エピソード1 雨上がりの空には
「お前、でてけよ。お前みたいなやついらないんだよ」
「え……」
「……意味、わかるか?」
「兄貴、こんなやつに構ってる暇あったらはやく剣技の練習しにいこうぜ。はやく試合してえし」
段々と遠のいていく声。
なんとか胸の中でたもってきた思いがみんな、弾けてなくなった気がした。
どんなにひどいことをされても、いわれても、家族なんだから。
家族なんだから愛情がどこかにはあるはずで、僕自身も愛情をもたないとおかしいって
そう思っていた心にヒビがはいった。
積み重なった小さなヒビがもう耐えきれないと壊れてしまった。
僕は後ろ手に持っていた剣術の練習用の木をぎゅっと握りしめた。
今日は……今まで一度もいったことなかったけど剣術教えてって……いうはずだったのに……な。
踵を返して自室へかける。
途中で誰にも会いませんように。
そう思っていたのに案の定、会ってしまった。
「あら、兄様よ」
「なにしてるのかしら。また1人で剣術の練習してらっしゃるの?恥ずかしい」
妹達の嘲笑に壊れた心がもっと、粉々にされる気がした。
「はあ……はあ……」
自室に駆け込むと扉を閉め鍵を閉め、戸に寄りかかった。
不思議と涙も出なくて、どこか虚ろな瞳で僕が見やるのは、壁に飾られた『第五王子 アルフレッド』と金色の文字がはいった観賞用の剣。
第五王子アルフレッド。
僕はそいつのことがこの世で一番嫌いなのだ。
上の兄4人からはいつも小馬鹿にされ相手にもしてもらえずお前は弱いと……いらないといわれる。
下の妹4人からは兄達からそんな対応をうける姿を影から笑われ陰口をいわれる。
家族なんだからって……今は亡きおばあさまはよくいっていた。
家族なんだから愛情があって当たり前だと。
僕もそう思う。
けど、なんだかもう……
なんで僕だけこんな扱いなんだとか、そういうことは思わない。
立ち上がるとタンスやら引き出しやらを引き上け必要なものを取り出す。
だって僕はほんとに弱虫で泣き虫で他の兄妹の誰とも違うしもちろん父上や母上とも違うし
取り出したものを肩掛けカバンに詰め込む。
だから当然だと……思う。
カバンを肩にかけるとぼくは先ほどよりかはいくらか気の晴れたような面持ちで自室をあとにした……
召使いたちの目を通り抜け、なんとか5日ぶんほどの食料も調達し城の裏口へやってくるぼく。
今更ながらなにをしているんだろう。
最初は兄様にでてけといわれたのだからでようと心の隅で強く思って動いていたのになんだか途端怖くなってきた。
弱虫、泣き虫となじるこえが頭の奥で聞こえる。
ああ……やっぱりだ
裏口を影から見つめながらそんなことを思う。
こうして城をでようとしたのは実は今回が初めてではない。
何度か試してみた。ぼくはここにいてもみんなの邪魔になると思ったし
けれどここで一歩が踏み出せなくて……
震える足。肩掛けカバンを握る手からはびっしょりと汗がでていてなんだかそのことがより緊張感を高めてる気がした。
遠くから聞こえてくる召使いたちのこえ。
ああ、やっぱりやめそう……
結局力なく落ちる手。
ああ……
「ダメ」
僕は結局いつもいつも……
視界にじわりと涙が浮かぶ。
やっぱり僕は蔑まれて当然の人間だ。
「ダメだよ!」
Uターンして、うつむきながら歩き出す。
……と、何歩としないですぐそこに人影があるのに気づく。
だ、だれかいた……!
