07本目 国崩しの狂炎龍



大気が振動する。それは咆哮であり、吐き出される膨大な熱によるものだ。

灼熱の熱量エネルギーを抱きながら突進するそれを、〝風〟が受け止める。そして風は遁路みちを作って受け流し、炎を横へ逃がす。

自分にとって最大級の「危険」がすぐ横を貫いていく様を感じながらも〝異形〟は思う。

対抗できる、と。

目の前で鎌首を擡げ、視線と灼熱の吐息を浴びせかける炎龍最強種族を前に、異形はその確信を得た。


―――その少し前。


炎龍が翼竜を消滅させている間に異形とアッシェは身を隠し、その後の対応を話し合った。

その問への答えは、大きく分ければ『逃走』か『戦闘』に二分されるだろう。


そして〝異形〟の意向は、迷うまでもなく『逃走』だった。


炎龍―――〝異形〟の天敵たる炎を撒き散らす存在てんてき。そんなものと関わって、自ら危険に飛び込むことなど耐えがたい。

だが何故か、炎龍は執拗に追跡を行った。

たとえ姿を眩ましても周辺を徘徊し、異形とアッシェを見ると攻撃を仕掛けてくる。逃げる彼らの背後に火炎を吐きかける。

そして今でこそ飛んでいないが、炎龍は飛べる。どれだけ逃げようとも空から追いすがられては振り切ることも難しいだろう。

ならば一当てして生存の道を抉じ開けるしかない。そう結論付けた。


最強種族たるエルダーに対する交戦。常識で考えれば自殺行為に他ならないだろう。だがアッシェには希望もあった。

それは、あれが紛れもない死体であるということ。

いかなる道理で動いているのか皆目見当もつかない。だが、純然たる龍ではないことだけは明らかだ。


龍は神にもたとえられる。その神と相対せば、常人ならばひれ伏すしかないだろう。

だがあくまで神の形をした何者かならば、抗うこともできるかもしれない。


客観的に考えれば、神の体を動かしている理気が神以上の存在である可能性もあった。だが龍属を崇拝する〝龍言教〟が根付いた世界で育った人間には、たとえ信徒でなくとも、龍属以上の存在を想像できずにいた。



―――そして今、異形は確信を重ねた。最大の問題たる炎には対抗できる。

風で逸らす。或いは土で受け止める。そのための能力を異形は有していた。

残る脅威は――


ゴルゥグゥァァアアアォォ!


――炎龍の、その大質量による打撃。

炎龍は右腕を振り上げた。十五メートルの巨体。それを支える四足の内一本は、後足に比べれば細いとはいえ太い。それが力任せに振るわれる。

異形はそれを躱す。異形の体は十メートル近い大きさがあるとはいえ、その殆どは折りたたまれた触手だ。触手を動かせば殆どダメージを受けることはない。

ボロボロに欠けた爪が何本か毟り取られただけで、炎龍の腕は振り抜かれた。

返すように腕が動き、今度は異形の瞳に目掛けて振り下ろされる。

翡翠の瞳の部分だけが、異形にとっては触手ではない。全ての触手の根本、歪な球状の肉塊。そこを打たれれば先ほどのようにはいかないだろう。


異形は触手を掲げた。だがそれだけならば、炎龍の腕の前には容易く千切られるだろう。先ほどのように。

だから異形は触手を束ねた。二本が絡み合い、四本、十六本―――最終的には百に及ぼうかというほどの触手が編まれる。

触〝腕〟とでもいうべきそれは、振り下ろされた炎龍の腕と衝突した。表層の何本かは衝撃で破断し、地面に落ちる。だが触腕の中ほどまで及ぼうかというところで速度を失う。触れる腕は冷たかった。


