、悔しいっ! クロアさん、全然本気じゃなかったんでしょ!」


 地団駄を踏むくらい悔しがりながら、キサキは不満げにクロアを見上げる。それに対して、クロアはなだめるように「はは、そんなこと無いぞ」と笑っている。


 仮にも年上なのだが、キサキはまったく物怖じしていない様子だ。

 体格のいいクロアと、小柄なキサキが並んでいると、まるで大人と子供が喧嘩しているようである。前に一度会っているとは言え、随分仲良くなったものだ。


 そんなことを考えていると、クロアがこちらを見下ろしながら言う。


「よう。確か、鏑木、だったか。話には聞いてるぞ。妹が世話になってるな」

「はぁ、どうも……」


 急に話しかけられて戸惑いながらも、コウヤは当たり障りない返答をする。


「どんな話か知らないっすけど、世話になってるのは多分俺の方っすよ」

「ははっ、素直だな」


 気持ちのよい笑い方をしながら、クロアは手を伸ばしながら提案をする。


「どうだ? お前も一戦。好きな競技で良いぞ」


 思いもよらない誘いに、コウヤは驚きながら後じさりする。


「よしてくださいよ。俺、本当に素人なんです。キサキも敵わないのに、俺なんかとやっても何の意味もないですって」


 謙遜ではなく本当に遠慮していたのだが、対するクロアの返答は、堂々としたものだった。


「そんなことはない。俺は無駄な勝負をする気はないぞ。どんなに実力に差があっても、真剣勝負は経験値だ。最も、お前が嫌々やるって言うなら、遠慮するがな」

「……はは、そりゃまた、嫌な言い方しますね」


 思ったことをはっきりと言いながらも、あまり嫌味にならない、さっぱりとした気質だった。こういう相手は、コウヤとしても嫌いではない。


 そこまで言われたら、せっかくなので挑戦させてもらおうと思った。


「良いっすよ。せいぜい勉強させてもらいます」

「よし、その意気だ。どうせなら比良坂も参加するか? グループ戦だ」

「いいの!? よし、コウちゃん! 協力して、クロアさんぶっとばそう!」


 意気揚々とそう言ったキサキは、バタバタと増幅器の方に走っていった。審判役のチハルに、次のフィールドの設定の話をしているようで、賑やかな声が響く。


 コウヤもゆっくり立ち上がって、軽く伸びをする。

 事件で負った怪我はある程度治っているので、リハビリにはちょうどいいだろう。


「そんじゃ、ちょっと行ってくるわ」

「ふん。兄さんに勝てたら褒めてあげるわ。せいぜい頑張りなさい」

「……前から思ってたけど、お前って兄貴のこと、結構好きだよな?」

「別に嫌いだなんて言ったことないでしょ? 気に食わないとは思ってるけどね」


 すまし顔で言うハクアだったが、その口調はどこか得意げだった。


 とんだブラコンだなと肩をすくめながら、コウヤが競技場の方へと行こうとした時だった。


「あ、そうだ」


 ハクアがその背中に、声をかけてきた。


「ねえコウヤ。一つ良い?」

「なんだよ。もうフィールド設定終わるみたいだし、後じゃ駄目なのか?」

「大した話じゃないから。ちょっと聞きたいだけよ」


 言葉のわりに、聞くタイミングをずっと伺っていたのか、ハクアは口早に尋ねる。


「ほら、ペンションに、國見家の娘が泊まってたじゃない? 事件の後、あんたの所に、あいつ、訪ねてきたりした?」

「…………」


 十分大した話じゃないかと、コウヤは思わず口ごもりながら思う。


 國見キリエ。

 あのペンションに、たまたま同じ時期に泊まっていた少女。

 彼女とは、初対面の時が悪い印象だったため、どうにも苦手意識がある。


「いや、救出されてペンションに戻った時に、軽く顔を合わせたのが最後だよ。そこで少し言葉は交わしたけど……急にどうしたんだよ。あいつになんか言われたのか?」

「いいえ。そういうわけじゃないんだけど……」


 歯切れの悪いハクアを見ながら、コウヤはふと一つ、思い出したことがあった。


「そういや、って、アイツだったんだよな」

「やっぱり、そうだったの?」


 どこか確信のこもった声に、コウヤは思わず怪訝な声で返す。


「まさか、國見が全部仕組んだって言うつもりか? さすがにそれは無茶だって。あいつも予想外だったみたいで、勧めたことを謝ってきたし」


 どこかかばうような口調になってしまったのは、コウヤ自身、疑っていた所があるからだ。


 けれど、最後に会った時、キリエは随分申し訳なさそうにしていた。あとになって事件の概要が分かってきたら、とても一人の少女の手に負えるものではないとわかったので、アレはただ、めぐり合わせが悪かっただけなんだと思っている。


 そんなコウヤの意見に、あっさりとハクアは引いた。


「……そうね。悪かったわ。変なこと聞いて」


 それから彼女は、小さくほほえみながら、手を振ってみせる。


「ほら、兄さんたち待ってるわよ。早く行ってきたら?」

「あ、あぁ。分かった」


 釈然としないものを抱えながらも、コウヤは競技場へと向かった。




※ ※ ※




「良いのか? 鏑木に話さなくて」


 コウヤ達が試合を始めたのを見計らって、風見ジュンが近くに寄って耳打ちをしてきた。


 先程までジュンと一緒に居たテンカは、ジュンから貸してもらったゲーム機で遊んでいる。それをちらりと見て、ハクアは小さく答える。


「……だって、仕方ないでしょ。あんなの、どう説明していいかわからないんだから」


 弱気に答えるハクアに、ジュンは小さく息を吐く。


「お嬢がそう言うなら、構わない。どのみち、事実としては何も変わらない」

「うん……でも、私は多分、一生あいつを敵視すると思う」


 そう言いながら、ハクアは目に、暗い感情をともした。




 それは、数日前。

 土蜘蛛討伐から、一週間後の話だった。



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