第三十話


 モール内にあるカフェの天井にはくるくるとプロペラが回っている。

 全体的に薄暗い照明の、落ち着いた雰囲気の中、二人用テーブル席で俺と何樫は対峙していた。

 事情聴取開始だ。


「それで、さっきの質問だけど、ちょっと言い方変えるぞ」


 もっと事実が端的に示される質問をここに来るまでに思いついた。


「お前さ、花姫親衛隊なの?」

「ボスです」


 沈黙。

 え? 今何言ったこの子?


「ボスって、組織の頭のボス? コーヒーじゃなくて?」

「ぷふっ、ウケるんだけど、あたし、コーヒーですって何でいきなり言うわけ? あり得ないんですけど……。くふっ……」


 肩をプルプル震わせる何樫。ウケるって別に俺ボケたわけじゃないんですけど……。どっちかっていうと現実逃避の類。いやそれボケたの同じだったね!

 まぁそんな事はどうでもいい。


「じゃあえっと、花姫親衛隊はお前が率いていたと」

「そう」


 何樫はあっさりと言ってのけると、聞いてもいないのに口を開き始める。


「だって考えてもみなさい忍坂、あのお二人方の崇高たるお麗しいお美しいお姿を! もしケダモノたちによってあの純潔が汚されると思うとヘドがでるでしょ!? だからあたしがそんな野獣たちを一挙に管理して停戦協定を結ばせたわけ! というわけで忍坂、あんたを花姫親衛隊に勧誘する! うぇるかむ!」


 まるでダムが崩壊したかのような言葉の濁流だった。ていうか俺今花姫親衛隊に誘われた? 気のせいだよね?


「ここに血判を押せばあんたも晴れて親衛隊の一員、さぁ、押しな!」

「押さねーよ!」


 どこから取り出したのか、【せいやくしょ】と銘打たれた紙が目の前に置かれるので、突き返す。


「それで、勧誘されたご感想は?」


 忍坂は紙を引き上げると、不意にそんな事を尋ねてくる。


「は? いや別にいらないって感じだけど……」


 突然の質問一瞬聞き返すも、とりあえず答える。

 怒涛のように奔流していた言葉だが、一旦途切れた。


「そっか。別にそうならそうでいいけど」


 ほんの一瞬間があったが、すぐに何樫によって埋められる。


「……なんだよ」

「べつにー?」


 若干気がかりだったので聞いてみるが、はぐらかされてしまった。なんとなく校外学習の夜の何樫と雰囲気が似てる。いつもの何樫とほんの少し違うだけだが、この何樫は慣れない。まぁ、あんな事聞かれたからだろうけど。


「えっと、とりあえず整理すると、お前は花姫親衛隊のボスで、花姫さんを崇拝しており、例の如く姫野さんのストーキングをしてた。それでいいんだな?」


 脳を整理するのと、話題を切り替えるために確認を取る。


「ストーキングじゃなくて護衛だから! 勘違いしないように」

「分かったよ、それでいいからさ……」


 それがたとえおかしい事であってもこちらは折れるしかない。あいつらに話が通じないのはこれまでで理解している。

 もはや諦念の境地に至っていると、たまたま視界に机で横たわる紙袋を見つけた。


「にしたってお前さ、ストーキン……護衛するのに普通こんなの被るか?」

「見つかったら嫌だし。ほらあれあれ、影の騎士って感じ? 誰にも知られず一人お姫様を守る。ロマンチックじゃん?」


 厨二臭いなぁ……。いやまぁ実は分からない事も無いんだけど。


「でも、警備員に補導されたら守るどころじゃないだろ」

「は? 知らないんだけど」


 なんで半ギレなんだよこいつは。


「まぁね? あたしら花姫親衛隊の教訓はイエス花姫、ノータッチ! だし?」

「意味わからん」


 純粋に。


「ま、それより、あんたにちょっと聞きたいことがあったんだよねー」


 聞きたい事。

 どっちが好きなのか。

 あの時の言葉が脳裏を掠める。


「……ちなみに、何を聞きたいんだ」


 身構えると、予想とは違ったが今の俺には十分厳しい質問が飛んできた。


「最近姫野さんと花咲さん何かあったわけ?」

「あー……」

 

