第二十二話
「……あの時と同じか。元々、局地的に発生する黒い霧は洞窟内など暗がりから生じるものだが、これは意図的なものを感じる。何者かがこの状況を作り出している、と見ていいだろうな」
俺は腰に下げた妖精鉱のランプを手に取り、黒い霧の闇を照らした。
奥からは
やはりこの先へ進むには、戦闘も覚悟しなくてはならないようだ。
「カルギデの仕業かと思うかい、アラケア?」
「カルギデか他に協力者もいるのかもしれん。まあ、デルドラン王国側も虚をつかれたこともあるだろうが、地下監獄を襲撃し、占拠するほどのことをやってのけたんだ。一人ではなかったとしても不思議ではない。だが、例えこうなっていたとしても、引き返す理由にはならないがな。ギスタ、地下監獄までは後どのくらいだ?」
「もうすぐそこだぜ。俺の両目はすでに入り口を視認してる。けどどうもこの黒い霧は監獄内まで入り込んでるようだな。しょうがねぇ、俺も内部まで付き合ってやるとするか。俺が先導するからついて来な、お前ら」
ギスタが意を決して、隠し通路内の黒い霧の中に飛び込むと、俺達も一人一人、通路をくぐって、その闇の中へと入っていった。
唸り声だけではなく、そこかしこから魔物の息遣いを感じる。
十数メートルほど進んだ所で、ギスタは立ち止まり、前方にあった大門らしきものをゆっくりと開け放ち始めた。
「ここからが地下監獄タルタロサだぜ。用心しな」
だが、そこは確かに黒い霧に覆われてはいたが、思いの他、暗くはなく、明かりに包まれた光景が俺達の目に飛び込んできた。
と、同時に俺達に向けて怒号が飛ぶ。そこにいたのは……。
「貴様ら! ここで何をしている!? どこから入った!?」
そこにいたのは兵士の兵装を身に着けた数十人の竜人族や獣人族の兵士達、そして身なりの良い一人の妖精族の女性だった。
恐らく地下監獄を占拠しているカルギデを捕らえるため、ここに集まっていたのだろうが、兵士達は一様に険しい表情をして、次々と俺達に怒号を浴びせてくる。
「人間族、だと? もしや襲撃者の仲間か!?」
「おのれ、このような狼藉をして許されると思うな!」
その兵士達を制止するように、妖精族の女性がいきり立つ彼らを手で遮った。
それでも兵士達は、興奮が覚め切らないという様子だったが……。
「鎮まりなさい。まだそうと決まった訳ではありません。貴方達は何者です? 素性を教えて頂けますでしょうか? ただ返答によっては私は貴方達を捕えなくてはいけませんが、そうでないのなら悪い扱いはいたしません。まずは誤解を解くことから始めてみませんか?」
高貴な佇まいの妖精族の女性はそう言って俺達ににこやかに微笑むと、周囲にいた血の気の多そうな兵士達は立ちどころに鎮まってしまった。
この中で身分的に一番偉いのはこの女性だということが伺えた。
「俺はアールダン王国からやってきた武門の一族、ライゼルア家のアラケアです。そして黒い甲冑を着た二人が部下のヴァイツとノルン。黒装束の二人はギスタとセッツ。この二人は元々は俺を暗殺しにやってきた暗殺者の者達でしたが、今は訳あって俺達と行動を共にしています。デルドラン王国へと来た目的、それは今まさにこの地下監獄を占拠しているライゼルア家の分家であるカルギデを葬るためです。奴は俺の屋敷を襲撃し、使用人達の命を奪っていきました。俺は奴を討つために迫る皆既日食の時期を前にこの王国までやって来たのです」
女性は微笑んだ表情を崩さずに、俺を懐かしい者でも見るかのようにじっと見つめてきた。
「そうですか、貴方がライゼルア家の現在の当主なのですね。貴方のお父上のことはよく存じております。確かに面影はあるようですね。先代当主のことは残念でした。何者かに襲われて命を落としてしまうとはさぞ無念だったかと思います。しかし息子である貴方がここまで逞しく育ってくれたのなら、天に召された彼も安心しているでしょう」
俺は突然のその言葉に動揺を隠しきれなかった。
百五十年間も国同士の交流が途絶えていたデルドラン王国の者が、俺の父のことを、その末路まで知っていたことが信じられなかったのだ。
「父を知っている? 失礼だが、貴方は一体?」
「私は……。と、あまりこうしている訳にはいきませんね。その話は後で追々するとして、今はこの状況をどうにかしなくては。そのために私達はここまで足を運んだのですから。参りましょう、貴方達もよければ力を貸してくださいませんか?」