瞬間、異形は触手で編んだ槌を炎龍の鼻っ面に叩きこんだ。

衝撃を受けた炎龍は唸り声をあげ、かみ合わせていた右腕を引っ込める。

だがその巨体は小動こゆるぎもしない。体格以上に、その体重が勝負にならないようだ。


事実、龍は後ずさったものの交戦を切り上げるつもりはないらしい。ずらりと並んだ牙を見せるように顎を大きく開けた。

異形もまた、応じるように触手を蠢かせ、炎龍の出方を窺う。

互いに攻防を行った両者は、燃え盛る大森林を背負いながら改めて相対する。


――だがその場に人間、アッシェ・ゼトランスは居なかった。



§



異形と炎龍が相対しているとき、アッシェは枝の上に立っていた。


その眼下には、大移動をする複数の魔獣たち。

炎龍に慄き、大火災に追い立てられるように逃走する魔獣たちの津波だ。

それを見下ろし、アッシェは唱える。

「〈大炎球フォーコスペーラ〉」

発動速度は必要ない。だが可能な限り威力を求めて、補助言語を使う。

幸いといっていいか、火属性の自然魔力は集めやすい。なんせそこら中で炎が舞い踊っているのだから。

出現した巨大な火球はそのまま下降し、魔獣の頭上へと墜ちていった。

突如出現した光源に魔獣たちも気づき回避しようとするが、逃げ惑う魔獣の集団の只中でそうそう身動きが取れるわけもなく、そのまま光に押しつぶされた。

撒き散らされる衝撃と炎と熱。

脳と三半規管に類する器官を揺らされ、身動きが取れない魔獣は炎に巻かれて焼かれていく。鱗などに護られた魔獣たちも、炎熱を吸い込んで内側から焼け焦げる。

それでも殺戮から免れた数頭の魔獣に、アッシェが斬りかかった。

「〈焔爪武フィアンマ・アルティーヨ〉」

そう呟いたアッシェの両腕に炎が纏わりつき、その切先は刺突のための短剣となった。その切先を殴りつけるように、旋狼ガルムの首元へと突き込んだ。

[身体強化]の魔法を使いながら次なる魔獣へ襲い掛かり、蹂躙していくアッシェ。


彼の目的は、魔獣の集団暴走スタンピードによる被害の抑制だ。

炎龍に追い立てられるまま魔獣が暴走すれば、彼らはアラオザル大森林から出てしまう可能性もある。そうなれば近隣の村や町が襲われることになるだろう。

街と呼ばれるほどの規模になれば、探索者組合の支部が即応するだろう。だが村や町では対応しきれず、或いは間に合わないかもしれない。

たとえば、アッシェの村のように小規模な集落では。

「くそっ」

生き残りの魔獣を殲滅したアッシェが悪態をつく。だが彼は足を止めない。まだまだ狩るべき魔獣が残っているのだから。


幸いだったのは、己を襲った巨大亜竜のような上位の魔獣がアラオザルのより内層へと逃げていったことだった。外縁へ逃げようとしている程度の魔獣であれば、アッシェ単独でも対応できる。

