第21話 死体は苦手?


 「雄ちゃんを助けてくれて、本当にありがとう」

 「……いえ」


 霧姉は二刀乱舞さんに向かって、深々と頭を下げている。

 ここで起こった出来事を全て話したからだ。


 「金庫に入っていたお宝もあげちまったが、良かったか?」

 「良かったかも何も、仕方ないだろ? それに雄ちゃんの命を救ってくれたのだし、お宝の一つや二つ安い物だ。それよりも、お宝を山分けって事だが、この辺りにまだお宝は残されているのか?」

 「それがだな、あと一つだけ。コレは恐らく彼女に斬られたオープン戦の参加者で、死体の懐に仕舞われているみたいだ。もしかしたらこのお宝、港で見つけていた電話ボックスみたいな場所に設置されていたヤツじゃないか?」


 俺が騒いでしまった為、他の参加者に先を越されてしまったヤツだ。

 お宝を持ったまま死んでしまうとは、何て馬鹿な奴だ。


 「そのお宝以外を手に入れようとするなら――」

 「ああ。学校方面に行くしかねぇ。だからこれ以上は無理だ。せっかく申し出てくれたけど、あんまりお宝の山分けは出来そうにねぇんだよ」

 「……どうして? ……が、学校も、行こう」


 二刀乱舞さんは、今回のデスアタックの件は知らないのか?

 彼女はまだ学校方面には行っていないみたいだし、危険そうなゾンビが居るのも知らないのか。


 「いや、あのな、今回のオープン戦はデスアタックって言われる難易度が高い日で、学校方面には強力なゾンビ達が居そうなんだよ。だから――」

 「行こう」

 「いや、俺の話聞いてたか?」

 「大丈夫。……私、ゾンビ倒すから。……みんな、離れたところから、援護して」


 途切れ途切れではあるが、しっかりとした言葉で話している。

 ……ほ、本気で言っているのか?


 「危なくなっても、助けられないかもしれねぇぞ?」

 「大丈夫。私は……死なない」


 セイバーを逆手に握った右手を突き出し、力強く話す二刀乱舞さんは、なんとも逞しく見える。

 今日もたった一人で修羅場を乗り越えて来たみたいだし、或いは彼女なら……本当に何とかしてしまうのかもしれない。


 「雄ちゃんも二刀乱舞さんも話しは後だ。まずはその残されたお宝を回収しに行こう。残り時間も一時間を切ったしな」





 二刀乱舞さんが死闘を繰り広げた場所、神社近辺は凄い光景だった。

 古民家が密集した住宅街の中で、頭の天辺から体が縦に真っ二つに分断されている奴や、首から上がない奴、体ごとガラス戸に突っ込んでいる奴など、至る所にゾンビの亡骸が転がっていた。

 しかし目の前でくたばっている一体のゾンビが色々おかしい。


 「おい、こ、こここいつ何だよ!」


 衣類など一切身に付けておらず、薄い青色の肌には全身の至る所に大小不規則な紫の斑点が入っている。

 爬虫類のようなこの不気味な死骸の傍には、異常に縦に長い頭が転がっていた。

 口が大きく発達していて……のっぺらぼうみたいに目がない。

 そして何より――


 「尻尾が生えているじゃねぇか! バケモンじゃねぇか!」

 「はいその通りです。化け物です」

 「ハ、ハッキリ言うなー。瑠城さん、コイツもゾンビなのか?」

 「そうですよ? 突然変異種のリザードです。壁をよじ登ったり、屋根まで飛び上がったりする跳躍力を持っていたりと、素早い動きで素人ではなかなか苦戦させられる種類ですね。視力に頼らず嗅覚で人間えものを察知します。顎の力は強靭で好物の頭蓋骨をよく丸かじりしていますよ」


 リ、リザード? リザードって確か金庫を開ける前にも、霧姉がそんな名前を叫んでいなかったか?

 みんなはこんなバケモンと戦っていたってのか?

 うげっ、何じゃこの顔は! 歯がギザギザで長い舌がだらりと伸びきっている。気持ちワリィー!


 「ゾンビの体の内側から現れた突然変異種で、一番最初に誕生したのは今から約四十年前。近藤さんの体を食い破って生まれて来ました。Aランクに属しますが、クリーチャータイプの中では比較的倒し易いゾンビです」


 コ、コイツがAランク? 下から数えて二番目のランク? 冗談だろ?

 更に高いランクのゾンビ達は、コイツ以上の化け物だってのかよ!


 「……瑠城さん、近藤さんから誕生したとか、そんなマニアックなとこまで記憶してるの?」

 「当然ですよ! このくらいの知識がなくて、世界一のゾンビマニアは名乗れませんよ? 因みに近藤さんは元病院の院長先生で、奥さんの名前は――」


 如何やら触れてはいけない部分に触れてしまったようで、瑠城さんが長々と語り始めた。



 バックミュージックのように瑠城さんの解説を聞き流す中、お宝の回収に成功した。

 軍服を着込んだ男性の懐から取り出したのは、車の鍵。

 この島には車がないらしいから、鍵がお宝という事はスタジアムに戻ってから、車体そのものが貰えるという事なのだろう。

 霧姉達は車種予想の話題で凄く盛り上がっていたのだが、今回のお宝探しで意外な事実が発覚した。




 「スゲーな。よくあんな気持ち悪い死体に近付けるよな。キミは……まぁ大丈夫そうだな」


 車の鍵を所有していた男性は、鼻から上がスパッと切り取られていて、彼女はその死体を作った張本人だもんな。


 「……無理。気持ち悪い」


 移動中一度も声を発しなかった二刀乱舞さんは、首をブルブルと横に振り、呟くような声で答えてくれた。


 「アレ、そうなのか? ちょっと意外だな。バッタバッタとゾンビ達を薙ぎ倒すくらいだから、全然平気なのかと思った」

 「……無理。触りたくない」

 「お宝を持ってても?」

 「近付きたくない」

 「俺と一緒で死体は苦手なのか……」


 今までお宝を回収した事がなくて、ゾンビを倒しまくっていた二刀乱舞さん。

 死体を見ても何とも思わない霧姉達が居るから俺の場合は大丈夫だが、一人で参加していて死体漁りが出来ないとなると、お宝は回収出来ないだろう。

 そして郵便局での彼女の動きを見る限り、お宝探しが得意だとは思えない。

 お宝への貪欲さを垣間見えさせたり、お宝探しが得意な俺と接触した事で、突然取引の話を持ち出して来た事などを総合的に考えると――


 「あのさ、答えたくなかったら答えなくていいけど、もしかしてキミがオープン戦に参加しているのって、みんなが言うようにゾンビを倒す為じゃなくて、お宝探しが目的だったりする、のか?」

 「……」

 「あ、いやいいんだ。スマン、忘れてくれ! ゾンビハントに参加する理由なんて人それぞれだし、何だっていいよな。ハハハ――」


 ちょっと無神経過ぎたかな。

 初対面の俺なんかにこんな話されるのも、不愉快に感じるかもしれないし。

 命を助けてくれた恩人に何言ってんだよ、俺。


 自分の浅はかな発言に後悔していると――


 「……うん」


 隣にいる二刀乱舞さんが、視線を合わせる事なく消え入るような声で一言だけ答えてくれた。

 どちらの意味とも捉えられるのだが、今は深く考えないでおこう。

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