慌てて逃げ出そうとする僕。
この格好の意味を問われてなんと答えればいいかわからないし
と思ったら強く手首を掴まれた。
「アルフレド様」
見ればいつも僕の部屋を掃除してくれる召使いの女の子だった。
なんだか怒っているみたいだ。
やっぱり僕がこんな……勝手なことしようとしてるって気づいて……
「あ、あの、これは、さ」
しどろもどろになりながらなんとか説明しようとするけど、全然説明のていをなしてない。ああ……ほんと……
「行かなきゃダメですよ」
「……え?」
今、この子は……
「あっ、ほら誰かきちゃいますよ!はやく」
「へっ?ってうわっ」
女の子に背中を押されて無理やり玄関へ連れ出される。
そして気づいた時には強く促されるまま、靴を履ききっとおそらく間抜けな顔で女の子を前に立ち尽くしていた。
「いってらっしゃい、アルフレド様」
「え?あ、あの、君は」
「ほらはやく!誰かきちゃいますって」
そういわれてそうかと思い慌てて城を出る。
でてからの僕は衛兵やら騎士団のひとらやらの目をかいくぐることに夢中でなにも考えることなくとにかく駆け回って、そして気づけば城の敷地を抜け城下をぬけ気づけば国の近くにある森に来ていた。
ここまでくれば大丈夫だろう。
そう思ったあとふつふつと思わされていくことがら。
あれ?僕……
「で……でてきちゃった……」
女の子に促されてからはもうなにも考える暇もなくとにかく必死できづかぬまにこんな……
何度やっても同じだったのに……
自分の手のひらを見つめる。
震えていた。
自分のやってしまったことの大きさへの恐怖と、そして初めて自分が望んだことを達成したことへの喜びで。
すぐそこに、でも確実にある遠くに見える城に、なんだか不思議な気持ちになる。
崩れ去った心の隙間に爽やかな風が入り込んだみたいな気分だ。
まだ怖くてどうすれば良いかわからないけどとりあえずもう夕方だし寝るところ探さないとな……
「ふう……」
やっと一息つける、と僕が腰を落ち着けたのは森の中で見つけた洞穴。結構奥が深くてあまり奥に行くて暗すぎて怖そうなので、星空が見える、入り口付近に腰を落ち着けた。
持って来たパンを取り出して大きくかじる。
ただのパンなのにすごく美味しい。
それはまわりに兄妹がいないからだろうか。なんて思うけどそんな考えもすぐに消える。
そんなこと考えちゃダメだと。
……僕は、いつもそうだ。
おばあさまの、お前が好きだと思えたならいその人も好きだと思ってくれているよ。嫌いだと思っているなら相手も嫌いだと思っているのさ。
そんな言葉をずっと信じ続けているから……
だから僕は、彼らのこと好きだし……
うん、大丈夫。
「うむ。こりゃうまいのう」
「うん。ほんとおいし……」
そこまでいったところで固まり途端冷や汗が頬を伝う感覚を覚える。
恐る恐る声のした方を見る……と
「おお。いただいておるぞ、少年」
にカーッとした笑みを浮かべる少女。
「…………」
あまりの恐怖に声が出ない。
だ、誰、この子。全然音もしなかった。
それに、いつから?
「そう驚くでない、少年よ」
笑ってそういうその子は7つほどに見えるのになんだか貫禄がある。
まるで僕の方が年下みたいだ。
「あ……あなたは一体……」
「?わしか?わしは……まあ一介の年頃の娘じゃよ。主はなんなのじゃ。こんなところで一体なにをしておる?」
一介の年頃の娘って、とか、その外見とミスマッチなしゃべり口はなんなんだろうとか色々といいたいことはあったけれど特段なにも言及せずに
「僕は……」
という。
そこで止まってしまったのは、この世でいちばん大嫌いなその名をいうのが嫌だから。
知らない人なんだし、別に嘘の名前でもいいかな。
「アスラ……っていうんだ」
そういってから別にその少女が僕が嘘をついてることを見破ったわけでもないのに冷や汗が出てくる。
大好きな英雄の名前。
僕なんかが、嘘でも語るには……
「ほう。神話の英雄と同じ名なのじゃなあ。アスラルド王国第五王子どのは」
「……え?ええ?!」
「どうした。そんなに驚いて」
