第52話 予想外の夜

「もしもし? 聡ですが」

「ああ、ご苦労様。面倒な事を頼んで悪かったね」

「いえ、別口でも頼まれていましたし」

 それを聞いた浩一は、不思議そうに問い返した。


「ひょっとして清人か?」

「兄さんは勿論ですが、それに加えて真澄さんからもです。どうやって小笠原物産内の情報を、集めているんだか……。俺に拒否権があると思いますか?」

 心底うんざりとした声で愚痴っぽく訴えてきた聡に、浩一は笑い出したいのを堪えながら答えた。


「全く無いね。気の毒だから、今度清香ちゃんとデートする時、俺と恭子さんでアリバイ工作をしてあげるよ」

「ありがたくて涙が出そうです。そんな事より、あと二十分位で上がれると言ってました」

「そうか。ありがとう」

 そこで通話を終わらせた聡は、疲れ切った表情で携帯をしまい込み、漸く帰宅の途についたのだった。


 そして首尾良く必要な物のコピーを取った恭子は、杉野の机を元通りにして鍵をかけてから営業部のフロアを出た。そして通用口から外に出た恭子は、最寄駅に向かう道すがら一人考え込む。

(う~ん、浩一さんからは遅くなったらタクシーを使うように言われてるけど、終電にはまだまだ時間があるし、勿体無いわよね)

 などと考えていた時に、いきなり後ろから肩を掴まれた為、恭子は驚いて鞄を取り落とした。


「お疲れ様」

「っ! 浩一さん!? どうしてここにいるんですか!」

 その非難混じりの叫びに、浩一は平然と笑顔で言い返しながら恭子の鞄を拾い上げ、空いている方の手で恭子の手を引いてスタスタと歩き出す。


「遅いから迎えに来たんだ。今電話しようかと思ってたんだけど、ちょうど良かったよ。車は少し離れた所に停めてあるから行こうか」

「はぁ……」

(迎えに来たって……、タイミング良過ぎません? それに心臓が止まりそうになる位驚いたんですけど!?)

 驚いて調子が狂った上、迎えに来てくれたのに文句を言うのもどうかと思った恭子は、大人しく横に並んで歩いた。するとふと浩一が、恭子の方を見ながら言い出す。


「今日は早く上がれたから、夕飯は準備しておいたんだ。せっかくのクリスマスに、普段と大して変わらない物で悪いけど」

 そんな事を申し訳無さそうに言われ、却って恭子の方が恐縮した。


「そんな事無いです、ありがとうございます。それにクリスマスなんて毎年全然意識してませんでしたし」

「そうなんだ?」

「ええ。クリスマスから年末にかけては、毎年先生からろくでもない事を言いつけられてまして。聞きたいですか?」

「……聞かないでおく」

(清人……。お前、彼女に一体何をやらせていたんだ……)

 聞きたいのは山々だったが、かなり表情を険しくしている恭子を益々怒らせそうだった為、彼女から視線を逸らしつつ、浩一は断りを入れた。するとなんとなく清人や今現在の仮の上司達の事を頭に思い浮かべた恭子は、浩一を見上げながら笑って言った。


「それにしても……、浩一さんは人の道に外れる様な事とかしないでしょうから、下の人達は働き易そうですよね」

「それは……、今調べてる人物達と比較して、って事?」

「ええ」

 真顔で頷いた恭子だったが、浩一は曖昧に笑いながら軽く否定した。


「さあ……、どうかな? 違法でなければ、何をしても良いって事では無いだろう? 倫理上の問題もあるし」

「それはそうでしょうけど……」

(浩一さんは、後ろ暗い事なんかしないわよね?)

 何となく納得できかねる顔で恭子は歩き続けたが、ふと大事な事を思い出した。


「あの、浩一さん!」

「うん? 何?」

 足を止めず、顔だけ自分の方に向けて問いかけてきた浩一に、恭子は準備していた物について話し出した。

「その……、いつもはクリスマスとか意識して無かったんですが、マンションに有ったツリーを飾ってみたら何となく物足りなかったので、プレゼントを用意してみたんです。良かったら貰って頂けますか?」

「俺に?」

 思わず立ち止まった浩一に、恭子は満面の笑みで告げた。


「はい、日頃色々とお世話になっていますので。低反発素材の抱き枕なんですけど」

 それを聞いた瞬間、嬉しそうにしていた浩一の表情は、微妙な物になった。


「……抱き枕?」

「はい、寝具売場で色々見本を試してみたので、抱き心地には自信があります!」

(どうして抱き枕……。しかも何でそんなに自信満々?)

 そして浩一は思わずまじまじと恭子を見下ろしたが、その感動が薄そうな顔を見て、恭子は不思議そうに見返した。


「浩一さん?」

(あら? ひょっとして浩一さん的には抱き枕とかって、自分で選びたかったのかしら?)

 困惑して見上げてくる恭子の視線に気が付いた浩一は、慌てて笑顔を取り繕いつつ礼を述べた。


「あ、いや、何でもない。ありがとう嬉しいよ。実は俺も、恭子さんに用意しておいた物があって。アロマポットなんだけど」

「ええと、それは……」

 再び駐車場に向かって歩き出しながら、浩一が唐突に言い出した。しかしありがたく受け取って良いものかどうか、恭子が咄嗟に判断できずに口ごもると、その反応を予測していた浩一は、笑って説明を加えた。


「室内で使っても構わないと、清人から了承は貰ってる。電熱式だし、蝋燭を使うタイプより壁紙は汚れないだろうけど、一応ね。良かったら貰ってくれるかな?」

 そこまで言われて固辞するのも失礼かと思った恭子は、笑いながら軽く頭を下げた。


「そうですか。それならありがたく頂きます」

「オイルはどんな物が良いか分からなかったら、休みになったら一緒に買いに行こう」

「はい」

 上機嫌に提案してきた浩一に恭子も素直に頷き、駐車場に到着して浩一が車のキーを取り出すまで、二人は自然に手を繋いで歩き続けた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る