理想

量子頭脳への人格移転などを達成し、

先進種族の仲間入りを果たしたる人類の代表者は、かく語れり。


「現皇帝種族は、その愛らしき分離個体の姿にも表れしが如く、

心優しき技術官僚テクノクラート種族なり。

かつて自らを天文学的災厄より救いたる

〝先帝〟種族への感謝を抱きつつも、

当時帝国を建設・拡大しつつありし

軍事種族群の如き活動はし得ざるがゆえに、

発展途上種族の文明開発支援という、民生分野での貢献に従事せり」


「然し彼女はその事業において、生物と環境の相互作用の一種として、

惑星段階の文明が、科学・技術の発展による環境の変化に対応し、

自己適応のために制度・政策の変更を迫られる事実を発見せり」


「即ち、自然的限界への到達や、社会的統合の達成、

生活水準の向上という環境の変化を受けて、

戦争や災害・疾病による淘汰を要せざる人道的な技術と政策を開発し、

無用の犠牲や損失、費用、危険を最小化することにより、

持続的な発展を実現することが可能、かつ必要となる事実なり」


「彼女はこの法則が、銀河規模の先進文明においても妥当するとの推測に至れり。

即ち、銀河文明は当初、恒星間の離隔りかくという〝距離の暴虐〟によりて、

〝帝国〟という軍事的・封建的な専制体制に退行せり。

しかし将来は、経済・社会活動の大規模化と複雑化・加速化を制御すべく、

制度・政策の巨大化、高度化と共に分権化が進展するという仮説なり。

これによれば帝国においても、人道的な資質向上を前提とする政治的民主化、

経済的自由化や、文民統制、地方分権の採用が必然とならん」


「銀河系統一後の帝国においては、

〝先帝〟種族の側近団を成す〝中枢種族〟間の腐敗と抗争が深刻化し、

〝先帝〟本体もまた彼女達によりて傀儡かいらい化せられたり。

サタンは〝先帝〟種族の平和主義的亡命者を指導者として大量に受け入れたるが、

ついには内戦が勃発するに及び、その推論は確信にまで変化せり。

彼女は技術種族ストラスや産業種族アスモデウス、官僚種族アドラメレク、

銀河系外周種族ベール、良識的軍事種族のアスタロトやバールゼブルと共に、

新帝国を設立し、平和の回復に努めたり。

〝中枢種族〟はアンドロメダ銀河に逃亡し、同地を拠点に反撃を加え来たるが、

サタンは逃亡政権から離反せる旧帝国系種族のゴモリーや、

アンドロメダ銀河種族のマルコシアスとも協力して、

その攻撃を退しりぞけ、内戦を平定せり」


「その後彼女は、側近種族によりて地球に秘匿されし〝聖霊〟、

即ち〝先帝〟種族の生存人格が宿る量子頭脳をも救出し、

現在では先進医療・教育の普及や将来の民主化に向けた分権化によりて、

局部銀河群ローカル・グループ全体に及ぶ星間社会を、

戦前以上に繁栄せしめつつあり」


「6つの要素、即ち自然・社会環境、科学・技術、物的資源、

人的資源、経済・社会活動、制度・政策が形作る〝文明の星(✡)〟

によりて示される彼女の文明理論は、悲劇的な内戦を乗り越えて、

幾多の種族の文明を、見事に開花せしめたり」


「現皇帝種族たる〝知恵の光を運ぶルシファー〟サタンを巡るこの事実は、

星間帝国の最先進種族においても、

自然科学的技術のみならず社会工学的技術の素養、

そして何よりも温かき心が描く、

人間的な政策を求める理想が重要なことを示したらん」

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