『Lucifer(ルシファー)』断章

平 一

新皇帝

新帝国の理事種族、アドラメレクの量子頭脳に宿る人格群の代表者はかく語れり。


『 現皇帝種族はかつて、地磁気の減衰に伴う大気の減少と近隣恒星の新星化によりて、絶滅の危機に瀕せり。かかる境遇の彼女を発見し、先進の宇宙工学技術を以て救いたる者は、当時すでに複数の種族を率いて星間帝国を築きつつありし〝先帝〟種族なり。〝先帝〟種族は彼女の帝国加入を喜びて祝福し、その公用語において〝逆境に抗う者〟〝滅びを拒む者〟を意味する公式名称を賜与しよせり 』


『 現皇帝もまた、この救援に対する感謝の念から〝先帝〟を敬慕せしが、心優しき種族なるがゆえに、技術官僚種族となりて、発展途上種族に対する文明支援の任に就きたり。彼女はその職務における功績により、知性の飛躍的向上や種族共有人格の形成、帝国高官職への就任を可能とする、全個体人格の量子頭脳転移マインドアップローディングを裁可され、文明開発長官にまで昇任せり。彼女は将来の交流に備え、帝国の体制を模し、自ら悪役を演じたる伝承説話をも用いて、人類等諸種族の偉大なる発展に貢献せり 』


『 かかる性格を有する現皇帝は、旧帝国の成立に寄与せる軍事種族の腐敗や権力闘争とは無縁なりき。ゆえに彼女は、先帝種族の傀儡かいらい化が進む中で、同種族からの平和主義的亡命者達を各分野の指導者として受け入れ、先帝の弑逆しいぎゃくを伴う悲劇的な内戦においても生き残りて、社会秩序の回復に成功せり 』


『 彼女はまた、職務の遂行を通じ、科学技術の発展による経済・社会活動の拡大及び複雑加速化は、政策決定の高度化・巨大化と同時に、人的資質の向上を前提とする分権化を導くことを学びたり。ゆえに彼女は戦後、〝全種族のための文明発展〟という理念のもとに教育・医療水準を向上せしめ、帝国の近代化、即ち脱軍国化及び政治的民主化、経済的自由化、地方分権化を推進することによりて、戦前以上の復興と繁栄を達成せり 』


『 彼女は強健な種族に非ずして、猫と蝙蝠こうもりに似た、愛らしき雑食性の小動物から進化せる種族なり。また、旧帝国の側近種族とは異なり、他種族の征服により発展せる軍事種族としての歴史を有せざる、心優しき種族なり。さらに、かつて自然の脅威に社会全体で立ち向かい、命をつなぎぎたる経験を有することから、多種族による協働の重要性を、他の誰よりも理解せる種族なり。ゆえに彼女は、諸種族が銀河系という自然的拡大の限界を前に、自らの〝内なる自然〟に敗れ、禽獣きんじゅうの共食いの如き抗争から文明の衰退に陥ることを、他の誰よりも恐れ、拒みたらん 』


『 彼女の友好種族たる技術種族ストラス、産業種族アスモデウス、銀河系外周種族ベール、軍事種族のうちアスタロトやバールゼブル等もまた、この酸素運搬効率の低き青き血液と、しかし青き炎の如く熱き理想を有する種族への共感から、新帝国に参加せしものなり。従って、現皇帝種族たる〝光輝帝ルシファー( 知恵の光をもたらす者 )〟サタンを逆賊と称する、一部の旧帝国系種族からの批判は全く失当ならん 』と。


アドラメレクは、〝大戦〟中の戦争犯罪に関する裁判の法廷において以上の如く証言し、さらなる民主化が予定される新国家の正当性を擁護ようごせり。

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