第14話 「見つけ出した突破口」

「っはあ…」

目が覚めた、俺は胸元を確認し、自分の胸を揉みほぐす。

はっきり覚えている、彼女の胸は『Hカップ』という事を。

「はははは…はっはっはっは!」

盛大に笑った、意図的に、家中に響くようにである。

結果が出たのは今までで初めてだ、彼女が俺を殺す前にいう『何でも質問に答える』これは嘘ではない、そして躊躇わず答えたあのセクハラの質問。

恐らく間もなく死ぬゴミに対しての最後の哀れみという奴なのだろうか、彼女にも彼女なりに殺す時のポリシーという奴があるのだろう。

そしてこの質問の答えだが、はっきり言って無意味である。

だが質問に答えてくれた、その事実は決して無駄ではないのだ。

「いける…」

俺は小声でこう呟いた、そして正面を向いたときには妹の明日香が呆れた顔で部屋に入ってきている。

「何一人で笑い声あげてんの?きもいんだけど」

「黙れ、Bカップ」

AじゃなくBといったのは最低限の哀れみというやつだ、まあ少し膨らみはあったし調子が良い時はBはあるんじゃない…「ぶぎゃあっ!」

妹の握り拳が俺の右頬に勢い良くぶつかる、勿論痛いのは俺だけだったが、その痛みは一瞬じゃなくしばらく残っていたので余計にたちが悪かった。


あれからまた一ヶ月が経った、経ってはいないが俺の中では経っていたのだ。

俺はその一ヶ月間何をしたかというと、彼女からもらったヒントを早速応用してみた。

「家族は何人?」「…私と妹だけです」

「趣味は何だ?」「…映画鑑賞、読書です」

「妹も男嫌いなのか?」「…そんな事はありません」

「妹は何であんな喧嘩が強い?」「…空手で全国優勝しているからです」

「友達の数は何人だ?」「…一人です」

「いつからこの街に住んでいるんだ」「…ずっとですよ」

「妹の名前は何だ?」「桜田椎名です」

「妹は何カップ…?」「Eです」

「お前の特技ってなんだ?」「…何もありません」

「普段家で何してるんだ?」「…ピアノと勉強です」

「欲しい物とかあるか?」「…うさちゃん人形」

「最近面白いテレビって何かあるか?」「…私テレビ見ないです」

「もし俺を殺さなかったらうさちゃん人形買ってあげるけど、どうする?」「…殺します」

とまあ、下らない質問も含め三十はしてみた、これは全て彼女を知るためである、無意味な事では決してない。

そして更に有益な情報を手に入れる事が出来た。

もしこれをうまく付け込めば俺はもう彼女に殺されずに済む、そのくらい重要な情報だった。

「お父さん、お母さんはいるのか?」「…………」

「お父さん、お母さんは生きているのか?」「………」

「お父さん、お母さんは死んだのか?」「………」

「お父さん、お母さんはお前の事愛しているのか?」「………」

とこんな感じで、四回も殺されたのだった。

そして少し違ったのが、彼女は質問に答えないだけではなく、今まで刺していた心臓部ではなく、俺の喉元を容赦なく彼女は引き裂いた。

恐らくもう俺に会わないと踏み、怒りを露にしたのだろうが、こっちにとってはむしろ都合が良すぎるほど分かりやすいくらいの行動だった。

―――彼女はようやく見せたのだ―――弱点を。


時刻は八時、彼女が来るにはまだ早い時間帯だった、俺がこんなに早く来ていたのは彼女じゃなくある人物を待っていたからだ。

教室には次々と女子が入ってくる、さっきまで二、三人しかいなかった教室に生徒の数が除除に増え始める、そして。

「おはよー!」

「「おはよー!」」

教室に入ってきたのは赤井だった、この時間帯を見計らってきたのは彼女を待っていたからだ。

赤井は席に戻る事なく、バッグを持ったまましばらく女子集団と話していた。

俺はこっそりとその様子を見ながら、見て見ぬふり。

少し変ではあるが、つまるところのあの日の自分のモノマネである。

赤井と女子集団の視線はちらちらと俺の方を見ていた。

そして赤井は恥ずかしそうに笑いながらこっちに向かってくる、女子に「行け」と催促されているような気もした。

「あのーこんにちは」

第一声が違った、確か前は「ねえ、君!」だったはずだが、状況が違うことによって台詞も変わっているという事なのだろう。

「や、やあ」

出来るだけ緊張している素振りをしてみる、どんな台詞を返していいものかわからず、咄嗟に出た台詞に任せたがうまくいくだろうか…。

「転校生だよね君?私赤井っていうんだ!赤井凛、このクラスの委員長やってるの」

見事なまでに完璧な自己紹介である、まさかこんな単純な台詞で大体の事を知ることができるとは…。

「俺は沢良宜雄輝だよ、赤井って知ってるぞ、桜田姉妹と仲良いんだろ?」

