第百五十二話

「ふふっ、あはははははっ、俄然、楽しくなってきたよ。今、僕は興味が沸いて仕方がないんだ! ……グロウスを越えた今のお前らが、どれだけ力を加えれば壊れるのかが知りたくてさあっ!」


 着地したネロから右腕が振り下ろされる。

 すると、その動きに沿って巨大な腕の形をしたオーラが俺とカルギデが立つ側に勢いよく叩き付けられると、回避した俺達に向かって、今度は左腕が飛んでくる。


「それしきの攻撃っ、私達が避けられないとでもっ!?」


「ああ、ここからが俺達の反撃開始の時だ!」


 ネロの攻撃によって床が粉砕される中、その隙間を縫って俺達はネロに迫って、同時に攻撃を仕掛けていた。

 俺は振り下ろしたルーンアックスを命中直前で止め、万力のようにゆっくりとネロの体へと斬りつけていくと、更にカルギデも速度を落とした斬撃をネロへと叩き込んだ。


「やはり考えた通りだったか。速度を落とせばダメージは通るっ!」


 今度こそ確実に斬ったと言う手応えは感触として感じ取れた。だが……。

 斬り抜いた後に踏み止まって振り返ると、ネロは反撃に移ろうとしていた。


「……僕の防御結界の特性を見抜いて、いい気になるのもこれまでだよ!」


 斬られたことにより出血をしたネロから赤黒いオーラが大きく噴き上がり、顔に浮き出た黒い刻印が全身にまで広がると、まるで血管のように脈動を始めた。

 そしてオーラを纏ったネロの足が床を踏み叩いた時、またも奴は上空に飛んだ。

 衝撃が走り、俺達は己の武器を体の前に出してそれを凌ぐ。


「くっ、また飛んだかっ!」


 すでに何度も見た攻撃手段だが、それでも尚、確実な対処法の見つからない奴の必勝戦法だ。

 これを繰り返されただけで、その度にこちらは大きな被害を受ける。

 攻撃に備えるため空を見上げた俺達は、上空から迫りくる今までと比べても数が多い上に、赤黒く燃え盛る火の玉の数々を見て、驚愕によって目を見開いた。


「奴も本気を出したと言うことか! あれを全部避け切るのは簡単ではないぞ!」


「いえ、考えようによっては奴が跳躍している今こそが、最大のチャンスです。身動きの取れない空中でなら、攻撃を仕掛ければ確実に斬ることが出来るはず。どうです、当主殿。試してみる価値はあると思いますが?」


 それを聞いた俺はカルギデと顔を見合わせると、少し逡巡した後、その提案に乗ってみようとこくりと頷いた。


「分かった。だが、あまり迷っている時間はない。まず最初に俺がネロに向かって飛んだ後、お前が俺の体を踏み台にして、奴まで飛んで攻撃を仕掛けるんだ。どうだ、この作戦内容に何か修正箇所はあるか?」


「いえ、特には。では、作戦開始といきましょうか」


 そのやり取りの後は、もう俺達は何ら言葉を交わすことはなかった。

 ただ行動によってのみ、己の役割を果たすべく動いていたのだ。


「おおおおおっ!!!」


 ネロに向かって火の玉を掻い潜りつつ高く跳躍した俺に続き、カルギデもまた空高く飛び上がって俺を飛び越えると、その背を蹴ってネロへと飛びかかった。


「ネロ殿、その命貰い受けるっ!! 我が奥義『ウンブラド・デス』にてっ!!」


 技の威力を調整して、速度を遅めに放たれたカルギデの暗黒色の波動は、ネロにゆっくりと迫っていき、そして炸裂した。

 暗黒色の光がネロを中心として爆発のように巻き起こり、結果を確認すべく俺とカルギデは落下していく中でも、目を凝らして光が収まるのを見ていた。

 だが、それでもっ……!


「うふふっ、ははははっ! 僕の攻撃を逆手に取って逆に仕掛けてくるなんて! 下等な猿達にしちゃ、頑張って考えたみたいだけどさあっ……!」


 カルギデの奥義をまともに受けたにも関わらず、ネロは笑っていた。

 体中から出血しているのを見れば、ダメージが通ったのは確かだったが、奴は全身に纏わせた赤黒いオーラによって、防御結界に頼らずとも自身の皮膚装甲を非常に強固なものにしていたようだった。

