第四話

 現われたのは……カルギデだった。指名手配され、俺達が追っていた男。

 だが、男の背後には、死に絶えて無残な姿をさらしている魔物ゴルグ達がまるで男の通り道を邪魔された虫か何かのように倒れていた。


「久しぶりだな。探したぞ、カルギデ。それだけの魔物ゴルグを始末してのけるとはどうやらまた腕を上げたようだな、恐ろしいほどに」


 俺はその凄さに、眉間に皺を寄せた。

 カルギデは仰々しくお辞儀をすると、再び俺に微笑んだ。


「貴方こそ、お供の黒騎士隊長ヴァイツと二人がかりとはいえ、たった今、そこのデカブツを瞬く間に、倒してみせたではありませんか。まぁ、仮にも本家の人間。それぐらいはやってくれないと張り合いがないというものですがね」


 俺はカルギデを見据えつつ、感覚を研ぎ澄まし、周囲の気配を探った。

 情報ではこいつには部下が十数人同行していたはず。

 どこかに隠れ潜んで、攻撃の機を伺っている可能性を俺は考えていた。

 ……それにこの男、妖精鉱を所持してない。

 だとしたらこの漆黒の霧の中を、今までどうやって生き延びてきた?


 だが、カルギデはそんな俺の考えを読んだかのように、口を開いた。


「もしや……私に仲間がいると警戒しておられるのですか、当主殿? 確かに貴方の知る情報では、恐らく私は十数人の部下と共に黒い霧の中へ入ったということなのでしょうからその可能性を疑うのも無理はないが……しかし安心するといい。何しろこの霧内部に入ってから、一日も経たず私を除いて全滅したのですから」


「全滅……」


 それを耳にしたヴァイツは、六方棍を持つ手を振るわせている。

 だが、カルギデはそれを楽し気な顔で眺めながら、更に続ける。


「貴方達と戦うのに、つまらない小細工を使うつもりはありません。ですから、存分に戦いを楽しみましょう。貴方達が相手をするのは、私一人だけでいいのですから。願ってもないことでしょう? ただ……」


 そう言い終えた時、カルギデの姿が消え、ヴァイツの背後に現れた。


「なっ!?」


 ヴァイツは思わず飛びのくが、カルギデは攻撃する素振りも見せずに、ただ冷徹な眼差しで言い放った。


「やはり貴方はこの死闘の場には、相応しくないようですな、ヴァイツ殿。その程度の動きでは、とてもとても我々の戦いには……。若くして黒騎士隊の隊長に任命されただけはありますが、それでも通用するのは、せいぜい三下の魔物ゴルグまでと言った所でしょう」


 カルギデのその態度に気分を害したのか、ヴァイツが六方棍の先端をカルギデに向け、その表情はヴァイツらしからず僅かに怒気を帯びている。


「余裕のつもりかい? 今、攻撃していたら僕を倒せていたろう。なぜしなかったんだい? それにもし本当に君一人で僕らに挑んで来るつもりなら、余程の馬鹿か命知らずのどちらかだ」


