第十二話

「……終わったね、アラケア」


 ヴァイツがバラバラとなった魔物ゴルグの死体を見て、俺に声をかける。

 こういった局地的に発生した黒い霧の場合、指揮官クラスの魔物ゴルグを倒せば霧は四散し、しばらくすれば安全は確保されることは、確認されている。

 そう言ってる間にも、黒い霧は薄くなり、次第に妖精鉱のランプなしでも辺りが見通せるほど、視界が晴れ明るくなってきていた。

 どうやら戦っている間に、朝がやって来ていたようだった。


「一先ず危機は脱したようだが、まだ安心は出来ん。生き残っている三下の魔物ゴルグがいれば退治し、騎士団長殿や砦の兵士達、黒騎士隊が無事かまずは被害状況と完全に安全が確保されたかを、急ぎ確認だ」


「分かった、アラケア。さあ、ノルン、行くよ」


「ええ、では失礼いたします、アラケア様」


 そう言うと、ヴァイツとノルンは足早に修練場を出ていったが、俺は今、倒した巨兵の魔物ゴルグの死体をかがんで眺めると、手で掴んで状態を確認してみた。


「こんなデカブツがどうやってこの砦内に侵入したというのだ。……おい、シャリム。どうやったかネタばらしはしないのか?」


 俺はそのままの姿勢で、背後にいるシャリムに声をかける。


「まだ僕を疑ってるのかい? だから人間に魔物ゴルグを制御するなんて無理に決まってるでしょ」


「……お前が何を企んでいるか知らんが、俺達、アールダン王国に害をなすというなら容赦はしない。だが、今の所はお前の仕業だと言う確かな証拠も見つからず、状況証拠だけで国賓のお前を断罪する訳にはいかん。今回は目を瞑ろう。事態が収束したら、国に帰ってもらうぞ」


「しょうがないなぁ。分かったよ、ついでに国境沿いの兵士だけどあれも本土に戻すよう指示を出しとくよ。僕らも君らと同じで今、人間同士の戦争をおっぱじめる余裕はないからねぇ」


 数十分が経過し、受けた被害の状況や、また黒い霧が完全に四散し、安全が確保されたことが、次第に分かってきた。


「砦に駐屯する兵士の死傷者五十三名、黒騎士隊の死傷者七名、か。特にワシらの兵は慣れない魔物ゴルグ相手の戦い、厳しいものがあったようだのう。だが、彼らは己の職務を果たすため、よく戦ってくれた。後日、ご遺族の方々には弔慰金を出すと共に、お悔やみを申し上げねばならんのう」


 オセ騎士団長は砦の広間に全員を集めると、厳しい表情で被害の状況を伝え、皆と共に俺も部下の死を悼み、しばし黙祷を捧げた。

 シャリムはと言うと、先ほど砦内の安全が確認されたことが分かると解放され、ギア王国へと帰国していった。

 また奴が言った通り、赤甲冑の兵士達も国境沿いから移動し、本土に戻っていったようだった。

 結局、目的が何だったか分からなかったが、すでに果たしたということなのだろうか。

 俺は奴が去っていった国境先のギア王国の方角に目を向ける。

 得体の知れない男だったと感想を漏らしながら……。



 ◆◆



 遠く離れた丘。

 国境砦を見通せるそこから、シャリムと一人の女性が、砦を見下ろしている。


「いやぁ、凄い男だったねぇ。噂には聞いていたけど実際に見るのと聞くのじゃ雲泥の差だったよ。あれが、かのライゼルア家の現当主か。また会いたいものだねぇ」


「ずいぶん……彼にご執心なさっているのですね、シャリム様」


 長い緑の髪に長耳を備えた美しい少女は、感情を感じさせない瞳で、自らの主君に寄り添っている。


「うん、敵国の人間とはいえ、彼ほどの男が同じ災厄の周期の時代に居合わせているのは非常に心強い。彼がいれば人類は今回の五十年周期も生き延びることが出来るかもしれないねぇ。いや、あるいは……その先、災厄の根源を絶つことさえも。ねぇ、エリクシア、君は彼をどう評価する?」


 エリクシアと呼ばれた女性は、しばし考えた素振りを見せた後、答えた。


「……そうですね。仮に私が彼と戦ったとしても勝つことは出来ると思いますが、私も無傷では……済まないでしょう。それほどの使い手です」


 それを聞いたシャリムは、嬉しそうに微笑む。


「へえ、やはり君も彼を評価しているんじゃないか。けど君はまずその左腕を修復しとかないとねぇ。痛々しくて見ていられないよ」


 シャリムが目をやったエリクシアには左腕がなかった。

 切断されてそう間がないのか、痛々しい切断面から、血が滴っている。


「シャリム様のご指示でしょう。魔物ゴルグの中でも……強い個体を生み出すには、左腕を捨てて……呼び水にするしかありませんでした。しかし幸い、クシリアナ家の魔物ゴルグ達の死体を集めてくれていますからスペアは十分にあります。王都に帰還した後にでも……新しい左腕を取り付けることにします」


「ははは、そうだったねぇ。目的の彼の力は十分に拝めたことだし王都に戻るとしようか。行くよ、エリクシア」


「はい、シャリム様」


 そう言い残し踵を返すと、歩み出していった二人の姿は国境から離れて遠くなっていき、次第に見えなくなった。

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