第四十六話

「体の具合はいいのか? 無理はしなくてもいいんだぞ、ギスタ。これは俺が陛下から頼まれた仕事だからな」


 俺が侵入者討伐の任務のため、黒騎士隊を集めている最中だった。

 ギスタが俺の前までやって来ると、任務の協力を申し出てきたのだ。

 しかし先の戦いでの無茶がたたり、ギスタの体調はまだ本調子までには回復していないのは明らかで、無理をしているのは分かっていた。

 だから俺はその申し出を受けることを渋ったのだが、この男はそれでも食い下がってきた。


「へっ、自分の体のことは俺が一番、分かってるさ。妖仙力の使い過ぎで筋肉痛がまだ残ってるってくらいだ。この程度なら大丈夫だ、手伝わせてくれ」


 俺は少し考えたが、その意気込みにおされる形で承諾した。


「分かった。確かにお前の実力は俺も認める所だが、逸りすぎるなよ。俺達はもう出発するが、準備はいいのか?」


「ああ、いつでもいけるぜ」


「よし、ではついて来い。王城に忍び込んだと言う賊を討つためにな」


 そうして俺はギスタを伴って、黒騎士隊と共に賊の侵入があったという王城へと向かった。

 王城周辺は皆既日食の真っ最中と言うこともあり、人通りもまったくなく、物音一つしなかったが、力づくでこじ開けられた城門の破壊後を見れば、確かに招かれざる侵入者があったことを物語っていた。


「お前達はここで待て。ここから先はヴァイツ、ノルン、ギスタ、俺で行く。俺達以外の者が城から出てきたら身柄を拘束するんだ。いいな?」


 俺は配下の黒騎士隊に王城を取り囲ませると、選び抜かれた精鋭のみで入り口の大門をくぐり、中へと足を踏み入れた。

 するとすぐに異臭が漂ってきたのを感じ取った。警備を行っていた兵士達が死体となってそこかしらに倒れていたのである。


「……酷いものだな。だが、この死体の損傷は人の手によるものじゃない。獣に牙か爪で切り裂かれたかのような……。しかし魔物ゴルグにここまで入り込まれたとは思えんが、敵は人ではないのかもしれんな」


「いや、人以外もいるのは同意見だが、襲撃者のリーダーは人間だろうぜ。見ろよ、中には刃物による致命傷で絶命した連中もいる。賊の人数や構成は分からねぇが、これは考えなく殺していった訳じゃねぇ。理知のない魔物ゴルグなんかじゃこうはいかねぇよ」


 ギスタが見解を述べたが、俺も同意見だった。

 侵入者の正体に引っかかりながらも、俺達四人は周囲を警戒しながら先へと進んでいったが、そこかしこで城内の一部が崩れていた。

 しかも破壊の後は奥へ奥へと、続いていっている。

 そして玉座の間へと続く通路を進み、その扉を開いた時だった。

 ギスタは何かに気がついたように、表情を曇らせた。


「おい、妙な音がしねぇか? 何かが羽ばたくような」


「え? そういえば確かに……」


 ヴァイツも怪訝な顔をするが、ギスタは玉座の間の天井を見上げた。


「上だ! 気を付けろ、猛スピードで何かがこっちに来てるぜ!」


 俺達はギスタのその叫びに思わず天井を見上げたが……その瞬間!!

 玉座の間の天井のステンドグラスが割れ、一匹の巨大な黒き竜が降り立った。


 ずずううぅぅん!

 その黒竜は力強い生命力を感じさせる巨躯の体を持ち、四足歩行で鱗は漆黒、そして翼を生やしていたが、眼は煌々と赤く輝いていた。


「馬鹿な、竜だと! まさか、竜人族だと言うのか!」


「で、ですけど……アラケア様。竜人族がどうしてこんなことを。デルドラン王国のポワン王女が私達に襲撃を仕掛けてくる動機なんて私には思い当たりません」


「ああ、俺もそれは同感だ。だが、だからこそ分からない」


 だが、予想外の侵入者の姿に気を取られたせいで気付くのがやや遅れたが、やがてここにある気配が黒竜だけではないと気付いた。

 その背に……いや、玉座の間の至る場所からも無数に感じ取れた。


「……何者だ!? いるのは分かっているぞ! さあ、早く出て来い!」


 俺は姿の見えない賊に向けて叫んだが、返事がない。

 しかしやがて俺の問いに反応したかのように、十数人の黒き衣を纏った者達が黒竜の背中や物陰から姿を現し始めた。

 そしてこいつらの風を切るかのような素早い動きに、俺達はあっという間に背後を取られ、首の所に短剣が突きつけられていた。


「かなりの使い手のようだが、お前達はギア王国の手の物か?」


 しばし俺の質問に黒衣の者達は無言だったが、その中でリーダー格と思しき黒衣に炎の紋様が描かれた男が進み出て言葉を発した。


「それには答えられませんが、貴方達に生きていてもらっては困る者がいるということです。しかし背後を取ったというのに貴方達は怖がらないのですね。察するにこの状況は貴方達にとって昼下がりのコーヒーブレイクとでも言った所なのでしょうか?」


「そういうお前も場数を踏んできているようだな。殺しにも慣れている。その余裕は俺達が予想以上に強かったとしても遂行できる自信の表れだ。本気で来い。でなければ俺達は誰一人殺せんぞ」


