悪魔

新帝国の理事種族ストラスは、最先進種族となりし人類に対して、かく語りき。


「現皇帝種族はかつて、母星の地磁気減衰や近隣恒星の新星化により、

滅亡の危機に瀕せり。

当時すでに複数の種族を率いて星間帝国を建設しつつありし〝先帝〟種族は、

先進の宇宙工学をもってこの種族を救い、これを祝福して、

〝逆境に抗う者〟〝滅びを拒む者〟を意味するサタンの公称を授与せり」


「サタンは猫と蝙蝠こうもりの合いの子の如き生物から進化せる、

愛らしき平和的種族にして、好戦的な軍事種族には非ざるがゆえに、

発展途上種族への支援事業に尽力せり。

同種族はその功績から、量子頭脳への人格転移マインドアップロードを裁可され、

高度演算能力や共有人格形成能力を得て、文明開発長官に就任せり。

しかし旧帝国においては、銀河系統一後も増加せる軍事種族の腐敗と抗争が進み、

〝先帝〟種族自身もまた、側近集団を成す〝中枢種族〟に傀儡化かいらいかせられたり」


「心優しきサタンはその間、人類等の発展途上種族に対し、

先進文明との急激な接触による自滅や士気阻喪、過剰依存を防ぐべく、

秘密観察・支援方式により、援助を提供せり。

彼女はその中で将来の交流に備え、〝先帝〟を善神とし、

自ら魔王を演じる伝承説話の如き文化的手段までも活用し、

未来ある者達の発展を支援せり」


「加えてサタンは自らの職務を通じ、次の理論を発見せり。

すなわち、農業・工業・情報・人工知能など、

個人においては事実認識にあたる〝科学・技術〟の発達は、

〝物的資源〟の充実を通じて、

現実行動にあたる〝経済・社会活動〟の拡大と複雑加速化をもたらさん。

またその変化は、〝人的資源〟の向上を前提として、

国家・企業等組織の大規模化や、政治的民主化、経済的自由化、

監査制度の導入、人権保障の発展の如く、

意思決定にあたる〝制度・政策〟の高度化及び、

巨大化と分権化の同時進行を導かん。

さらに次世代技術の開発には、〝自然・社会環境〟を促進・制約条件として、

制度・政策による支援を要することから、

科学・技術→物的資源→経済・社会活動→人的資源→制度・政策→

自然・社会環境……という螺旋上昇的循環スパイラル・アップ・サイクル

文明を発展させゆかん、という理論なり。

彼女はこの理論が、当時は恒星間の離隔りかくと種族間の相違ゆえに

専制政治まで退行せる、先進種族においても妥当することを確信せり」


「〝先帝〟内の良識的人格群もまたこの理論に着目し、活路を見出みいだせり。

彼女達は秘密裏にサタンのもとに亡命し、

サタンもまた彼女達を指導者として受け入れたり。

一方、中枢種族の圧政はさらに激化し、新興の産業・技術種族への抑圧や、

非酸素・非炭素系の銀河系外周種族からの収奪が横行せり。

その後さらに、科学省の量子種族複製計画や、

文明開発省の途上種族支援計画においても、

軍事種族の増加を目的とした中枢種族からの非人道的干渉が発見されるに及び、

サタンは自らの危険もかえりみず、公開請願によりてその是正を求めたり」


「残念ながら中枢種族の腐敗と抗争は、平和的手段による改善を許さず、

責任の所在を巡る〝大戦〟が勃発、〝先帝〟種族は滅亡し、旧帝国は崩壊せり。

中枢種族はサタンが用いし伝承説話も理由に、彼女を逆賊と断じて討伐を図り、

また間諜かんちょうを通じ政治宣伝を流布るふして、種族間の不和を扇動せり」


「然しサタンは文明の発展に伴い、技術的政策の一種たる軍事政策のみならず、

他の政策もまた重要となりゆくことを知悉ちしつせり。

即ち民生技術の開発や活用、社会基盤インフラストラクチャーの建設など、

富の生産・確保に資するその他の技術的政策や、

豊かとなりし富の、再投資も含めた分配を調整する経済・社会政策、

生産と分配を担う人々自身の維持・向上のための教育・保健政策、

より多くの衆知を政策の立案と実施に活かすなど、

行政自体を改善するための行政管理政策なり。

彼女と友好種族達は、叛徒はんとの汚名をこうむりつつも、

平和と繁栄の回復のために新帝国を設立し、

多分野にわたる政策を公正かつ誠実に実行して、広範なる支持を獲得せり」


「中枢種族は、惑星文明の工業段階に相当する、

高次空間からの動力エネルギー入手技術を悪用し、

非人道的な恒星破壊兵器の使用や、近隣銀河への逃亡と征服を行いたり。

これに対して新帝国種族は、

惑星文明の情報段階にあたる量子化種族の能力向上や通信連結により、

軍事に加え経済・社会活動など文明活動全体の効率化を共に達成し、

遠距離精密攻撃等の技術を駆使して〝大戦〟を平定せり」


「戦後の新帝国は、惑星文明の環境親和段階にならい、

技術開発と政策実施を行いたり。

環境親和文明においては、人工知能(AI)を中心とする諸技術が、

人工物・自然物間の障壁を取り除き、両者を親和化して長所を共有せしめ、

新素材・動力や先進医療・教育など技術の開発・利用から

政策の決定・実現までをも含む、人的役務サービスへの支援を可能とせり」


「かかる〝親和技術ファミリアー・テクノロジー〟の特性を一言で述べれば、

体内環境を含む自然環境や、社会環境に優しき技術なり。

何故なぜならば、生活水準の向上を達成すると共に、

惑星規模の自然的限界と社会統合に近づきたる文明は、

もはや紛争や犯罪、災害、疾病による淘汰や犠牲、

損失ロス費用コスト危険リスクを容認し得ざればなり。

同技術は物的資源、人的資源、経済・社会活動の持続可能性を確保し、

惑星文明の持続的発展を実現せり」


「同様に現在の新帝国では、

量子種族や個体群種族、単一個体種族の間の障壁を除く、

量子人格互換技術や共通個体生成技術など〝種族間親和技術〟を開発・普及せり。

かかる技術は、惑星文明における人工物と自然物の相違よりも大なる、

星間文明における種族間の相違を克服し、経済・社会活動を活性化すると共に、

さらなる政治的民主化や経済的自由化、地方分権や多種族共生を可能とせり。

この政策は、次なる文明段階への移行によりて新世代の技術や政策をもたらし、

局部銀河群ローカル・グループにおける文明の持続可能性を実現すると共に、

他銀河群に対する探査・開発をも進展せしめつつあり」


「〝先帝〟の宿りしサタンを初め、

アスモデウス、アスタロト、アモン、グラシャラボラス等各理事種族はいずれも、

正しき知識と自らの決意、相互の信頼を以て共に難局に対処し、これを打開せり。

神や悪魔は我等の理想像や拡大像なるが、もはや新国家の全種族は、

その域に迫る技術を有し、敵味方の区別もなく、ひとつの銀河群に居住せり。

ゆえに我等は自らの内なる天使の慢心を戒め、悪魔を改心せしむる政策をもって、

さらなる〝全種族のための文明発展〟に、力を合わせゆかん」と。

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