第四十九話

 まず始めに、高さ三メートル以上もある一輪車が三台登場した。一輪車を漕いでいる人の上にさらにもう一人が倒立している姿があった。

 三組は円を描くようにくるくると回っている間に、上の人がさまざまな違うポーズをとっていた。


「あんなに動いてよく落ちませんね。」

「すごーい、かっこいい!」

 ナディやミウは、その類い稀なる身体能力に目が釘付けの様子だった。


 そして演目は次々に変わっていき、空中ブランコでは地球では再現できないようなアクロバットを決めていき、ナイフ使いは十数本使いジャグリングしたり、綱渡りではまるで床の上のように宙返りなどを決めたり、連続で放たれた弓矢を躱していく者がいたり、動物が登場しては玉乗りや芸を見せて観客をなごませたりと客を飽きさせなかった。

 ミウたちも言葉も忘れて拍手をしながら見とれていた。


(地球のサーカスと被るものもあるが、この一団なんだか全員の動きが武芸に精通しているように見えるんだよな。まあ、こんな世界だ。旅をしながらだから色々と危険なこともあるし、腕も立つことはそれほど不思議じゃないか。)


 そして、次の演目に注目が集まるなか登場したのが一人の小さな女の子の姿があった。

「子供?」

「あの子が何かするのでしょうか?」


 ミウとほとんど年の違わない少女を見て場違い感に、さすがの凌馬も声を出してしまう。

 様子を見守っている観客たちを前に、今度は巨大な檻が登場しその中には巨大な虎型のモンスターが周囲を威嚇しながら唸り声を上げていた。


『きゃぁぁー。』

『おい、大丈夫なのか?』

 周囲の心配の声を余所に、檻の扉が開かれるとゆっくりとした足取りで少女の前に近付いていく。


「りょ、凌馬さん。」

 ナディが思わず凌馬の名前を呼ぶ。

「大丈夫だよ、お姉ちゃん。あの子とっても賢くて優しい子だよ。」

 そんな不安そうなナディに答えるミウ。


(流石はミウだな。本質を直感で捉えるのは天性のものだな。)

 凌馬がそう感心したようにミウを見つめていたが、やがてナディを安心させるために説明を始める。


「ミウの言うとおりだよナディ。一見狂暴そうに振る舞ってはいるが、その瞳の奥には確かな理性というものが感じ取れる。それに、あの少女に対しては何か信頼のようなものを持っているようにも見える。」

「そうなんですか?」

 凌馬の言葉にそう問い掛けると、再び少女の方へと視線を移していた。


 そう、少女と虎型の魔物とはミウとカイやソラとの関係に似た、どこか慈しむようなそんな感情が見えた。

(しかし、あんな魔物の情報は見たことがないな。何処かの固有種かなにかなのかな。身のこなしだけでもかなりの強者の気配がするが。)


 凌馬が知らないのも無理はなかった。あの虎型の魔物は、凌馬が行きたいと考えていたジャーポと言う国にのみ生息している希少種。

 しかも、火山という過酷な環境に生息し炎と熱をエネルギーに変換することのできるフレイムタイガーという魔物であった。


 凌馬たちが見ているなか、フレイムタイガーは少女に飛び掛かっていった。

 人々の悲鳴が聞こえるなか、少女は何処からか取り出した赤い布を体の脇でヒラヒラと振ると、フレイムタイガーの突進を躱していく。


(まるでマタドールみたいだな。しかし、どうするつもりなんだ? まさかあの魔物を殺すとも思えないし、どう収拾をつけるつもりなのか。)

 凌馬がそう考えていると、何度もフレイムタイガーの突進を躱していた少女は、次の瞬間にその背に飛び乗ったのだった。


 暴れて少女を振り落とすような動作をするフレイムタイガー。

(なるほど、今度はロデオか。しかし、ごちゃ混ぜのショーだが確実に地球の文化が影響しているな。やはり、俺以外の転生者か転移者が関わっているのかな。それにしてもあの少女も只者じゃないな。)


 少女がフレイムタイガーが暴れるのにも冷静に対応して、遂に乗りこなすという姿を観客に見せていた。

『すげー。』

『あんな小さな子が魔物を手懐けたぞ。』

 ワーーー!


