弟の愛の話

たった二人の姉弟の話

悪いお姉さんは弟の悪い両親を殺しました

怪我をしていた弟の首を絞めました

そして弟を病院の前に置き去りにしました

弟は死んでいませんでした

しばらくして弟の両親の葬式が終わりました

弟は両親を殺した人を「男の人」と答えました

事件は迷宮入りしましたが弟はそれでよかったのです

そして弟は親戚に引き取られました

学校に通いながら弟は、よく姉を見ました

定期的に、ひっそりと、伺うように

弟は嬉しくて仕方がありません

早く大きくなりたいと思いました

悪いお姉ちゃんは心を失っていましたので、よく「人殺し」をしていました

弟は、よくそのニュースを見ては「お姉ちゃんに会いたいなあ」と心躍らせていました

でも弟は冷静でした。ここで会ってもお姉ちゃんは逃げてしまう

逃げない口実をたくさん作らないといけません

まずは悪いお姉ちゃんがやる爆弾の作り方を覚えました

あとは消えないように首を絞めた縄の痕を残しました

そしてお姉ちゃんがやるように色んな建物に爆弾を仕掛けて爆発させました

たくさんの人間が死んで悪いお姉ちゃんのせいになりましたが、それは弟にとって計算の内です

弟は知っていました。両親のうち母親がお姉ちゃんのお母さん

そしてお母さんは酷い人でお姉ちゃんを悪いお姉ちゃんにしてしまったこと

悪いお姉ちゃんはお母さんを殺すことで自首をしようとしていたこと

だけれども異父の弟がいると知ってしまったこと

お父さんも酷い人だから殺したこと

僕を殺そうとしたけれど出来なくて誘拐したふりをして病院前に放置したこと

そこから考える答えは簡単すぎました

「僕はお姉ちゃんのことが大好きなんだ」

そう思っていると酷いお母さんにつけられた縄の痕さえお姉ちゃんを思い出させてくれます

酷いことをされていた弟の身体にあった傷を見て顔を顰めたお姉ちゃん

縄の痕を優しく撫でて、力無く首を絞めたお姉ちゃん

弟を殺せなかったお姉ちゃん

あの瞬間、弟は悪いお姉ちゃんでもお姉ちゃんだと知りました

「大好きなお姉ちゃん。でも悪いお姉ちゃんだから僕が『お姉ちゃん』にしてあげなきゃ」

少し経ち、弟の望んだ機会が巡ってきました

それは模倣犯を殺そうと現れたお姉ちゃん

お姉ちゃんは頭がとてもよかったので模倣犯が次に狙いそうな建物を見張っていたのです

でも、それも弟の思う壺でした

「お姉ちゃん」

弟は目深帽子に爆弾が隠せるくらいのコートの出で立ちで、おそらくナイフも持っていたでしょう

悪いお姉ちゃんは目を見張りました

それはそうでしょう。目の前には弟がいるのですから。弟が笑いながら声をかけてきたのですから。そして手には見たことのあるスイッチボタンがありました

頭が良く、そして悪いお姉ちゃんは事態を瞬時に理解しました

理解したと同時に膝から崩れ落ち、勢いで帽子が落ちて弟に似た、いえ母親に似た、でしょうか。目を絶望の色に染めて「大切な弟」から目を逸らせずにいました

弟は、いえ僕は心の底から嬉しくて仕方がありません。こんな顔をしてくれる悪いお姉ちゃんは「僕のことを大好きなお姉ちゃん」だと確信したからです

静かに近づいて、でも手のスイッチは盗られないように悪いお姉ちゃんを抱きしめました

その暖かさに弟は気持ちいい、そんな感想を抱き、こっそりとお姉ちゃんの耳元で囁きます

「大好きだよ、お姉ちゃん。だから僕が大きくなったら殺してあげるね」

『悪いお姉ちゃん』はたくさんの人を殺していました。逮捕されたら処刑されてしまうことでしょう。それは弟が大きくなる前に処されてしまうことでしょう

弟はそれが嫌でした。唯一の「家族」であるお姉ちゃんを捕られたくなかったのです

でも悪いことをしているお姉ちゃんがいる限り、お姉ちゃんはお姉ちゃんになれません

だから

首の縄の痕を見せつけながら弟は笑って「お姉ちゃん」と呼び続けました

「大好きだよ」と呟き続けました

お姉ちゃんの目から大粒の涙が零れて、同時に悪いお姉ちゃんは出ていきました

僕は満足しました。これでお姉ちゃんと「家族」になり一緒に暮らせるのですから。そんな歪みに歪んだ唯一の姉弟のお話です

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る