第百四十九章 視 察

 そんな経緯で安田氏も同行することとなった。とちゅう新発田城や加治城など未だ臣従していない揚北衆の支配地を縦断する。しかし中条氏や安田氏の言うことには、胎内川の改修工事がはじまったことで、景虎さまの評価が一変した。


 これまでのいきさつがあるので、急に態度を変えることはないだろう。しかし内心は機会があれば話し合いをもちたいという兆しをみせるそうだ。


 山麓の海側に百メートルほど隆起した山並みが平行して続いている。その間の谷あいを街道が南から北へむかって走っている。この谷あいは四里ほど続くが、加治川の流域にくると途絶える。新発田城は下流左岸の平地に、加治城は右岸の山麓にそびえている。


 安田城から加治川をわたり奥山荘まで全行程は九里35Km弱だった。連日にわたる酒宴のせいか皆の目覚めがおそかった。出発がおくれたので到着したのは夕方となった。視察は明日に延期となる。軍師殿へ到着したむねの使いを出した。


 真っ黒に日焼けした軍師殿があらわれ、宴がはじまった。祝勝会なのか慰労会なのか趣旨はわからない。酒飲みはどんな口実でも飲めればご機嫌だ。揚北衆と酒を酌み交わし懇親を深めれば、これに越したことはない。


 久しぶりに軍師殿と話し合えた。子どもたちの元気そうなエピソードを語ると、嬉しそうに頷いていた。ふた月以上も家に帰っていない。今回の討伐戦も荒城の戦評定に顔をだしてトンボ返りだった。

 

 次の日の朝から現地の視察がおこなわれた。左岸の道路を下ってゆく。土砂運搬用の仮設の橋は両岸ともできあがっており、土を積んだ荷馬車が盛んに行き来していた。軍師殿が図面をひろげて大まかな説明をした。


「じっさいに測量したところ波打ち際の高さを基準にして、山側が四間半8m、海側が三間半6m高かうござった。五間半10mあると予想しておったので、うれしい誤算でござる。予測より開削する土量が大幅に減る見込みでござる」


「堤防の高さは三間5.5m、幅は六十間108mあれば、大雨が降ってもじゅうぶん飲み込めると考えてござる。河床の勾配がゆるいので、その分 断面積を大きくせねばならぬ」


「土方の人数は千六百五十人を手当てし、こたびの黒田の軍勢から二百三十人が応募してきた。こんごも増員すべく努力しておるところでござる。さいわい越後の景気がいいと評判らしく他国者が流れてきておる」


「掘削の方法はあたらしい道具を考案して使っております。馬が曳いて土をおこすすきを改良して双用犂そうようりと名付けた次第。これがあれば人力で掘り起こすより何倍も仕事をしてくれます。これは田を耕すときも大いに役立ちますぞ」


「スコップも形を見直して刃先を三角に尖らしております。これで地面に体重をかけて突きささり容易につちを掘り起こせるのでござる。また『はねくり備中』なるものを考え出した。これも人力で掘り起こせない硬い土でも体重をかけて突きさしてゆく。農作業に大いに役立つ代物でござる」


「搬出した土砂は左右にわかれている胎内川を埋め戻せるよう両岸に堆積しております。橋の手前に二箇所、わたって二箇所、つごう四箇所となります。本流が開通したのちは堤防で左岸を締めきり新潟側に水を流しません。現在の川は細い用悪水路として残るでありましょう」


「荒川に流れている川も用水路にして流れる量を大幅に減らす計画でござる。これによって荒川の水量は大幅に減少し、田の水位も大きく下がります。湿田でなく乾田で作業ができ農民の苦労も激減するでありましょう。工事の概要は以上でございまする」


 橋をわたって右岸の小高い丘から開削現場を見渡す。全体の工区を三つにわけて人数を割り振っている。千六百人を超える人夫が作業していると、不謹慎ながらアリの群れが右往左往しているように見える。やはり土砂の運搬がネックで、四箇所と動線をわけているが、橋のところで馬車がときおり詰まっている。軍師殿も頭がいたいところだ。


 左岸の平地には飯場や風呂場・共同便所がズラッと建ち並んでいる。飯場というと戦前のタコ部屋を連想する。九郎殿のことだ、しっかり労務管理をしているはずだ。これだけ大勢が一箇所に集まって生活している。不衛生にならぬよう亜希子が知恵を貸していると思う。


 あちこちで建築ラッシュが続いて木材の需要が急上昇している。計画的な植林など対策をとらなければハゲ山になる。直江農水大臣に伐採後の木を植える事業をおしすすめるようお願いせねばなるまい、頭にメモる。


 景虎さまは満足そうに眺めている。最初の一大プロジェクトだ。現場を視察して、あらためて必ず完成させると決意を固めたであろう。揚北衆の三人も完成したあとの姿を夢みているのか、ウットリと見つめている。


 奥山荘へ帰り道に、景虎さまと軍師殿に相談したいことがあるので、時間をとっていただきたいとお願いする。


 中条氏は離れの奥座敷を用意してくれた。小島隊長にだれも近寄らせないよう見張りを命ずる。


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