「ええ!?結奈の事知ってるわけ?」

白々しいかと思われる程の下手な演技だったが、なんとかばれずに誤魔化せたようだ。

俺は赤井と今日知り合いになる口実がなんとしてでも必要だった。まあ一生懸命考え出した台詞がこれだではあるが、念押しにもう一台詞付け加えておくか。

「じ、実はあの二人とは幼馴染というかさ、昔からよくこの街で遊んでたんだよ」

「ええ!本当!」

予想以上の反応である、俺の話によっぽど食いついてくれているようだ。

流れがこちらに傾いている、この状況を打破するには何としてでも攻め続けるしかない。

「実はさ、その事でなんだけど、久々に椎名ちゃんに会いたくて」

「椎名ちゃんに今から会うの?」

「ああ、まだ来てるか分からないんだけど、男一人で一年の教室に行くと変に思われそうだからさ…それに恥ずかしいし、一緒についてきて欲しいっていうか」

「え?いいよ」

あっさりの返答だった、なんか今まで自分一人で悩んでたのがばかばかしくなるくらい協力的な彼女に少し困惑している自分がいた。

でもこういった彼女の性格を加えての作戦なのだ、全てが予定調和な事に少し笑みがこぼれてしまったが。

「え、いいって?」

「友達なんでしょ?だったらちゃんと会わないと!」

「あ、ああ」

彼女はそういうと俺の右腕をがっしり掴み、俺を連れて教室の扉にへと向かう。

さっきまで赤井と喋っていた女子集団もこれには驚いた表情で俺達を見ていた。

「ちょ、ちょっと!凛、どこいくの?」

「友達に会いに、ね?」

ね?って言われても…ていうか俺に近づきすぎだ。恥ずかしさのあまりコクコクと頷くことしかできない、なんというか何回学校に来ても女子は苦手なままである。


「ここだよ!ちょっと待ってて!」

そう言うと赤井は一年の教室にへと入っていった、一年D組だ、男子生徒もちらほらいたため、自分が教室にいる時より目立つことは無かったが、それにしても一人でいるのはどこか心細い。もし何も言わなかったら、ずっと腕を掴まれたまま引っ張られていたため、自分で歩けると断ったが、それにしても四階までは彼女に引っ張られながらここに着いた。

「ちょっと、私に男の知り合いなんていませんから」

「いいから!いいから!」

赤井が出てきたのは間もなくの事である、俺と同様、桜田椎名も赤井に腕を掴まれて教室から引っ張り出されていた。

その少女は間違いなく俺を殺した少女だ。髪は赤井とも桜田とも全く違う、水色とも言えるし青緑色とも言える色で、目つきは赤井と似ていて少し釣り目気味である。

「この人なんだけど」

「はあ?あんた誰?」

獣のような目で彼女は俺を睨む、姉と一緒で男なら初対面相手に対しても攻撃的な姉妹だ。

まだ何もしてないはずなんだが、彼女達にとって男が存在している事そのものを否定しているのだろうか。

「よう、忘れちまったのかよ椎名」

「は?椎名…何で私の名前を…」

「本当に本当に覚えてない?」

またしても下手な演技で彼女に喋りかける。椎名と俺の会話があまりにも嚙み合わなかったのか、赤井は凄く心配そうな顔で俺と椎名、お互いの顔を交互に見ていた。

流石に無理やり押し通す訳にもいかないのであの日の記憶を思い出す。

あの日というのは、死の犠牲と引き換えに得た、桜田の妹に関する情報だった。

まさか、自分の妹に関する情報を死に際に聞いてくるなんて気持ち悪くて答えたくないはずだが、死ぬ前の人間に対しての最低の配慮だったのだろう、桜田結奈にとっての。

俺はどうしても今日この場で桜田椎名と接する必要があった。

全て彼女と話さなければ今日一日の出来事は何一つ始まらないのだ、そして椎名と話すネタは死に際に手に入れた情報から抜き取ったものを話す事にした、それは…。

「お前…Eカップだろ」

「はぁ?」

「えっ?」

文字通り桜田結奈は、死に際なら自分の知識の範疇なら例外はともかく何でも話してくれるのである。軽蔑の眼差しを向けながら、桜田椎名と戸惑う表情を見せる赤井凛。

椎名の上目遣いに目を配っていると、お得意の空手で思いっきり右頬をぶん殴られる。

「いっいってええええ!!!」

「しね!しね!しね!」

残り二発は腹とみぞおちを殴られ、強烈な痛みが広がり、苦しさのあまり床に倒れこみ、唾液が口から溢れ出してしまった。

「がはっ…お前…空手全国優勝者の癖に素人相手に手を上げやがって…」

「は?な、なんでそんな事まで知ってるの!?」

何とか力の限りを尽くして喋ることができた。彼女は武器を使わず一度殺しにきたのだ、とんでもない化け物である。体を張って試した事が吉とでたのか、一生懸命彼女は俺と会った記憶を思い出そうと顔を上げ、考え出していた。

