第九十九話

「お前達が何者か知らんが、殺せる相手であれば正体など関係ない。死にたい奴から、かかってこい!」


 俺は睨み付けるが、奴らは聞き覚えのない言語を、叫ぶように言い放つと手にした武器を振るい、次々と襲い掛かってきた。

 素人ではない、戦い慣れている、それが俺が感じた奴らの印象だった。

 しかし……それはあくまで訓練された一般兵士と同程度という話。


「だあぁあっ!!」


 俺はルーンアックスで一度に数人の奴らを弾き飛ばし、撃破していった。

 勝てない敵ではないのは明らかだった。だが、ただ一つ引っかかったことは、こいつらに恐れや迷いが微塵もないということ。

 そう考えながらも、俺は投げられてきた槍を躱し、そのまま敵を叩き潰した。


 ――その時だった。


 パンパンパン! と耳を劈く音が響き渡り、衝撃と共に鋭い痛みに襲われた。

 俺は思わず片膝をつき、脇腹から生温かい血が流れ出ているのが、分かった。

 何らかの攻撃を受けたのは明白だったが、その攻撃の正体を探るべく、俺は奴らの方向を注意深く凝視する。

 すると……俺の目にそれが映った。


「……なるほど、あれか。国境砦であいつが使っていたものと、同種の武器と言う訳だな」


 奴らの中の一人が手にしていた、それは短筒のような武器だった。

 そしてその短筒の先から、煙が吹いている。

 グロウスはあれを、かつて黒い霧に飲まれた亡国の遺物だと言っていた。

 いつしか奴らは俺から距離を取り、離れた位置からその短筒を構えている。


 ――そして、奴らの短筒は一斉に火を吹いた。


 乾いた音が周囲に鳴り響き、無数のそれらが俺の体へと直撃する。

 それを見た奴らは、狂ったように大きな雄叫びを上げた。

 だが、次の瞬間……目の当たりにした光景を見て、狂宴のごとき騒ぎは立ち所に静まってしまう。

 なぜなら俺は攻撃の被弾を物ともせず、平然と立ち上がったからだ。


「それで終わりか? グロウスが言っていたが、そんな玩具では魔物ゴルグを倒すにも至らない。まして俺相手になら、尚更だ」


 俺の体からは黄金のオーラが噴き出し、硬質化した皮膚によって奴らの攻撃をすべて弾き返していたのだ。

 更に先ほどの出血も、向上した回復力よって、すでに治癒していた。


「さて、俺達の船旅は忙しい。お前達の相手をしている時間も惜しいんだ。だから……まとめてお前達を、この船ごと沈めさせてもらうぞ」


 俺は中指と人差し指をくいっと空に向かって突き出すと、足元の影が蠢き、覇者の奥義によって強化された覇王影が、巨大ガレオン船を包み込んでいった。


 ――バギバギ、グシャグシャ。


 巨大な影の手が、俺を軸とした広範囲を握り潰し、奴らを船もろとも、破壊していく。

 奴らは最後の抵抗を試みて、俺へと仕掛けてきたが、影から部分的に伸ばした槍のようなもので刺し貫き、絶命させていった。


「結局、こいつらの正体は分からずじまいだったか。だが、これで邪魔者は排除出来た。被害を確認した後、航海を急がなくてはな」


 俺が覇王影を解除しようとした時、足元が大きく傾いた。

 損傷により、巨大ガレオン船が海中へと沈みかけているのだ。

 俺は直ちにこの船を去る必要を感じ、俺が飛び移って来た軍艦を探した。

 その距離は約二十数メートル。先ほどと変わらない間隔で航行しており、俺が再び向こうまで跳躍しようとした、まさにその時……。


 ――何者かが、俺の足を掴んだのだ。


 そいつは下半身が千切れてなくなっている、奴らの一人であり、それでも目を煌々と輝かせて、絶望している様子もなく、戦意を失ってはいなかった。


「ちっ」


 俺はそいつの手を振り払おうとしたが、強い力で決して放そうとしなかった。

 やむなく腕を切断しようと、ルーンアックスを振り上げたが、そいつはニタァっと笑ったかと思うと、突然、目の前で大きく爆炎と爆風が巻き起こった。


 ――自爆っ!?