 そっちか……まぁそうか、はた目から見ても異常を感じるのは道理か。まぁそりゃいつも一緒にいた二人が急に別々になったら誰だって何かあったと勘ぐるだろう。この二日、二人が一緒にいた光景は見ていない。


「その感じ、やっぱ何かあったんだ」

「うーん……」


 果たしてこれを言ってもいいのだろうか。一応あれは姫野さんの裏の顔という事になるかもしれない。今ここで言ってしまえば姫野さんの評判にも少なからず影響が出るんじゃなかろうか。


「別に何があったってあたしは姫野さんに対する認識も花咲さんに対する認識も変わらない。だから教えてくんない?」


 決めかねていると、何樫も意思をくみ取ってくれたのか、そんな事を言う。

 口調こそ何を思う風も装っていなかったが、その目に茶化したような様子はなく、むしろ真剣で、純粋に二人の事を心配しているようだった。


「他には言わないでくれるか?」

「当たり前でしょ? あたしを誰だと思ってんの?」


 花姫親衛隊のボス、か。果たして信用できる肩書きなのか微妙なところだが、何樫も生半可な気持ちで言っているようでは無い。ここはひとつ信用してみようか。女子の目線からなら色々と見えてくるかもしれないしな。


「……分かった」


 俺の家で姫野さんが言ったことや、あかりが走って出て行った事、姫野さんがあかりを煩わしいと言った事やら図書室での事やらを説明する。


「……なるほど、姫野さんを家に、そんな事があったわけねー」


 何樫は吟味するように言うと、何か考えているのか腕を組み目を閉じる。


「まぁ、色々思う事はあるけど、とりあえず忍坂はゴム無しバンジーでもすれば?」

「それ死ねって意味だよな? そうだよな?」

「なわけないじゃん。下に深い水があったら流石のあんたでも死なないって」

「そういう選択肢も有りなんですね……」


 なんだかんだ生きさせてくれる何樫超優しい! の割には殺意と言う名のどす黒いオーラでて出てますけどどういう事ですかね!?


「色々と心底羨やま腹立たしいけどそれはまぁいいよ。家の話はあんたもあんただけど花咲さんも花咲さんだし」

「うらやま……?」

「それより問題の姫野さんだけど……」


 俺の言葉を無視し何樫が続ける。悲しい。


「なんかあたしには実感わかないっていうの?」

「まぁそうだろうな」


 実際に姫野さんの口から放たれた言葉を聞いた俺でも違和感が拭えない。何せいつもの様子とあまりにもそれはかけ離れていた。


「でも、もしそうだとして、姫野さんが理由も無しにそんな言動をとるとは思えない」

「俺も同じ意見だ。ただ俺は姫野さんの事をほとんど知らない。だからあれが本当の姫野さんである可能性も捨ててない」


 言うと、何樫は何を考えたのか、こちらを半目で見ながら「ふーむ」と顎のあたりに手を添える。


「うん、あんたの言う事も一理ある。あたしらは姫野さんと出会ってまだ一か月とちょっとだし」


 何樫が肯定してくれた事に若干だが嬉しさを感じる。


「ただ、あたしから見ればなんとなーく、演技臭いかなって」

「演技?」

「そ。女と言うのは本音と建前を使い分ける。場合によってはその集団にあるべき自分を演じる事もあるからねぇ」


 そんなものなのか……。


「でもま、あたしたちは姫野さんの事をあまりにも知らない。それは事実」


 何樫がすっと立ち上がる。


「忍坂、さっき姫野さんと喋ってたグループあったでしょ?」


 恐らく部活帰りっぽかった他校の女子グループの事を言っているのだろう。その中の一人は姫野さんの知り合いだったっぽいけどそれがどうかしたのだろうか。


「あれたぶん岡高の陸上部だから、明日乗り込むよ!」

「……は?」


 ずびしりと指先と共に放たれた突然の言葉に、間の抜けた音が自然と漏れる。


「聞き込みってやつ」


 なるほど、姫野さんを知るなら過去の人から、と言う事か。確かにあのやり取りは何かありそうだった。

 







 

 






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