しかし、彼女がいくら思い出そうとしても出てこない事に変わりはない。

痛みが治まる事はなかったが、ここで失敗すればまた彼女の追撃を喰らわないといけないのだ、続けて喋らないと…。

「だから言っただろ…俺とお前は小さい頃から遊んだことがあるんだよ…」

「はあ?そんな情報学校のほとんどがしってるつうの!」

「じゃあお前のEカップは…?」

「な…だ、第一!Eカップは今の情報でしょ!それによく思えば空手優勝したのも一年前だし、昔遊んでいた?いつ、どこで?この嘘つきっ!」

「ちょっ…ちょっと待て!暴力なし!」

彼女が手を挙げようとしていたので必死に顔面を両腕で隠す。

「そうだよ沢良宜君、幼馴染かは知らないけど女の子に向かってそんな台詞いきなり酷いよ…」

赤井の正論が俺の胸を射抜く、一人は激怒、そして一人はドン引きという感じか。

この事態に俺も少し焦る、いつの間にか女子の集団が揃ってこちらを見ているのだ。

まあ確かに、大声でこの台詞を叫んだのはちっとばかしまずかったか、ここまで女子に見られるのは想定外だ…。

俺を見下すような目で睨み付ける下級生の中、このままではまずいと悟った俺は椎名の腕をがっしりと掴み、引っ張って女子集団がいる廊下を突き抜ける。

「椎名!ちょっとこっちこい!」

「ちょっ!何すんのよ!」

俺は椎名を連れ、全力で誰もいない場所を目指し、駆け足で目的地に向ける。

はっきり言ってここまでは計画通りだった。

赤井を呼んだのも、椎名を怒らせたのも、この時間帯に椎名に会いにきたのも、女子集団が俺を睨みつけるのは予想外だったが。

彼女も運動慣れしていたのか、大した疲労をみせず俺と同じ速度で足を動かしていた。

誰もいない場所にたどり着いたのを確認すると、彼女は足を止め、腕を必死に振りほどこうとする。反射的にこちらも抵抗し、振りほどこうとするのを食い止めることができたが、目的がまたこれとは違ったために腕を放すことにした。

「な、なんなのよ、幼馴染って言ったり、急に腕掴んで走ったり、警察呼ぶわよ!」

「まあ聞けって、実はお前とは全く幼馴染じゃない」

「知ってるつうのっ!!!」

彼女は怒った様子で俺に向かって吠える、妹がよくこんな声で怒鳴る姿を目にするが、こいつを見てると明日香と類似する部分が結構あって扱いにくいな。

「いいか、俺はお前の姉ちゃん、つまり桜田結奈に今日あの場所で殺される」

俺は理科室の方を指で指す。偶然にも椎名の教室と理科室は同じ四階にあるのだ。

「はぁ?あんたまじで何言ってるわけ」

「ああ、理解はできないはずだ、それはわかっている。だけど俺と結奈は間違いなく今日あの理科室で二人きりで会う、それは絶対にだ。そこでなんだけど悪いんだがお前には今日の休み時間を全て割いて、理科室の近くで気付かれないように待機してて欲しい」

「いや、だから何言って…」

ますます混乱する彼女だったが、俺と椎名は一応初対面ではあるのだ。

彼女がこの場所に来るにはそれなりの動機がまず第一に必要である、しかし彼女にとっての動機はもうすでに発生してい、結奈が人を殺すというそれ自体が十分すぎる程の動機な筈だ。問題は俺が嘘をついていないかをいかに信じさせる事である、信憑性がなければ彼女は動かない可能性が高い。少しで良い、彼女をほんの少し揺さぶるだけでもかなりの効果があるはずだ。

「家族は結奈と椎名だけ、趣味は映画鑑賞と読書、妹は男好き、友達の数は一人、ずっとこの街に住んでて、特技は何も無い、普段家ではピアノと勉強をしていて、今欲しい物はうさちゃん人形、テレビは全く見ない、そしてカップ数はHカップ」

「な……」

椎名はますます目を丸くしていた、姉の有益な情報全てを椎名にぶつけてやった。

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