 そして最悪なことにネロはそんな中でも火の玉と共に床へと急落下し、四方に爆圧を走らせんとしたが、その前に俺とカルギデは次の行動のため走っていた。


「ネロっ!! この身に代えてもお前は倒す!!」


「武勲を立てるためにも、引き下がる訳にはいかないのですよ!」


 ネロが床に落下する直前、俺はその体に斬りつけるように飛びかかっていた。

 それに続いてカルギデも俺の背後から闘刃マスカダで斬りかかっていく。


「お、お前らぁ……どこまでも命知らずだねっ! 玉砕を覚悟って訳かい!?」


 ネロが腕を振りかざすと、巨大なオーラで形作られた腕が飛んでくる。

 それを避けて繰り出された俺達の斬撃は、確実にネロの体を斬り抜いていた。


「く、痛ぅっ! けどさあ、僕にこの痛みを与えた代償は払ってもらうよ!」


 ネロが苦痛の声を漏らしたが、次の瞬間っ……。

 床に着地したネロから、またも激しい爆風が空間一面に広がっていき、今回は防御も回避も間に合わず、俺達の体は途方もない力で吹き飛ばされていった。


「ぐっ、うおおおおっ!!」


「むううううっ!!」


 飛ばされた先で床に這い蹲りながら、全身を襲う爆傷による激痛に耐えると、俺達は立ち上がろうとした。

 だが、血を流しすぎたのか目は霞んできており、手にも力があまり入らない。

 どうやら無理が祟り、いよいよ限界が近づいているのが俺にもよく理解出来た。

 そして目でカルギデの姿を追うと、あの男も俺と同様のようだった。


「まだいけるか、カルギデ?」


「貴方と似たようなものですよ。私の方も、体力的にもう余力などありません。ですが、それでも……諦める訳にはいかないのが、辛い所ですなぁ」


 そう言うとカルギデは気力のみで体を立ち上がらせ、俺もそれに倣った。

 だが、深刻な深手を負った俺達だったが、ネロもまた軽傷とは言えなかった。

 手で血が滴る傷口を押さえながら、忌々しげにこちらを睨んでいる。

 それでも受けた負傷の度合いを考えれば、どちらに分があるかは明らかだが。


 ――だが、そんな時だった。


「……ネロ、様。ネ、ロ……様ぁ……」


 突然、以前は壁があった場所から女の擦れる声が聞こえたかと思うと、空間に亀裂が入り、そこから全身血塗れの女性らしき人物が這い出してきた。

 満身創痍で痛ましい姿だったが、それは紛れもなくあの魔女ベルセリアだった。


「あ、あの女……とどめを刺さなかったのか、カルギデ?」


「ええ、魔女殿は倒しても新たな肉体で再転生する災厄の殲滅者です。ですから、虫の息の状態で生かしておいたのですが、まさかここまでやって来るとは」


 魔女はフラフラとした足取りでネロへと近づいていき、ようやくその眼前まで辿り着くと、ネロを見つめながら縋るようにして懇願した。


「ネロ、様……肝心な時に遅れてしまい……申し訳、ございません。ですが、私も辛うじて……まだ戦闘の続行は可能です。……お守りしますわ、貴方様を」


「ふん、遅いよ、ベルセリア。だけど、お前に最後のチャンスを与えてあげるよ。その身を犠牲にしてでも、目障りなあの二人を殺すんだ」


 その命令に魔女は病んだような歓喜の表情を浮かべると、俺達に向き直った。

 そして全身から殺意と殺気を撒き散らしながら、俺達の方へと歩いてくる。

 だが、その行く手を遮るように、ノルンが立ちはだかった。


「行かせないわ、アラケア様とカルギデはネロの相手をするだけで、手一杯なの。だから、貴方の相手はこの私がするわ、魔女ベルセリア!」


「どきな……さい。ネロ様のお気に入りを……殺したくないわ。貴方……自分の価値を知らないのかしら? 貴方はね、ヒタリトの民の唯一の生き残りなのよ」


 だが、ノルンは魔女の言葉を聞いても、一歩も引き下がらなかった。

 ヒタリトの民、それはノルンの歌の歌詞に名が登場する架空の民族名だったが、どういう訳か魔女やネロの口から何度か出てきたものと同一名称なのが、前々から俺も気にかかっていたのだ。


「ええ、母さんから聞いて知ってるわ。私には……大昔に存在した、残虐非道のヒタリトの民の血が流れてるってことを。けど、誰にも話すなって言われたわ。それによって、いらぬ差別を受けないようにって」


 ノルンは槍を魔女に突き付けるが、魔女は失望したような表情を浮かべる。

 そしてそのまま魔女はゆっくりとノルンに歩いて近づいていき、槍の柄を力強く掴んで捩じり上げた。


「らしくないわ、貴方。ヒタリトの民は……もっと悪逆非道でないと。この世に最も最初に生まれ、最も強く、最悪無慈悲……それが貴方に流れる血なのよ!」


「そ、そんなことっ! 私の知ったことじゃないわっ!!」


 力強く叫びを上げたノルンの全身から、黒ずんだオーラが噴き上がる。

 そして魔女の手から槍を奪い返すと、黒いオーラを纏った一撃を叩き込んだ。

 魔女は勢いに押されて後退し、傷口が開いたのか全身から血が吹き出した。


「ふ、ふふふふっ……良い、良いわ。やはり、貴方も血は争えないわね。そう……ヒタリトの民とは、そうでなくてはならないわ……」


 そして魔女は血で濡れた手を伸ばして、ノルンの頬を撫でる。

 ノルンはそれを手で払うと、後方に飛んで魔女から距離を取った。


「……決めたわ。今度は貴方の体を使って、再転生させて貰おうかしら。そしてネロ様は……この私が永遠にお守りするのよ、私があの方の母親として」


「言ってなさい、貴方達なんかに好きにはさせないわ。貴方を倒し、ネロも倒す。それで皆、無事に帰還して、ハッピーエンドで任務を終わらせてみせるわっ!」


 ノルンと魔女が互いに機を窺いながら対峙する一方で、俺とカルギデもまた、ネロとの距離を縮めて面と向かって睨み合っていた。


「……三対二か。人数では勝っているが、楽観視は出来ない状況だな」


「ええ、私達の体力はもう尽きかけている。戦いが長引くことはないでしょうな」


 だが、そんな揺蕩った状況の中でも、たった一つだけ言えることがあった。

 どちらが勝つにしろ、負けるにしろ、十数分後には確実に戦いに決着がつく。

 熾烈を極める戦いに、いよいよ終わりの時が見え始めていたのである。

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