勿論、全ての魔獣を討伐することはできないだろう。それでも数を減らせれば、生き残る確率も上がる。

内乱の間、屈辱に耐えながら護りぬいた村が滅ぶことを受け入れられるはずがなかった。

だからアッシェは、サンドウィン領方面へ逃れようとする魔獣の背後に襲い掛かり、その数を減らすべく奮戦していた。



§



アッシェが魔獣集団暴走を食い止める間、異形は炎龍を抑え込む。

それはアッシェの炎魔法が炎龍には通じないだろうこと、異形の風の自然魔力への適性ならば炎龍に対抗できるだろうと目されたからだった。


だがそれにしても、異形は炎龍に対してよく対抗し得ていた。


それは龍が、魔の頂点であるがゆえに〝最強種族〟と呼ばれるため。

でこの炎龍が、魔法――いや魔術の使用を〈魔法の吐息〉だけに留めていたからだ。


だからこそこの拮抗は、炎龍が広げた両翼の羽撃はばたきによって容易く砕かれた。


炎龍の翼膜には無数の穴が開き、或いは千切れ、襤褸切れのような有様だ。とても風を孕めるようには見えない。

だというのに、炎龍の体は宙へと浮いた。

不可能を現実に起こす、それは魔術。


そもそも龍属の飛翔は、たとえば翼竜ワイバーンのそれとは違う。翼竜は筋力を強化した翼腕で風を掴み、己の体を持ち上げる。そもそも彼らは飛翔というよりも滑空を主とし、離陸する際は高所からの落下か、ある程度の助走を必要とする。あくまで羽撃きは補助的なものだ。


だが龍属は違う。彼らは飛行の全てを魔術で行う。羽撃き空気力学では持ち上げられないはずの巨体を浮かべ、ありえない速度と高度で飛翔する。

魔術さえ発動できれば、たとえ翼を喪ったとしても龍属は飛べる。

翼膜の多少の損傷など、問題にもならない。


浮かび上がった龍は高度30メートルほどで遊弋し、立ち上がったような姿勢で大地を睥睨した。その全身に、紅の燐光が浮かび上がっていく。

その燐光から、一つの雫が零れた。それは深紅と呼ぶが相応しい、濃縮された色をしていた。

それが大地に届き、触れた瞬間――


――深紅の蓮華が咲き誇った


それは直ちに衝撃と炎に変換され、周囲へ破壊を撒き散らした。押し寄せた熱波が異形の触手を数本焼く。

そこまでではない、と異形は思った。直撃しない限り、さほど脅威にはならない。


ただし空からは、その深紅の雫が無数に降り注いでいた。まるで、雨のように。

水面にそそぐ雨粒が波紋を起こすように、そこら中で爆発が咲き乱れた。

異形は咄嗟に風で身を護る。球状に展開された風は、当初こそその役目を十全に果たした。

だが雨はやまない。

五秒、十秒――時が刻まれるに従い、異形の風の盾は揺らいでいく。衝撃に千切られ、炎が隙間に牙を突き込む。

十八秒。火の粉が防壁を突き破り、異形の緑の体表を焼いた。


アツィ―!


その瞬間、異形は願った。火を防ぐ防壁、熱を遮る盾を。

地面が割れて複数の巨大な岩石が隆起し、異形を囲むように屹立する。

高い親和性を持つ異形への自然魔力の奉仕。それらは異形を火の狂乱から庇う。

爆発に打たれ、罅割れながらも火炎は異形に通らない。無数の岩石の影で、異形は思考を纏め、反撃に転じようとしていた。

だが、遅い。


じょじゅじじょぅわり。


異形の体に突き立てられた、四本の炎が立てた音だった。

異形にとっては、自らの肉が焼けていく音。

嗅覚がない異形には解らないが、随分と焦げ臭い炭の匂いがしたことだろう。

『―――――――ッッッ!!!』

痛みに、突き立てられた炎の熱に震える異形。彼が身を隠していた岩石には、周囲を溶岩のようにドロリと輝かせた穴が空いていた。先ほどの炎は、そこから侵入してきたのだ。

異形は知らないが、それはマルグリッテの〈火熔咆〉と同質の魔術だった。

収束された状態で炎龍から放たれた四本の炎の柱は、途中で軌道を曲げながら四方から襲い掛かり、爆発によって削られつつあった土壁を容易に貫通した。

そして今、異形は激痛と熱に苛まれている。

根本が焼け落ちて、また一本、触手がぼたりと落ちた。

異形はその炎が燻る断面に風と土を押し当てる。火の粉を散らした上で土で蓋をして、一つ一つ潰していく。そうしなければはしぶとく燃え続けて、異形の体内へと牙を突き立て続けるだろう。