「聞こえなかったのですか? 場違いなのですよ、貴方は。私と当主殿の戦いの邪魔立てをしないで頂きたいものですな」


 カルギデは尚も冷ややかな目つきで、ヴァイツを見下ろしている。

 その言葉にヴァイツは、いよいよ怒りが爆発した様子だった。


「な、舐めるな!!」


 ヴァイツは一気に間合いを詰めると、六方棍を正中線上に鋭く突き出す。

 だが、カルギデは徒手で六方棍を軽々と受け止めると、もう片方の手で体勢を崩したヴァイツの頭を掴み、その体を宙に持ち上げた。


「が、うあああああっ!!!」


 ヴァイツが堪らず、悲鳴を上げる。


「なら人を馬鹿呼ばわりする前にもっと素早く動くことですな、黒騎士隊長ヴァイツ殿!」


 そして勢いをつけ、俺の方に向けてヴァイツの体を投げ飛ばす。

 ヴァイツは空中で体勢を整えると、よろめきながら俺の真横で地面に着地する。


「くっ、なんだ? あいつ! 人間離れしている……! いや、あれは完全に人間の動きと力じゃない!」


「そのようだな。だが、冷静に対処すれば見切れない動きではなかったろう。あいつは俺が相手をする。お前は棍の間合いを生かし、距離を保ってサポートに回れ」


「うん、けど大丈夫、アラケア?」


「問題ない」


 俺は戦斧を構え、姿を消すように気配を絶った。

 ふっと風を切り、次の瞬間にはカルギデを鼻先までとらえた。


「これはこれは……確かこの技は貴方の得意としていた……」


「ああ、姿を消して動くのは何もお前の十八番じゃない。これは攻撃に移る意識というものを完全に捨て去り、無の感情の境地にて戦う技」


「確か……ライゼルア家に伝わる奥義『無拍子』とか言いましたか?」


 俺はその言葉を無視すると、戦斧をカルギデへと斬り込み、たちまち胸元を鎧ごと抉ってみせた。だが、その感触に俺は違和感を感じ取った。

 人体ではなく、まるで分厚いゴムでも斬りつけたかのような……。


(……っ!? 何だ、今の弾力は……?)


 腑に落ちない俺を余所に、カルギデは怯んだ様子もなく、背負った巨大なノコギリのような刀を手にすると、俺に向けて大きく振りかぶった。


「さすがにやりますなぁ、当主殿! では今度は我が鬼刃タツムネの威力、とくと味わって頂こう!」


 命中しそうになる刹那、俺は姿を消しカルギデの背後に移動する。

 だが、鬼刃タツムネはそのまま大地に振り下ろされ、地面には大きな亀裂が走った。

 その凄まじい威力の一撃に、辺りは地響きで大きく揺れ動く。


「こりゃあ……馬鹿力なんてもんじゃないね」


 ヴァイツがそのあまりの破壊力に冷や汗交じりに戦慄し、その揺れに思わずよろめいた。

 俺も直撃すればただでは済まなかったであろう、その膂力の凄まじさに戦慄を感じはしたが、同時に攻撃をしくじったカルギデから生じた僅かな隙を見逃しはしなかった。


「今だ! やるぞ、ヴァイツ。これが好機だ!」


 俺が叫ぶと、その声にヴァイツが即座に反応し、俺への攻撃を外したカルギデにすかさず突進し、腹部に一撃を叩き込む。

 更に背後から俺も手にした戦斧で、その背面に渾身の力を込めて斬りつけた。

 しかし……。


(……またもや、か!)


 本来ならば致命傷は避けられないはずの、必殺の一撃であった。

 だが、カルギデの肉体の恐ろしいまでの弾力によって、今回もさほど深くは斬り込むことは出来ず、僅かに血飛沫が舞っただけだった。

 そしてカルギデは攻撃を物ともせずに、平然と真横に大きく飛ぶと、俺達から距離をとって着地した。


「あ、あいつ……なぜあの傷で平然としていられるんだよ。それとも、痛みという感覚がないってのかい?」


 ヴァイツの目に若干、戸惑いの色が浮かぶ。

 それを見たカルギデは、笑みを浮かべて口を開いた。


「ふむ、肉体の強さにかまけて回避を疎かにするのは、やはり戦闘者として、あるまじき行為ですな。これにて、それは終わりにしましょう。となると……厄介なのはやはり戦闘の一族、ライゼルア本家の技を受け継ぐアラケア、貴方のようだ。だが、だからこそ貴方は超える価値がある」


 カルギデの体から、まるで辺りを覆い尽くすような強大な力が放たれ始める。

 だが、それでも俺は、カルギデの眼前まで地を踏みしめて歩み寄り、睨みつけながら、奴に向けて言い放った。


「……ずいぶんタフな体を得たようだな、カルギデ。何なのだ、その肉体は? まるで魔物ゴルグでも相手にしているかのようだぞ。だが、この黒い霧の中を妖精鉱も持たずに生存し、平衡感覚を保っているその理由は分からんが、お前がその身体能力のスピードだけに頼っているようでは、俺の無拍子には届かん」