 歓声が響くなか、フレイムタイガーと少女は突如ステージ上に現れた火の輪や落とし穴、障害物のコースを進み始める。

 わずかなミスで大怪我をしかねないコースを、次々にクリアしていっては観客たちを喜ばせていく。


「あんなに小さいのに凄い技術ですね。いくらあの魔物と心を通わせているとは言っても、それだけではあんな真似できません。」

「そうだな。あの少女自身もかなりの訓練を積んでいる筈だ。いや、あの少女だけじゃない。この一団中々の実力者揃いのようだ。」

 ナディの言葉に、凌馬も感心したようにそう答えた。


「私たちにもあれできるかな?」

『ワンワン!』

 ミウの言葉に、カイやソラが当然と言うように答えている姿があった。


(いや、カイやソラならあれぐらいなら出来るしミウに怪我をさせるような真似はないと思うが、それでもわざわざそんな危険なことさせる理由がないしな。)

 凌馬はミウがあの少女の真似をしないよう、後で注意をしておこうと心に決めた。


「皆様、この度は我が流星旅団のショーを見ていただき有り難うございました。本日のショーはこれにて終了となります。また機会がございましたらお会いいたしましょう。」

 団長の挨拶と共にショーは終了する。


 皆、時間を忘れて見ていたためもう終わりなのかという残念な気持ちと、外がもう日が暮れていることに驚いていた。


「あーあ、もう終わっちゃった。でも楽しかったね。」

『クゥーン。』

 ミウはカイとソラに抱き付きながら名残惜しそうにしていた。


「もうこんな時間なんですね。」

「いや、良いものが見れたな。この世界でまさかサーカスが見られるとはな。」

 ナディと凌馬もそろそろ帰る準備をして、案内人の付き添いで外へと出ていくとミウが突然立ち止まった。


「あー、あの子だ。ねぇパパ、近くで見てきていい?」

 ミウがそう言って凌馬にお願いをしてくる。

 凌馬が視線を向けるとそこには、少女と共にショーをしていたフレイムタイガーの姿があった。


「失礼、お願いしたいことがあるのですが、娘がどうしてもあの魔物を近くで見てみたいと言ってまして。」

「はぁ、ちょっと団長に聞いてきますので、お待ちいただけますか?」

 案内人はそう言うと、団長の元へと向かっていく。


 多大な金額を払ってもらった良客なだけに、そのお願いを無下にできなかったようだ。

 しばらくして戻ってくると、会うのは構わないが変に手を出して怪我をしないように注意をするようにと、万一の時には責任を取れないと予め了承することが条件だと言われた。


「ありがとうございます。ミウ、良いってさ。でも、気を付けるんだよ。」

「やったー、ありがとうパパ。」

 そう言って抱き付いてきたミウの頭を撫でながら、凌馬たちはフレイムタイガーの檻の近くへと向かうのだった。


「グルルル・・・・・・。」

 どこか警告するような唸り声を上げると、伏せていた顔をあげるフレイムタイガー。


「あなたお名前は何て言うの? 私はミウ、よろしくね。」

 ミウはフレイムタイガーにも物怖じせずに近付いていく。

「お嬢ちゃん、危ないからあんまり近づかないほうがいい。」

 案内人が、客に怪我をされてはと止めに入る。


「大丈夫、この子とっても優しい子だから。」

 ミウはフレイムタイガーの頭を撫でながらそう答えてた。


「クルルルル。」

 目を閉じながら、気持ち良さそうにミウにされるがままになっていた。


「その子を初めて見て怯えない人は初めて───。」

 ミウに話し掛けてきたのは、フレイムタイガーと共にショーをしていたあの少女であった。

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