の経験を活かして消火に勤しむ異形だったが、状況は依然悪化したままだ。


炎龍は頭上で遊弋を続けている。降りてくる気配はない。

彼が降らせ続けた火の雨も、今でこそ止んでいるものの、こちらが動けば即座に浴びせかけてくるだろう。

龍が突出した魔力親和性を有している以上、あの炎龍の体内魔力が尽きることはない。

そしてこの大炎上中のアラオザルは、火属性の自然魔力で満ち満ちている。


―――これが〝絶望〟とやらなのだろうか


人間アッシェに教えてもらった単語の一つを思い出しながら、異形は空を見上げた。

翡翠の瞳に映るのは、焦げけぶる夜空を背負った炎龍。濁りきった左目に虚ろを映し、右目だけを爛々と輝かせてこちらを捕える最強種族。

彼が振り撒く暴虐は衰えることなく、これから先も森を焼き続けるだろう。そしてその全てが、異形にとって致命傷にもなりえる。



だがと異形は思った。

人間は言った。絶望とやらを前にすると、指一つも足すらも動かなくなるのだと。

ならば違う。


――何故なら私の触手手足は動くのだから


異形は、触手手足に込め続けていた力を解放した。焼かれ、脆くなっていた触手が何本かげる。だがその全てを無視して、異形はんだ。

空へと。炎龍が坐する玉座天空へと。

まるでのようだった。違うのは、これが明確な反撃であることだろうか。

異形は風の後押しを受けながら、空へと跳び上がる。


無論、それを炎龍が見逃すことはない。

炎龍が咆える。〈魔法の吐息ブレス〉。その展開速度は先ほどまでのそれとは比べ物にならない。明らかに速くなっていた。

跳躍の勢いをそのままに、一直線に進むしかない異形。その軌道と射線を合わせる。

必中の〈魔法の吐息〉が放たれる。先ほど喰らった四本の火線が児戯にも見える、膨大な熱量を持った極太の火柱。直撃すれば、私の触手はおろか、根本さえ消し飛ぶ。

その切先が私の翡翠の瞳に牙を突き立てようとして、


――まさにその瞬間、〈魔法の吐息〉は消え失せた。


何かに防がれたのではなく、逸らされたのでもなく。

まるで最初から幻影だったかのように、掻き消えた。

〈魔法の吐息〉を構成していた魔力は、制御を喪ってほぐれて溶け消えた。


そして焼失した〈魔法の吐息〉の軌跡を遡っていくように異形は進み続けた。

当然その終着は炎龍の頭部だった。


龍は羽撃き、高度を取った。異形の意図を察したのだろう。だが甘い。

羽撃きが生んだ十メートルに満たない高度差など、折りたたまれた触手を伸ばせば容易に失くすことができた。

無数の触手が炎龍に纏わりつく。前足に、首に、羽に、胴に、後足に、龍尾。それを手がかりにして異形は距離を詰めた。

だが炎龍とて為すがままではない。全身を震わせ、その拘束を解こうとする。片翼の羽撃きは何本かの触手を払い、自由になった右腕とあぎとが触手を切り裂き千切る。

何本もの緑の触手が、紅に染まる夜の大森林へと墜ちていく。


――そうだ。一本で千切れるならば、束ねて編もう


さきほど炎龍の右腕を受け止めたときのように。

二本が絡み、やがて四、十六―――百余の触手が絡み合い、歪な〝綱〟となり、炎龍に大蛇の如く巻きつく。

牙を突き立てようとする顎を閉ざして縛り上げ、喰い込んだ爪ごと腕を絡み取る。羽は念入りに潰して締め上げる。

肉体的な抵抗を封じられた炎龍が、火魔術を連射することを思いつく前に、地上に叩き落す。それが異形の目的だった。

そして異形が発動させた風の鉄槌が、彼もろともに炎龍に降り墜とされた。

翼を締め上げられても保たれていた高度がガクリと落ちる。