「ほう、私が武の技を心得ていないとでも? 試してみますか?」


「いいだろう。付き合ってやる、カルギデ」


 その言葉を皮切りに、戦いの火蓋が切って落とされた。

 動いたのはまったくの同時。打ち合いも完全に互角だった。


「むぅん!!!」


「はぁっ!!!」


 至近距離で俺の戦斧とカルギデの鬼刃タツムネが、休みなくぶつかり合う。

 黒い霧の中を走り抜けながら、攻防はほぼ互角に繰り広げられた。

 いや、速さでは俺、力では大きく奴が勝っている。


「お見事です! さすがに見事な技の冴えですなぁ、当主殿! やはり腐っても本家当主と言うことですか!」


「喋っていられる暇があるなら、自分の身を心配しろ、カルギデ!」


 次々と撃ち出される斬撃は絶え間がなく、ある時は相手に届き、ある時は相手の攻撃によって弾かれ、どちらもひたすらに攻撃していた。

 速さで勝る俺の方が、手数でカルギデに確実にダメージを蓄積させていく。

 一方でカルギデの重く鋭い一撃一撃は、打ち合うごとに俺の腕を痺れさせていった。


「さあ、見せてみるといい。ライゼルア家の奥義の数々を! 私はそれをすべて受けきって上回ってみせましょう!」


 カルギデはこの期に及んでも、余裕を崩さない。


「いいだろう。お前が望むならそうしてやろう」


 俺は戦斧を水平に構えると、全身の闘気を戦斧に収束させ斧の刃が白熱のように光輝き、カルギデに向けられる。

 カルギデの鬼刃タツムネにも、地脈から吸い取った大地の気が集まり、震動が周囲の大気を揺らす。

 ライゼルア家とクシリアナ家に伝わる「気」を操る技、それも奥義である。


「受けてみろ! ライゼルア家に伝わる奥義の一つ『光速分断波』を!!」


「ならば、こちらもクシリアナ家の奥義をお見せしましょう! 地脈を操り、波動として放つこの技を! 『グラウンドデス』!!」


 互いの切り札が激しくぶつかり合うと、衝撃と同時に凄まじい閃光が、辺りの黒い霧を一瞬で、まばゆく切り分けた。

 その轟音は、大地を揺るがすほどであり、周囲全体に鳴り響いた。


 ――どれほどの時間が経過しただろうか。


 辺りを包み込む黒煙が次第に晴れていき、そこから姿を現したのは……手傷を負った俺と、同じく体を損傷したカルギデだった。


「アラケア! 大丈夫かい!」


 俺の負傷を見たヴァイツが叫ぶ。


「心配ない。これしきの傷では俺は死なん。それに負傷したのは奴も同じだ」


 だが、外傷は負わせたものの、カルギデは確かに俺の奥義を耐え切っていた。

 あの異常なまでの肉体の強度に、俺は警戒の色を滲ませる。


「奥義は互角……ですか。この結果に満足は出来ませんが、分家の私が本家の貴方にここまで食い下がれたのを見て、父は喜ぶでしょうか。しかしここで死ぬまで貴方と戦うつもりはありませんのでね」


 そう言うとカルギデは、地に膝をつけていた体を立ち上がらせると、手で体についた埃を払い、鬼刃タツムネを背負い直した。


「さて、貴方との戦いはあくまで個人的な余興ですし、黒い霧内に立ち入ったとの契約はすでに果たしています。ここは退散させて頂くとしましょうか」


 ここまで暴れておいて、予想だにしていなかったその言葉に、俺は戦斧を握り締めたまま一歩を踏み出し、戦闘続行の意思を見せた。


「決着をつけずに逃げるつもりか? だが、お前の用は済んでいても俺の仕事はお前を捕えることだ。俺の方はお前を逃がす訳にはいかん」


「ふっ、心配なさらずとも、分家の私と本家の貴方。この繋がりがある限り、必ずまたどこかで会う機会はあるでしょう。それに見た所、貴方のお供の体力と精神は大分、参っている様子のようです。深追いして部下を死なせるミスを犯すおつもりですかな? ここは痛み分けということにしておきませんか?」


 俺はヴァイツの顔を見た。確かに疲労が限界に来ている様子だ。

 俺はしばらく考えた後、舌打ちすると手にした戦斧を下げた。


「それでいい。いずれまたお会いしましょう、アラケア殿」


 そう言うとカルギデは、闇の中へすぅっと消えていった。

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