第79話 ポーチ


 何やら篠が一人で落ち込んでいる。


 「どうしたんだよ篠、さっきから元気ねぇな」

 「……うん。実はね――」


 篠がスカートのポケットから取り出したのは防水ポーチ。

 中身は携帯電話と小銭入れ、それに競泳用のゴーグルが入っているみたいだが……そういう事か。


 「ちゃんと避けたつもりだったのに、蛇の鎌が掠っていたみたい……」


 防水ポーチに大きな穴が開いてしまっている。

 その透明なビニール製のポーチには、沢山の風寅の絵が丁寧に描き込まれていた。

 色も綺麗に使い分けられている篠の力作みたいだが……ホント何にでも描いているんだな。


 「凄くお気に入りだったのに……グスッ」


 お面を装着しているのでよく分からねぇけど、篠は相当落ち込んでいる様子。


 「……ビジネスチャーンス」


 何かをぼそりと呟いた霧姉が、俺と篠の間に割って入って来た。


 「何か言ったか?」

 「いや、私は別に何も言っていないぞ? ……二刀乱舞さん!」


 霧姉は瞳を怪しく輝かせながら篠の両肩をガッシリと掴んだ。


 「は、はいっ」

 「風寅が身を挺して二刀乱舞さんの事を守ってくれたのだ!」

 「……そ、そうなんですか?」

 「ああ。風寅は正義の味方だからな。いざという時に自分の身を犠牲にして助けてくれるのだ!」

 「うぅ、……かぜとらー」

 「心配しなくても大丈夫。真のヒーローは一度倒れても、必ずパワーアップして戻って来るものだ」

 「グスッ。……戻って来ますか?」

 「もちろんだ! この夏、水亀商店から発売される、新作の風寅ポーチは既に完成しているぞ!」

 「うぅ……霧奈お姉さん!」


 二人は熱く抱きしめ合っている。



 ……何だこの三文芝居は。

 こんなの見せられてどうしろって言うんだよ。

 どブサにゃん極には、どうでもいいサブストーリーが設定されている事は知っていたが、まさかあのツラで正義のヒーローだったとは。



 そして霧姉よ、堂々と嘘を吐くな。

 今の工場の経営状態で、新作のポーチなんて作れるワケねぇだろ!


 二人が熱い抱擁を交わしていると、前方のスタジアムから大歓声が響いて来た。

 今日は決勝戦だし、盛り上がりが一段と凄いな。

 スタジアムを眺めていると、瑠城さんがススッと歩み寄って来た。


 「雄磨君、今日一番の立役者は誰だと思いますか?」

 「今日か? うーん、そうだな。やっぱりナーガ改バベルタイプの懐に斬り込んだ篠じゃねぇか?」


 あれはカッコ良かった。

 スレッスレで躱したり、ジャンプして鎌を飛び越したり。

 本気を出すと言っていた言葉通り、あんな神がかった動きは篠以外には出来ねぇよ。


 いや待てよ? 狙撃で右腕を粉砕して、みんなのウォーターウェポンも改造した泉さんの線もあるな。


 「ウフフ、大観衆のウォーターウェポンが何処に向けられるのか、非常に楽しみですね」

 「そうだな」

 『滋賀県大会決勝戦はなんとなんと! 出場全チームが帰還するという大健闘を見せてくれたぞー!』


 進行役のオッサンのマイクパフォーマンスが始まり、部員達が各々札束をポーチに仕舞い、代わりにゴーグルを取り出す。

 ……やっぱりみんなこのゴーグルは準備しているんだな。


 霧姉達もゴーグルを装着している。

 篠は今回も器用にお面の下に装着したみたいだ。

 俺も三度目にしてやっとゴーグルを着用出来た。

 フフフ、これで狙撃されて目が開けられねぇなんて事態は避けられるぞ。


 「「「「ぅおーーー!」」」」


 観客席の盛り上がり方が尋常じゃない。

 しかも観衆達がデカい狙撃銃を準備している姿が異常に目立つ。

 決勝戦だからか? みんな気合入れ過ぎじゃねぇか?


