第23話 行商人は不老不死の秘薬を持て余す。

「永遠の命…?」

 みんな首をかしげます。絶対に年を取らず、絶対に死なない。そんな命に興味があるか?と聞かれても、唐突すぎてどう答えればいいか分かりません。…ただ、「欲しい」か「欲しくない」かと聞かれたら、きっと誰もが「欲しい」と答えるでしょう。

「永遠の命ですって?」

「まさかその箱の中身は…!?」

「どーせまたウソだろ?」

 周りがざわめきます。本当なのかウソなのか。信じる人も信じない人も、みんな箱の中身が気になって仕方がありません。

「まあまあ皆さん!疑う気持ちは分かります!!…だがしかしっ!!コレばっかりは嘘も誤魔化しもナシ!!正真正銘とっておきのホンモノだぁーー!!!!さあ我ら魔族の永遠の夢を叶えるっ…!!不老不死の秘薬を特とご覧あれ!!!」

 みんなの期待と不安の眼差しを浴びながら、行商人は魔術できっちり封印された豪華な宝箱を解錠します。するといきなり箱の中からたくさんの泡がぼわーっと飛び出してきました。みんなはその不思議な光景を見てとても驚きますが、私は少しも驚きません。なぜなら私はこれに似たものをデュミオスが作っているところを見た事があるからです。

 氷術で作られたこの泡は、割れにくいうえにプニプニよりもプニプニしているので、割れやすいものを運ぶ時にとっても役に立ちます。瓶入りの薬を運ぶならこれより良いものは他にありません。


「おぉーーーっ!!」

「ホンモノっぽくていいんだよぉ~~。」

 全ての泡が飛び散ると、宝箱の底からキラキラ輝く赤色のポーションが姿を現します。薬を入れた瓶は金銀や宝石で綺麗に装飾されていて、中の赤色の液体もキラキラでとってもすごい感じがします。

「ダメだダメだ!こけおどしに決まってる!」

「ホンモノなら証拠だせ証拠ー!!」

「むしろ試し飲みさせてーーー!!」

 それでもやっぱり疑う人はまだまだいます。ウソがばれてからもう一度信じてもらうのは大変だなー、と私は他人事に思いました。

「証拠…ねぇ。…それなら。」

「……えぇ、言われなくとも私が調べますよ。」

 行商人は横目でデュミオスに合図を送ります。それに気づいたデュミオスは自ら行商人の元へ赴き、薬の入った瓶をじっくりと調べ始めます。一流の薬師ともなれば、栓に施された封印を見るだけでそれがどこで作られた薬なのか見分ける事も可能になるのだとか、なんだとか。


「薬師さん、どうですかい?」

「……見直しましたよ行商人さん。正直言うと私も少しだけ疑っていたのですが……、間違いありません。……これは王室製の正真正銘の不老不死の秘薬です。」

「王室製の秘薬だって!?」

「やっぱり本物に間違いないよ!!」

「匂いだけでも嗅がせてぇーーー!!!」

 ホンモノの不老不死の秘薬。それを聞いてみんなは大喜びです。

「すごい!!本物だって!アルケイド!!」

 私もうれしくなってぴょんぴょん飛び跳ねました。不老不死のすごい薬を、自分のお父さんが本物だと証明する。これはきっとすごい事に違いありません。

「ああ!!やっぱり先生はすごいや!!」

 アルケイド君も賛同します。だけどやっぱり、思ったよりも盛り上がりません。

「そうは言ってもなぁ…あの人間だぜ…?」

「行商人とグルに違いありませんわ…!」

「人間のいう事なんてオラ信じねーど!」

 一部の人たちがデュミオスを疑います。すると他のみんなもだんだんデュミオスを疑い始めます。これもいつもの事です。村の人たちの人間嫌いっぷりには、さすがの行商人さんもすっかり呆れてしまいました。


「薬師さん、貴方やけに人望薄いですねぇ…。夜な夜な人さらいでもして改造人間でも作ってらっしゃるので?」

「作ってるように見えますか。」

「いやいやぁー!!冗談ですよ冗談!!…にしてもこの白けよう、さてどうしたものか……。」


「でしたら、この薬は私が買い取りましょう。」

「えっ!?!?」


デュミオスがさらっとすごい事を言いだしたので、私は驚きました。


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「ここに10冊の薬学書と、1本の松明があります。」

「…なんで松明?」

 薬学書と一緒にデュミオスが持ってきた松明を見て、アルケイド君が私に聞いてきます。私だってさっぱりです。あの分厚い薬学書にかなりの価値がある事は私でも知っています。でも、あれを10冊と松明を足したくらいで本当に不老不死の薬と交換できるのでしょうか。私は少し心配になりました。