 俺の言葉にリーダー格の黒衣の男は不敵な笑みを浮かべると、余裕な態度を崩さずに心底、楽しそうに答えた。


「……素晴らしい。高い実力を持ちながら慢心することもなく敵を侮ることもなく、冷静に両者の実力を見抜いておられるようだ。いいでしょう、お互いに忙しい身だ。どちらかが力尽き倒れるまで……さっそく始めるとしましょう。さあ、殺し合いの時間ですよ、皆さん」


 その言葉を待っていたかのように、黒衣の者達は一斉に短剣を振るったが、ヴァイツ、ノルン、ギスタは身を翻すと、その一撃を回避して今度は攻撃に転じた。


「お前達が誰だか知らないけど襲う相手を間違えたようだね! 生憎と僕らが今まで相手して来たのは人よりも強靭な魔物ゴルグ達だ。それが今更、人間相手に後れをとったりしないよ!」


 ヴァイツは投げナイフを三本、黒衣の者に向けて投げつけた。

 しかし黒衣の者は素早い身のこなしで避けると、それらは黒衣を僅かに掠っただけで後方へと消えていった。


「え!? こ、この至近距離から躱すって……こいつら」


 ヴァイツは驚きを見せるが、確かにこいつらは一人一人がかなりの使い手のようだった。

 技術がある分、下手な魔物ゴルグよりも厄介だろう。


「もう、何やってるのよ、ヴァイツ兄。ここは大技で一気に決めるわ。巻き添えにならないように注意はするけど一応、気を付けててよね!」


 ノルンが叫ぶと足元の影がもぞもぞと動き始め、大きく広がっていき巨大な獣の手の形となり、周囲の黒衣の者達に襲い掛かった。


「『巨獣影』!!!」


 すべてを飲み込む勢いで床から敵目掛けて攻撃を開始したノルンの技だったが、巨獣の指の隙間を縫うように奴らは巧みに躱していった。

 それを見ていたノルンの目が驚愕で大きく見開かれる。


「う、嘘でしょ。指揮官クラスの魔物ゴルグだって倒した大技なのよ……」


 驚きを隠しきれないノルンだったが、奴らは無感情のまま獲物を仕留めるべくノルンに、そしてヴァイツに迫った。

 そして奴らの短剣が二人の首筋目掛けて迫り、ひゅっと風を切った!


 ガギィィン!!

 しかし命中しそうになる刹那、その一撃を止めたのは俺とギスタだった。


「恐ろしいまでの練度だな、お前ら。一人一人が達人以上な上に連携も取れている。今まで戦ってきた敵の中でもやりにくい相手だ」


「へっ、大した腕前だが、殺しの技術で俺に敵うと思うんじゃねぇよ。けど……その格好、お前ら……まさか」


 俺達は黒衣の者達と対峙するが、ギスタが何かに気づいたようだった。

 そして口を開く。


「おい、アラケア。こいつらに心当たりがあるかもしれないぜ。特にあの炎の紋様が描かれたリーダー格の男だが、あいつは……」


 その時、離れた位置で俺達の戦いを伺っていたリーダー格の男は不敵な笑みを浮かべながらこちらを見ると、ふっとその姿を消し、そして俺達の前に現れた。


「野郎! 死んだと噂になってたけど生きてやがったとはな」


「これはこれは……驚きました。ギスタ君ではないですか。同業者の貴方がこんな所にいるとは他人の空似かと思っていたのですが、何の因果か我々のターゲットのお仲間になっていたとは」


 リーダー格の男は芝居がかった調子で両手を広げ、語り出す。

 その声は生者のものとは思えず、姿同様にまるで幽鬼か何かのようだった。

 それをギスタは嫌悪感を隠そうともせずに睨みつけている。


「ギスタ、何者だ、こいつは。知ってる奴か?」


「……ああ、裏世界でも最悪の中の最悪な奴だ。一応、殺し屋兼傭兵だが、『黒太陽の悪魔』と呼ばれ、依頼主だろうと平気で殺し金品を奪い、村々から略奪と殺しを繰り返す大悪党。子供の死体が欲しいからと嬉々として子供を殺し回ったこともあると聞くぜ。……正真正銘の異常者だ。一体、誰が雇ったんだよ、こんな奴を……制御なんて出来ると思ってんのか」


 それを聞いていたリーダー格の男はくつくつと喉を鳴らして笑った。

 その様子は可笑しくてならないと言った様子だ。


「これは手厳しい物言いです。崇高なる目的があればこそやっているのですが、貴方の理解は得られそうにないようですね。貴方の殺害は依頼内容には入ってないのですが、仕方ありません。サービスになりますが、ついでに死んで頂きましょう」


 それを聞いたギスタはとうとう怒りを爆発させる。


「やれるもんならやってみろ! イカれ野郎! 返り討ちにしてやるよ! 『黒太陽の悪魔』……いや、マクシムス!!」


 怒りを露わにするギスタにその男、マクシムスは愉快そうに肩を竦めて見せた。

 そして右手をゆっくり挙げ、戦いの再開の狼煙をあげた。


「お言葉に甘えまして、それでは殺し合いの続きといきましょう。さあ、我々が殺されるか貴方達が殺されるか……終わってみなくては分かりません。始めなさい、皆さん」


 指示に従い、黒衣の男達は一斉に俺達に襲い掛かった。

 マクシムスは土気色をした顔で笑うと、腕組みをしてその様子を眺めていた。

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