「え、ええ。勿論、それは構わいません。しかしここは黒い霧の内部だと言うのに不思議な光によって照らされているのですね。それも携帯サイズの妖精鉱を上回る光源だ。確かに妖精族には黒い霧を僅かながら退ける力があるが、その力は死後でなければより大きくならない。にも関わらずここまで照らすとは……これは貴方がやったのですか?」
「ふふふふ、その通りです。ですから私が同行すれば
女性は微笑みながら、数十人の兵士を連れだって、地下監獄を進み始めた。
彼女が何者なのか気にはなるが、確かに今の状況で優先すべきは一刻も早くこの黒い霧を発生させた指揮官クラスの
俺達も彼女達に続いて、地下監獄内を進みだした。
しばらく進む内に、今の地下監獄がどういった状況に置かれているかが、より正確に分かってきた。
至る所に
「……やっぱりこうなってるよね。妖精鉱もなく黒い霧に飲まれちゃったら
ヴァイツが嫌悪感を露わにしてる。
俺も慣れているとはいえ、あまり見ていて気分の良い光景ではないが、彼らに代わり、無念を晴らしてやらねばと俺は決意を固めていった。
――だが、その時だった。
兵士達が手当たり次第に、地下監獄内の部屋を一室ずつ、調べていたのだが、そこで兵士達は床に何か光る物を見つけたようだった。
「おい、待て。これって……おお、宝石だぞ…何と美しい!」
「おお、何という輝きだ! 売ればかなりの価値になるに違いない!」
兵士達は目を変えて宝石を拾い始めたが……
――びゅん!!
という音がしたかと思った時には、兵士達の首が宙を舞っていた。
一人、また一人と兵士達の首が血飛沫と共に次々と飛ばされていく。
「ど、どうしたのですか? 貴方達、一旦、下がりなさい!」
異変に勘付いた妖精族の女性が、動揺が広がる兵士達に叫んだが、時すでに遅く、前方に先行していた兵士達二十数人はすでに見えない何者かが、容赦無くバラバラに斬り刻んでいた。そして血の海が出来上がり、死体の山が積み重なった時、奥から彼らの返り血を浴びた一人の少女が現れた。
「……これで三王国最強の屈強な竜人族と獣人族の兵とは呆れる。弱すぎる、あまりにも」
「あ、貴方がこれをやったのですか? しかしその姿は……」
妖精族の女性は驚いていたが……そう、緑の髪に長耳を生やしたその現われた少女の身体的特徴は、紛れもなく妖精種族特有のものだった。
だが、その少女の姿を目にした時、ギスタの表情は固まってしまった。
「あ、あっ……あ! お前は……お前は!!」
「あら……お前もいたのね。久しぶりね、ギスタ。王城に忍び込んでいたお前を……返り討ちにした時、以来かしら」
そう言ってこちらを見つめる彼女の顔は……美しく整っており確かに笑っていたが、どこか寒気を感じさせる冷たい微笑みを放っていた。
「知ってる奴か、ギスタ? 何者なのだ、あの少女は?」
俺はギスタに声をかけるが、ギスタは依然、その表情を引き攣らせたまま、ようやく声を絞り出した。
「あ、あいつは……お、俺の知る限り、この世で最も残忍で……最も強く恐ろしい女、ギア王国の……エ、エリクシアだよ!」
そう、ギスタが口にした名前は俺も噂でしか知らない、そしてギスタが最も恐れ、暗殺者の中でも最強と畏怖されるギア王国の忍衆の筆頭、あのエリクシアだった。
「こいつがそうだと言うのか……? まさかお前の言っていたエリクシアがこんな年若い少女だったとはな」
俺がその名前を口にすると、エリクシアは俺を見た。
「……やはり追って来たのね、アラケア。でも、お前の相手は私じゃない。勝手に殺したら
「彼、だと?」
その瞬間! 地下監獄の天井が崩れ、黒い影が現れた。
着地したその影は、見ると両手にはそれぞれ
「またお会いしましたなぁ、当主殿。さて、最高の舞台を用意してあげたのです。私達も始めませんか? 私達の因縁にも決着をつけるとしましょう」
その男は閉じた右目の瞼に三つの傷がある長身……こいつを探し求めて俺はここまでやって来た。
その原因を作った男。
「カルギデか! ようやく会えたな!」
俺は叫ぶと殺気の籠った目を隠しもせず、睨みつけた。
これから繰り広げられるであろう、激闘の予感を感じ取りながら。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます