Wraith:19

二人は病院らしき建物に着いた。

『そこが、病魔たちの住処です。目的の病室は507号室です。そこに私の姉に取り憑いている病魔がいます』

「説得をすればいいんですね?」

『そうです。もしくは取引を持ち掛けてくるはずですので、その取引をしてください』

「分かりました」

中に入ると、普通の病院のように見えた。受付に人影はなく、「語る言葉はない、人間よ。速やかに用件を済ませてネルから立ち去るがいい」という文字が書かれた札があるのみ。人影も人の声もないまま階段を上り、五階へ。

「誰にも会わないまま507号室に着いちゃったね、ブンセー。この病院、看護師さんもお医者さんもいないのかな」

「病魔の住処というくらいなのだから病魔はいるだろう。でも、健康な人間は嫌いらしい。僕らもネルには少し疲れているくらいなのだから丁度いい。ハル、覚悟は決まったかい?」

「うん。何が出ても大丈夫。何が出るの?」

不安そうな声の陽奈に、苦虫を噛み潰したような顔の文成が答える。自分の視た未来が未だに信じられていない様子だ。

「……宇宙人」

そう言いながら、文成は507号室のドアを開ける。

「いらっしゃい、雨岡の使い。用件は分かっているよ」

病室にいたのは西暦時代の遺物で目にした「宇宙人グレイ」であった。綺麗なサーモンピンクの体色で、タキシードに身を包んでいる。身長は120cmほどで、目は大きく、髪の毛は生えていない。痩せこけた頬に小さい口。紛れもなくグレイである。新暦40年の現在、いないことが証明されているソレが、確かに自分たちを笑って歓迎している。40代ほどの男性の渋い声で。

「病魔よ。それは何かの悪ふざけなのか?」

我慢できずに文成の口から出た疑問に、病魔が答える。

地球ティエルン人に会うときにはこれが正装だと聞いていたのだが、何か間違ったかな。王は悪ふざけが好きだから死神にも訊いたのだが……」

そう言いながら、病魔はタキシードの袖をつまむ。

「すまない、そちらではなく君の外見の方だ。悪魔というものは宇宙人グレイなのか」

「ほほう、僕の美貌が理解できないと言うのだね。交渉がしにくいというのであればやむをえない。ゾルヌイに行くときの見た目になろう」

次の瞬間、グレイのいた場所にヒゲを生やした白髪の中年男性が立っていた。180cmほどの長い手足をタキシードに包み込み、悪戯っぽい笑顔を浮かべて。あたかも「ナイスミドル」という言葉に服を着せただけのような状態で。

「さぁ、これで交渉ができるだろう、人間よ。よろしく」

病魔が、右手を差し出した。

「白雪文成だ。よろしく」

文成は、自分の電脳がごく短時間だけハッキングされたのを、見逃してはいなかった。悪魔が施した『変身』は、科学に基づく『幻覚』だ。未来視をすればいくらでも敵う余地はある。そんな思いを秘めながら、右手を差し出した。

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