第二十九話

「王都の出入管理を行っている兵士達に調べさせてみたが、どこかの出入口を破られた形跡はどこにもないそうだ。となるとシャリムがどこから王都に侵入してきたのか、不可解になってくるな……いや……」


 アラケア様は腕を組んで、兵士達から受けた報告を私達に伝えたが、その顔は何か心当たりがあるという感じに私には見えた。


「アラケア様は他に王都に侵入する場所に心当たりがおありなのですか?」


「ああ、しかしそこは王国内でも知っている者は数えるほどしかいない。俺達、ライゼルア家に関わる場所だからな。しかもそこは本家の血筋の者以外は通ることは出来ないようそういう仕組みになっている。しかし念のためだ……確認しておかねばなるまい」


 そう言うと、アラケア様はすくっと立ち上がり、心当たりがあるという場所に向かう決断をされたようだった。

 私とヴァイツ兄もそれに続き、アラケア様は屋敷の裏手にある敷地内でも当主のみが入ることを許されている、建造物の扉を開くと、そこから下へと続いている階段を降り始めた。

 階段は螺旋階段になっており、ここは屋敷に出入りをしている私達でも見たことのない場所だった。どのくらい降りてきただろうか。

 私達はようやく最下層と思われる大きく開けた場所へと出た。

 そこにはいくつもの棺が置かれ、武器や防具が壁に立てかけられている。


「ここで止まれ。ここはライゼルア家の歴代当主が死後に埋葬される墓所、そして防衛システムが働いている場所でもある。見ろ、この空間の中央……あの竜を象った像があるだろう。あれは神竜の像と言ってな。特殊な金属で作られているらしく、邪な者を遠ざける力がある。いや、正確にはライゼルア家の血筋以外の者が近づけば容赦なく攻撃をしてくる。お前達も決してこれ以上、近づくなよ」


「では、ここは王都外とも通じているということですか?」


「ああ、ここは連絡路としても使われていたことがあってな。王都外とも繋がっているんだ。だからシャリムがここを通って来た可能性を考えていた。しかし今、言った通りここは俺達の血筋でない者は通れない。だが、万が一ということもある。今から俺が調べてみよう」


 アラケア様は私達に待機の指示を出したまま、この空間内の中央付近へと歩んでいった。

 そして神竜の像を触って調べ始めた。


「やはりこいつが起動した形跡はない。思い過ごしだったか。いや……念のため連絡口の方も調べておくか」


 アラケア様は更に空間の奥にある、大きな扉の方へと向かっていく。

 そして扉を開閉して、出入りがあった痕跡がないか、確認している。


「……妙だ。この扉、ごく最近、開閉された形跡がある。なぜだ……? やはりここを通ってやって来た者がいたというのか」


 そう呟かれた後、扉の向こうへ進まれたかと思うと、今度は怪訝そうな顔で扉の向こうから何か箱のような物を手にして、こちらへと戻ってこられた。


「アラケア様、それは?」


 私が尋ねたが、アラケア様は開けてみろ、とだけ言われた。

 私は言われるがままに、箱を開けてみた。すると……。

 ぼよよーんという音と共に、ばね仕掛けの作り物の人形が目の前に飛び出した。

 その人形はどこかシャリムに似せて作られており「大正解だよーん!」と紙が貼られている。


「あいつ……シャリムの奴、馬鹿にしてくれるじゃないか。だけどアラケアの予想は大当たりだったってことか。その上、どうやら僕らがここを調べるのを見越してたってことだね。けどライゼルア家の者以外を敵として攻撃する神竜の像は反応してないんでしょ? だったらどうして……」


 アラケア様は考え込んでいる仕草を見せているが、やがて口を開いた。


「ライゼルア本家の人間は父が他界した今、俺と弟しかいない。だが、弟はシャリムじゃない。無関係だ。そしてカルギデのような分家の人間も例外なくここを通ることは出来ない。謎は深まるばかりだな……だったらなぜあの男はここを通ることが出来た?」


 アラケア様は依然、考え込んでいたが、しかし次の決断は早かった。

 方法は分からないが、実際に敵の侵入を許したここを封鎖するべく、地上に戻られると、人を呼んで地下へと続く階段を塞いでしまわれた。

 私とアラケア様とヴァイツ兄はその様子を眺めながら、釈然としない思いだったが、ともかくこれで一応の解決を見たのだ。


「歴代当主の方々が祀られている神聖な墓所でしたが、これで良かったんですよね、アラケア様。ともかくこれで敵がまた王都に侵入することは出来なくなったんですから」


 アラケア様は私の言葉を聞いても、どこか上の空で考え事をしている風だったが、やがて私の問いに答えるように口を開かれた。


「ああ……そうだな。だが、俺は少し気になることがある。用事が出来たようだ。お前達は自由に行動してていい。俺は少し外出してくる」


 アラケア様はそう言い残すと、陛下から下賜されたルーンアックスを片手に屋敷から去っていかれた。

 だが、その後姿を見て、私はそこにいつもとは違う不穏な雰囲気を感じとっていた。

 何か言葉にできない不安のようなものを……。

 私は追いかけようとしたが、ヴァイツ兄に止められた。


「あれは決意に満ちた男の顔だよ。一人で出てったってことは僕らが割って入っていい用事じゃないはずだ。だからここはアラケアの意を汲もう」


「けど……何か不吉な気がするのよ。あんな悲壮感を漂わせたアラケア様は今まで見たことがないもの。もし何かあったりしたら……」


「ああ、そうだね。だから僕らはこのことを陛下にお伝えしよう。陛下なら何か事が起きても迅速に対応してくださるはずだ。きっと僕らだけで行動するよりもずっとね」


 私は納得がいった訳ではなかったが、ヴァイツ兄の提案にも一理あると思い渋々、それに従うことにした。

 先ほどから降り始めた雨は、今もしとしとと降り続け、それはまるで、これから起こる運命を暗示しているかのようだった。

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