「薬学書と…、松明?まさかそれで不老不死の秘薬を買い取るおつもりですかい…?いやいや冗談でしょう…!?薬師の貴方ならこの薬の価値も十分理解しているはずでは……。」

 10冊の本と1本の松明を見せられ、さすがの行商人さんも苦笑いしてまいます。でも、デュミオスは冗談のつもりではないようです。

「それはこちらのセリフですよ。行商人さん。……不老不死の秘薬すら仕入れるほど凄腕の貴方なら、この薬学書の価値も十分理解出来ると思ったのですがね。」

 デュミオスは行商人さんの言った事と同じ言葉をそっくりそのまま返します。そして、本を一冊手渡してから行商人さんにいくつかの質問を投げかけました。


「…ところで行商人さん。貴方は何故こんなにも素晴らしいものを他人に売りつけようと思ったのですか?」

 デュミオスが聞きます。よくよく考えてみれば確かに不思議です。永遠の命と、それを売って手に入るお金だったら、ぜったいに永遠の命の方がお得に決まってます。

「そりゃあ……、私は永遠の命なんてモンに興味ありませんからねぇ。永遠よりも今を楽して生きるのが一番。一瞬の為に持てるモノをすべて費やしてこそ人生は映えるってもんでしょう?」


「……では。不老不死に少しの興味もない貴方がどこでこの薬を仕入れたのか、噓偽りなく話して頂けませんか?」

「………。」

 デュミオスが聞くと、行商人さんはすっかり黙りこんでしまいました。何も言わないという事は、きっと言えないような理由があるのでしょう。デュミオスは続けて質問します。

「最後にお聞きします。貴方はこの薬の云う不老不死の肉体が何を意味するのかご存知ですか?」

「……なるほどねぇ。薬師さんにはとっくにお見通しって訳ですかい。」

 行商人さんは手のひらを返してやれやれと首を振ります。そしてデュミオスから渡された本を返すと、彼は降ろしていた荷を片付け始めました。

「さーて、私はこのへんでお暇させて頂きますかね。」

「えーもう終わりー?」

「もっと見しておくれよー!」

 みんなは名残惜しそうに行商人さんを呼び止めようとします。すると、去り際に行商人さんが言いました。


「…ところで薬師さん。その貴重な薬学書だけれど、秘薬と交換じゃあ少し手は打ちがたいが……、他の品物とならどうです?こちらも喜んで取引させて───…って!?」

「デュミオス!?」

「えっ!?何やってんの先生!?」

「何って、すごく貴重な薬学書を焚いてるだけですよ。」

 私はデュミオスが貴重な本を一冊ずつ焚火にくべているのを見て、すごく焦りました。あの本が燃えてしまうのは嫌なので、私は急いで桶に水を汲みに行きました。



「せ、先生!!!!?」

「いいんですよアルケイド君。これでいいんです。」

 いいわけないだろ。だって、あんなに大切な本を燃やしていいわけがない。エリーだって火を消しにどこかへ行ってしまった。…理屈みたいになるけど、俺には先生の行動が全然納得できなかった。

「いいわけないでしょーが!!!何考えてるんですか薬師さん!!!燃やすくらいなら私に買い取らせればいいでしょうに!!!」

 先生の突拍子もない行動にさすがの行商人も慌てている。でも、俺は先生の目を見て確信した。これはきっと何かの考えがあっての行動なんだ。

「言ったでしょう?私はこの貴重な十冊の薬学書で不老不死の秘薬を買い取るつもりだと。……他の品物と取引する気なんて少しもありませんよ。…もっとも、これで九冊になってしまいましたがね。」

 そう言うと、先生は容赦なく次々と本を焚火に投げ込んでいった。

二冊。三冊。四冊。……本はどんどん投げ込まれていく。それを見た行商人は堪らず叫ぶ。


「わ、わ…分かった!!!!売る!!残りの六冊でいい!!!売りますよ貴方に!!売りゃあいいんでしょう!!?この!正真正銘の不老不死の秘薬を!!!」

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