異形は畳みかける。無数の風を固めて、炎龍に叩きつける。そのたびに高度は落ち、やがて炎龍は制御を喪い、逆さまに落ちていった。

勿論、触〝腕〟を絡みつけていた異形とともに。

巨大な二つの生命体が大地に叩きつけられる。


だが流石は『天の主』とも呼ばれる種族。墜落する直前に飛行の魔術を再制御、異形を叩きつけるように姿勢を入れ替えた。

異形は落下の衝撃だけでなく、炎龍の体重もその身に受けた。その衝撃で、一本の触腕の拘束を解いてしまった。

そして炎龍の顎は自由を得た。そのまま牙を触腕に突き立てながら、炎龍は〈魔法の吐息〉を展開・準備する。それは放たれれば、喰らいついた触腕を貫き、異形の翡翠の瞳を焼き尽くすだろう。

異形は即座に決断した。百余の触手が絡み合った触腕に、渾身の風の槍を叩きこむ。自らの体を貫いた無数の風は、そのまま炎龍の口の中に飛び込む。

風―――制御された風属性の自然魔力マナは、そこで展開中だった魔術〈魔法の吐息〉、そこに集められていた膨大な火の自然魔力マナとぶつかり合う。衝突し、絡み合い、干渉しあったそれらは、最終的に弾けた。

その爆発を受けた異形の触腕も、口腔内から爆発を浴びた炎龍も、甚大な被害を受ける。異形の触腕は半ば千切れて折れ曲がり、炎龍の口はずたずたに切れていた。

だが異形は決断した。その結果を予測した上で。

間髪入れずに、大地から岩の槍を作り出しながら。

そして爆発の直後、大地に屹立したその無数の土の槍を、ずたずたに引き裂かれた炎龍の口の中へ飛び込ませた。


岩の切先が口蓋を叩く。如何に龍とは言え生物。体内の消化管まで鱗に覆われているわけではない。

分厚い粘膜の下に埋もれた骨がそれを受け止めるも、絶え間なく激突する岩の槍によって砕かれる。そうして穿たれた破孔に岩の槍が奔流となって押し寄せる。


ひとたび破られれば脆かった。


無数の岩が口腔内から骨を砕きながら頭蓋に飛び込んだ。本来器官を護るはずの骨は無数の破片となり、岩とともに柔らかい肉やを挽肉にしていった。

たらふく岩の槍を喰わされた炎龍は、やがてその首を大地に横たえた。


その右目に爛々と光っていた炎は、消えていた。



§



動きを止めた炎龍の巨体の下から這いだし、異形は潰された触手を引き抜いた。

あちこち裂けたり焦げたりしていたが、本格的に命に係わるような傷は少ない。すべての触手がうねうねと意のままに動くことを確認した。

そんな彼に声がかかる。

「お見事です、ヌシ殿」

アッシェ・ゼトランスだった。彼はサンドウィン方面へ駆け出スタンピードした魔獣たちを目につく限り燃やし尽くした後、異形の下へと戻っていた。

先、感、助さっきはありがとう

異形は〈風の詞〉でそう伝えた。

実はアッシェは、比較的早い段階で戻ってきていた。

だが、一帯を炎の海に変えてしまうような戦闘に人の身で割り込むことはできなかった。それで遠巻きに戦況を窺っていたのだが、炎龍と異形が空中戦を展開することによって状況の把握ができた。

そのときにアッシェは援護を行った。跳び上がった異形を迎え撃とうとした〈魔法の吐息〉、それを掻き消した〈〉を放った者こそ、彼、アッシェ・ゼトランスだった。

「それでも仕留められたのは、主殿のお力あってのことですよ」

アッシェはそう応えた。謙遜ともとれるが、彼は心底思っていた。実際、彼は龍を仕留められるとは考えていなかった。

それでも彼には、異形に龍と戦ってもらう必要があった。〝紅蓮〟として全力で炎を撒き散らしながら戦えば、確実に龍に気づかれる。そうなれば、暴走する魔獣を狩り尽くすことができない。