「……え……あ……僕なにもい」
「うむ。なにもいっておらぬ。が、ほれ」
そういってその子が指差す先には僕が持ってきた肩掛けカバン。
「ってこれ……」
思わずカバンをひっつかんでまじまじとみてしまう。
慌てててわからなかったけどそれは遠い昔に母上が僕の名前と第五王子という肩書きまでぬいつけていた幼い頃につかっていたバックだった。
って、そしたらこの子僕の本当の名前も……
「城は窮屈じゃからなぁ。じゃろ?」
けれど女の子はさしてそのことを気にした様子もなくそんなことをいう。
「まあ……はい」
なんて答えながらどこか気まずさのようなものを感じてそそくさとカバンの中身をまさぐる。
「星が綺麗じゃよなあ」
不意に女の子はそんなことを言う。
「……そうですね。星を見てたら兄様たちにお前はそんな女々しいこと好きなのかよ、って……」
そこまでいったところではっとする。
綺麗な星空に目を向けてたら無意識的に言葉を発していた。
こんなこと初対面の相手にいうことじゃないし、なにより相手は7歳くらいの少女なのだ。
どうしよう。なんて取り繕おう。けど別に気にしてないのかな。
「お主はその兄たちが嫌だったわけじゃな」
そういって僕が広げていた食料の中から、今度は桃を手に取りモグモグと頬張りだす少女
「い、いやなんかじゃないよ!むしろ好きで……」
そういうとズキんっと胸が痛む。
おばあまさまもいってたじゃないか。
好きだと思えば相手も好きだと思ってくれる。その逆も然りって。
「さて。少年よ。この世の中に蔑まれていい人間はいるだろうか」
すごい勢いで桃を食べ切った少女が立ち上がりそんなことをいう。
「……い」
いない、そういおとしたところでとまる。
僕は……情けなくて気弱で女々しい取り柄のない僕はどうなんだろう。
蔑まれて当然。
僕はそんな質問にいつもそんな答えで答えて毎日過ごしてきたんだった。
「いるよ……ここに」
俯いてそう言った瞬間頭にズキっと痛みが走る。
顔を上げると僕の頭にチョップしたであろうその人の手が視界に入る。
「おバカ。蔑まれて当然の人間なんていないわ!」
そういわれて、目を見開く。
心にまた風が入り込んでくるそんな感じ。
「ただ、蔑まれたことへの答えを見出したいのなら」
そこまでいってニイッと笑う少女。
「お主は特別者じゃということじゃ!」
「……え……」
特別者?
ぼくが?
「お前さんが、特別じゃからそやつらはそうするんじゃよ。わしは無論お主のようなものが好きじゃぞ。皆と同じ、でしかないやつらなぞつまらんくて仕方ない」
「……」
目をみひらく。
心にはとめどない風が流れ、崩れた心は全部流されていく。
「それに、じゃ。嫌いなものは嫌いでなにが悪い。無理に好く必要はないのじゃ。嫌いなら嫌いで呪い殺す勢いで嫌っとくとよい」
そして新しい温もりが胸に宿る。
「あ……」
こんな気持ち、初めてだ。
元々綺麗だと思ってた星空がより綺麗に見える。
「あなたの名前は……」
そんな言葉に少女は星空をバックに、ぼくの元いた城をバックに、ニイッと笑う。
「わしの名か?わしの名はな……カヤじゃ」
「カヤ……」
「うむ、カヤじゃ!」
嬉しそうにそういったあとミヤは少し考え込むような表情を見せる。
「カヤ?どうか」
「お主、わしとともにかの国を落としては見ないか?」
「……え?か……かの国って、ぼくのいた国のこと?」
「無論じゃ!」
「……ええ?!な、なんで」
「なんで……のう。強いていうならわしはこれでも軍師の端くれで、かの国を滅ぼすのではなく、落とすことでお主の気持ちとしてもかの国の今後としてもよいということと、あとはそうじゃな。お主にはあやつと同じものを感じるから、かの」
「あやつ?」
「まあ、そんなことはどうでもいいのじゃ!さあ、やる?やらない?決めるのはお主じゃぞ。そして、早く決めねばその食料早く全部流さわしのものとする!」
「え?ええ?!」
ぼくはもう一度夜空に響くような悲鳴をあげた……
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