 俺がそう考えたより前に、至近距離での爆発は真っ先に俺の耳の機能を奪い、何も聞こえなくなったまま、船外へと吹き飛ばされた。

 感覚で海に落下したことを悟った俺は、泳いで俺達の艦隊を目指そうとしたが、荒波が俺の体を、そことは違った方向へと押し流していった。


「何という失態だ! 航海が始まって早々……こんな、所で!」


 俺は暗闇のように真っ黒な外海で、海に落とされたことが、いかに危険であるかその理由が次々と脳内に浮かび上がり、次第に波が俺を飲み込んでいった。



 ◆◆



 俺が目を覚ますと、まず雷鳴を連想させる、海鳴りの音が聞こえてきた。

 そして次に自分の体が波でゆっくりと揺れ動いているのを感じ取ったが、俺は海に浮かんでいた訳ではなく、そこはどこかの船の上だった。


「おや、目が覚めたようですねぇ、アラケアさん」


「お、お前は……エリクシアか。いや……」


 そこにいたのは、相変わらずエリクシアに擬態しているマクシムスだった。

 そして周囲にはこの男の部下と思われる、黒き衣の者達も乗船していた。


「なぜお前達がここに……。いや、それよりここはどこだ?」


「ここは外海ですよ。貴方が海に投げ出されたのは、覚えているでしょう? そしてこの船は私達が外海を渡るために、造船した船舶です。アールダン王国の軍艦に比べると小型ですが、航行性能は十分ですよ」


 俺の疑問に答えるように、マクシムスは続けて言った。


「この私にも外海を渡り、北の大陸へ向かう動機があると言うことです。そこにどうしても、復讐を果たしたい相手がいるのでねぇ。そしてその願いを叶えるためには、貴方の力も必要となってくるはずです」


「……だから、俺を助けたという訳か。だが、礼を言う。外海に落ちて生き延びれたことは、俺にとっては不幸中の幸いだった。それでこの船は今、どこに向かっているんだ? 俺の黒騎士隊は優秀だが、俺も一刻も陛下達と合流しなくてはならない」


 マクシムスは僅かに微笑んだかと思うと、指を指した。

 指された方向を見ると、そこにはどこかの島の海岸線が広がっていた。


「それは勿論なのですが、残念なことにすぐにと言う訳にはいきません。海の魔物ゴルグに襲撃され、この船に被害が出ましてねぇ。やむなく修理のために、この孤島に立ち寄ったのですよ。ただ……今、部下達に島を調べさせているのですが、さすがに帰りが遅い。ですから、そろそろ私も探索に向かおうと思っていた所だったのです」


「外海に存在する島だぞ。何が起きたとしても、おかしくはない。分かった、そう言うことなら俺も付き合おう。修理が終わらなければ、出港出来ないというなら、協力は惜しまない」


 マクシムスはくつくつと喉を鳴らして笑うと、部下に指示を出して俺の愛用のルーンアックスを持ってこさせた。

 それを受け取った俺はマクシムスと揃って下船し、孤島の海岸線へと降り立つ。

 だが、孤島の不気味に静まり返った様子に、俺は不吉な予兆を感じ取っていた。


「さて、では参りますかねぇ。ですがこの孤島には何かが潜んでいるようです。それも手練れである、私の部下達が消息を絶つ程の、何かがです。それが魔物ゴルグなのか、それとも別の何者かなのかは分かりませんが、もし私達まで襲撃を受けるようなことがあれば、遠慮はいりません。その者達には死んで頂くとしましょう、アラケアさん」


「ああ、俺達の邪魔をすると言うなら、それも仕方がない。こちらも形振り構っていられないからな。では行くぞ、マクシムス」


 そして俺達は外海の孤島を探索すべく、一歩を踏み出した。

 だが、辺りは新月の夜以上に暗く、俺達を飲み込もうとしているかのように異質な存在感を放っていた。

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