自分の村への被害を最小限に抑えるために、それを願ったアッシェの個人的な願いのために、アッシェは異形に、龍と戦ってもらったのだ。

最悪、そのまま異形が負けて死んでしまうことも考慮しながら。

――もっともその場合、自分アッシェもほぼ確実に死ぬことを、彼は理解していた。

だが異形はアッシェの予測を超えて、生き残るどころか勝利を得た。

異形の可能性に、眩暈まで覚えたアッシェだった。

だがやはり、彼の興味は横たわるそれに惹かれる。

「……それにしてもやはり、死体ですな」

少なくとも昨日今日ではない、死体そうだった、とアッシェは言った。魔の師匠から教わった魔法以外の知識――この場合は龍属の年齢推定方法。体格から見れば間違いなく、生後百年程度。龍としてはまだまだ幼い―――つまり、クニサキ国崩しの炎龍の特徴と一致した。

そもそも龍の死体自体が極めて少ないはずだ。その点からももはや疑いようはなかった。


千年前に心臓と魔核コアを抉り出されて死んだはずの炎龍が、何故か今再び動き出したという事実。


鱗はその年月千年を裏付けるように朽ち果てていた。その鱗を剥がして、浅い部分を走る血管を触れてみれば血が固まっているのが解る。

死体が死体として動いていた。決して生き返ったわけではない。


――だが、それをアッシェは見つけた。


それは、特定の箇所の鱗の異常があった。

それらの鱗は、非常に綺麗だった。炎に強い親和性を持つ炎龍であることを誇るような、真紅の輝きを放つ龍鱗。生命の迸りとしなやかさを映すような艶やかな色合い。

綺麗と称すべきそれらは、罅割れ黒ずんだ龍鱗に囲まれてと称すべき存在だった。


――何故死体に瑞々しい鱗がある?


問題の鱗は、龍の口回りに生え揃っている。そのことに気づいたとき、アッシェは更に慄然とした。

そこは爆発を受けたはずの場所だったからだ。根こそぎ剥がれ落ちることはなくとも、逆に一部の隙も無いほどぴっちりと生え揃っていることもおかしい。

――そういった現象は、特定の種類の魔獣でみられることがある。

たとえば多手触種メヒアララム、あるいは多頭竜ヒュドラ。だがそれは生きている魔獣にしか起こりえない。……いや、死ににくい魔獣に起こりえる、というべきだろうか。


逆の言い方をしようか。

この現象が起こる魔獣は、どんなに死んだように見えても

その現象の名は、〝〟とよばれる。


「離れ――」


そう叫ぶ暇もあればこそ。


横たわっていた炎龍の全身が、紅に染まった。

それは先ほどまでのように、自然魔力が賦活されて紅に発行しているのではない。

炎龍の肉体、その溢れ出てくる光だった。






====================




【添え書き】

戦闘解説:対クニサキ(生ける死体リビングデッド

【魔獣】は、『心臓』と『魔核』が存在します。

高位の魔獣は『魔核』だけで生存することも可能なので、両方を潰すことが高位魔獣との基本戦闘となります。いうなれば『魔核』とは〝魔法的な心臓〟となります。

で、今回の〝炎龍〟は死体であるとアッシェが看破したので、当然肉体的な『心臓』は動いているはずがありません。今回示したように血液凝固してますし。

で、何か超常的な現象で動いている=〝魔法的ななにかであろう〟という予測で、アッシェは異形に『魔核』破壊を前提とした戦闘を指示しました。

で、龍属の『魔核』は頭部、脳周辺に存在することが多いです。〈魔法の吐息〉を発動する際口元から発射することが多いのも、その近傍に『魔核』が位置するからです。

生前同様口腔周囲からブレスを発射していたため、『魔核』は頭部にあると仮定した戦闘を繰り広げました。


このことについては次々回投稿分に記載があります。(予定)

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