 『さぁみんな! 準備は出来たかー?』

 「「「「ぅおーーー!」」」」


 殺気立ってやがる。

 小柄な篠がこんな状態の観客達に狙われたら、船から落水するくらい吹き飛ばされてしまうだろう。

 泳げないみたいだし大変な事になりそうだな。

 俺が盾になってでも篠を守らねぇと、また霧姉に何言われるか分かったもんじゃねぇ。


 「二刀乱舞さん、俺が守ってやるからな」

 「う……うん。私は平気だから……」


 ……ちょっと待て。何で篠が俺から逃げるように離れるんだ?

 霧姉も瑠城さんも泉さんも……って、みんな俺から離れ過ぎじゃね?


 『盛大に祝ってぇーーやれー!』


 なんかよ、俺に向けられている銃口、多過ぎじゃねぇか?


 「ま、待て! 待ってくれ! 俺は今日見てただけじゃべべぼぼぼ――!!!」


 俺かよーー!!


 Tシャツも着ていない体に、バチバチヒリヒリと激しい痛みが襲う。

 息も出来ねぇし酷い目に遭っているんだが……それ程気分は悪くない。

 別に突然Mっ気に目覚めたとかそういう事ではない。

 今日の試合では前回の試合と違って、最小限の犠牲者しか出なかった、というのも勿論あるけど、何と言うか……上手く表現出来ないけど、『ああ、認められたのか』って感じだ。

 篠や泉さんも凄かったのに、あの二人を差し置いて俺を狙って来るのか……と、ほんの少し優越感にも似た感情が生まれて来ていたりする。


 今はまだ出来れば試合には出たくないという気持ちの方が強いけど、どうやら俺もゾンビハンターとして馴染みつつあるみたいだな。




 「よーし泉ぃ、彩芽! 樫高ゾンビハンター部名物行くぞー!」

 「「おー!」」


 俺への集中砲火がひと段落すると、霧姉達が船のへりに向かって駆け出した。

 今日は水着姿だしそのまま飛び込むみたいだ。

 篠は……やっぱり留守番みたいだな。

 全国大会では一緒に飛び込めるように、水泳の練習しような。


 「水亀君、大丈夫?」

 「……ああ。おかげさまで何とか生きてるよ。裏切り者め」

 「うう……ごめんなさい。でも今日水亀君が狙われるのは何となく分かっていたし」

 「そうか? 篠の方が凄かったじゃねぇか。俺なんか今日、見てただけで何にもしてねぇぞ?」

 「そんな事ないよ。水亀君の方が凄いと思うよ? 最初にレイドボス戦……だったかな? それに気付いたのは水亀君だし、みんなのウォーターウェポンを探し出したのも、蛇が出て来た方向を教えてくれたのも、すっごいお宝を発見したのも全部水亀君だよ?」


 ……言われてみると確かに。

 結局俺が発見したお宝のポイントが、そのまま勝ち越しの決勝点みたいな展開になったし。


 「それに何だか危険な罠も回避したんだよね?」

 「ああ。俺をピンポイントで狙って来たみたいなんだよ。そんな事もあったな」

 「そんなの水亀君にしか出来ないし、やっぱり凄いと思うよ?」

 「そ、そうか? そんな事ねぇと思うけどなぁ? 俺、戦闘ではまるで役に立たねぇしー」


 こうやって篠に凄い凄いと言われると何だか照れくさい。


 「フフフ、何でもかんでも自分でする必要はないんですよ? 得意分野で力を発揮して、誰も怪我なくチームが勝利すればいいんですよ!」

 「……それ、俺が前に言ったセリフだよな?」

 「エヘへ、言ってみたかっただけです」


 くそ、恥ずかしいセリフ言ってたんだな、俺。



 「雄ちゃん! 引き上げてくれー!」


 霧姉達のパフォーマンスも終わったみたいで、スタジアムから大きな拍手が送られている。


 「商売上手霧奈ちゃん! 今日も楽しかった。次も応援するぞー!」


 霧姉の熱烈なファンのジジイがうるさい。

 ……あのジジイ、そういや毎回最前列に居るよな?



 「樫高のみんな優勝おめでとう!」

 「滋賀県の代表として俺達の分まで頑張ってくれ!」

 「必ず全国大会で優勝してくれよー!」

 「健闘を祈っているぞ」


 船から降りる際、対戦校のみんなが拍手と激励を送ってくれた。

 しかしそんな最中、まいさんと麻美さんだけが一人のオッサンに保護されるようにして連れて行かれた。

 八幡西と背中に書かれたジャージを着用していたので、コーチとか監督とかそんな人物だろう。

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